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其の弐拾捌 目論見

「フム、調査の程はこれくらいで良いか」

「そうですね。キエモンさん」

「騎士って案外地味な仕事もするんスねー」


 数刻町を調べ、そろそろサベル殿も拙者らを探すであろう頃合い、ある程度を終えた拙者達はこの町を出る事にした。

 結局この者は何もしなかったが、騎士でも冒険者でもない民。何もさせぬのが普通だろう。


「そうそう、キエモンさん。さっきの話、どう思いますか?」

「先の話?」

「色んな魔法が使えるようになる小槌ですよ。小槌! それがあれば幅が広がってきっと役に立ちますよ!」

「要らぬ。元よりこの町で大切にされている物。それをどうこうするなど言語道断だ」

「ごんごどーだん? 何にしてもお堅いなぁ~」


 話を振ってきたが、それは小槌について。

 実はこの者、拙者らと共に行動し始めてから事あるごとにそれを話してくる。

 その小槌を狙っているのは明白。少し強めに言うが、おそらく何も響いておらぬだろうな。


「馬鹿な事を考えるのはやめよ。それを使うてどうするつもりだ」


「そりゃまあ、人生を面白おかしく満喫したいんですよ。自分は何の努力もせず、貰った力でテキトーに無双して称賛されてムカついたらボコって。それこそ人類の夢でしょ!」


「下らぬ夢だな。そんなので得られるのは一時の満足感だけ。すぐに飽き、退屈になるだけだ」


「今の時点で人生なんか基本的につまらないんスから変わりませんよ。同じ退屈なら力を得ての退屈の方が良いじゃないですか」


「考えの相違だな」

「そうみたいッスねー」


 この者はかなり怠惰な者のようだ。

 おそらく此処に来てから特に何もしようとせず、誰かを待ってそのまま帰ろうと言う魂胆だったのであろう。

 人間性は好かないが、民は民。こんな者でも護る義務がある。


「君はどう思う?」

「え? わ、私ですか?」

「そう。見たところ君は弱そうだもんね。さっきからずっとオドオドしてるし。大した魔法も使えないんでしょ?」

「それは……そう……で」「もない。エルミス殿は質の良い回復術を使える。主より遥かに人々の為になる力だ」

「キエモンさん……」

「へえ。回復魔法……だけ。自分で戦えないなんて使えないね」

「戦いはせぬ方が良い。失う物の方が多くなるからな」

「ふうん。やっぱりアンタとは考えが合わなそうだ。けど、ちゃんと送り届けて貰うのは変わらない。魔法は使えなくても騎士って事は相応の実力はあるんだろうからね」


 人の役に立つ力ではなく、人を傷付ける力の方を優先する。

 この者だけがそう言った感性で全員が全員はそうでないと思いたいの。


「助けはする。ただし人間性は好かん」

「正直だね。まあ、それくらいハッキリ言われた方が良い。しかし惜しいなぁ。様々な魔法を使えるようになる小槌。それがあれば人の役に立てると言うのに」

「……! (人の……役に……私も……)」

「要らんと言うておろう。人の役に立ったとして、この町はどうなる。他者を蹴落としてまで得た力などいずれ身を滅ぼす事になる」

「……。(そうだ……キエモンさんはそれを望んでいない……今の私を見てくれてるんだ……)」


 どうやらあの者はどうしても小槌が欲しいようだ。

 早いところ帰るべきだな。このまま此処に居させる訳にはいかぬ。エルミス殿も先から黙り込んでしまった。あれ程言われたらこうなるのも頷ける。

 一先ず拙者らの降って来た場所を探し、そこからほうきで行くのが先決だが……。


「エルミス殿、三人で乗る事は可能か?」

「難しいですね……私の魔法が未熟なのが原因ですけど、最大で私を含めた二人しか」

「フム、悩みどころに御座るな。あの者ならばそのままほうきを奪って逃げる可能性すらあり得る」

「そんな……とは言えませんね。怪しさしかありません」


 どうやら人数に制限がある様子。馬も大勢乗れぬと考えればそうもなろう。

 そしてあの者が居る前で何故堂々と話すか。その理由は此処にある。


彼奴あやつは何処へ消えたのか」

「謎ですね」


 既に姿を眩ませているからに御座る。

 性格をおもんみればロクな事にはならなかろう。

 ああ見えて、潜入や侵入の技術力は高い。忍びなどを相手にした事もある拙者はその辺りが長けている故に分かったが、常人ではそうもいかなかろう。


「仕方無い。町へ迷惑を掛けるよりも前に探すか」

「そうですね。手分けしますか?」

「いや、共に行こう。奴は何を考えているか分からぬ。狐のような者。単独で行動するのはなるべく避けるべきだ」

「はい、分かりました!」


 飄々としており、掴み所が無い。そして何より野心に溢れている。野放しは周囲に迷惑を被る事。

 事前に阻止する為、捜索に当たった。



*****



「──と言っても、拙者らの近くを離れた時点で知っていたのだがな。此処に小槌があるのか。何処で情報を仕入れたのか、食えん奴よ」


「……っ。マジですか。魔法とは別に、潜入スキルは結構鍛えていたんですけどね。姿とか気配を消す潜入魔法も鍛えるべきだったか」


 新天地に伴い、拙者は常に辺りへの注意を払っている。故に見つけるのは朝飯前。時間的には夕食だろうか。

 ともかく、見つけ出したこの男を連れて帰るか。


「馬鹿な事は考えずさっさと帰るぞ。見たところこの屋敷は領主などが居そうだ。此処に居ては捕まる可能性も高い」


「正気になってみろよ。キエモン。色んな魔法が使えるようになるんだぜ? 優秀な魔法を使える程称賛されるこの世界! 放置しておくのは勿体無いって!」


「そうだな。主に使わせるのはもっと無駄だ」

「キツイ事言うねぇ~……」


 やはり狙いは此処にある小槌。

 多種多様の妖術を扱えたところでこの者が使いこなせるとは思えぬが、多方面に面倒を掛ける。


「行かぬと言うのなら力尽くになってしまうが。怪我をするぞ」

生憎あいにく、此方としても俺自身の為に引けないんだ」


 鞘からは抜かずに刀を構え、男性も杖を構える。

 一体何処から取り出したのか。あの様子、元より小槌を狙っていて帰ろうと思えば何時でも自分で帰れたので御座ろうな。

 少しでも情報を得る為に拙者らへ近付いた。あの時の言葉は全て嘘だったか。


「土槍よ。大地を操り、敵を穿て! “ランドニードル”!」

「…………」


 他の者達と比べ、経を読む速度も早いの。口が回るのはお得意の出任せだけではなく、そう言った方面にも役立つのか。

 拙者はその様に早く話すのは苦手ぞ。

 地面から生えた土の槍を抜け、踏み込み、刹那に眼前へと迫った。


「さあ、観念せよ」

「速っ……強過ぎだろ……魔法使えねえ生身の人間とか嘘だろ……」

「主と違い、嘘では御座らん。妖術は使えぬ。鍛練の末に身に付けた芸当よ」


 喉元を鞘で抑え、説得するように話す。確かにこの世界の者達からすれば信じ難き事であろう。

 然し、大抵の侍や忍びは穿たれた大地の槍を抜けて距離を詰めるなど容易い所業よ。

 男性はフッと笑った。


「だがよ……アンタも捕まるかも知れねえぜ? キエモンさん」

「…………」


「貴様! 此処で何をしている! 此処が何処か知っておるのか!?」


 話していると、見回りの者がやって来た。

 フム、参ったな。この様な現場、目の当たりにされれば捕まってしまう。──何の手も打って無ければの。


「キエモンさん! 役人を連れてきました!」

「まさか本当に領主の家へ忍び込もうとして居る輩が居たとは……」


「んなっ!?」

「エルミス殿をお忘れか? この場に居なかったであろう。手伝って貰っていたのだ」

「まさか……あの時確かに、共に行こうと……!」

「ウム。役人の元までは共に行こうとな。あの時点で主が隠れ、拙者らの動きを警戒していたのは知っていたと言ったろう」

「……っ」


 何も嘘は言って御座らん。

 エルミス殿の単独行動は危険。故に、役人と共に行く事で単独行動ではなくなり、今に至る。


「高を括っていたのが仇を成したな」

「全部読まれてたのかよ……誰が狐だ。アンタの方が余程だぜ」

「伊達に経験は積んでおらん。二重三重の策を練るのは当然の事。差が出たの」

「クソッ……」


 舌打ち混じりにガクリと肩を落とし、力を抜く。

 これにて一件落着……なのだろうか。今までは一段落付けば肩の荷が降りた感覚になったが、今回はどうもキナ臭い。


「やりましたね。キエモンさん!」

「エルミス殿のお陰よ。役人を呼んで来てくれて助かった。二人だからこそ出来た事だ」

「そんな……私はただお声掛けして連れてきただけですよ。それに、キエモンさん一人で何とかなりそうじゃありませんでしたか?」

「どうだろうの。役人が来たから気が緩み、やる気を削ぐ事も出来た。立派な功績よ」

「そう……ですか? えへへ、なら、しかと受け取ります。その功績」

「ウム。受けられる時に受けておくのが自信に繋がる一歩よ」


 一先ず問題は解決した。これならば拙者とエルミス殿だけでほうきにも乗れる。つまり上へと登れるという事。

 サベル殿もすっかりと待たせてしまっているだろう。町の者達に後を任せ、暫しの不安は抱えながら拙者とエルミス殿は裏側の地上へと戻った。

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