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其の弐佰伍拾漆 邪神アス

(やはり一分の隙も与えられぬ……!)


『動きが鋭くなったな。仲間がやられたのがそんなに悔しいか』


 踏み込み、刀を振るう。

 アスは複数の魔力球にて応戦、魔力からなる弾幕が連続して迫り、その全てを捌きながら詰め寄る。


最早もはやどちらが絶望的な存在か分からないな。全ての魔法を無効化して迫るとは』


「……」


 更なる魔力が撃ち込まれ、それらをいなして仕掛ける。

 逸らした魔力はこの星の上空にて爆発。余波で地上を揺らすが仲間達へ影響は無いようだ。その証拠にアスの体を魔法・魔術にて撃ち続けておる。


『基本的な狙いは上部か。確かに足は細く当てにくいが、こうも狙いが単純では容易く防がれると言うに』


 放つそれらはアスの全身を狙うが、上半身が多め。と言うのも今回の策からして数撃てば当たる理論。だからこそより確実な箇所を狙うのが今後にも繋がる事に御座ろう。

 今の奴は黒き翼にて空を舞っておるが拙者も大気を踏みつける事で空中移動を可能としている。機動力による差はない。


『だが、煩わしいのは依然として変わらない。そこで余は考えた』

「……」


 それだけ告げ、翼を羽ばたかせて加速。

 フム、至極単純な事。より素早く飛び交い、狙いを定めさせぬままに弾幕を張るというやり方のようだの。

 なればそれに乗ってしんぜよう。


「……」

『忙しなさはそちらの方が上だろう。無理をするな。無理せず死せよ!』


 予想通り飛び回りながら無数の魔力を展開。

 特に狙いを定めず無闇むやみ矢鱈やたらに上空から爆撃を執り行い、地上にある山々を粉砕させた。

 此処には植物も御座らんからの。及ぶ被害は岩山や氷山だけよ。表面の氷も気温の上昇に伴い徐々に溶けておるが、完全に溶けるまでは数年は掛かるだろう。して気にする問題でも御座らん。


大凡おおよその範囲を掴めるのならば闇雲に撃っても当たる。範囲は1つの山以上だからな。全てを防げる訳でも無かろう!』


「……」


 相変わらず口が回り、話ながらの連射。

 一つ一つの破壊範囲は何度も述べた通り。拙者も魔球は断ち、カブル殿もしかと防いで下さっているがこの無数の球を全て相手するには少々骨も折れる。

 思案せしめる最中さなかにも魔球が迫りて辺りの破壊は止まぬようだ。


『やはりあの魔族。厄介だな。魔族の姫は今のところ見当たらないが、奴等だけで防御も攻撃も適っている』


 アスの狙いにはサン殿が上位に入っているようだの。だがあの時点でのアスの全てを容易く凌駕した彼女。目の敵となるのは当然かもしれぬな。

 しかし主戦力となる彼女は温存。今はこのやり方でアスを討ち仕留めるのが目的よ。


「キエモン! さっきの意表を突かれた爆発は防げなかったが、まだ死傷者は出ていない! こちらの心配はせずに相手をしろ!」


「心得た」

『主の声、この距離から聞こえる訳無かろうて』

「良いのだ。頷くだけで意思は通ずる」


 カブル殿への返答と共にけしかける。

 先程の爆発は拙者の不手際もありての事。元より息つく暇さえ与えずに仕掛ければ起こらなかった所業よ。

 二度とこの様な事を起こらせぬ為、より集中して仕掛けねばならぬ。

 鬼神としての在り方。それは悪魔を呼び起こす切っ掛け。なれば己がつちかった経験から先を読み、思考よりも体を動かすあの方法でやるしかなかろう。

 あれに鬼神は関係無いからの。悪魔を刺激せずに相対するには身一つが最適よ。


「参る……」

『呼吸の感じが変わったな』


 空気を蹴り、飛ぶように直進。ただ視界にアスのみを入れ、後は己の意思に体の全てを委ねる。

 翼の羽ばたきと共に球体の魔力が込められ、それが拙者に向けて放たれた。


『やはりお主は厄介な相手よの』

「……」


 其の球体は最小の動きでかわし、カブル殿及び他の者達が上空へと逸らして着弾するよりも前に移動させた。

 見ておらぬからどうなったかは存ぜぬが、背後に広がる無数の星空。その一角が暗闇となっておるようだの。感覚で分かる。


『防御も全て味方に委ね、自分は避けるだけで真っ直ぐ進んでくるか。そして余の気は相変わらずの小さな魔力によって逸らされている。面倒な連携だ……!』


 刺突を繰り出し、其れは避けられる。即座に切り返すが仰け反ってかわされ、瞬時に振り下ろしてアスの片手を宙へと飛ばした。


『……ッ!(余の反応が追い付かぬ……奴の脱力状態から繰り出される的確な一撃が魔力によって強化された金剛石よりも硬い余の腕を斬るか……! どこかで感じた事のある不可思議な力も一辺だけであり、大きくは使用していない……! 素の動きでそんな事が出来るのか!? ただの人間が……!)』


 アスが何を思案しているかは存ぜぬが、その動きから焦りは伝わり申す。

 これなれば効果はあるようだの。

 そこに向けて魔法が放たれアスの体は爆炎に包まれた。


『……っ(地味に厄介なのが的確に隙を突いて撃ってくる魔法……! ダメージは少ないが集中力が削がれる……! 多勢の利点を効果的に使っているの……! 意識を逸らすだけであの騎士の攻撃が来る……!)』


「……」


 すっかり話さなくなり申した。

 奴も集中したいのだろうが、其れを好機として周りの者達が撃ち込む。結果的に意識は逸れ、更なる隙となって拙者に斬られる。

 空中に逃れたのが仇となったの。遮蔽も何もないこれでは狙い放題よ。


『くっ……!(蹴散らしたいがあの防御に騎士の存在。だったらまずは地上に降り、少しでも弾数を減らすか……!)』


 狙い通り地上へと降り立つ。既に腕は生えているが肩で息をしている状態。再生にも体力を使うのであろうか。

 いや、単純に拙者との立ち合いが疲弊に繋がっているだけかの。奴の魔力はおそらく無尽蔵。この程度で疲れるのは精神的な方面が多いだろう。


『始めからこうすれば良かったな』

「……フム」


 瞬時に周囲へ半球状の山を作り出して拙者とアスのみとする。

 フム、これなら全方位からの守護が成り立つ。一と一の立ち合いをご所望か。然れどいずれは砕けるであろう。アスの繰り出す魔力の余波はそれ程よ。


『消えろ』

「……」


 片手を突き出し、不可視の魔力を放出。其れは大地を抉りながら直進しては山にぶつかり破裂。漆黒の闇を生み出し霧散した。


『本来なら大陸が消し飛ぶ爆発だが、余の魔法からなる山はそれを防ぐ。そして当然主は斬ったか。それも承知の上、更に攻め立てよう』


「……」


 踏み込み、加速。前方へ拳を突き出し風圧のみで己の形成した山を砕いた。

 大陸が消し飛ぶと言う爆発でも消えぬ山を己で砕くか。身体強化の魔法だろうの。近しい存在で言えばファイ殿。速度は彼よりも遥かにある。

 山は即座に再生してまた壁となる。隙を突かれぬ仕様か。


『そう言えば、詠唱によって魔法の威力は変わるのだったな。長ったるい詠唱は省略とし、呪文くらいは付与しておこう』


「……」


 そう告げ、またもやファイ殿の最高速以上で迫り来る。

 今の拙者は自動的に反応する無我の境地。受ける瞬間のみに鬼神を纏いて弾き、アスは言葉を続けた。


『そうだな。言うなら……“通常攻撃1”』

「……」


 回り込みて拳を突き出し、周囲の山を粉砕させる。その余波は留まらず、また空の星を消し去り黒い空間とさせた。遠方の星々が余波で消滅したか。

 当然それは避けたが、まだ攻撃は止まぬようだ。


『“通常攻撃2”』

「……」


 魔力の塊を複数放出。爆発と共にこの星が欠け、近隣の星々が飲み込まれて消え去る。

 この範囲、カブル殿でも防ぐのに苦労しているのかセリニ殿や他の者達も防御に加わっておる。


「“通常攻撃1”+“通常攻撃2”」

「……」


 空中に数多の魔力球を点在させ、己が迫りけしかける。

 拳や足をいなしつつ降り注ぐ魔球を避け、逸らし、斬り、辺り一帯が更地となった。


『エレメントも使ってみるか。“山”』

「……」


 空から山が降り注ぐ。大きさは存ぜぬが遥かに巨大よの。

 拙者に読んで字の如く降り掛かるそれは断ち斬り、距離を詰めて刺突を打つ。


『標高で言えばこの惑星にあった20000m程の山を参考にさせて貰っている。周りに待機している者達も山くらいなら何とかなっているようだな』


「…………」


 二万メートルとやら。“万”と言う程なのだから大層巨躯(おお)きかろう。

 周りの者達は何とかしている様子だが、このままでは及ぶ被害が甚大。時間の問題となるのでそろそろ決着とせねばなるまい。


『次は水魔法かもな。“海”』

「……」


 空から降り注ぐ大水。

 セリニ殿の生み出した水を彷彿とさせるが、量はそれの比にならぬ。

 場が海となり、水を各々(おのおの)が上手く消し去り安定させた。


『誰かが炎魔法で蒸発させたか。やはりただ水を生み出しただけでは足りないな。では次は隣にある大きな惑星。その嵐を呼び起こそう。“嵐”』


「……!」


 魔力を空中に散らし、今居る星よりも大きな台風を作り出した。

 常人なれば立つ事もままならぬ程の大嵐。セリニ殿らのお陰で仲間達も堪えておるが、とてつもない大きさよ。


『風速で言えば時速650㎞。この嵐の範囲は……そうだな。今居る惑星といつもの惑星が三つは軽く収まる程度。幾つかは宇宙へと消え去ってしまっている』


「……」


 要するにとてつもない大きさなのだろう。

 既に周りの山も無くなっておる。セリニ殿とカブル殿の守護の中なれば援護射撃も可能。風に流される可能性もあるが、仲間達は再び魔法・魔術による狙撃を開始した。


『此処に集った主力は皆優秀なようだ。この嵐の中でも的確に余へ与えている。だが余が騎士。主を倒すまでの時間稼ぎにもならぬ。更に言えば、余の速度でもう当てる事も叶わなかろう』

「……」


 大地を踏み砕き、山のような土塊を巻き上げて加速。

 拙者は其れを正面から受け止め、鬼神を纏いてなんとか堪えた。

 当たらぬのなれば近くに寄せて捕らえれば良い。また無数の魔力が撃ち込まれ、アスの体を撃ち抜く。


『痒い痒い。痒いのも煩わしいな。狙いは分かっている。その全てを防ぎ、主へ確実な死を与えよう……!』


 また上半身へと魔力の防壁を張り、未だに撃ち込まれる魔力を防ぐ。

 片手には魔力が込められ、今にも打ち込まれる体勢となった。

 拙者は余裕のあるアスを前に一言。


「……そうよの。既に勝負は決しておる」

『……!?』


 瞬間、アスの足元が崩れた。

 体幹が揺れ、更には足へと黒く細い二つの魔力が突き刺さる。


『……ッ! これは……闇魔法と……闇魔法……!?』


 撃ち込まれたものはイアン殿とサン殿からなる、アスにも通じるであろう二つの闇魔法。

 平衡だったアスの体は傾き、拙者から手が離れる。それを前に、本人は理解した。


『まさか……今までに放った無数の弾は、全てが陽動(・・・・・)だったのか……!? より確実な一撃を足に与える為に無駄撃ちにも等しいやり方をし、トドメの時に決める……! 執拗に上部を狙ったのも足へのガードが疎かにするのが狙い……!』


 そう、始まった時点から意識を逸らす以外ではほぼ意味の無かった魔力の連射。その全ては奴により確実な一撃を与える為の囮と陽動。

 拙者の存在も囮であったが、開始当初から仕掛けていた攻撃も同義。最後に決める攻撃以外は全てが陽動よ。

 周りに山を造られた時は若干焦ったが、みずからの力を誇示する為に破壊したので助かった。

 その意も込め、邪悪であっても敬意を払ってトドメとする。


「切り捨て──」

『……! ……。……フッ、今度は終わりか。楽しき時間であったぞ騎士、アマガミ=キエモンよ』

「御免」


 鬼神からなる打刀を縦に振り下ろし、アスの体を両断。

 最期に奴は笑い、始めから幻影だったかの如く消え去りて消滅致した。

 既にの気配も無し。勝負は決まり、拙者らの勝利となる。

 邪悪の一角、アスとの立ち合い。一先ず其れは終止符が打たれた。

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