其の弐拾伍 襲われ掛けた少女
「そんで、キエモン。何で他の依頼も受けているんだ?」
「当たり前で御座ろう。曰く、“裏側”に行くまでは森を通ると言う。ならばついでに他の依頼も塾し、人々の安全を守るべきだ」
「キエモンの場合は本心から人を守ろうとしているんだろうな。しゃーねぇ、お供するぜ!」
任務を請け負い、ついでに複数、近場の任務も受けた拙者とサベル殿は“ゴブリン討伐”と“オーク殲滅”と言う依頼を遂行する為、森の中を進んでいた。
“裏側”があるのは森の奥。リザードマンとやらやスライムとやらは生息域が草原や沼地故、会うのは難しい、なので森に棲むそれらを事のついでに討ち滅ぼす事とした。
多くの人が犠牲になっており、家畜や近場の動物も巻き込まれていると言う。見過ごす訳にはいかなかろう。
「しっかし、凄い大所帯だな。これ全員ゴブリンとオークを倒しに来た人々か。確かにそんな強くないし報酬もうまいけど」
「そうで御座るな。拙者が受ける必要も無かったやもしれぬ」
ザワザワと、辺りは騒がしかった。
依頼は一つだが、何も一組みの“ぱーてぃ”が全てを受ける訳ではないらしい。因みに今のぱーてぃは宴とはまた違う意味との事。
何人かが任務を受け、その一組み毎の成果に見合った報酬が受け渡されるようだ。
報酬はあまり執着しておらぬが、結果的に人々が安寧を得られるならばそれで良い。
『ゲゲ……!』
『ゲー!』
「……! 居たぞ! ゴブリンだ!」
「殺せ殺せェ!」
森を歩いていると遠くから声が聞こえた。
物騒に御座るな。その声に釣られて人々はそちらへ向かい、サベル殿は拙者を見やる。
「行かねーの? キエモン。ゴブリンが見つかったらしいぜ?」
「ウム、あれだけ人が居れば問題は無かろう。拙者は此方を行く」
「他の人達とは全くの別方向……ま、取り敢えず俺も行くか」
何やら強い気配も感じる。そも、向こうも人は警戒しているであろう。なので人の多い道には却って集まらん。
人の少ない道を行く事により、確実に対象を討てるというもの。
「キャーッ!」
「む?」
「悲鳴だ!」
道を行くと、一つの悲鳴が木霊するように響いた。
木々の隙間を抜け、反響位置から悲鳴の地点を補則。南西に数十丈(※数百メートル)。一人のようだ。
「此方だ。サベル殿」
「あ、ちょ、キエモ……速っ!? ……待ってくれよ! 森の中じゃほうきに乗れないから遅いんだ!」
森道は慣れている。馬よりも速く行けるだろう。
拓けた場所が見え、拙者は刀を抜いた。
『グゲゲー!』
『ギャギャギャ!』
「やめて……来ないで……!」
確認。衣服を破られ、肉体を露に大きいのと小さいの、五匹の物の怪に襲われている女子。
あの物の怪は猪のような見た目に御座るな。あれが“おーく”と“ごぶりん”だろうか。
『グゲァァ!』
「ゃ……いや、私の初めてが……こんな魔物なんかに……!」
『『『ゲギャギャギャ!』』』
「助け──!」
「切り捨て……」
『『『…………』』』
「御免」
物の怪の頭を刎ね、トンッと着地した。
刀を鞘に納め、裸の女子に拙者のローブを着せる。
そのまま覆うように庇い、汚れぬよう物の怪の血から守った。
「大丈夫に御座るか? 女子よ」
「ぁ……貴方は……?」
「拙者、天神鬼右衛門と申す。サムラ……いや、国に勤める騎士だ」
「アマガミ……キエモン……様……」
困惑の色は隠せぬ様子。然し、警戒はしていないようだ。
見たところ一人。青髪と緑味掛かった青い垂れ眼が特徴。
美しくはあるが、おっとりしたような顔付きよの。仲間は何処かに行っているのであろうか。
「主、一人か? 他の仲間は?」
「ぁ……その……私は最近冒険者になったばかりで……まだ……仲間もおらず……多くの人が参加しているからやれるかなって……このクエストを受けて……この有り様です」
「フム、物の怪にしてやられたという事に御座るか」
「お恥ずかしながら……」
赤面し、小声で話す。
成る程の。サベル殿が言っていた、冒険者は競争に負け、淘汰されるという事の意味が分かった。
実力が無くては命が失われるのだろう。実力が無くとも名を残した偉人は居るがこの国……いや、物の怪蔓延るこの世界ではそうもいかぬようだ。
「恥じる事は無かろう。妖も動物も、本来は人間より力のある存在。それが徒党を組んで攻めてきたのならこの様な結果になるのも必然だ」
「そ、そうですか。それを瞬く間に倒したのは貴方何ですけど……」
「拙者は多人数による戦に慣れている。然して経験を積んでいない主ならば仕方あるまい」
「そうですよね……」
慰めたつもりであったが、逆に落ち込ませてしまったか。
この場合は何をすれば良いのだろうか。悩んでいると息を切らしてサベル殿がやって来た。
「ゼェ……ハァ……は、速過ぎだろ……馬車並み……いや、それ以上の速度は出てたんじゃねえの……魔法を使えない生身の人間がこれって……本当に同じ種族か……?」
「サベル殿。今しがたこの者を助け終えた所に御座る。然し落ち込んでしまっており、如何様にすれば良いのか分からぬ」
「この者……? へえ、結構可愛い子じゃ……ちょっと待て。何で衣服を着てない!? キエモン! まさかお前が!?」
「拙者の訳無かろう。この者はつい先程まで魔物に襲われていたのだ。そして服も全て剥がされておった。今は拙者が着ている外套を貸し与えておるが、してやられた事に落ち込みを見せているという訳だ」
「ああ、そう言う事。ま、キエモンがそんな事する訳無いよな。会って数時間だけど、性格はある程度分かった」
疑いは晴れたが、相変わらずこの者への励まし方が分からぬ。
考えてみれば今現在の時点での拙者の回りにはヴェネレ殿やマルテ殿。強かな女性しか居らぬからの。
「一先ず安全な場所へ送ろう。サベル殿。妖の処理はお任せして良いか?」
「OKOK。この手の役割は慣れてるからな。炎魔法でちょちょいのちょいよ」
そう言い、杖を取り出す。
両断した猪の物の怪の死骸に向けて経を詠じ、瞬く間に焼き払う。
「では、此方へ。此処は妖の巣窟。杖はあったとしてもその姿では戦えなかろう」
「わっ……は、はい……お姫様抱っこ……少し恥ずかしいですけど……逞しいですね……」
彼女を抱え、安全な場所へと向かう。
森の外にでも抜ければ良いだろう。拙者は騎士用の衣が無くとも問題無い。
「あ、名乗り遅れました。私は冒険者、リーヴ=エルミスです。先程は助けて頂き、誠にありがとうございました」
「気にするでない。人々を護るのは騎士の努め。狩りに赴く冒険者であれど例外はない」
「カ、カッコいい……」
何やら羨望の眼差しが刺さるの。だがそれを気にする暇は無さそうだ。
『『『ギギャーァッ!』』』
「ひっ……!」
「元より森は奴等の縄張り。いつ何時も油断は出来ぬぞ」
「は、はい……!」
茂みから猪の物の怪が再び現れ、拙者らへ棒を掲げて襲い掛かる。
跳躍してそれらを躱し、そのまま足を広げて頭を蹴り飛ばす。
両手が塞がっている故、仕留めにくいの。
『グギャア!』
「然し、遅い」
また仕掛け、腹部を蹴り抜いて近くの枝に突き刺す。更に押し込み、濁った鮮血を流して絶命した。
此処は森。勢いよく蹴り飛ばせば枝が貫いてくれる。
刀を使わずとも生き物は容易く死する。脆いものよ。
『グゲェ!』
「…………」
また一匹飛び掛かり、頬を蹴り付けて首を逆方向へ曲げる。
大きい猪の物の怪と小さき猪の物の怪が居るが、小さき方は首を折りやすくて苦労が少なく済む。
「私を抱えた状態でこんなに動けるなんて……」
「少し揺れる。気分が悪くなったら言ってくれ」
仕留めても仕留めても湧いてくる物の怪。キリが無いな。片手だけでも空けよう。
「エルミス殿。少し形を変える。拙者に掴まっておれ」
「は、はい……! きゃっ!」
彼女を片手に抱え、鞘から刀を抜く。エルミス殿は手を伸ばし、首筋から背部に掛けて掴まった。
敵の数はざっと数十。余裕に御座るな。
「少し目に毒。一瞬だけ閉じてくだされ」
「え? あ、はい」
エルミス殿が瞳を閉じたのを確認。刹那に物の怪共が迫り、拙者は踏み込んだ。
「エルミス殿。終わり申した。そろそろ森の出口に御座る」
「え? もう!? ……っ。速い……なんて風圧……」
あの場は少しばかり汚れている。故に即座に離れ、エルミス殿を連れて森の外へ出た。
驚いておられるな。馬以上の速度。生身で受けるには少々辛かろう。
「到着致した。降ろすぞ」
「あ、うん。ありがとう……」
礼を言われる。
先程から返事をするか礼を言うしかしておらぬの。あれらに襲われていたのだ。その気持ちも分かるが。
「生憎それ以外の衣服は持っておらぬ。だが春先、その格好では寒かろう。拙者のを着ると良い」
「ローブに加えてシャツまで……キエモン様の方が寒くなりませんか?」
「問題無い。心頭滅却すれば火もまた涼し。その逆も然り。冬場に湖へ入り、心身を鍛える事もある。この程度の冷え込みは問題無い」
「そう……ですか」
拙者はこう言った場に慣れている。
拙者は褌一丁でも構わぬが、妖を斬り汚れてしまった。エルミス殿にはあまり汚れておらぬあの二つだけで我慢して頂こう。
「……。少し、離れておれ。エルミス殿。客人だ」
「え……?」
さて、残るは先程感じた気配の主を前に立ち回ろうぞ。
『ゲヘヘヘヘ……新鮮な女と筋肉質の男か。うまそうな二人だな……』
「言葉の通ずる妖。ならば話し合いで解決出来れば良いが……その手に握る者達を見てはそう言う訳にもいかぬな」
『ゲヘヘヘヘ……でーじょーぶだ。ちゃんと生きてる……腹一杯になる分を集めて悲鳴を聞きながら食うのが楽しみだ……』
「た、助け……」
「……外道……とは言えぬな。言葉を話せるだけで所詮はただの獣よ」
悪趣味の妖に御座るが、そう言った輩を拙者も知っている。
何れも人間か鬼。外道と言える者達だったが、獣の此奴は該当せぬ。
「故に、容赦なく斬れる」
『鉄の棒かぁ~? ケヒャヒャそんなんで何が出来る』
もっとも、拙者は元より敵ならば容赦無く切り捨てていた。仇成す者は全て討つ。
『ゲヒャヒャヒャヒャァ!』
「先ずはその者達を離して貰おう」
『ヒャア……あ゛?』
太き巨腕を切り落とす。鮮血が雨のように降り注ぎ、手に持っていた数人が解放された。猪の妖は困惑しているように御座る。
まだ痛みも伝わっておらんだろう。敵であっても生き物なのは変わらぬ。痛みを感じぬうちに死するが良い。
『オデの……手は……?』
「案ずるな。獣にも逝ける地獄があるならば五体満足で過ごせる」
刀を納め、小さき肉片と化した妖を余所にエルミス殿の側に寄る。膝を着き、同じ目線となって訊ねた。
「返り血によって汚れておらぬか? エルミス殿」
「は、はい……」
どうやら血腥くならなかったように御座る。
それは何より。次いで、また息を切らしたサベル殿が這いずって現れた。
「コヒュー……コヒュー……キエモン……俺、体力無いんだよ……」
「丁度良かった。サベル殿。その者達の治療と妖の後始末をお頼み申す」
「マジ……かよ……けど、またB級以上の魔物を倒したみたいだな。流石だぜ……」
フム、既に頼んだ後であるが、これ程までに疲弊しているサベル殿に頼むのも気が引けるの。
すると、隣でエルミス殿が小さく挙手した。
「あの……私、回復魔法が得意分野なので皆様の治療は出来ます……」
「む? そうであるか。それは頼もしい」
「マジか。それなら是非とも頼む。俺は死骸を焼いておく必要があるからな」
「はい! 今度こそ役に立てるよう、頑張ります!」
エルミス殿は他者を癒す妖術が得意な様子。
控え目な性格に御座るが、心無しか戦闘よりかは自信のあるようだ。
怪我人達を寝かせ、エルミス殿は口を開いた。
「──癒しの力。人々の傷を塞ぎ、安楽を与えん。者達を治療す……“ヒール”!」
「「「…………」」」
杖から緑い光が発せられ、寝かせた者達の傷口が見る見るうちに塞がる。
何度か目にした妖術であるが、何度見ても面妖な。一体、如何程の理由で傷が癒えるのだろうか。
「ふう……これでもう安心です。完治しました」
「凄まじき能力よ。エルミス殿。今まで目にした回復術の中でも随一の再生力を誇るモノだ」
「いえ、私なんて戦闘用の魔法は全然使えなくて……一人で家を出たは良いんですけど……まだスライムとかゴブリンとかを一匹倒すのがやっとの魔法出力で……」
「いや、敵を滅ぼす事しか出来ぬ拙者より、遥かに求められる才に御座る。エルミス殿。自信を持たれよ」
「えへへ、キエモン様にそう言われると自信が付きます」
才を褒められ、照れるように話すエルミス殿。
然し謙遜する力ではない。生き物を殺めるより、生き物を治す力の方が人々の役に立ち感謝されて然るべきもの。素晴らしき力なのだが、勿体無いものよ。
ふと、横からサベル殿が不敵な笑みを浮かべていた。
「オイオイ、キエモンさんよォ~。アンタ、自覚してないだけでかなりの女誑し……いや、人誑しだな」
「失礼な事を言うでない。拙者、人を誑かし、利用した事など無い故」
「あー、それは本来の意味の誑しなんだが……冗談通じないな。まあいいか。それがキエモンだしな」
拙者を揶揄っておるのか? そうであっても言葉を選んで欲しいものよ。失礼な奴だ。
「これにて依頼は終了か?」
「そうっぽいな。森からもどんどん人が帰って来る。両方の巣の方は片付いたらしい」
「優秀な者達に御座る」
拙者が主と思しき物の怪を討ち、続々と人々が戻って来る。
気配は多く顕在していたが、それらを誰一人死する事無く帰って来たのは冒険者や他の騎士達の優秀さが窺えられた。
ならば拙者らもそろそろ“裏側”へ向かうとしよう。
「ではサベル殿。報酬を受けとり次第“裏側”へと向かう」
「だな。っと、そうだ。体よく動かすし、そのうち小腹も空くだろうから間食としてパンやるよ」
「おお、忝ない。貴重な食料を」
「ハハ、この国ではそこまで貴重ではないけど……まあそれは国が裕福なだけか。食料だけはいつの時代も大事だしな」
任務終了もすぐ。故に拙者らは食料や衣服など、改めて確認する。
報酬を受け取るのはギルド内。一先ずそこへ戻り、そこからまた“裏側”へと向けて行くだけに御座る。
「っし、じゃあ服も着替えたし、報酬も受け取ったし、調査に赴くか」
「そうに御座るな」
城と協力体制で事の進むギルドでは、魔力を込めた“ろーぶ”とやらの支給もあるらしい。
故に拙者はそれを着替え、エルミス殿も普段の衣服を身に纏っていた。
一件落着。いざ“裏側”。そこへ行かん。
「あの……!」
「ん?」
「……?」
そこへ、エルミス殿が話し掛けてきた。
はて、何用で御座ろうか。衣服は身に付け、傷の方も癒えているが。
はっ、もしや裸体を見てしまった以上、今度はエルミス殿と婚姻を……? いや、ヴェネレ殿曰く裸体程度ではそこまでしなくとも良いと言う。ならばなんだ? 訊ねてみなくては先へ進まぬ。
「何で御座るか?」
「えーと……その……わ、私も貴方達に付いて行っても良いですか!? 私、実力不足なのは承知しています……しかし、キエモン様の戦闘をもっと見たいのです!」
「おっと、ご指名はキエモンか。俺は外で待ってる。別に構わないし、後はキエモンが決めてくれ」
「そうか。ではまた後で。サベル殿」
言葉を交わし、サベル殿はギルドの外へ赴く。
さて、とどの詰まりお供にして欲しいのであろう。規約では冒険者と騎士が共に行くのもアリ。後は本人の意思次第か。
「エルミス殿。今から行くのは謎多き“裏側”。サベル殿曰く安全なようだが、何があるかは分からぬ。それでも構わぬのか?」
「はい……! 足手纏いと判断されれば見捨ててくれて構いません……! どうか私を貴方様にお供させてください!」
声を張り、頭を下げる。
フム。覚悟は決まっている様子。見捨てる事は絶対にせぬが、この覚悟を無下にするのも思うところあり。
然し乍ら女子を行かせるのも……いや、この世界ではそれも普通であったな。
ならば拙者の答えは一つ。
「駄目だ」
「……っ」
「自らを犠牲にするような考えではな。主は今、見捨てても構わぬと告げた。これから行くのであれば主とは“仲間”という間柄となる。ならば、自分を無下にせず互いに支え合う関係となろうぞ」
「……! で、では……その考えを改めれば……」
「構わぬ。傷を癒せる主ならば心強いからの」
「分かりました。自分自身を犠牲にはせず、お役に立って見せます!」
今の言葉の殆どはマルテ殿の受け売りであるがな。
仲間となれば出会って数刻でも死なせたくない。拙者の場合、仲間で非ずとも助けるつもりだが、共に行き、仲間として行動する事の意味を肝に命じて貰うべきだろう。
その言葉、拙者には残り続けておる。マルテ殿には頼りっぱなしであるな。
「では行こう。“裏側”へ」
「はい! キエモン様!」
「様は止せ。拙者は別に目上の立場でもない。普通で構わぬ」
「そうですか? なら、キエモンさん!」
「ウム」
仲間が一人増えた。
戦闘についてはまだまだだが、拙者とサベル殿が居れば何とかなろう。傷の治療を行える彼女は必ずや頼りになる。
そう信じ、拙者とエルミス殿はギルドの外へと出た。




