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其の弐佰伍拾捌 戦闘前後

「やったんだね。キエモン」

「ウム、ヴェネレ殿」


 決するや否や、ヴェネレ殿が拙者の元へといち早く駆け寄って来た。

 彼女も無事な様子。となると気掛かりは他の者達よ。


「ヴェネレ殿。おそらく狙われたであろうエルミス殿。そして他の負傷者は」


「うん、大丈夫。エルミスちゃん程の回復魔法は使えないけど、他のみんなが手当てしてくれているからすぐに良くなるよ」


「そうか。それは何より。すまぬな。そちらへ影響を及ぼしてしまった。不甲斐無し……」


 拙者が早いうちに倒しておればこうなる事も無かった。誠に不甲斐無い。

 当たり処か悪ければ死していた可能性もあるのだからの。

 ヴェネレ殿は拙者の肩に手を置く。


「落ち込み過ぎ! 怪我の方も大した事ないって! そもそも邪神を前にして負傷者だけで済んだんだよ? 十分だよキエモン!」


「フム、そうであるか」


 口ではそう言っているが、この無理矢理声を張る空元気。仲間が傷付いた事を気にしていない訳が無かった。

 拙者が思い詰め過ぎるのは却ってヴェネレ殿を不安にさせてしまうの。此処は彼女にのっとり、拙者も前を見るとしよう。


「……そうよの。後悔よりも皆の無事を喜ぶとしようか。残る邪悪は魔神サク。そして悪魔。いずれにせよ難敵揃い。用心せねばならぬな」


「うん、そうだね。儀式に使ったあの魔方陣、再利用出来るのかな?」


 一先ずとして呼び出す存在は魔神サク。

 然し初の試み故、魔方陣が再び使えるのかも存ぜぬ。仮にもう一度作る必要があるとなればその分の犠牲者が出る事になってしまう。

 難しい匙加減よ。


「如何であるか。イアン殿。主の国にて執り行っていた儀式だが」


「どうだろうな。俺にも分からない。I Don’t Know。なんせおこなった事自体今回が初めてなんだからな。first。まあ、試してどうなるか。それを確認する方法はある」


「フム」


 どうなるかは存ぜぬとしても、確認するすべはあるとの事。

 イアン殿はその当事者となる者を呼んだ。


「COME ON。No.8」

「やれやれ……俺を犬みたいに呼ぶな。面倒だな」


 呼び出したのはヨチ殿。理由は以下の通り。


「No.8の未来視。それは起こる可能性のある未来を複数視る力。つまり、呼び出そうとするだけでそれによってどうなるか未来が分かるという事だ。understand」


「成る程の。確かにそうで御座るな」


 おもんみれば誠よの。複数に枝分かれしており、明確な未来ではないが何が起こるか程度は把握出来る彼の能力。

 それがあれば事は済む。


「……じゃ、形だけでも儀式に入ってくれ。生け贄は……テキトーな食物でも置いてくれ。実際に召喚するんじゃなく、しようとするとどうなるかの未来を視るだけだからな」


「心得た。では非常食としてある干し肉を供えるとしよう」


 戦場での食事は兵糧丸などだが、それとなる代物は無いので使うは干し肉。

 それを魔方陣の中に入れ、ヴェネレ殿らが魔力を込める。そして此処で停止。ヨチ殿は未来を視た。


「……ダメだな。この魔方陣からは魔神が現れる未来が見えない」

「そうか」


 曰く、見えぬとの事。再利用は叶わぬか。

 しかし気になる言い回しよの。それについて訊ねてみる。


「この魔方陣からは……という事は、別の場所からは見えるという事かの」


「まあな。近いうち……この何日かで魔神と相対する皆の姿が見える。知っての通り未来は複数に枝分かれしているんで詳細は分からないけどな」


「そうであるか。元より邪悪の復活は近い状態にあった。それが近日起こるという事なのだろう」


「だろうな。つまり、自分達に有利な戦場で戦う事は出来ないが、召喚の儀式をする必要も無く姿は見せるという訳だ」


 儀式のする必要が無い。それは利点だが、ともすれば戦場となるは地上世界。

 それは難儀だの。被害を出さぬ為に場所を変えたと言うに結局拙者らの星で相対する事となるとは。

 だがアスは此処で討てた。拙者の中の悪魔がいつ出てくるかは存ぜぬが地上にてサクを討てれば更に楽になろう。

 ヨチ殿は言葉を続ける。


「そんな訳で、ここに居ても仕方無い。むしろ主力の大半が離れてたんじゃ戦力の大幅ダウンだ。面倒だがさっさと帰り、面倒だが地上で迎え撃つ準備をしよう」


いささか面倒がり過ぎだが、言っている事は正しいの。明確な日時が分からずとも、近いうちに起こる事が分かれば行動にも移せよう。ある程度の準備も整えられそうだが、如何であろうか。ヴェネレ殿にセリニ殿」


「うん、賛成だよ。キエモン。話し合っている今の時間も貴重だもんね」

「そうですね。では、この場は解散としましょうか」


 これからの行動が決定した。

 ヨチ殿の言うように主力が離れている今は危険。そしてヴェネレ殿の言うようにこの場で時間を潰すのは愚作。

 故にこの場は解散とし、また改めて事を起こす事となった。


「セリニさん達はどうしますか? 地上で待機するのか、一度月へと戻るのか」

「国民達に報告もしたいので一度帰るとします。けれどすぐにそちらへおもむき、改めて対策を練るとしましょう」

「はい、分かりました。ではお気をつけて」

「ありがとうございます。では皆様」


 ペコリと会釈し、セレーネ殿を除いたセリニ殿と月の面々は神の光にて月に戻った。

 拙者らも預かっている神の光を使い、一先ず地上へと戻り行く。

 あらわるるは近日。その時に向け、まだまだ準備はせねばなるまい。

 光に包まれ、拙者らも城の方へと戻るのであった。



*****



 ──“数時間後”。


「ふひぃ~お疲れ様~キエモン~……」

「お疲れなのはヴェネレ殿に御座ろう」

「ハハハ~まあね~」


 “シャラン・トリュ・ウェーテ”へと戻りて数刻。既に日は暮れ、セリニ殿達の居る満月が真上へと昇った頃合い。

 報告回りなどで疲弊したヴェネレ殿はバルコニーにてもたれ、両手を伸ばして体をほぐしていた。

 既にエルミス殿らの傷は癒えており、負傷者は皆が完治しておる。れど念の為にと安静にしており、今は眠っておられるだろう。

 会議も長引き、今バルコニーに居るのは拙者とヴェネレ殿だけよ。


「けど、ようやく一段階終了って感じだね。邪神アスの消滅は確認したし、後は魔神サクと悪魔だけだよ」


「そうであるな。今のところ悪魔から干渉されておらぬ。居るのは確定しておるのだがな」


「……そう、なんだ。干渉されていないのは良いけど……まさか本当にキエモンの中に居たなんてね……」


「今更よ。報告したのは数日前。ヴェネレ殿及び一部の者へ内密にだ」


「本当に驚いたんだから……」


 少し前、セリニ殿が星を探している頃合い。拙者は報告を忘れていた悪魔からの干渉をヴェネレ殿と何人かに話した。


【言い忘れていたがヴェネレ殿。拙者、今朝夢にて悪魔と思しき存在から干渉があったぞ】

【……ぇ……え? …………!? ……ちょっとそれってどう言う!?】


 その時の彼女らは本気で驚愕しており、まさに絶句。そこから破裂するかの如く溢れた追及には拙者がかえって焦ってしもうた程。

 だが今の彼女はそれを受け入れ、いざという時は相対する覚悟も決めておる様子。


「……だけどキエモン。例えキエモンが何になったとしても……私はキエモンの事を信じるからね。……だって、夢の中では抵抗出来たんでしょ?」


「ウム。今はどうか存ぜぬが、多少は効いておろう。拙者の完敗としても一矢は報いたのだからな。とは言え今もなお好機を窺っておろう」


「……多分そうだよね。しつこさもスゴいと思う……」


 今のところ大人しい悪魔だが、拙者の寝首を掻くつもりがあるのはなんとなく分かる。その時は拙者も刺し違える覚悟でのぞまねばの。

 いや、断言しておこう。あの夢のようになるよりも前に拙者は腹を切る所存。


「…………」

「……? 如何した?」


 会話の途中でヴェネレ殿は静まり、スッと立ち上がる。

 何かしらの覚悟を決めたように拙者へ向けて口を開いた。


「……キエモン……私……いや、キエモンさえ良ければなんだけど……ほら、私ってまだ結婚相手とか居ないでしょ……」


「……? そうよの。一国の主足る者、世継ぎを残さねば国が繁栄せぬ。故に主の父君も嘆いておった。生涯の伴侶を早くに見つけねばな」


「アハハ……良い人が居なくて……だからさ、そこで折り入って頼みがある……というよりもこうなったら良いなって言う私の願望がメインなんだけど……」


「フム……?」


 なんとなくぎこちなく、回りくどい言い回し。

 彼女は何を申そうとしておるのか。明るい満月に照らされ、風が吹き抜けて揺れる髪。ヴェネレ殿はスッと凛とした目で見て口を開いた。


「……キ、キエモンが私のお……」

「……!」


 ──その刹那、月が(・・)切断された(・・・・・・)


 上空にて月が縦に割れ、何者かによって崩壊を喫する。

 ヴェネレ殿も空を見上げ、唖然と口を開いたまま見上げた。


「そんな……月が……!?」

「……現れたようだの。ヴェネレ殿」

「……っ。うん……!」


 この様な芸当を可能とする者なんぞ限られておる。少なくとも拙者らの中に友好的な月を破壊する者など居る訳がなく、全面戦争をも個人で対処するであろう存在。

 次第に月は形が崩れ、斬られたまま宙に留まる。重力の影響で砕かれても破片は残るらしいが、月の次に来るとしたら地上だろう。


「ヴェネレ殿。如何する? 神の光にて月へと向かうか、地上にて迎え撃つか」

「多分もう向こうがこっちに向かってきてると思う……選択の余地は無いかも……!」

「心得た。では迎え撃つとしようぞ」


 既に何者かの気配はこちらへ迫っておる。

 両断されてもなお輝きを失わぬ月の明かりに照らされて一つの大きな影が迫り、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の上空にて留まった。


【──地上の者。今我は主らの脳内へ直接話し掛けている。単刀直入に述べよう。我完全復活せり。故に、全人類及び全種族全生物を殲滅する】


「……!」


 瞬間、刀のような物が振り下ろされ、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の町が城を中心に真っ二つとなった。拙者とヴェネレ殿の間も別つ。

 それによって巻き込まれた者多数。死者数不明。準備をするよりも前に現れたようだの。


「魔神……アス……!」

【これは餞別せんべつだ。我復活の祝宴としてのな。そして全世界の者達が向かうあの世への道すがら。はなむけとする】


 目覚めし邪悪、魔神アス。

 犠牲者を出すまいと考えていたが、まさかこれ程までに早く、率直に仕掛けてくるとはの。むしろそれが狙いだったので御座ろう。

 最悪の存在が此処にまた一つ目覚めてしもうた。

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