其の弐佰漆拾壱 熾烈
「アク……! 悪魔に相応しい名前だな……! “ファイアボール”!」
【鬼右衛門にもそう言われた】
マルテ殿が杖を構え、即座に火球を撃ち込んだ。
アクはそれを弾き飛ばし、正面へ手を向ける。
【人間共の存在など眼中に無い】
「……!」
瞬時に光線が放たれ、凄まじき熱と衝撃波が辺りを吹き飛ばす。
光線はそのまま真っ直ぐ宇宙へと飛ばされたのでこれ以上の影響は無さそうだの。
【……ほう。既に付与していたか】
「……! 無事……なのか……」
「光と……鬼右衛門の力……」
「助かりましたね」
「おー、なんともないぞ!」
鬼と光の付与はあり。周りの者達は無傷で済んだ。
だが先程までの在り方ではこの星が持たぬ。上手くせねばなるまい。
【だがまあ、攻撃を通す術はある。一人一人、確実に討ち仕留めて行くか】
「ヴェネレの光……なんか……なんだろう」
【先ずはセレーネ。月の血族で鬼右衛門と長く共に居るお前は先に消しておく】
「……」
大地を踏み込み、セレーネ殿の眼前へアクが迫る。
周りの反応が遅れ、既に戦い慣れていた拙者とヴェネレ殿のみ阻止すべく動いたが、
「多分これ……私も似たような事出来るかも……」
必要無かったかもしれぬな。ヴェネレ殿の光魔法に別の光が包み、アクの拳を防ぎ切った。
【成る程。加えて王女と従姉妹の関係性だったな。これもまた共鳴。血族の目覚めと共に共鳴する事もある。光に光の上乗せか。多重の防御は我の7~8割程の力ではビクともしない。まあ、既に成長の余地がほぼ無い月の女王は多分光魔法に目覚めていないだろうがな】
─────
「──……今何か失礼な事を言われたような……」
「どうかしたか? セリニさん」
「いえ、気のせい……ですよねきっと」
「そんな事より、今は悪の気配が星を覆っている現状だな」
「ええ、そうですね。カブルさん。この光魔法の鎧……別の力も感じますが、もしやあの二人が目覚めたのでしょうか」
「それを考えながら、この星へ及ぶ影響を防ぐか」
「もちろん」
─────
セレーネ殿の目覚め。それは此方にとって大きな戦力となろう。
良い想定外。地上を護る事がより良く運ぶ。何より人々を護らねばならぬからな。
「じゃあ私も授ける……」
【使い方も理解しているようだな】
セレーネ殿の光も上乗せされ、より体へ軽さが生じる。掠り傷も含め、全ての傷も完治致した。
光魔法の二枚重ねで完治と考えるとエルミス殿の回復術は改めて凄まじいと分かる。
兎も角、これなれば決められるかもしれぬ。
「……」
【速いな。光速の何倍だ?】
すれ違い様に斬り、アクから黒き血のようなモノが噴き出す。
首を狙ったが反応はされた。向こうも依然として成長を続けているようだ。
「……! 私達も仕掛けるぞ!」
「は、はい!」
「行くのじゃー!」
今の一連の攻防は一瞬にも満たぬ。呆気に取られていたマルテ殿らも動き出し、この場に居た全員がアクへ仕掛ける。
「“ファイアショット”!」
「“ウィンドキャノン”!」
「“超究極アルティメットジャスティスクラッシュボンバー”!」
【鬼と光上乗せの炎魔法と風魔法……厄介だがあまり問題は無い。問題は上乗せされた闇魔法……いや、闇魔術だな】
近くのマルテ殿、エルミス殿、サン殿の魔法と魔術がいち早く到達し、それらを全て相殺するように消し去る。
然れど闇は空間の通り道を作り出し、何処かへ飛ばすように消し去った。
拙者とヴェネレ殿の攻撃には防御か相殺だったが、闇魔法は防ぐのも憚れるか。
単純な威力だけで言えば拙者らの中でも随一よ。
次の瞬間には朝日が完全に昇った空が一瞬だけ暗くなった。
【銀河数十個分は遠方に逃がしたが、闇の余波が此処まで来るか。10万光年×数十個の範囲に一瞬で届く……末恐ろしい娘だ】
「我らも仕掛けるとしようか」
「詠唱時間は無いけどね!」
「今なら奴にも通るらしいからな」
「春に飛んで来る花粉のように効果的だ」
エスパシオ殿、フォティア殿、ファベル殿にリュゼ殿が経を読まず魔法を放出。
鬼と光の付与もあり、その破壊力は今までの比にならぬ程。
それをアクは正面から受け止め、魔力をぶつけて四つの元素を内部から崩壊させた。
「本物の光魔法を見て、どんな気分だ。No.2。feeling」
「特に何とも思ってませんけど、凄いって感想ですねぇ~」
「俺が本物の闇魔法を見た時もそんな感じだった」
イアン殿とトゥミラ殿……ではなくトゥミラの方が鬼と光を交えた二つの魔法を放ち、アクは相殺するように無効化。
他の者達も次々とアク目掛けて嗾ける。
「“空間斬波”!」
「技名はありませんわ」
「No.4に同じく」
「今回は私の無効化も無効にされてしまいそうだ」
「ボクは~?」
「今回は待機していた方が良い……見えている未来は何れも悲惨だ。けど、もう少しで未来が動く」
「やって……」
『ゴロォン!』『ヒュキーッ!』『ガホォ!』
「“グラビティ”!」
ザン殿ら次元魔導団の者達も仕掛け、アクはその全てを防ぐ。
空間からなる斬撃は正面から砕き、時の加速によって速度を上げたジーカ殿と鬼と光の付与によって己の身体能力が更に高まったファイ殿を受け流すように投げ飛ばし、ムツ殿も容易くいなす。
セブン殿とヨチ殿は待機。サモン殿が三匹に指示を出し、ジュウ殿がアクの周りを重くする。
前述したように全て防がれたが、効果自体はあるので手数を増やせば何れは効こう。無論、拙者も見ているだけではなく陽動も兼ねて仕掛け申す。
「……」
【他の奴等も今までて来た人間に比べら幾分マシだが、やはりお前達の方がまだ楽しめる】
刀を手で受け止め、回し蹴りの要領で側面から打ち込む。
それを鞘にて防ぎ、弾き飛ばされると同時にフロル殿とレーナ殿が放つ。
「光の付与で更なる力を得た……“聖樹先槍”!」
「“ダークエンブレム・爆”!」
【下らない攻撃だ】
大樹からなる槍と爆発する紋様が放たれ、片手で薙ぐように防がれる。
効果的ではあるが、あくまで付与したに過ぎぬが為、常に成長すると言う此奴相手ではジリ貧か。
【まだまだだな。人間共!】
「……!」
先程よりも超速で拙者の体が殴り飛ばされ、魔力を集中。一瞬にも満たぬ溜めを経て辺り一帯を魔力の爆発が覆った。
二つの光魔法と鬼神の力。それもありて星その物は護れたが、土煙が開けた時、守護越しに食らった者達は倒れ伏せていた。
「何と言う強さ……」
「次元が違います……」
「ちょっと痛い……」
「うう、擦りむいたのじゃ……アルマ~」
「手痛いな。damage」
「私自身が剥がれてしまいそうです……──その様だな━━あら、私は限界ですか──」
既に更地であり、避難済みの住民達にはより強固な光魔法が付与されている。その分攻撃には転じ得ないが。
兎も角他の者達は無事な状態。だが光魔法による回復も間に合わぬ程。次第に癒えているが、追撃でもされようものなら一堪りも無かろう。そして当然、アクもそれを理解しておる。
【先に仕留めるべきは……やはり月の女王の娘。お前だな】
「……!」
狙いは変わらずセレーネ殿。まだヴェネレ殿より慣れておらず、光魔法を扱う者。格好の狙い目ではあろう。
それを遂行させる拙者では御座らんがな。
「させぬぞ。小悪党」
【お前は邪魔だ。相変わらずな】
踏み込みて刀を突き刺し、それを掌で受けたアクはもう片方の手に魔力を込める。
そこ目掛け、闇魔法が貫いた。
この精密な力。失礼乍らサン殿では無いな。
「HEY。villain。俺達を無視するなよ」
【疑似闇魔法使いか。面倒な奴等だ。気が散る】
イアン殿の仕掛けたモノ。
アクは気が散ると言う理由の元狙いを変え、次元魔導団の者達へと向き直った。
「勝負は全てが一瞬だ。右足から動き出し、次の瞬間にはNo.1が貫かれる。やられるよりも前にやった方が良い」
「OK。狙いはそこか」
【……!】
ヨチ殿の指示により、イアン殿はアクの右足を撃つ。
鋭い闇魔法でも貫通はしなかったが、その動きを確かに止める事には成功した。
【随分と正確な狙いだな】
「次の攻撃は遠距離から来るようだ。狙わなくて良い。少し前方を撃てばそのまま空間魔法が当たる」
「分かった」
「御意」
【……またか。今度は疑似光魔法……そして空間魔法からなる斬撃……】
移動したアクへ牽制するようトゥミラ殿が光魔法を。それによって動きに一瞬の隙が生まれ、ザン殿が空間を捻り斬るように操り、アクの右手を消失させた。
【……成る程。此処まで正確な指示……No.8か】
気付かれたようだの。
然し既に拙者はアクへ仕掛けており、刀にてその体を切り裂く。
拙者の加入でまた未来は変わろう。より良い未来へ向け、仕掛けるのみ。
「キエモンの参入でまた未来が動いた……」
「……? どうした。No.8。what?」
「いや、何でもない。キエモンが来なければ少し後に全滅していた。その未来が良い方向に変わっただけだ。それは間違いない」
「そうか」
距離もありて何を話しているかは存ぜぬが、拙者はただ目の前のアクへ集中するのみ。
一先ずの所此奴を止めて置けば被害は抑えられよう。
「キエモンのサポートへ集中を。俺以外の主力や兵士達は少し手前に。俺は面倒だが後方から指示を出す」
「OK」
「未来視があれば先程よりも拮抗出来るな」
イアン殿らが前に出て、大凡の距離にて闇と光、斬撃。様々な魔法で対応。
拙者も変わらず刀を振るいてアクの自由を阻害する。
的確な指示もあってアクに鈍りが見え、此方が優位となりつつあった。
【一人一人はゴミのようなモノだが、光魔法と鬼の付与が面倒だな。それにあの指揮官役を買って出たNo.8。中々に肝が据わっている】
「この場に居る者は皆優秀な者達よ」
【その様だ。我の動きが邪魔され、追い詰められていくのを実感している。魔力を込めればお前に阻止され、拳を握れば押さえ付けられる。我の自由は無くなり、完全にお前らのペースになっている。全て未来が見えるNo.8の指示。面倒極まりないが、逆に称賛もしたいところだ】
此奴が他者へ敬意を表する態度を見せるとは珍しいの。拙者に斬られ、闇に射抜かれ、光に閉ざされ、空間に歪められる。
このまま押し切れるのならそれが第一。
アクは言葉を綴った。
【だからこそ──早死にするのは惜しい逸材だ】
「……!」
次の刻、少し先の場所。ヨチ殿の背後にアクの分身体が現れた。
既に力は込められており、目の前のアクを相手にしながらでは間に合わぬ距離にある。
「No.8!」
「…………フッ、やっと面倒事から解放される」
イアン殿が闇を伸ばした刹那、ヨチ殿の体は光魔法の再生が追い付かぬ程の速度で破壊。この世から消滅した。
「……っ!」
「ヨチ殿!」
呆気に取られる拙者らを余所にアクは言葉を続ける。
【我は分身を仕込んでいた。先程皆の姿が見えなくなる爆発の時にな。その近くに奴等が居り、10人纏めて消し去る算段だったのだが……まさか自分を下げる事でその被害から仲間を護るとはな。見事なものだ。奴の未来視……全滅か1人だけが死するかの世界を見ていたのだろう。他の雑兵でも見捨てれば良かったモノの。奴の未来視があれば雑兵1人の犠牲でこれから死する者達を救えたと言うに、貴重な戦力を自ら減らすとは。見事だが、間抜けだ】
「黙れ」
【……!】
踏み込み、拙者自身が気付くよりも前に奴の半身を切り裂いた。
不思議なものだ。先程まで狙いて成功しなかった事をこの場で遂行出来るとは。
【原動力は怒りか。生き物は怒りによって力のリミッターを解放すると言う。お前程の実力ならその解放分で我を一瞬でも追い越す事が可能か。大して面識の無い奴が殺られただけでこうも怒りを発するとはな】
「主の遺言はそれになるが、構わぬか?」
【言っただろう。これから先も死する者は出てくる。その度に力を解放していては全てが遅い。そして、我の遺言を聞く者は我以外におらぬよ】
これまた不思議なモノ。確かに怒りは出ておるが、冷静に判断出来る。怒りは我を忘れる事柄だが、一周回れば人は却って静まるようだ。
拙者らとアクの立ち合い。それは犠牲を出してしまったが、佳境へ差し掛かる。




