其の弐拾陸 裏側
「お待たせ致した。サベル殿。では参ろう」
「そうだな。よろしく。えーと」
「あ、私、リーヴ=エルミスと申します。此度共に行く事になりました」
「いえいえ、こちらこそ。あ、俺はウィンズ=サベル。よろしく」
サベル殿とエルミス殿の自己紹介も終わり、他の依頼は受けず“裏側”へと赴く。
依頼に来ているだけあって基本的に“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士は道を知っており、サベル殿の案内の元、特に何事も無く入り口へと辿り着いた。
「フム、特に変わった様子や悪い気配は感じられぬな」
「ま、多分唯一の安全なA級クエストだからな。化け物を見たとか襲われたとか、そう言っている人も居るには居るけど、襲われたにも関わらず無傷で仲間達が全員無事となると、嘘吐いているか異様な雰囲気に気圧されて幻覚でも見たんじゃねえのかってのが国の見解だ」
“裏側”付近の出入口。特におかしなところは無く、普通の森の入り口と言った雰囲気。
森の抜けた先にある草原の、更に奥がまた森。地形的にはよくあるものに御座る。
「さっさと調べて、さっさと今日の職務を終わらせるか」
「相分かった」
「はい!」
続く道へと入り、奥へ消える。
よくある森の道。穏やかで薄暗く落ち着く雰囲気。然し、
「成る程。裏側か。別の次元に向かうような感覚に御座る。言葉では言い表せぬ佇まい」
「そう言うのも分かるのか。確かに生き物の気配とか感じ取ってたな。キエモン」
「へえ。凄いですね。キエモンさん」
「そうでもない。育った環境による副産物に過ぎぬ」
賛辞を受けるが、それよか周囲の雰囲気が気になる所存。
この道が何処へ続くのか、しかとこの眼に焼き付け、任務を遂行しよう。
話の中、拙者らはそこを抜けて“裏側”へと到達した。
「ここが裏側……なんだか、名前の割には綺麗なところですね」
「そうであるな。花畑の広がる草原。美しき場所よ」
──拙者らが来た“裏側”は、可憐な花畑の広がる場所だった。
多種多様の花弁が咲き誇り、辺りを包み込むように甘い香りが立ち込めている。
想像では森の中のように薄暗くじめじめした雰囲気だったが、その上を行かれた。
「こりゃ驚いた。ここに来る事自体は初めてだから知らなかったが、こんな場所だったのか」
「噂でくらいは聞いておらぬのか?」
「その噂も色々なんだ。一説では薄暗い嫌な雰囲気の場所。一説では燃え盛る業火が広がる地獄のような場所。一説では多くの人々が暮らす都市。行く人によって変わるんだ」
なんとも奇っ怪な場所に御座ろうか。初めてあの国に来た時の事を思い出す。三日前であるがな。
初めて来る場所はこの様に思う事が屡々。普段と違うだけでこうも変わるのだな。
「取り敢えず調査を開始するか。俺はあっちを調べてみるから、キエモンとエルミスちゃんは二人で調べてくれ」
「サベル殿は一人で良いのか?」
「ああ。てか、元々二手とかに分かれて調べるつもりだったし、キエモンが彼女に色々と教えてやるべきだ」
「いや、それならば慣れているサベル殿の方が」
「んじゃ! 後は任せたぜ!」
半ば無理矢理引き離されたような気もするが、まあ良かろう。深く気にする事もない。
「仕方無し。では参ろうぞ。エルミス殿」
「は、はい!」
花畑であり、敵意のある気配も無い。
此処は平穏その物。花を踏まぬよう気を付けながら一歩踏み込み、調査を始める。
やるべき事は資源や何かしらの痕跡。そう言った物の捜索だ。
「と言うても、何かある訳ではなし。そもそも元の国に何が豊富で何が不足しているのかも分からぬがな」
「あ、私もそんな感じです。意外と自分の国の事って、それが当たり前になっていますから気にしませんよね」
「そうだな。自国もよく分からぬのに他国ばかり気にするのも変な話よ」
拙者自身、“シャラン・トリュ・ウェーテ”は行く当てが無い故に世話になっているが、内政など殆ど把握しておらぬ。
恩義は感じている。それを踏まえ、国をどうこう言う資格もない。
「少し高台を探ろう。上から全域を見渡した方が見つけられそうだ」
「そうですね。お供します」
崖のような場所がある。そこまでも花は連なっている。
長い年月を経てこれ程までの花畑を形成したのだろう。
「それなりの距離がある。エルミス殿は箒を使うて行くと良い」
「はい。あれ? キエモンさんは……」
「言い忘れておったな。拙者、妖術……魔法は使えぬに御座る」
「え!? そうなんですか!? なのにあの強さ……貴方は一体どれ程の……」
「生まれの問題よ」
この国、及び世界では妖術が当たり前のように存在する。故に、それを使えぬ拙者は高確率で驚かれてしまうの。
然し拙者自身、不自由はしておらぬ。問題無い。
「では行こうぞ」
踏み込み、花を踏まぬように地面を蹴る。
飛べはせぬが軽さには自信がある。軽い身の塾しで飛ぶように移動し、高台へと向かった。
「魔法使えないであの跳躍力と速さ……身体能力が魔法並み……生まれとは一体……あ、待ってください!」
「高台にて待つだけ。此処に主を置き去りにはせぬ」
「そうじゃなくてぇ!」
軽く言葉を交わし、互いに登る。
拙者とエルミス殿は高台から辺りを見渡した。
「上から見るとより綺麗ですね。キエモンさん」
「そうで御座るな。然し、景色を楽しむのは後にしよう。茶と団子を食しながら眺めたい気持ちもあるが、今は任務を優先しようぞ」
「それもそうですね」
高所からならば視野が広くなる。
下方に広がる景色は変わらず美しい。さて、それを踏まえて物や人。それらがあるなら着目しておこう。
「キエモンさん! 見てください! あの花!」
「む? あれは……」
下方を眺める拙者へ向け、エルミス殿が後方を指差す。
そこにあったのは拙者も見慣れた、桃色の花弁散らす樹──
「……桜か」
「サクラ……ですか?」
「ウム。拙者の国では春の風物詩として親しまれていた樹木だ。まさかこの国……いや、この世界でも目にする機会が訪れるとはな」
桜をこの様に眺めるのは久しいの。元の国でも戦がもう少し無ければ友人と共に桜を見、茶を飲みながら駄弁りたかった。
願わくばであり、もう二度と叶わぬ夢だがな。此処に元の国での友は誰一人としておらぬ。これが定めならば心して受ける所存。
「あの……キエモンさん。懐から何か落ちましたよ?」
「む?」
暫し桜に見惚れていると、仕舞っていたパンが溢れてしまった。
サベル殿に貰い受けた貴重な食料が落ちてしまったか。此処は斜面故、早く追わねばならぬな。
「すまぬエルミス殿。少し待たれよ。拙者はあれを追う!」
「あ、ちょ、キエモンさん!?」
踏み込み、駆け抜ける。
花は踏まぬよう気を付けているが、風圧で花弁が散ってしまいそうだ。
全力は出せぬが、何としてでも追い付いて見せる。
「届け──」
斜面を蹴り、飛び付くようにパンへ手を伸ばす。
よし、届く。
「……しまったの」
届きそうにはなったが、すぐ下が穴に御座った。
これでは落ちるの。受け身を取れば崖から落ちても無傷で済むが、取らなければ掠り傷を負ってしまう。
「キエモンさん!」
「お、良いところに。エルミス殿。たった今落下中に御座る」
「冷静その物!? っと、手を掴んでください!」
「忝な──」
「──あ……思ったより勢いが……」
手を掴み、勢いそのままエルミス殿も落ちる。
考えてみればこうなるのも当然。回復術以外には自信のないと自負しているエルミス殿。箒にも精密な扱いが必要と考えれば、落ち行く拙者を抱えつつ浮上するのは大変だろう。
「エルミス殿。拙者が緩衝材となろう」
「え、あ、キエモンさん……」
抱き寄せ、拙者が下になる事で勢いを和らげる算段。
その様な事を思案しつつ、拙者らは奈落の底へと落ちた。
*****
「んっ……うん……」
「気付いたか。エルミス殿」
「キエモンさん……ここは……」
「フム、そうだな」
落下し、着いた場所。
エルミス殿が目覚めたのを確認した拙者は立ち上がり、彼女も続くように立って辺りを見渡した。
「どうやら来たように御座る。“裏側”にある町へな」
「……!」
喧騒犇めく町中。道行く人々は皆が皆各々の目的を持ち、忙しなく歩いているように窺える。
何処でも忙しき者は居るのだろう。斯く言う拙者も任務の真っ只中。あまり寄り道は出来ぬな。
「ここが裏側の……街……」
「町並みは拙者の故郷に近いものもあるの。木材を基調とした家の造り。塗装されておらず、剥き出しの地面からなる道」
「キエモンさんの故郷ってそうだったんだ。けど、裏側って訳じゃないんですよね?」
「そうで御座る。既視感はあれど記憶にはない。人々の顔付きも異国のものであるしの」
裏側出身ではないが、その町並みには親しみやすさがあった。
と言っても現世を発ったのは三日前。然程懐かしいという感じもない。
されど惟みれば、此処は、この世界は何なので御座ろうか。拙者の世界にもある異国に雰囲気はかなり近いが、聞いた話だけで拙者自身が行った事もない。現世でないのは確信しているが、あの世でも無さそうだ。
「どうかしました? キエモンさん」
「いや、少し考え事をの。だが問題は無い。さあ参ろうぞ。この町にて調査を進めよう」
「分かりました!」
この世界が何なのか。それについて思案せしめるのは寝る前にでも良かろう。今は関係無き事。
パンを追い掛け奈落の底。そこに着いた拙者とエルミス殿は町の探索を開始した。




