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其の弐佰陸拾漆 必然

「……」

【ハハァ!】


 摺り足にて体重移動させ、外側から斬り込むように刺し入れる。

 それをアクは正面から受け止め、剣尖を逸らして拙者の首元へ。

 その刃もかわし、体勢を低くして斬り上げた。


【同じ事の繰り返しだ!】

「主もの」


 躱した傍から無数の斬撃が。その微かな隙間を通り抜け、連続して刀を押し付ける。

 暫しの剣戟けんげきが執り行われ、アクの胸元へ刀を突き刺す事が叶った。

 そんな拙者の刀を己の肉で包み込み、固定して足元から槍のような刃が突き上げられる。


【上ばかりに意識が向いているな。全方位が我の領域よ】

「……」


 足の裏に左腕の肘から肩に掛けて。

 己の急所に当たるモノは咄嗟に断ち斬ったが手傷を負ってしまったの。

 だがこの程度の痛み、なんて事は御座らん。ヴェネレ殿の痛みに比べれば蚊に刺された程度。不快だが動けぬ事にはならぬ。

 無理矢理引き抜くように迫り、アクの体を縦に両断した。


【……ッ! 痛みはある。今のお前相手だと再生も完全じゃないんだ。治す方の身にもなれ!】


「罪人が己の傷を治そうなどと傲慢な。治さず死せよ」


 再生はしておらぬが、傷口へ魔力などを埋め込んでくっ付けておる。結果的に血などは止まりて動きにも支障は無しか。

 小賢しいのはどちらか。此奴の全魔力を枯渇させねばいたちごっこにしかならないな。


【罪人と言うのも全て人間ゴミから見た観点だろう。我をその様な物と同義にするでない】

「なれば主は塵以下。降り積もりても山にはならぬ」

【減らず口を……!】

「どの口が申す」


 無限を彷彿とさせる無数の刃が降り注ぎ、その全てを斬り消す。

 狙いが無造作になっておるな。縦に両断した事で魔力の消費は激しかろう。故に若干の焦りが見えているようだ。


【どのくらいの刃なら通るか、正面から打ち破ってみるか。数兆の刃を以てしてな】


「兆であったか」


 無限には遥か遠き刃に御座ったな。

 とは言え万であろうと億であろうと兆であろうと、誠に無限であってもやる事は変わらぬ。

 ただひたすらに斬り続け、隙を見て討ち滅ぼすのみよ。


【フィールドは広いんだ。この星が消えても誰も困らない】

「……」


 細き刃を太く、より数を増やして降り注がせる。

 狙いは拙者だが星その物を構わず狙っておる。これではいず彼方かなたへ放り出されてしまうの。

 それよかこの範囲。これではヴェネレ殿の体が消え去ってしまう。

 アクの元から離れ、降り注ぐ刃を断ちながらヴェネレ殿の元へと飛び込んだ。


【あ?】


 素っ頓狂な声を上げるアク。此奴には分からなかろう。身を呈して護らねばならぬ体が此処にあると。

 ヴェネレ殿の体へ新たに付けられた傷は無く、全身を貫かれた拙者が立つ。

 これ以上の損傷は無し。それで何より。代わりに拙者の命が灯火となったが、元より捨てるつもりの命。此れをもってすればアクと刺し違えるくらいは可能。

 アクは刃を止め、鼻で笑った。


【ハッ、なんだ。そんな物を庇ったのか。アホもそこまで行くと病気だな。既に物言わぬ死体を守ったところでどうなる?】


「主には理解し得ないだろうの。主君に仕えるという事の意味が。倒れ伏せているのなら身をていして護るのが武士にして騎士の在り方。己の誇りが成せる所業よ」


【誇りだと? 単なる自己満足だろう。誇りと言うよりかは埃だな。何度吹き払おうと湧き、ウイルスを撒き散らす。やはりお前は病気だ。生き物を死なせる可能性のある存在を病気と言う以上、主君の為とのたまみずからの命を捨てる様……クハハ! まさしく病原菌その物ではないか】


「どうとでも吠えよ。己以外の全てを蔑み、自分しか知らぬ者に言われようと響かぬ」


 血が流れ、一瞬目眩(めまい)がする。

 話している時間も勿体無いの。拙者の命が尽きるまで僅か。それまでに此奴を仕留めねば地上へ行き、他の者達を蹂躙するであろう。

 それを阻止すべく、拙者は左腕で向き直り構える。


「一つだけ言えば、拙者の血なんぞでヴェネレ殿の御召し物を汚してしまうのが不届きだったの。やはり死を以て償わねばなるまい」


【案ずるな。その望みは我の手によって叶う】


「主の手では意味がない。自らの戒め。自らで腹を切らねばならぬ」


 それだけ告げ、足元の既に乾き始めた血を踏んで大地を蹴る。

 次の刻、足首が何かに掴まれる感覚があった。


「……死んじゃ……ダメ……キエモン……貴方が居なくちゃ……私……」

「……!? ヴェネレ殿!?」

【……ほう?】


 思わず今までにない程の声を上げてしもうた。はしたなし。

 然しどういう事か、此処にあらせられるは多くの血が流れ、ずっと冷たく倒れ伏せていたヴェネレ殿に御座った。



*****



 ──何だろう。まるで深い海の中に沈んでいるような感覚。

 記憶は残っている。耳も聞こえる。だけど体が動かず、温かい血液が次第に冷たくなっていくのを感じた。


「ヴェネレさんを……!?」

「これ……鬼右衛門じゃない……」


 私の耳に届く声はセリニさんとセレーネちゃん。

 そう、私は確かにキエモンに斬られた。けどキエモンがそんな事をする訳がない。キエモンの中に居た悪魔の仕業という事は明白だった。


 早く動かなきゃ。だけど動けない。動かない。もしかして私、死んじゃうのかな……。

 ううん。斬られた瞬間に私は悟った。だから告白しなかった事に後悔したんだ。

 私の意識は深い深い微睡みの中に沈んで行く。


─────


 どれだけ時間が経っただろう。少し前まで耳は聞こえていたけど、もう誰の声も聞こえない。

 私の周りにある液体はすっかり冷え、私の体も寒くなる。なのにその感覚が何もない。変なの。


「──」

【──】


 そこにまた何かの声が聞こえた。

 2人……かな。誰かが戻ってきたみたい。だけど仲良く話し合っている様子は無く、言い争いにも感じる。

 騒音のような物音が響き渡り、何かが私の近くにやって来、冷たくなった私の体に温かい何かが掛かった。


「武士にして騎士の在り方。己の誇りが成せる所業よ」

【誇りだと?】


 ──この声、キエモン……?

 間違いない。キエモンだ。そうなると、もう一つのなんか悪そうな声は悪魔かな。上手く分離出来たのかも。

 何かアクションを起こしたいけど……多分今も死に向かっている私の体は……。……あれ?


「──…?」


 なぜか指が動く。本当に誰も気付かないレベルの小さな動きだけど、間接と筋肉が反応した感覚がある。

 キエモンと悪魔の声も次第に大きさを増し、耳鳴りにも似た何かがキーンと鼓膜を揺らす。斬られた箇所、喉から何かが込み上げ、小さく吐血。これもまた誰も気付かない程度のモノ。何だろう……詰まりが取れたみたいに呼吸が楽になった。と言うか、間違いなくさっきまで呼吸も何もかもが止まっていた。

 声がよりハッキリと聞こえる。


「一つだけ言えば、拙者の血なんぞでヴェネレ殿の御召し物を汚してしまうのが不届きだったの」


 ……血? キエモンの……そう言えば、キエモンの中に悪魔が居たから他の魔法使い達と戦えていたんだよね。

 なのに今のキエモンは悪魔の力無くして悪魔と戦っている。そんなキエモンの温かい血が微睡みの中に入ってきた。そして私がちょっとずつ回復している。

 もしかしてこれはキエモンのお陰で──


「──やはり死を以て償わねばなるまい」


 ……え? 死を……って……もしかしてキエモンの?

 なんで? その理由が分からない。確かに私を斬ったのはキエモン……の体。そう、あくまで肉体だけ。全ての元凶はあの悪魔。キエモンが償う事なんて何もないのに……。


【案ずるな。その望みは我の手によって叶う】

「主の手では意味がない。みずからの戒め。自らで腹を切らねばならぬ」


 ダメ……そんな事しちゃ。キエモン……。

 回復していない少ない体力を使い、死に物狂いで体を動かす。

 まだ鉄っぽい味がする喉の奥から必死で声を絞り出した。


「……死んじゃ……ダメ……キエモン……貴方が居なくちゃ……私……」

「……!? ヴェネレ殿!?」

【……ほう?】


 キエモンが今までに見せた事無いような驚き振りを見せ、驚愕の表情で目を丸くする。

 私の声……キエモンに届いたみたい……。



*****



「──意識があったのか。ヴェネレ殿!」

「うん……多分……」


 今、物凄く失礼な事を聞いてしまったの。

 どうやらヴェネレ殿は目を覚ました様子。理由は存ぜぬが、確かに脈も何もかも止まっていた。所謂いわゆる仮死状態という事に御座ろうか。

 そんな拙者へアクが言葉を綴る。


【信じられないような奇跡がこの状況で起きた……みたいなロマンチック(笑)な感じではないな。フム、鬼右衛門と王女に流れていた血……鬼神とやらと月の血縁からなる魔力が干渉して化学反応が起きた訳か。性質で言えば我に近い。その力が体内で組織や細胞を作り、鉄などが混ざり合って足りない血液も作られた。奇跡や偶然ではなく“必然”だったという事か。……やはり肉体を残すのではなく、確実に頭をねていた方が良かったか】


「……との事らしいぞ。ヴェネレ殿」

「えーと……よく分からないけど……キエモンやママ達のお陰って事かな……」


 何はともあれヴェネレ殿が目覚めたのは喜ばしい事だが、セリニ殿の結界が弱りつつあるこの星に重傷の彼女が長居しては悪化するばかり。

 既に拙者の肉体も死に向かっておる。ヴェネレ殿には止められたが、どうする事も出来なかろう。元よりアクを討つのに変化は無い。


【しかし……成る程な。確かに鬼右衛門は王女を見て一度も死んだとは言ってない。無意識のうちにこうなる事を確信していたのか、せない奴だ】


「そうなの……? キエモン……」


「……さあの。拙者にも分からぬが、確かにヴェネレ殿を死したとは言ってなかったの。拙者の故郷には言霊というものがあり、口に出した事はどんな悪い事でも現実になりうると言う。無意識のうちにそうなるよう動いていたのかもしれぬ」


 納得を見せるアクだが、斯様な事は置いておく。

 前述したように拙者とヴェネレ殿の寿命は今もなお減りつつある最中さなか。ヴェネレ殿とはまだ暫く語り合いたいが、アクなんぞと無駄話をする必要も無い。


「さて、では今しがた此奴を討ち仕留める。ヴェネレ殿は己の治療を」

「ううん……キエモン。動けるなら私も戦うよ……足手纏いにはならないから……!」


 そう告げ、拙者の手を握って魔力を込める。

 それによって体がほんのりと温かさに包まれ、痛みが若干の引きを見せた。

 初級の回復術か。ヴェネレ殿自身、まだ戦うつもりにあるのは間違いない様子。なればその意を汲むとしよう。

 今しがたアクに主君へ仕える事の意をいたばかりだからの。此処で彼女を引き離しては家臣の名折れよ。


「天神鬼右衛門……参る……!」

「ルーナ=シュトラール=ヴェネレ……行きます……!」


【死に損ない。死にかけの存在がもう一つ増えただけで戦況が変わるものか。……クク、良かろう。改め、全身全霊を以てお前達を討ち滅ぼす!】


 魔力を込め、赤い星を完全に破壊した。

 セリニ殿の結果の影響は拙者らのみにあり、短時間なれば空気も何もない星で行動する事もかなおう。

 拙者らとアクの立ち合い。拙者とヴェネレ殿は死する直前、アクが本気を出した。


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