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其の弐佰漆拾漆 if・~魔法世界の王国騎士~・上

 ──“一年後”。


「オギャア! オギャア!」

「ヴェネレ様。おめでとう。元気な男の子よ」

「えへへ……ありがとう……ミルちゃん……」


 告白の日から一年が経過し、“ヴェネレ殿”が遂に第一子を出産した。

 立ち会いにはミル殿と使用人達が携わり、生まれた赤子を産湯に入れて洗う。

 ヴェネレ殿の疲労は凄まじく、横になって未だに汗を掻き続け顔も赤面したまま。その苦労は一年前に邪悪を倒した時以上に御座ろう。

 無事出産を終え、ホッとしたミル殿は呆れ半分、冗談半分で此方を見やる。


「それにしても……まだ10代で妊娠と出産って……どんだけお盛んなのヴェネレ様。キエモン。しかもたった1年って事は……告白を終えたその日のうちにって事よね」


「アハハ……世継ぎは必要ってずっと言われてたし……私も早く赤ちゃんが欲しかったから……」


「ウム……拙者からは言う事は何も御座らん」


「……まあ大方、ヴェネレ様が迫ったんでしょうね……。キエモンの苦労は図り兼ねるわ」


「えへへ……」


 否定はせぬ。そしてこれ以上は何も言わぬ。

 兎も角第一子。王子の誕生はさも目出度めでたき事。これで懸念されていた世継ぎ問題も解決し、“シャラン・トリュ・ウェーテ”はより良き方向へと進んで行く事だろう。


「……」

「……!」

「あ……ふふ……」


 その様な事を考えていると、赤子が布団の中から拙者の指を掴んできた。隣では微笑ましそうに笑うヴェネレ殿。

 ……そうよの。国の方向も大事ではあるが、何より大事にすべきは我が子の事。生まれ持った命。大切にして行くとしようぞ。


「して、ヴェネレ殿。名は決まったのか?」

「うん。お腹に居た時から考えていたよ。この子の名前はね……“アース”。アマガミ=シュトラール=アース。私達の愛の結晶……」


 そっと赤子の頬に手を当て、その名を告げる。

 良き名よ。雄大な大地のように広々と生き、伸び伸びとこの世界で暮らして行けるであろう。


「偉大な名だ。高潔なるヴェネレ殿。そして……特徴の無い拙者の血が通っておる。ヴェネレ殿の優しさと勇気がこの子に宿る事を祈る」


「もう、特徴が無い訳無いよ。キエモン。キエモンにも優しさや慈悲深さがあるし、何より強さがあるもん。力もそうだけど、何物にも変えられない強さがね。だからこの子はとてもスゴい子なの。世界を救ったパパが居るんだから!」


「それこそ大袈裟よ。世界を救ったと言うのならヴェネレ殿の方こそぞ」


「ふふ、そんな私達の子供だからね。威張り散らすのはダメだけど、あまり卑下し過ぎないでよ。子供は親を見て育つんだから。立派にやらないと!」


「うむ、そうよの」


「全く。相変わらずイチャイチャしてるね。お2人さん」


 この子に恥ずかしくない親となる。それが残りの生涯を掛けた誓い。拙者は打刀を少し出し、キンッと仕舞う。

 金打。これは絶対に護るべき約束事よ。

 雪解けの暖かな春先。拙者らに授けられた子がすくすくと育つ事を祈ろうぞ。



*****



 ──“六年後”。


 告白の日から六年が経過し、拙者と“マルテ殿”の間に授かった娘は五歳となり、日々騎士の鍛練に勤しんでいた。


「行きます。お父様!」

「ウム、来い。キオンよ」


 娘のキオンは女子おなごながらマルテ殿に似、勇猛果敢な少女となっている。

 杖と剣。それらを扱う在り方で立ち合いを行い、騎士の仕事が休みである時拙者らは娘の鍛練をおこなっていた。


「フッ、精が出るな。キエモン。キオン」

「お母様!」

「マルテ殿。騎士団長の仕事は終わったのかの」

「ああ」


 そこへ、騎士団長としての仕事を終えたマルテ殿がやって来る。

 彼女は腕を組みながら小さく笑みを浮かべており、鍛練をする拙者を見て話した。


「しかし、キエモンも早く騎士団長になれば良いのに。いつまでも副団長で燻る器でもないだろう。実力で言えば騎士団一なんだからな。副団長よりも弱い騎士団長と言うのはなんかアレだぞ」


「構わなかろう。この地位の方がある程度自由が利くからの。この世界では常に凶暴な魔物が現れておる。前もS級相当のモノが現れた。騎士団長は自由に動けぬので拙者が護らねばな」


「そう言う所も相変わらずだ。あの邪神・魔神・悪魔を払い除けたキエモンがその辺の魔物にやられる事は無いと思うが、妻として心配だぞ。なあ、キオン。キオンも娘として心配だろう」


「うん、スゴく心配。お父様なら大丈夫と思ってるけど、心配なの」


「むぅ、主ら二人に言われると弱いの。心配を掛ける」


 マルテ殿とキオンに詰め寄られる。

 危険を冒しているのは事実なので返す言葉も御座らん。そも、よわい五つにしてキオンは大人びておるの。その辺もマルテ殿に似ておる。


「だから私も早く騎士団に入ってパパとママ……じゃなくて、お父様とお母様を守る騎士になるよ!」


「フッ、それは心強いの。我が娘にもう追い抜かされそうだ」


「実際、キオンのセンスはかなり良いからな。まあ私達の娘なら当然だが、それに驕らず鍛練も欠かさない、そして優しさもある。良き騎士となろう」


 既に実力の片鱗が見えておる。既に長女は初級魔法がいくつか使えるようになっておるからの。

 後はそれを更に伸ばし、優しく強い騎士となるだけ。無論、キオンが成長の途中で騎士になる事を否定するならそれも受け入れよう。

 犯罪者などにする訳にはいかぬが、ある程度自由に生きて欲しいのが親心よ。

 そこへまた一人やって来た。


「パパ! 次は私の番! お姉ちゃんばかり相手にしないで!」

「おっと、すまぬの。リース。では立ち合いと行こうか」


 因みにだが、拙者とマルテ殿の間に居る子供は三人。長女と次女。そしてまだ話せるようにはなっていない長男が居る。

 いずれも実力者揃い。親バカなどでは無く、誠に相応の魔力と身体能力を秘めておるのだ。


「ではマルテ殿も帰って来た事だ。今はまだ見物としてベテルも入れ、五人で鍛練を執り行おうぞ」


「フッ、賛成だ。2人合わせて私達のどちらからか一本取ってみろ」


「行くよリース!」

「うん! お姉ちゃん!」


 四人で立ち合いを行い、長男は見学。意外にも拙者らがある程度離れるだけでは泣かず、強き者のようだ。

 この鍛練もまた幸福の形。我が子供達の将来が楽しみぞ。



*****



 ──“翌日”。


 告白した次の日、拙者は“セレーネ殿”と共にセリニ殿の元へ挨拶に出向いていた。

 まだ復興途中の“シャラン・トリュ・ウェーテ”に彼女はおり、挨拶をするには絶好の機会に御座る。


「……然し……改めると緊張というものがするの。昨日の今日で早くも挨拶に赴く事となるとは」


「……私も緊張する……鬼右衛門とはずっとこうなりたかったけど……改めてお母さんに話すんだもんね……」


 絶好の機会ではあれど、緊張は図り知れず。

 昨日さくじつにあの様な相談をし、其の娘を貰い受けるなど母親からしたら如何様な心境となるのか。

 その様な事を考え、気を紛らわす為にセレーネ殿と話しつつセリニ殿へ赴いた。


「あら、キエモンさん。セレーネ。2人一緒に此処に来たって事は……キエモンさんはセレーネを選んだという事ですね」


「……! なんと。即座に分かってしまったか」


「当たり前ですよ。昨日の相談から考えて、男女が一緒に来たって事はそう言う事以外に無いじゃないですか。私は大変喜ばしいです!」


 どうやら思ったより柔和な対応をしてくれた。

 然し思えばセリニ殿は初めからセレーネの婿にと拙者を推奨していたの。

 セリニ殿は笑顔を向け、拙者らに向けて話す。


「それで、孫の顔はいつ頃見えるのかしら? 最短で……1年以内かしらね~」

「孫の顔とな……」

「気が早いよお母さん……」


 唐突に申されるは孫を見たいという事。挨拶の日にそれを申されるのか。

 それはまだ早計であると拙者らの言葉を聞いたセリニ殿は更に綴る。


「いいえ、そんな事ありませんよ。私達の時代はもっと結婚も早かったですし、妹のルナも結構若いうちに嫁ぎましたもの」


「確かに拙者の故郷でも婚姻を結ぶのは十三から十五辺りだったが……この世界では早くても十八からではないのかの」


「月ではそうでもありません事よ。あ、出産の際には是非立ち会いを。月の力で苦痛を和らげる事が出来ますので♪」


「そ、そうかの」

「私も鬼右衛門との子供は欲しいけど……なんか……うん……」


 ともあれ、不安視していた事態にはならぬようだの。想像以上に乗り気で逆に驚いたが。

 だが子供を作るという行為。果たしてセレーネ殿は知っておるのか。……今は考えるのをそう。


「付き合うとなれば結婚は大前提ですので……式場の手配もしておきましょうか。お客様は月の皆様に地上の皆様……大きな会場が必要ですね♪」


「誠に気が早いぞ」

「それには同意見……」


 何にせよ親であるセリニ殿の許可を得た。

 一度決めた事なればそれは遂行致す。拙者、命に代えてもセレーネ殿を幸福にする所存。

 いや、己の命を無下にしてはならぬと言うのが彼女らの望み。なれば共に幸福となるのが最良の選択だろう。


 ──拙者が彼女ら“五人”と共に選んだ道。それは何処であろうと、共に歩み行く。


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