其の弐佰伍拾 月との合戦
踏み込んで駆け出し、後光の差すカブル殿と距離を詰める。
神仏へ歯向かうとは罰当たりだが、これは命のやり取りではなく試合のようなもの。大御神様も許してくれよう。
「俺にゃ技名とかは無ェな。単なる神力の放出だ」
「……」
それだけ言い、金色の掌を押し付けられる。
その手を縦に両断して切り抜け、仕掛けるよう打刀を振り上げた拙者の体をカブル殿は触れずに止めた。
フム、シェル殿の念力を彷彿とさせるの。
「今までの戦いを見た限り剣を触媒にしてやがんな。つまりその剣を抑えれば攻撃は届かねェ」
「成る程の。確かにその通りよ」
刀で全ての攻撃を行い防ぐのであればそれを直前で止めれば良い。実に正しい判断よ。
だがこの場で鬼神を刀のみならず体に纏えばこれも解けよう。
「そうしようってのは理解してんぜ」
「……」
纏おうとした瞬刻、横から迫り来た掌にて叩き飛ばされた。
カブル殿は思考が読める訳でも無かろう。単純に拙者の行動を予想していたようだ。
それなりに重い一撃。纏い掛けでなければ骨折では済まなかったかもしれぬな。本人の性格から死する事は無いと思われるが、それでも手痛いものとなっていた事だろう。
木々を粉砕して飛んだが着地。追撃が如く光球が解き放たれた。
「……」
が、それは切り裂き踏み込み進み行く。
刀を握り締めてまた一歩大地を蹴り、馬よりも速く駆ける。
「速ェな。音なんかすっかり置き去りだ」
「……」
一言だけ告げて前方を掌にて受け止める。然し押し返したが為に吹き飛び、カブル殿も複数の木々を粉砕して遠方へと行った。
この程度では終わらなかろう。警戒は解かず、空から巨腕が降り注ぐ。
「……」
して、それも斬る。
直ぐ様移動はしたようだの。別方向から掌が迫り来た。
振り向き様に断ち、カブル殿の気配を掴んで推測。そちらへ向かい、正面から鞘による刺突を繰り出す。
その先端を掴んで防がれ、引き寄せられ拙者の顔へ拳が打ち込まれた。
「……」
そのまま飛び行き数町(※1町で約110m)。まともに一撃を食らってしまったの。
今までは鞘であっても防がれる事は少なかったが、鞘自体に刃のような鋭さは御座らん。故に見切って掴める実力者が相手ではそうなる事もある。
カブル殿はそれが可能という訳ぞ。
「殴るのは好きじゃねェ。暴力自体が嫌いだからな。だが今はやむを得ねェ状況。だからこそ仕方無く」
「……」
「……ッ!?」
弁明するカブル殿へ向け、鞘を振り抜きその体を吹き飛ばす。
善性は理解しておるが、立ち合いの最中にそうペラペラと話すものではない。今現在の拙者も言えた事では無いがの。
とは言え明確な一撃は与えられた。善性が裏目に出たの。
「話してる途中だろーがッ! だがまあ、無駄に長ェ事語った此方も悪ィ。戦闘中だしな」
「……」
殴られた事に対しては然程気に留めておらぬ様子。それよか反省しておる。口調は相変わらず獰猛だがの。
兎も角真面目な方よ。それでいて温厚でもある。そして何より強き者。イアン殿らが苦戦するのも頷ける。
「てな訳で。続行だ……!」
「……」
踏み砕き、加速。後輪の周りに刃のような物が生まれて回転し、複数のそれらが一気に押し寄せる。
本人も迫りて拳と鞘が打ち合い、複数の刃が弾かれ一瞬だけ間合いが開く。その距離も即座に詰め寄り、連撃による鬩ぎ合いが行われた。
「少しは休めたよ。rest」
「まだまだヤりますよぉ!」
「ハッ、復活早ェな!」
そこへイアン殿とトゥミラ殿が復帰。
光と闇がカブル殿を挟み、防御の為に己の周りへ顕現させた巨大な掌を拙者が刀にて切り裂いた。
「NICEだ。キエモン!」
「流石ですねぇ~!」
「防御不可の斬撃で防御を破り、光と闇で透かさず攻撃。やるじゃねェかよ!」
刃による隙間を抜けて闇が貫き光が照らす。鋭利な一撃と熱量多めの光によって一気に飲み込まれ、その姿は見えなくなった。
「まだ気配はあるぞ。お二方」
「気配を掴めるのは助かるな。油断せずに済む。carelessness」
「良いですねぇ。見えずとも位置が把握出来るだけでかなり有利に働きますぅ~」
光と闇による灰色の煙。そこにカブル殿の姿は見えぬが気配は残っておる。
故に見極め、仕掛けて来る方向を定めた。
「右だ」
「そこか! place」
「左へと移動した」
「素早いですね!」
小回りを利かせて移動を繰り返す。その速度は気配で追えるが、そうであっても対応は難儀である。
主な攻撃方法は肉弾戦。時折光球などを撃ち出して来るが単純なやり方が多い。戦いやすくはある相手なのだが、単純が故に手強い者なので苦労は強いられよう。
「ここだァ!」
「見切っておる」
また移動し、死角からなる一撃。それは防ぎ、矢先に複数の光球が撃ち出された。
近距離からなる一撃に遠距離を交える。そうする事でより確実な一撃が与えられてしまおう。厄介極まりない。
然し皆の思考から抜け落ちているであろう今の在り方。これはあくまで乱戦に御座る。
「そーれ! タケトンボじゃあ!」
「ただの細い魔力の放出だねぇ」
細長き魔力が撃ち出され、拙者らの間を通り過ぎた。
拙者の教えた竹蜻蛉はああ言った物では御座らんが、場の流れが一時的に転じたの。
「“千樹乱尖”!」
「“ダークエンブレム・爆+連”!」
「“宝石の舞”」
一方では無数の木々。及び爆発する無数の紋様が放たれた。
それをジェム殿は舞うように避け、三人は空を飛び交いながらぶつかり合う。よって、森が吹き飛んだ。
「徐々に集いつつあるの。この空間は広いが、戦っている場所は限られているからの」
「そうだな。全員が全員実力者。破壊の範囲も広まり、最終的には地形が残らねェ。ま、セリニさんが創り出した空間だから外への影響は何も無くて安心だ」
主力が揃ったの。
セリニ殿も常に此方を見ている状態にある。故に場は更に混沌としつつあった。
元より今回の名目は乱戦。団結力などを確認したいのだろう。
そして思うに、皆の者は攻撃を防がれる事で苦戦を強いられておる。なればそれを剥ぎ、少しでも優位にするのが良いかもしれぬ。
此方には数の有利があり、拙者は決定的な一撃を与えられぬ。ともすれば拙者が相手を打ち倒す方向とは別に動き、言葉ではなく行動で指揮を執るとしよう。
「やるとしようぞ」
「「「「「…………!」」」」」
「「「……?」」」
鬼神を纏い、各々へと向き直る。
周りの者達は拙者の気配から何かを感付き、一時的に逃げへ徹する。やはり何度か拙者と実践を共にしている者ら。瞬時に状況を理解、把握し、その態勢へと入った。
月の民らは困惑の色を出し、その色による瞬き程の差が一撃を生む差となった。
「断ち斬り申す」
「「「……!」」」
隙は一瞬。その間に拙者はカブル殿を覆う後光。ジェム殿の纏う鎧、フラム殿の着用する皮衣を断ち斬った。
既に魔力等を込めていた周りの者達は其の差の間に仕掛ける。
「“暗黒速射”!」
「“シャイニーショット”!」
「“聖世速樹”!」
「“ダークエンブレム・速”!」
「“究極最強完璧無敵超絶強力究極アルティメットアタック”!」
それら全ての力が同時に放たれ、カブル殿らの防御は間に合わぬ。拙者が防御その物を斬ったので防御のしようが無いからの。
相手の力は移動にも転用していたが為、足を失ったも同然。避けようも無く直撃し、空中から下方まで円で刳り貫かれたかの如き空間が生まれ、近辺からセリニ殿が作り出した町や森が消失した。
「さて、気配は残っておるが大分効いてはいるようだの」
「あれで効いていなかったら驚愕だよ。astonishment」
「意識があるだけで大概なのだ」
気配はあれど、かなり効いた様子あり。
完全に無効化した後、皆の速度重視ではあるが強力な魔法等が包み込んだのだ。一堪りも無かろう。
「……ッ。効いたよ。まさか攻撃の要であるキエモンが防御を貫く為に動くとはな」
「今の無しぃ! サンちゃん! って、凄く痛ぃ……」
「チッ、味な真似しやがって……」
ジェム殿、フラム殿、カブル殿。この三人に与えられた確かな手傷。
何度も述べている様、互いに相手を殺めるつもりは御座らん。故に致命傷には至らぬ。至らせなんだが、確実なものとはなっておろう。
「このやり方なればやれよう。皆は攻撃にのみ集中を。拙者は相手の鎧を剥ぎ申す」
「確かにこの方法だと楽だな。敵の攻撃も全てキエモンが受けてくれる。俺達は俺達の攻撃に集中出来るってものだ。attack」
「ったく、厄介な相手だ。キエモンの立ち回り1つでここまで変わりやがるか……!」
拙者が全ての護りを破り、イアン殿らが全ての攻撃を通す。さすれば直に決着も付くであろう。
そう思った瞬間、
「お見事です。アナタ方の協調性。認めましょう。仮合格と言ったところでしょうか」
「……!」
空から四つの属性が降り注ぎ、辺り一帯を更に大きく吹き飛ばす。
そう、相手には暫し傍観していた彼女が居る。大将であり、月でも一、二を争うであろう実力者。ヴェーガス=セリニ殿。
「では確実なる合格を与える為、私が本格的に参戦致しましょう」
「フム」
「LAST BOSSの登場って訳か。ENTRY」
「いいえ、ラスボスではありません。私は前座ですよ。あくまで悪魔の。ね」
彼女の言葉の意図は分からぬな。他に月へ主力が居るのか、また別の意味合いか。
然れどやる事は一つ。数の有利は変わらぬ。
セリニ殿も加わり、拙者らと月の民達の試合形式な戦も終局へと差し掛かるのだった。




