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其の弐佰伍拾玖 立ち合い

「な、何が……!?」

「起こったんだ!?」


 町が両断され、人々が目覚めて動き出した。

 これはマズイの。即座に巻き込まれ大勢の死傷者が出てしまう。彼是あれこれ考える暇も無し。拙者はヴェネレ殿へ話す。


「ヴェネレ殿。この報告を迅速に頼む。拙者はこれ以上の被害を抑える為、上空に立つ奴を討つ……!」


「う……うん……気を……付けて……」


 混乱。錯乱。月を斬って唐突に現れ、唐突に町が斬られた。それによる感情の揺れ動きは致し方無し。

 れど判断が鈍った訳でも御座らん。直ぐ様振り向いて城の方へと駆け行き、拙者はバルコニーから上空へと飛び立った。


【さあ、第二波だ】

「させぬ……!」

【……! 貴様はあの時の……!】


 複数本ある腕の一つを振りかざした刹那、サクの眼前へと迫った拙者は一丈一間一尺(※約5m)の体を弾き飛ばし、その腕も切り落とした。

 だが即座に生え、一本の腕を薙ぎ払って斬撃を飛ばす。


「……」


 それを打刀にて弾き、近くの屋根へと立つ。

 これで意識は拙者へ向けられた。拙者がやられぬ限りは戦闘の余波以外で被害が及ぶ事も無かろう。


【クク……前に会った時よりも強くなっているようだな。だが完全復活を遂げた我には遠く及ばぬ】

「……一つ聞きたいが、月の民らは如何どうした?」


 気になる事はこの町の者達と月の民の安否。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の者達は眼下を見れば分かるが、月の民はそうもいかぬ。

 月その物が縦に両断されているのだ。少なくとも無事では済んでいなかろう。

 サクはニヤリと笑って言葉を返す。


【当然、始末した】

「…………」

【知っているかもしれないが、過去に月の奴らが邪魔をしてきたんでな。地上には貴様が居る事を思えば月から先に滅ぼした方が良いと判断した。物事には順序というものがあるからな。……そうだな。先に他国を破壊してからこの国へ来れば良かった。まさか此処に貴様が居たとは。目に付きやすい大国から滅ぼそうと考えたのがあやまちだった】


 始末した。その後に続く言葉は自然と耳から流れていく。

 此奴の申す始末とは意識不明に留めたのか完全に殺めたのか。いずれにせよ仇討ちはしよう。


【さて、このまま話をするのも悪くないが、初戦からラスボスならそれに従うのみ。残りの戦闘が全て消化試合になるのは味気無いが、これが天命なら仕方無い】


「……」


【まあ、天命それも全て我が決める事だがな】


 そう告げ、四本の腕に闇の刃を携えて振り抜いた。

 刃が迫り、それらを夜空へと弾く。

 遠距離も近距離も関係無く仕掛けられる闇の刃。それが此奴の戦法。様々な力を扱うアスとはまた別の在り方に御座る。

 やれる事に限りがあるので拙者としてはアスよりも戦いやすいが、町を背に相手するのは避けたいの。


態々(わざわざ)空へと逃がしたか。見るからに街を守っているな。……さて、どうするか。街全てを人質にして甚振いたぶるか。場所を移動して純粋に1vs1の戦いを楽しむか……どちらも捨てがたい】


「……」


 悩んでいるのならこれもまた好機。思考は若干だが鈍っておろう。

 屋根を踏み込んで跳躍し、空気を蹴って更に迫る。同時に打刀を薙ぎ払う。が、当然思考しながらであれど警戒は怠らぬか。

 闇の刃にて防ぎ、八岐大蛇ヤマタノオロチの頭が如く縦横無尽に伸び来る。


【フム、我としては全力の貴様を打ち倒したいところだな】

「……」


 今のところ一対一サシの立ち合い方面に傾いておるようだの。拙者としてもその方が有り難いが、此奴が武人かと申されると知り得ぬ。

 ただ一つ分かっている事となれば、此奴は戦闘を心の底から楽しむ性格という事よ。


【一先ず出方を窺い、それから考えるとしよう】

「……」


 既に戦っているというのに出方を窺うとは此れ如何に。

 複数本の闇が伸び、その全てを拙者は捌く。正面から、横から、上下から、背後から。あらゆる方向から来るが見切れぬ程では無い。

 然し此れでは防戦一方。拙者としても切り出さねばならぬ。


【一つずつは防げるか。だったらこれならどうだ!】

「……!」


 複数本の刃が束となり、一つの槍として正面から迫る。

 背後に町があるので避ける事は出来ぬ。なれば仕方無し。鬼神を纏いて小太刀も引き抜き、二本の刀で受け止めた。


【そうか、これが良い。結果的にそうなるが、基本的に人質など関係無い。正面から放って受けさせる。それだけで我と貴様の打ち合いが成立するな】


「……」


 人質を取ろうと言う気は無いが、町中にて力を強く打ち出す事で拙者が受けざるを得なくなる。

 サクの望みは力と技のぶつかり合い。それを成立させる為に町を庇わせるか。

 人質によって弱体化させるのが目的ではなくより強く受けさせるとはの。どちらかと言えば武人気質なのやも知れぬ。


「……っ」


 闇の刃からなる束に押された拙者の体は飛び、町の建物へと突っ込みて崩落させる。幸いにもこの建物に人は居なかったの。

 ヨチ殿の未来視によって来る事は分かっていた。今日中でやれる事に限りはあるが、なるべく早くに住民達を避難させたのが功を奏したようだ。

 とは言え初手の町を一刀両断させた力。犠牲は避けられなかったと思われるが、それこそ不覚に御座る。


【街……いや、国を護りつつ全力で受け止めてみよ!】

「……」


 更なる闇の刃を繰り出し、無数のそれらが迫り来る。

 四本の腕だが指の数を合わせれば四十。その一つ一つに町を断つ力が込められておる。捌き切らねばならぬな。


「……」


【ハッハッハ! 流石だ! これを剣2本で凌ぐか! しかも1つは我の御下がり! やはり力を思い切り振るえると言うのは面白い!】


 高揚し、鞭のようにしなる闇の刃が次々接近致す。

 並んだ建物が横に両断され、浮かび上がったそれらを魔力が掴む。さながら鈍器の如く建物が振り下ろされ、辺り一帯に砂塵が舞った。

 先程の建物と同様、この辺りは既に避難済み。逃げていない者も居るが気配のある建物に行く物は切り防いでいるので、今鈍器となっている物は全て無人の家屋よ。

 そしてこれ程までに暴れているなれば、


「“アクアキャノン+ウンディーネ”!」

「“フレイムスピア+サラマンダー”!」

「“アースグランド+ノーム”!」

「“トルネード+シルフ”!」


【……!】


 大水、大火、大地、大風。それらが何処からか同時に放たれ、サクの体を飲み込んで吹き飛ばした。

 ヴェネレ殿へ報告の伝達をしてから十数分。騎士団長四人が集まる速度としては上々よの。


「大丈夫かい。キエモン君。見たところ掠り傷以外は無さそうだけどね」

「もお! マジ最悪~。夜更かしは美容の大敵なんですけど~。夜に来んなし魔神!」

「既に街の被害が出てしまったか。いち早く気付ければ……!」

「明日風が吹くと分かっていても、いつどのタイミングで来るか完全に把握出来る人は居ない。それと同じで仕方無い事さ」


 エスパシオ殿、フォティア殿、ファベル殿にリュゼ殿。騎士団長の面々。

 既に元素を司る精霊も出しており、始めから全力で迎え撃つ気概を感じるの。結構で御座る。


【少し強めの騎士か。上等な者よ】

「全くこたえていないようだね」

「まあ当然っしょ。かつて月の人達と協力しても封印が関の山だったらしいし」

「噂にたがわぬ実力という訳だ」

「自然に吹く風のように全てを止める事は出来ないか」


 四つの魔法を受けたサクだが、見ての通りほぼ無傷。巻き上がった土埃などによる汚れくらいしかない。

 と言うのも此処は町中。精霊を出したとしても広範囲を巻き込む全力は出せなかろう。


【試してみるとするか】

「「……!」」

「「……!」」


 黒き刃が伸び迫り、エスパシオ殿らは精霊と魔法をもちいて護りの体勢に入ったがそれは切り裂かれてしまい、軌道を逸らす程度に留まっった。

 だが致命傷は受けず、そのまま反撃の態勢に入る。


「本当にキエモン君を相手にしているようだな。この無法振り……!」

「キエモンっちの方が的確っしょ!」


 水と火炎が放たれ、それらをサクは断つ。

 下方から岩山が伸び、リュゼ殿が暴風を引き起こして注意を引く。

 そこへ拙者が向かい、またサクの腕を斬り飛ばした。


【何度腕を断とうが今の我には】

「目的はまた別よ」

【……!】


 追撃するよう鞘を打ち付け、巨躯の体を殴り飛ばす。

 町を庇いながらの立ち合いは拙者らとエスパシオ殿らにとって不利極まり無し。故にその場所を変え申す。

 とは言え近場に良い所があるか。なるべく人里は離れたい所存。


「“空間掌握・弾”!」

「“ウィンドブロー+シルフ”!」

『フゥ……』


 拙者の意図を読み解き、エスパシオ殿とリュゼ殿がサクの体を押し出す。

 そこへファベル殿も杖に魔力を込めて更に打ち込み申した。


「“ランドハンマー+ノーム”」

『……フン!』


【移動が目的か。良かろう。それに乗ってやる。とは言え、我の斬撃の届く範囲は少し離れた程度では留まらぬぞ?】


「だったら尚更なおさらすぐに倒せば良いだけっしょ! “ジェットフレイム+サラマンダー”!」

『シィー……!』


 土からなる鎚と轟炎にて押し切り、山に囲まれた場所にてサクは地面に叩き付けられるよう落下。そこへ透かさず拙者は刀を突き下ろし、当人は闇の刃を複数に連なって防いだ。

 完全復活の此奴こやつが相手となると流石に防がれてしまうようだの。


【威勢の良い者達だ。他にも複数の魔力を感じる。この世界の主力が我目掛けてつどいつつあるようだな】


「そうよの。気配は感じられる。ともすればヴェネレ殿のお早い伝達。咄嗟ではあるが此方側が圧倒的に不利になると言う様子も無さそうよの」


【フッ、有利不利の差など関係無い。勝敗が最重要。有利や不利という言葉を持ち出すというのは敗れた側が惨めにならぬよう言い訳をしようとしているだけだ】


「それが主の持論か」

【真理だ】


 立ち合いに置いて有利も不利も無い。勝者こそが真理。

 この言葉はサクが元より一人で戦い続けていたからこそ出るモノだろう。

 立地や人数その他の理由。傍から見れば不利な状況も多々あったろうが、いずれにせよ月と地上の者達に封じられるまでは一人で勝ち続けてきた。

 故に己が数百年前や数ヶ月前に敗れた事を言い訳はせず、大層悔しがりはするがそれはそれとして今の立ち合いを楽しむ。邪悪の一種であれど筋は通っているようだ。


【敗北のイメージを払拭するには、その相手に勝利すれば良い。単純な話だ】


「そうか」


 闇の刃を複数生み出し、拙者ら五人へと向き直る。

 いずれ援軍は来るだろうが、それまで何処迄やれるか。見極める事となろう。

 拙者らと魔神サクの立ち合い。それは山に囲まれた広野にて続行とする。

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