其の弐佰伍拾弐 月の乱・終結
──“月の舟”。
「……さて、実感は湧かぬが勝利したとの事。改めて問おう。主らの目的はなんぞ?」
「そうですね。では貴賓室へ。ここは最奥ですが、近くに客室もあります。皆さんも是非」
誠に勝利致したのかは兎も角とし、セリニ殿へと訊ねて彼女は拙者らを案内する。
此処は椅子以外に何も無い部屋だが、向こうには客間があるのか。いや、この星に来るまでの事を思えば当然かの。
入り口を潜り、そこへとやって来た。
「さて、ここなら寛いでお話出来ると思います。お茶とお菓子もあるのでどうぞゆっくりしていってください」
「手厚い歓迎だの。一応敵対していた身なのだがな」
「それについての説明をしますので御安心を」
クッキー等にビスケットとやら。パン類もあり、ちょっとしたパーティよの。……フッ、遂に拙者も外来語を堪能になり申した。然れどクッキーとビスケットの差違点が未だに不明で所存。
セリニ殿は説明を始めた。
「まず率直に申しますと、消滅させた方々は無事です」
「……! 本当ですか!?」
その言葉により大きく反応したのはヴェネレ殿。
彼女は消え去った人々を抱える国の主君。この反応も当然だろう。
セリニ殿は言葉を続ける。
「はい。更に言えば数年前の神の光。それを受け、消え去った人々は皆月に居ります。記憶も名も捨て去り、まるで生まれ変わったかのように過ごしていますが」
「……! そ、それは……」
数年前の犠牲者達。それらも無事であるようだが、記憶と名などは失っているとの事。
何があってそうしたか。ヴェネレ殿は口を開き掛ける。が、セリニ殿はそれを制止させた。
「けど、それだけは言えない事になっております。それが貴女の母、私の妹、ルナの望み。全ては貴女や今は亡き王の為という事だけは間違いないと信じてください」
「嘘は言ってない……記憶が戻った私の言葉を信用出来るかは分からないけど……本当だよ……」
「マ……お母さんの……。はい。信じます。……信じるよ、セレーネちゃんもね!」
「ありがと……」
その目と態度からするに、真というのは誠だろう。
ヴェネレ殿もそれを信用し、セリニ殿は一礼の後綴る。
「それで今回の神の光ですが、今回は記憶なども奪っていません。空間移動の魔道具が如く月へと転送させただけです。なので心配しないでください」
「ほっ……良かったです」
胸を撫で下ろして安堵するヴェネレ殿。
改めて無事を知る事が出来、記憶や名等も今回は変わらず。元の生活へ戻る事も容易く支障無し。それらが相まっての安堵に御座る。
次にセリニ殿は時点で重要な事柄、目的について話した。
「さて、また別方面での問題。私達の目的ですが、今回私達が地上を攻めた理由は鍛練とテストです」
「てすとは聞いていたが、鍛練とな?」
「はい。詳しくお説明致します。それもこれも全て、邪神・魔神を相手にした際、既に実力を目の当たりにしている方以外の力が足りているかどうかを見定める為。故の挑発、襲撃。それによる対処などを見届けさせて頂きました。切っ掛けはセレーネの記憶が戻る時。セレーネがより多くの地上人を信頼した時に記憶が戻るようおまじないを掛けていたのです」
邪悪と相対した際に実力が事足りるかの確認。それが今回の戦の理由。
セレーネ殿の記憶が戻るのは多くの人々に信用を置ける時との事だが、確かに最近は度々交流がありて会っておる。今回のみならず、今までにて記憶の切っ掛けを掴んだのも人々と交流したから。それがまた信頼へと繋がるので納得は出来る。
そして戦力というのも、確かに気になるところではあるの。戦えぬ者が居ては邪悪との戦の際、悪戯に死していくしかない。
故に見定め選定し、各々の戦い方を見やる事で協力する際に合わせやすくするのも目的の一つであらせられた。
それなれば殺意も敵意も持たず行動していた今までの行動に合点はいく。だが、
「然しのう。ちとやり過ぎでは御座らんか。無事だから良しとするが、国民を次々と消し去るなど」
「それも承知の上です。非難なども受け入れましょう。今回敵となるであろう邪神・魔神はそう言うものなのですから」
「フム、そうであるか。如何思う。ヴェネレ殿。主が良いとするなれば拙者も全てを受け入れよう。拙者は主と共にあるのだから」
「アハハ……なんか大袈裟だけど、私は良いよ。実際、邪悪とかとの戦いが来たら本当に人々が消え去る可能性もあるんだもんね。実践に近い演習なら納得だよ」
「そうであるか。では拙者もそれに従い申す」
「ご厚意、感謝します。ヴェネレ姫」
「ちょ、やめてくださいよ。セリニさん。私達は親戚なのですから」
ヴェネレ殿が許しを出すのなら拙者に何も言う資格は御座らん。元より全ては彼女、主君に委ねる所存。
セリニ殿は笑って返した。
「ふふ、今回は国の問題です。私も然るべき態度を取らなければ名が廃る。なのでそのお詫び……という程でも無いのですけど、今のアナタ方。即ちあの星の方々が行っている事へ手助けをしたいところです」
「手助けですか?」
「はい。これまた率直に申しますと、私達が御見せした空間転移術──神の光。それを用いた手助けをと思いまして」
「神の光による……手助け?」
セリニ殿の提案は、神の光を用いる事による手助け。
フム、存ぜぬな。建物や人々を消し去る神の光。それによってどう助けると申すのか。
それについて彼女は説明致す。
「神の光と言うものは、本来物体を別空間へと転送させる力なのです。地上の魔道具とはまた別で、秒も掛からず目的地へと到達する事が可能です。条件は1度そこへ行く事。これはシェルさんの超能力の1つ、テレポートの応用で作り出しました」
「超能力……魔法ともまた違う力のようですね。秒も掛からず1度行った場所に行ける魔道具。それなら仮拠点を作り、何日かに分けて遠征せずとも次から次の国へと時間の短縮が可能です」
「はい。それこそが私の言う手助けにございます」
セリニ殿の述べた手助け。それはとても有意義な物。
神の光があれば国同士の移動も一気に短縮出来、世界との協定を結びやすくなろう。一番の問題点はその移動距離だったのだからの。
さすれば事は有利に運び申す。
「如何でしょう。ヴェネレ姫。サン王、イアン帝王、フロルさんにレーナさん」
「私は構いません。凄く良い傾向にあると思いますので」
「妾も構わぬぞー! 移動が短くなればすぐにみんなと会えるのだからなー!」
「俺は別に帝王を名乗っていないんだが、まあ、他国の王と差別化を図る為なら良いか。OK。その案には賛成だ。absolutely」
「私からも断る理由は無いのだ!」
「私も同じくね!」
この場に居られる各国の主君。及び代替役。皆の意見を得られ、一人残らず賛成との事。
断る理由も御座らんしの。思えば此処に居る面子。彼女らは殆どが重役に御座ったか。
偶然か狙ってか。何れにせよ好都合だったの。
セリニ殿は頭を下げて言葉を綴る。
「ありがとうございます。皆様のその言葉は心強いモノ。改め、邪神・魔神復活の際、月の民も全力で協力致します」
「はい。こちらこそ」
月との関係性は依然として変わらぬまま。寧ろ深まったとも言える。
話に纏まりが出たところで、ヴェネレ殿はセリニ殿に提案した。
「その邪神・魔神についてですが、一つ提案が。セリニさん。呼び出す場所についてです」
「呼び出す場所……ですか」
「はい。実は星の国は邪神・魔神の何れかを呼び出す儀式の準備をしており、既にそれが整っている状態にあるのです。呼び出す事はいつでも可能。目覚めるのを待つのではなく、こちらから迎え撃つ方向で地上では行動していました」
「……なんと……」
ヴェネレ殿が説明致したのは邪悪の所在。
まだ決めておらぬ事であるが、検討は付いておりいつでも呼び出せる状態にある。それについてに御座った。
月の民は定期的に地上を見ていると申すので詳細は分からずとも概要は知っておろう。その詳細を今教えられた。
セリニ殿は一瞬驚きを見せ、冷静になって続ける。
「その様な段取りを終わらせていましたか。見事です」
「ありがとうございます。……けれどまだ召喚させる土地が見つかっておらず、難航している状態でして」
「では私が良い土地を探し出しましょうか?」
「……え? セリニさんがですか?」
「はい。戦っても誰にも被害が及ばない土地。それならソラに沢山あります」
「空、ですか?」
「ええ。宇宙です」
そう言い、指を差すは天上。天井で見えぬがの。
ソラ。ニュアンスを惟るに宇宙とやらの事に御座ろうか。どう言う事か周りの者達は小首を傾げ、セリニ殿は説明した。
「宇宙には誰の物でもない惑星が多々あり、そこは大抵広いのです。空気も何もありませんが、私が月でやっているように永続的な空気の膜を張れば行動も可能。温度の調整もプラマイ100度までは変えられます。つまり、例え私がやられたとしても誰かが居れば戦える態勢を作れるのです」
「なるほど……やられる事が前提なのは思うところがありますけど、確かに誰もいない他の星なら存分に被害を気にせず相手出来ますね」
彼女の力なれば本来生き物が住めぬ環境も変える事が可能となる。
星という物の広さは存ぜぬが、セリニ殿とヴェネレ殿の言葉からするに十分あるのだろう。
「それでは地上の方々と話した後、良さそうな小惑星などがあればそこで戦うとします」
「ええ。月から観測出来る範囲にも多くの星があります。距離は少々ありますが、月の舟にて向かえば数日で完了。そこから神の光にて移動すれば決戦の場は設けられます」
「ではそこに罠なども張るとしよう。少しでも此方側の優位に進めねばならぬ」
「勿論。容赦ない布陣で迎え撃ちます」
戦地の確保はセリニ殿が担ってくれるよう。なれば拙者らは策を練りてやれる事をやるだけよ。
これにて話は今度こそ終幕。次にやるべき行動は決まり、それが邪悪との決戦となろう。
「あ、それと。セレーネは地上が大層気に入ったようなので、ヴェネレさんさえ良ければしばらくお世話してくださいませんでしょうか?」
「え? はい。構いませんよ。私もセレーネちゃん好きですし、記憶が戻った理由が私達を信頼してくれたという事なのは嬉しいですから!」
「……面と向かって言われると……ちょっと恥ずかしい……」
話に一つの区切りが付いたところでまた喜ばしい提案が。
どうやらセレーネ殿はまだ月に帰らず、しばらく地上に居るらしい。竹取物語のようにはならなかったの。それもまた一興よ。
何はともあれ、月との乱戦は終わりを迎えた。邪悪に対しての目処も立ち、戦うまでは順調に行けるだろう。
月の乱はこれにて終結を迎えるのであった。
めでたし。めでたし。




