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其の参拾 問題発生in裏側

「では、行って参る」

「行ってくるねー!」


「行ってらっしゃい!」「気を付けてね!」「頑張って下さい!」「応援してます!」「どうかご無事で!」


 三日という時は過ぎるのも早い。

 その間にも任務や騎士としての仕事をこなし、拙者がこの国へ来てから一週間後の今日、“裏側”へと赴く為、“シャラン・トリュ・ウェーテ”を出た。

 然し流石は姫君であらせられるヴェネレ殿。見送りの人数も多いの。

 森を抜け、草原を抜け、裏側への出入口へと辿り着いた。そのまま中に入り、到達する。


「ここが裏側……キエモンっちから聞いてた話とは随分違うようだね~。つーか、マジヤバくない?」


「鬼右衛門っち……? まあ良い。それについては拙者も知らぬ。人が行くたびに形が変わるのが裏側なのであろう。フォティア殿」


「そう言うもんみたいだねぇ」


 フォティア殿とこの三日。班が違うのであまり話さなかったが、話すと少し混乱するの。

 独特の言葉遣いに呼び方。独自の空気を纏っておる。


「まさかこんなに燃え燃えとは思わなかったよ。火傷しそう」


「地獄のような業火。まさにそれで御座るな」


 拙者らの眼前に広がっていた光景は、燃え盛る真っ赤な火炎。火の粉が散り、その暑さを、熱を肌に実感する。

 見る度に、入る度に様変わりする世界。不思議なものよ。


「だが、地形は変わっておらんな。あの高台がある」


「そうですね。あそこから少し下に行ったところに街がありますよ」


「奇々怪々。益々(ますます)不可思議な世界に御座る」


 景観は大きな変貌を遂げたが、大まかな地形はそのまま。それが逆に不思議だ。

 花畑か業火か。本当にただそれだけの違い。拙者達は読んで字の如く振り掛かる火の粉を払いながら高台に向かって歩を進め、そこから下方へと下った。


「この下に裏側の街があるんだね……」

「そうで御座るが、何故なにゆえ態々(わざわざ)ほうきもちいて下っておるのだ? ヴェネレ殿。早さで言えばそのまま落ちた方が早いと言うに」

「それは多分キエモンだけの専売特許だよ。キエモンは知らないと思うけど、何十メートルもの高さから落ちたら人って衝撃に耐えられないで死ぬんだよ?」

「成る程。確かに鬼にも等しき拙者は人ならざる身。否定は出来ぬな」

「え? キエモンって人間じゃないの?」

「多くを斬り、命を奪った拙者は鬼も同類よ」

「鬼ってオーガと同一種だよね? それならキエモンは鬼じゃないと思う。自分勝手で暴虐無人ならそうとも言えるけど、何かを護る為なら違うと思う」

「そうに御座るか。そう言って貰えるのは有り難き事だ」


 高台から降りるに、ほうきに乗れぬ拙者はヴェネレ殿の箒に乗せて貰いつつ下降していた。

 拙者的には女性より同性の方が気が楽だったのだが、何故か彼女はそれを讓らなんだ。衣服越しとは言え、女子おなごの体に触れるのは思うところがある。

 ともかく、それに伴う雑談だが、拙者は鬼ではない……か。

 そう言って頂くのは喜ばしい事だが、人々の命を奪った事実は変わらぬ。護る為とは言えどに御座る。

 いや、それも少し差違が生じるの。確かに拙者は悪鬼では御座らん。先生が言っていたの。拙者は現人神、鬼神となったと。

 悪鬼羅刹ともまた違う、似て非なる存在。拙者を自分で悪鬼と名乗るのは護った村の者達にも失礼な事だな。訂正しよう。


「どれくらい降りれば着くの?」

「もうそろそろよ。パンを追い掛け、すぐに着いたからな」

「パン? 不思議な到達の仕方してるんだね」


 奈落の底へ、更に更にと降り行く。登るのは少々時間が掛かるが、降りるのだけならそうでもない、行きはよいよい帰りは怖いとはよく言ったものだ。

 一刻も経たず、拙者らはそこへと到達した。



*****



「これは……」

「ここがそうなの? キエモンっち」

「ウム、そうであったのだがな」

「どうしてこんな事になってしまったのでしょう……」

「ひでー有り様だ」

「一体何があったのだ……」


 裏側の街へ着いた拙者らは、その光景を目の当たりにして息を飲んだ。

 活気溢れる、派手さは無いが良い雰囲気の街。拙者の記憶が正しければ此処はそう言う所に御座った。

 然れど現状、建物は崩れ、道は抉れ、砂塵舞う。さながら戦場の如き有り様。

 一体何が起きたのかと思案していると、背後から声を掛けられた。


「君達は3日前の……」

「お役人殿」


 それは町の守護を任されたお役人。

 怪我しており、息も切れている。見ての通りボロボロだった。


「エルミス殿」

「はい、キエモンさん!」


 その姿を見、迅速に治療へ取り掛かる。

 エルミス殿が回復術をもちいると破れた皮膚は塞がり、焼けた肌は元に戻り、流れる血も消え去る。

 傷は瞬く間に癒え、万全の状態へと戻った。


「これがエルミーの回復魔法。成る程ね。キエモンっちが言ってた通りだわ」

「凄い……これ程の回復魔法を扱えるなんて……」

「キエモン自らが推薦したのが分かる力だな」


 フォティア殿、ヴェネレ殿、マルテ殿がそれを見て感心する。

 知っている拙者とサベル殿はうんうんと誇らしげに頷き、役人殿の前へ膝を着けて目線を合わせ話した。


「これで話せるであろう。一体何が?」

「凄い魔法だ……いや、そうだ。実は──」


 口を開こうとした瞬間、近くの建物が吹き飛んだ。

 砂塵を巻き上げて砂埃が立ち、パラパラと小石や砂利が降ってくる。

 そちらを見やると鋭い爪のある巨腕が天を突くように掲げられた。


『GYAAAaaaaa!!!』

「あれは……」

「虎で御座るな。然し、その体躯は通常の比ではない」


 高々と吠える巨躯の虎。

 あれも妖やものの一種に御座ろうか。まさに怪物と言った雰囲気。

 役人殿はその虎を指差して声を発した。


「アイツだ! アイツがこの街を滅茶苦茶に!」

「成る程。虎の化け物に襲われ、この有り様か」


 やはりと言うべきか、原因はあの巨虎。

 先程建物が吹き飛んだ様からしても当然だろう。

 虎を前に、拙者は役人殿へ訊ねる。


「この町の人々は無事か?」


「あ、ああ。あの虎が暴れ出してから一斉に避難勧告を告げ、少し遠くへ逃げた。奴は縦横無尽に暴れ回り、建物だけを破壊していたから命はある……が、皆が皆、重傷や軽傷。怪我人が多い……」


「成る程。ならばエルミス殿はそちらへ。拙者は虎を討つ」


「は、はい!」


 人々は無事。それについては良かった。

 然し怪我をしているならエルミス殿を向かわせ、迅速な治療が優先。虎は拙者が止めよう。


「キエモン! 私達も加勢するよ! あの虎、とてつもない魔物だもん!」


「ああ。その為の護衛だ」


 ヴェネレ殿とマルテ殿が名乗り出る。

 それは有り難き事。だが、と他の者達へ話す。


「皆は人々を回復させてやってくれ。一人でも回復に割り当てた方が良い。妖術を使えぬ拙者だけで十分だ」


「キエモン……」


「案ずるな。あの程度の妖、問題無い。人々を治す事の方が大事であろう?」


「それはそうだけど……キエモンも心配だよ!」


 拙者の身を案じるヴェネレ殿。心配性な所はあると知っているが、難しい相談に御座る。

 ヴェネレ殿らに言われ、自らの命を無下にしようとは思わなくなったがやはり拙者にやれるのは敵を討つのみ。さて、如何しようものか。


「ならウチがキエモンっちと一緒に魔物退治するよ! ウチが居れば安心っしょ!」


「フォティア殿」


 拙者に乗り掛かるように肘を置き、そのまま肩に手を回して胸を当て、「ウエーイ!」と名乗り出るフォティア殿。

 この様に軽薄な態度だが実力は確か。不足は無く、ヴェネレ殿とマルテ殿は食い下がった。


「フォティアさんが居るなら……私もキエモンと居たかったけど……」

「フム、そうだな。彼女ならば下手する事は無い……しかしなぜかモヤモヤする。不思議な感覚だ」


 少し気を落としたような面持ちの二人。

 それ程までに戦いへ赴きたいのだろうか。それともまた別の理由か。

 どちらにせよ、これで話は纏まった。


「ったく。キエモン~。お前ってマジで無自覚かつ鈍感だな。もうちょっとそう言うな~」

「一体何を言うておるのだ?」

「何でもないと思うよ」「ああそうだな。戯れ言だから気にするな」「あぐっ……!」


 拙者へ絡むサベル殿を、ヴェネレ殿とマルテ殿が踏みつけるように制する。不憫よの。

 然し、フム、この世界に来て一週間。まだまだ分からぬ事が多いな。

 ヴェネレ殿とマルテ殿。エルミス殿、サベル殿、お役人は避難場所へ赴き、拙者とフォティア殿は未だに破壊活動を続ける巨虎へ向き直った。


「とりまあの虎退治するっしょ」

「そうで御座るな。主の実力、しかと拝見させて頂く」

「まるでウチが試されてるみたいな感じー。ウチもキエモンっちの実力は噂程度でしか知らないし、お互い様だね。魔法を使わない……使えない戦い方。つーか、興味津々?」


 互いに互いの実力も戦い方も知らぬ故、連携は取れぬだろう。

 この場合は即興の連携より、互いの思うままに動き、流れで合わせた方が効果的だ。


「では、虎の気を此方へ引き付けてくれ」

「ヘイトを向ける。良いね。乗った」


 懐から杖を取り出し、クルクルと回して虎へ杖先を向ける。一呼吸吐き、経を詠じた。


「火球よ。燃え盛る炎よ。とりま行っちゃって! “ファイアボール”!」

「なんぞそれ……」


 最初の方は他の者達と同じようなモノだったが、後半に掛けて言葉を選ばず、軽く放つ。

 それによって生み出された火球は一時的に空中で停止し、次の瞬間に高速で撃ち出された。


『……!』


 刹那に見えなくなり、崖へ着弾して大きく崩落した。

 単純な攻撃で分かった。この者は一線を画す存在。崖を崩す程の火球とはな。

 虎は火球の放たれた方向、此方を見やり、一気に踏み込んだ。


『GAGYAAAaaaa!!!』

「へえ。ちょー速いじゃん。あの巨体と四肢の踏み込み。動くだけで建物が崩壊する勢いヤベー」


 重い足音を鳴らし、その足音に似付かぬ速度で迫った。

 フォティア殿は口ではこう言っているが、特に焦りは見えない。拙者としても焦る程の速さではないと理解している。


「如何する?」

「次はキエモンっちが見せてよ。ウチが注意を逸らしたんだし!」

「相分かった」


 順に仕掛ける。それは連携の取れぬ互いにとって利点となる。

 何故ならお互いの邪魔にならぬから。然し、互いにそれをするだけの力量がある場合に限る。

 拙者は腰の鞘に手を掛け、体勢を低くして一歩踏み込んだ。


「参る……!」

「うおっ……速っ……!」


 刹那に加速し、迫る虎へ一閃。前足を斬り飛ばした。


「……。ふうん。しかも倒せたのにウチの分を残す為に機動力だけを奪ったみたい。気が利くじゃん♪」


 拙者としても彼女の実力をもう少し把握していたい。

 勢いそのままで巨虎は倒れ、滑りながら既に崩れた瓦礫を更に崩落させてフォティア殿へ迫る。


「……。いや、傷口から漏れてる魔力の感覚……成る程ねー」


 巨虎を見、何かを察したかのような呟きを零す。

 何事か。拙者は駆けて向かい、瓦礫の上からその様子を眺めた。


『GA……GYァ……アアあ……」

「これは面妖な」

「不思議な魔法だねぇ~」


 その巨虎は次第に形を変え、人間の姿と変わった。

 魔法……つまりこれも妖術。変化の術に御座ろうか。……いや、この者……何処かで……。


「チィ……まだまだ使いこなせていないな。腕痛った……“ヒール”ヒールっと……」


 呟くように言い、己の腕を再び生やした。

 この者は蜥蜴トカゲが何かで御座ろうか。拙者の隣でフォティア殿が呟く。


「斬れた腕が即座に再生……魔力の質は良くないのにこんな芸当が出来るなんてね」


「主は確か……」


「ヒヒ……ああ、そうだよ。キエモンさん。アンタに嵌められて捕まった僕だよ」


「嵌めた覚えは御座らんが……いや、確かに主からすればそうなるの」


 その者は三日前に捕らえた奴。手に小槌がある事から、まんまと盗みを成功させたようだ。

 成る程の。懸念の正体はこれに御座ったか。如何様にして盗み出したのかは興味無いが、此処は責任を持って拙者が討とう。建物に火を放つ、及び破壊する行為は死罪だからの。


「知り合い? ……って、会話の内容からして、裏側で悪さしていた人だよね」

「そうよの。紛う事無き罪人。刑罰を与えねばならぬ」

「ふうん? じゃ、私も手伝おっかな」


「ハハ……今の僕は無敵だ! 一国の騎士如き、取るに足らない存在だよ……!」


「腕を斬られたのにか?」


「斬られた証拠は隠滅した。現状無傷だ」

「フム、一本取られた」


 刀を構え、フォティア殿は杖を構える。

 その者は小槌を握り締め、目を見開いて笑う。

 裏側と友好関係を結ぶ為に来たのだが、面倒な事に巻き込まれてしまったの。

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