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其の弐拾漆 裏側の町

 町の散策を執り行う拙者とエルミス殿は、一先ず外套を脱いだ。

 理由は町の様子からそうすべきと判断したから。

 どうやらこの町では外套を纏う者は少ないらしく、妖術を扱う為の触媒となる杖すら持たぬ者も居る。たった三日だとしてもこの世界について、人々が妖術を日頃から扱う事は知ったが、この町は拙者にとっては普通であるがエルミス殿にとっては不思議だろう。


「皆様が魔法を使っていませんね……不思議な光景です。建物の修繕や移動、料理など、全てを魔法以外でこなしています」


「フム、“裏側”というのはそう言う場所のようだな。拙者のような者達が多く住まう土地。故に妖術なども使わぬ」


「キエモンさんの言う妖術とは魔法の事ですよね? えーと、そうみたいです。こんな光景初めて……」


 周囲に気を取られつつ、拙者とエルミス殿は町中を行く。

 さて、問題はこれからに御座る。都は作られているが、果たして外との交流があるのか、無ければ一目で部外者と分かる拙者らは奇異の目で見られてもおかしくない。

 このまま辺りを見ながら進み、話し掛けられたら止まるとしよう。


「オイ! 貴様ら!」

「……!」

(来たで御座るか)


 その様な事を思案すると、読み通り誰かが話し掛けてきた。

 鬼が出るか蛇が出るか。全ては反応を示した時の返答次第に御座る。


「何であろうか」

「見掛けない顔だ。外からの者か?」

「そうに御座る。裏側へと赴き、奈落の底に落ちたと思えば此処に居た」

「そうか」


 淡々と質問へ返す。

 嘘は言っておらぬ。全てが誠。拙者ら自身、奈落の底がこの町とは思わなんだ。

 その者は自分の懐へと手を入れ、何かを取り出した。


「外からの者なら、この書類にサインしろ! この街での決まりとして外部からやって来た者は書く事になっている! にしても、たまに落ちて来る者も居るが、毎回毎回、何処から降ってくるのだ!」


「そうか。何処から落ちてくるのかは知らぬが、書けと言うのならば書こう」


 どうやら問題は起こらなさそうに御座る。

 しかし字の読み書きは出来ぬ。故にエルミス殿へ手渡した。


「すまぬが、書いてくれぬか? 拙者、文字の読み書きは出来ぬ故」


「そうなんですか? 構いませんけど、裏側の文字って私達が使うのと同じなんでしょうか」


「それについては心配無い。貴様らが“裏側”と呼ぶここの歴史はそれなりだが、どういう訳か言語も通貨も同じだ」


 場所は違えど共通点は多い。

 考えてみれば、そうでなくては拙者らが外から来た者と知り、規約に則って書類を差し出したりせぬか。

 既に前例があるから規約となり、定められているのだからな。

 エルミス殿はスラスラと書き記し、その者に返した。


「ウム、アマガミ=キエモンとリーヴ=エルミス。確認した。街での行動を許可する」

かたじけない」

「良かったですね。キエモンさん」


 調査人は去り、拙者らへ少し集まっていた視線も元に戻る。

 “裏側”とは交流があるとも言っていたからの。そうであっても様々な噂が広まり、現在の拙者達も不可思議な体験をした。

 謎は深まるばかりよ。


「エルミス殿。主も字の読み書きは出来るのだな」

「はい。一応教養を受けられるだけの金銭はありましたから。お父さんとお母さんには感謝しています」

「そうで御座るか。それは何より」


 どうやらエルミス殿は知識もあるらしい。回復術に知識。何故自分自身を卑下するのか分からぬ程の才に溢れておる。

 だがそれを告げてもまた謙遜するだけに御座ろう。自信が付けばより頼もしくなるのだが、惜しいものよ。


「けど、変な話ですね。表側……とでも言うのでしょうか。そこからこの“裏側”に来た形跡があるのにその事は伝わっていないなんて」


「形は違えど、伝わってはおろう。サベル殿から噂を聞いた限り、人が住むという証言もあった。拙者らの見た花畑と言い、その時によって形が変わるのやも知れぬな」


「アハハ……そんなお話みたいな……」

「拙者にとっては魔法すら不思議な事で御座るよ」

「御座る? ……それを言うならキエモンさんの身体能力なんかも私達にとってはファンタジーですよ」

「つまり、各々(おのおの)が皆、不思議な体験をしているという事。噂が多様に広まるのも無理はない」

「あー、確かにそうですね。今現在話している私達ですらお互いにとって前例の無い事ですもんね」

「ウム」


 水の如く形の変わる噂だが、その殆どは実際にあった事なのであろう。

 拙者にとってはこの世界で体験する全てが夢物語のような事柄。

 今は本来の目的を……いや待て。確か調査以外の目的もあったような気がするの。大事なもの──。


「──そうだ。拙者、パンを落としたので御座った。早く探さねば」


「さっきのパン、まだ諦めていないんですか? いえ、確かに食料は大事ですけど……土で汚れてしまいましたし、もう他の動物辺りが食べているんじゃないでしょうか」


「むぅ。その可能性は高いの……無念。勿体無き事をした。誰かの糧になるのならばそれで良いのだが」


 食物は何時の世も人々にとって無くてはならぬ物。拙者が食えずとも、それによって空腹を満たせた生き物が居るならばそれで良い。

 サベル殿に貰ったパン。惜しい事をしたの。さて、


「その話、本当かい?」

「む?」

「はい?」


 その様な会話の最中、誰かが話し掛けてきた。

 手には鼠のような生き物を持っており、拙者と側へ近付く。


「いや、君が落としたというパンのお陰でペットの使い魔の喉に詰まっていた餌が取れてね。救われたんだ」


「パンで餌が? どういう事に御座るか?」

「えーと、餌を喉に詰まらせた数十秒後にそのパンが降ってきて、背中に当たって詰まりが取れたんだ」

『ヂュウ!』

「成る程」

「そんな事あるんですね……」


 拙者の知らぬ所で愉快な事が起こっていたらしい。

 まあ、助けになったならそれで良し。使い魔とやらが助かって良かったと考えておこう。


「完全なる偶然の産物だが、その使い魔が無事で何よりだ。パンはそのまま食したのか?」


「ああ、ウチの使い魔がね。是非ともお礼をしたいんだけど……」


「別に構わぬ。前述したよう偶然の出来事。拙者が何かをした訳では御座らん」


「そうか……残念だ」


 青年は肩を落とす。

 そこまでして礼をしたかったのか。それを無下にするのも忍びない。なら、拙者から訊ねてみるとしよう。


「では謝礼として話を聞かせてくれ。拙者、外の国から裏側の調査で来ている。何か当てになる物は御座らんか?」


「調査? 成る程。それならこの街の人達は全員知っている情報なんだけどさ、この街には手に入れたら様々な魔法が使えるようになる小槌があるんだって」


「小槌? 杖ではなくか?」


「基本的に魔法は杖なんだけど、君達が裏側って呼んでいるここでは独自の技術が進歩していてね。魔法も例外じゃなくて、色んな物を触媒にしてるんだ」


「へえ、そんな物があるんですか。“裏側”には」

「技術の独自発達。国が違えば同じ世界でもその様になるので御座るな」


 それは良い情報を聞いた。

 その小槌を奪い取ってどうこうする賊のような事はせぬが、これを報告すれば明確な調査の示しとなるだろう。


「こんなんでどうかな?」

「ウム、良き情報であった。感謝致す」

「いえいえ、本当にこの街の人達なら全員知っている話だし、使い魔を助けてくれた礼になったなら何よりだよ」


 手を振り、その者は立ち去る。

 なればそれを報告としよう。さて、残る問題は……。


「……主、いつまで付いてくるつもりだ? 残念ながら、拙者らも帰り道は分からぬぞ」

「え?」


 物陰に潜むその者へ告げ、警告する。

 エルミス殿は拙者の視線の先を見やり、拙者は一歩動いた。


「ま、ままま、待ってくれ! 分かった! 姿を現したからこれで良いだろ? 僕はかれこれ数日間この街から帰れないでいて、空から君達が降ってきたのを確認して後を付けてたんだ!」


 慌てたように物陰から姿を見せ、早口で弁明する。

 土汚れを払いながら立ち上がり、更に言葉を綴った。


「いやぁ、結構自信があったんだけどね。バレてしまったか。君、かなりの実力者のようだけど何者だい? アマガミ=キエモンって言うんだっけ」


「キエモンさんの名を……!」


「この者が言ったであろう。拙者らが空から落ちた時には既に後を付けていた。つまり此処までの全てのやり取りを見られておる」


「そんな……って、何で黙ってたんですか!?」

「言おうとした時にパンの事を思い出しての。この者より重要と判断してそれを先に告げ、その話によって使い魔を救われた先程の者が来た。つまり話す機会が無かったので御座る」

「成る程……確かに話すタイミングがありませんね……」


「ハハハ……僕の存在価値はパン一つ以下か……」


 諸々の理由から話せずにいたが、一先ず確認はした。

 後は役職でも話そうか。


「拙者は外の国“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士に御座る。主が盗み聞きしていた理由からこの場に居る」


「盗み聞きなんて人聞きが悪い。僕も必死だったんだ。君達が盗賊とかだった場合、話し掛けるのは危険だろう?」


「フム、一理あるな。素性の分からぬ者に話し掛けるなど警戒せぬ方がおかしい」


「そうだろ、そうだろう!」


 その考えは分からなくもない。然し引っ掛かるの。


「して、主はどうする? 拙者らはある程度の調査を進め、後々エルミス殿に乗せて貰って帰る」

「え? 君、騎士なのに魔法が使えないのかい?」

「そうだが? 生まれてこの方、妖術を使った覚えは御座らん」

「へえ。そんなんでも騎士になれるのか。チョロいな」


 嫌味な男よ。

 悪意を持っているのか何の感情も無いのか。悪意を持ちつつ淡々としているのか。

 掴めぬものだ。


「とまあ、それは置いといて! 頼む! 僕も君達と居させてくれ! そんなんでも騎士なんだろ? 助けてくれよ~!」


「はあ……仕方無い……一応役目ではあるからの……然し、主は何となくあまり良い気がしない。エルミス殿には近付くでない」


「キエモンさん……♡」


「はいはーい。分ーってますよ。っと、同行許可、誠にありやーす!」


 変な奴に絡まれたの。

 騎士としての役割は果たす。そしたらさっさと離れ、サベル殿に丸投げしよう。拙者はまだこう言った輩の扱いに慣れておらん。

 奈落の底の町。拙者とエルミス殿の班に変なのが加わった。

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