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其の弐佰伍拾伍 決行

 ──“翌日”。


 結局あの後眠る事もなく拙者らは朝支度を終え、共に部屋から外へ出た。

 これからする事はいつも通り朝の鍛練に御座る。

 すると出た直後エルミス殿とバッタリ出会でくわした。


「あれ、キエモンさんにヴェネレ様。一緒の部屋から2人が……も、もしかして……!?」


「ち、違うよ! エルミスちゃん! お互いに夜眠れなかったからつい話し込んじゃって……」


「眠れないから夜の密会を……!?」

「そうじゃないよー!?」


 朝から賑やかに御座るな。

 これまた愉快。眠気も吹き飛ぶというもの。

 更にマルテ殿らなども部屋の前へとやって来た。


「朝から賑やかだな。エルミス。ヴェネレ様」

「おはよう……鬼右衛門……」

「おはよーなのじゃあ……ZZZ……」

「サン様。朝には弱いのですから無理をなさらず」

「おはよう、みんな」


 マルテ殿、セレーネ殿、サン殿、アルマ殿、ミル殿。此方のいつもの面々。

 その後皆で集い、朝食を摂った後に別室へ移動。“シャラン・トリュ・ウェーテ”にも何人か残り、ヴェネレ殿とセレーネ殿。拙者にエルミス殿。サン殿にマルテ殿と騎士団長の四人がとある地点に立った。


「それじゃあ行きますよ。皆さん」


 お姫様もぉどにてヴェネレ殿は告げ、拙者らは無言で頷く。

 瞬刻にち、“神の光”にて月へと移転した。


「ようこそお越しくださいました。地上の皆様」

「はい。よろしくお願いします」


 出迎えてくれるは月の女王セリニ殿。

 既に他国の者達も揃っており、ある程度の準備は終えている状態に御座った。

 月の王宮、その貴賓室へと案内され、セリニ殿は言葉を続ける。


「──では、決戦の地。その候補となる星々を見て行きましょう。まだ完成はしていないので映像伝達の魔道具にて現場の光景を映し出します」


 そう告げ、貴賓室に複数の映像が映し出された。

 空を見上げる時に映る星。存外暗く、夜のような輝きは御座らんな。

 書物に記載されていた情報からするに太陽の光が反射しているなどあった。これはそう言う事なのだろうか。


「候補の星は今映し出されている物です。アナタ方の星、及び月から離れた箇所を目安としていますので後の問題は広さや私の力が及ぼせる環境ですね」


 選定理由は距離。そしてセリニ殿が人々に無害な範囲を増やす最低限というもの。

 聞けば星の環境は凄まじく、空気が無いのは当然として寒暖差や重力も人が暮らせぬ範囲がほとんどとの事。

 なので月を人の暮らせる環境に出来るセリニ殿であっても限られるようだ。


「説明しますと、この星は重力が軽く、私達でも動きやすい場所です。けれどそれは相手にも該当し、一方的に有利になるとは限りません。気温はアナタ方の星を基準とすると寒暖差-150℃。私の力を以てしても低気温になってしまいますね。私の力で星の気温を上げたとして、一定の範囲の平均気温は約-5℃。動けない程ではありませんが、かなり凍えるでしょう。……そして他の候補地ですが」


 それからセリニ殿は候補となる星を上げていく。

 高温であり、基本が百八十度。セリニ殿の力をもちいて三十度から四十度であり、強い重力のある星。

 気温は多少暑くとも丁度良いが、重力がとてつもなくセリニ殿の力を用いたとて一斗(※約15㎏)程の付加が掛かるとの事。

 拙者はジュウ殿との立ち合いにて何度か体感したが、確かに動き辛う御座った。

 他の主力達も動けるとは思うが、動き難さはあるだろう。

 逆に重力が軽過ぎる場所もある。その場合少しの動きで肉体の制御が難しかったりとこれまた不備あり。

 後は全体が氷で覆われていたり水しかなかったり、風が吹き荒れるか大嵐が起こり続けるか。

 他にも多様の星々があり、そのいずれも欠点と利点がハッキリ分かれているようだ。

 主力の者達はそれについて話し合う。


「重力の軽い星は我らも動きやすくあるね。だけど向こうも同じ。重い所も我らの星より重力の軽い月の事を考えると連携を取りにくく中々に苦労しそうだ」


「確かにねー。ウチらと月の人達も、地上で戦えはしたけど基本的に重力の関係上動きを合わせるのは難しいし、その辺の調整がまたゲキムズって感じー」


「そうだね。吹き抜ける自然の風と人々が連携するのが難しいように、環境が違う者同士だと合わせにくさがある」


「ああ。その辺りも上手く合わせねばな。元より主力となれるのは限られた者達だけだろうが、邪魔だけはせぬようにしなければ」


 エスパシオ殿、フォティア殿、リュゼ殿、ファベル殿が順に話す。

 環境の違いは決戦の場となる星のみならず、拙者らの居る場所と月という育った環境にも寄りけり。彼らの述べるよう、適合性は取れねばな。

 そこへヴェネレ殿が思い付いたかのように話す。


「そう言えば、ザンちゃんの空間魔法やエスパシオさんにセリニさんの空間じゃダメなのかな? 安全性はどこよりもあると思うけど」


「ええ、ダメですね。言ってしまえば無意味となるのです」

「無意味?」

「はい。邪神、魔神、いずれも1つの空間に閉じ込める事はほぼ不可能と言っても過言ではありません。理由を述べるなら、閉じ込めている空間その物が破壊されてしまうからです」

「空間が……」


 別空間を作り、そこへ閉じ込める術。それが敵わぬ理由として挙げられるは破壊されるが為。

 思えば拙者も空間その物を斬る事が出来る。今朝見た夢を思えば、邪悪はいずれもそれが可能に御座ろう。元の根元が彼奴あやつなのだからの。

 それもありて空間を創るのは無意味。より確実性の高いのが別の星という事である。


「結局の所、より被害を抑えらるるはこれらの星という事だの。やはり互いの星を思い、より影響の少ない場所が妥当となりそうだ」


「そうみたい。そうなるとここかな。私達の星と近くて気温が低いこの星。重力の差も1/3くらいだし、私達の星と月の真ん中くらい」


 ヴェネレ殿が指し示すは拙者らの住む星の近くにある赤み掛かった惑星。

 聞いた情報では最低でマイナス百四十度程であり、彼女が仰ったような重力。故にセリニ殿なれば丁度良くさせる事も適うだろう。

 他の者達からも異論はなく、セリニ殿は言葉を続ける。


「分かりました。星全体を覆うとして1週間は掛かりますね。その間に仕掛ける罠。戦法などをお考えください。私は即座に行動へと移ります」


 それだけ告げ、彼女はその場から霞みが如く消失。準備がされていた通り、まだ“神の光”の転移地点として登録されておらぬその星に向け月の舟にて向かったのだろう。

 そのまま拙者らは戦法の会議を始める。


「では仕掛ける罠だが、此方のruleに向こうを引き込む方向で進めよう。START」


「ルール? それは確か規則の意。向こうが決まり事なんぞ守ってくれるか定かでは御座らんが、強制的に従わせる……とでも言ったところかの」


「YES。けどまあ、それもまた難しい。俺もある程度は考えてあるが、全部が全部上手くいく保証もない。より詳しく話し合うとしようか」


 此方の規則に従わせ、出来るだけ有利に運ぶよう事を進める。それが優先事項。

 向こうが口約束などを守る訳が無いのを踏まえ、現れた瞬間にそうなるよう仕向ける考えのようだ。

 とは言え一人で出せる案には限りがある。故に皆で惟る。人数の差では一人ずつと大勢。数の有利は最大限に生かしたいところよ。


「さて話し合おうか。文字通りの作戦会議さ。strategy」


「そうよの。やれる事は色々ある」


 此処には月の民もおる。セリニ殿は一足先に整えているので後に共有するとしよう。

 それから色々な策が提案され、普段通りの日々を一週間過ごし、決行の日となった。



*****



 ──“赤い惑星”。


「お待ちしておりました。空気の確保。重力の安定。気温の調整。諸々の準備は終えましたよ。過ごしやすい環境になっていると思います」


「確かに呼吸も出来て……重力も安定してますね。それと春先か秋くらいの気温になってます」


「ふふ、少し肌寒い感じですね。これが限界です」

「いえ、十分凄いですよ。セリニさん!」


 セリニ殿に言われ、ヴェネレ殿は息を吸ったり跳ねたりとして確認する。

 拙者の体も問題無く動く。加え、この一週間で邪悪が拙者に干渉はせなんだ。

 このまま終われば良いが、そう上手く行く物でもなかろう。今は目先の事のみを考えよう。


「さて、儀式の範囲は既に移動させた。開拓もされていない星だから場所は沢山あるからな。space」


 召喚の陣を呼び寄せ、各々(おのおの)が作戦通り指定された配置に付く。

 残りの儀式を執り行うは万が一があっても問題無いであろう可能性の高いヴェネレ殿。

 不確定ではあるが、ヨチ殿の未来視にて一番生き残っていたのが彼女なのでそう決まったのだ。無論、近場には拙者が待機しておる。

 彼女は横目で目配せをし、皆が静かに頷く。杖を構え、魔力を込めて陣の中へ小さな塊を放った。


「……無詠唱。魔力の塊を落とすだけ。これで本当に大丈夫なのかな?」


 儀式を終え、呟くように話すヴェネレ殿。

 既に大方の準備は終えていた。なのでやるべき事は少ないが、だからこその疑問なのだろう。


「……!」


 瞬間、魔方陣に光が迸り、思わずヴェネレ殿の体が揺らぐ程の暴風が吹き荒れた。

 天上の雲と思しき七色のモヤは吹き消され、雷土いかづちのような物が降り注いでは轟音を響かせる。


「ヴェネレ殿。大丈夫か?」

「キエモン。うん、大丈夫」


 近くに居た拙者は彼女の体を支え、その始終を見届ける。

 あくまで邪悪の一つが呼び出されるだけ。故に拙者の中の悪魔か魔神サクか邪神アスかは存ぜぬ。何が呼び出されたとしても脅威なのは変わらず、周りの者達は息を飲みながら見届けた。


『……この感覚……余はまた蘇ったか。いや、魔方陣からするに無理矢理呼び出されたが正しいな……』


 衝撃によって散った煙。そこから姿を現すはどちらか。

 立ち上がり、拙者の方へと振り向いた。


『テメェ……あの時の騎士……!』


 拙者の事を認知し、瞬刻に細長い黒き魔力が縦横無尽に飛び掛かり、それらを拙者は斬り伏す。

 斬撃では御座らんな。そして体躯は常人として変わらぬ。ともすれば此奴、


「……この力。邪神アスの方が呼び出されたか」

『ハッ、ああそうだよ! テメェは今度こそ此処でブチ殺す!』


 叫び声を上げ、山なりの魔力が降り注ぐ。

 己に降り掛かる物は断ち斬り、復活を知った者達が魔力を込めるのを感じた。


「撃て! shot!」

『……!』


 火球が。水球が。土塊に空気弾が。

 四つの元素からなる魔法、魔術が指揮官(イアン殿)の指示によって撃ち込まれ、アスが怯みを見せた。


『弾幕? 何処からだ……!』


 辺りを見渡し、撃ち込んだ者達を探す。

 だがそう簡単には見つけさせぬ。そこまでの長距離でも無いが為、ある程度の気配を読まれたらバレてしまうからの。

 故にその余裕を与えず拙者は打刀にて踏み込んだ。


「さて、始めようぞ。正真正銘の鬼退治をの」

『クク……考えさせる暇すら与えねェかよ。アマガミ=キエモン……!』


 打刀は魔力の壁にて弾かれ、互いに少しの距離を置く。

 この儀式が今後も使えるかは知らぬが、一つ目の相手は邪神アスのように御座る。

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