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其の弐佰肆拾捌 小手調べ

「……」

「さあ、どこから仕掛けてきても構いませんよ。キエモンさん」


 白く広い空間にて両手を広げ、拙者へ攻撃を促すセリニ殿。

 とは言え如何様にすべきか。以前の彼女は母親としての在り方を攻撃として転用していたが、今回は勝手が違う。

 どの様なやり方で来るのか。いや、思考するよりも仕掛けた方が早いの。


「では参る」


「はい。それと今回は私、基礎のエレメントで戦おうかと思います。真の実力を見定めるには基礎が一番と思いますので」


「そうか」


 今回のやり方を理解した。彼女は基礎。即ち火、水、風、土にて仕掛けてくるようだ。

 単純で良いの。こう言うのをしんぷると申すらしい。


「……」


 刹那に眼前へと攻め、鞘に納まった打刀を振り抜く。

 セリニ殿は宙を舞うように離れ、片手に力を込めた。


「手始めに基礎の基礎、ヴェネレさんも得意とする炎魔法です。私の力は厳密に言えば魔法とも違うのですけどね」


「……」


 太陽が如き火球を生み出し、それを空間へと落とす。

 空間は焼け落ち、周りの気温が急激に高まるのを感じた。


「温度で言えば……まあ、見ての通り空間が溶けるくらいですね。セレーネとヴェネレさんが居ないので存分に戦えます」


「……」


 火球は斬り伏せ、熱気もそのまま切り捨てる。

 次いでセリニ殿は巨躯なる水球を生み出した。


「この水の総量は……ヴェネレさん達の星にある海と同程度の量ですね。とは言え、質量で言えば月の半分以下ですよ」


「……」


 曰く海と同程度の量ある水。

 然し月の半分にも満たぬ質量との事。そうであったとしてもこの場を満たされてしまうのは面倒だの。水は動きにくい。

 だが斬ったとて完全に消し去る事も出来ぬ。如何すべきか。

 取り敢えずは斬ったが。


「フフ、海がこの場にも作られてしまいましたね。けど安心してください。この空間はあの星よりも遥かに広いので、しばらくしたら流れてしまいますよ」


「……」


 なれば問題無いかの。元より己の周りに降り掛かる水を斬り消せばあまり変わらぬのだから。

 とは言え先程の炎と共に上昇した気温。水の一部は蒸発し、周囲は白い霧に包まれる。これではお互いに様子を確認するのは難しかろう。拙者は気配にて掴めるが。


「これでは私の視界が悪いので、吹き飛ばしましょうか。風で♪」


 瞬時に風が放たれ、それが竜巻となりて水と霧を巻き上げる。

 凄まじき風からなる嵐。単なる風ではなく雷も纏っておる。あの中に入っては全身が継ぎ接ぎだらけの衣服が如しとなろう。

 故にそれもまた断ち切る。


「全てが簡単に斬られてしまいますね。最早もはや剣術や剣技などの類いから逸脱しているような……まあいいでしょう。さて、お次の土を最後にし、今度からは合わせ技を使って行きますよ」


「……」


 そう告げ、巨大な大地の塊を形成。それを隕石が如く落とし、空間を砕きヒビを入れ振動が響き渡る。

 当然それも斬り防いだが、妙なやり方だの。徐々に力を解放し、事前に如何様いかような方法で攻めるかも教えてくれるとは。

 まるで鍛練でもしているかの様。元より実力を測るのが目的とは述べていたが、もしや彼女らの狙いはそれなのだろうか。

 しかながらそうであれば神の光の再来が説明出来ぬ。

 何故なにゆえ態々(わざわざ)挑発するかの如き振る舞いをし、攻めて来たのか。謎は深まるばかりよ。


「ではまずは小手調べ。いきます。火+土=溶岩!」

「……」


 思考の最中さなか、赤く、黒い液体のような物が流れ迫る。

 溶岩と申されたの。拙者の故郷にも火山はある。彼の富士も火山の一つ。

 この目で拝見した事は御座らんが、たまに耳へと届く記録からおもんみても凄惨な災害なのだろう。

 それもまた斬り、仕掛けられてばかりなので拙者からセリニ殿へと詰め寄る。


「……」

「来ましたか。如何なる防御も多分無意味ですよね。だったら避けます」


 態々口に出して言い、フワリと浮かんで距離を置く。

 れど拙者には空舞う術あり。馬よりも早くに踏み込み、空中を蹴ってセリニ殿へと鞘を振り抜いた。


「なるほど。流石の対応力です……!」


 その体を吹き飛ばし、空間の地面へと激突して何かしらの欠片が散る。

 思えばこの空間は何から作られているので御座ろうか。単純に考えるなら魔力などだが、それなりに硬く、それなりに柔らかい不思議な素材よ。

 ともあれ硬くはあるので衝突による痛みなどもあろう。


「水+土。泥まみれになってしまいましたが、衝撃によるダメージは軽減しましたよ。キエモンさん」


「そうか」


 どうやらぶつかる直前に水と土を生み出し、泥として勢いは弱めたとの事。

 ただ浅い泥ではなく、それなりの大きさと深さ。全身泥にて汚れているが、それで痛みを和らげたのなら得の方が多かろう。

 拙者は一言の返答のみし、更に踏み込んでセリニ殿へ迫った。


「せめて泥を落とす時間くらいくださいな。土+風=竜巻!」


「……」


 迫る拙者へ向け、土砂混じりの竜巻を繰り出した。

 これは中々よの。鈍色の渦が迫りて周りの欠片などを飲み込んでおる。


「風によって高速回転する土砂は鋭利な刃その物ですよ。常人なら触れるだけで手足が引きちぎれてしまいます」


「穏やかでは御座らんな」


 前進し、大竜巻は更に勢力を伸ばす。

 それを縦に両断し、その隙間を抜けてセリニ殿の眼前へ迎い行きて鞘を突き付ける。


「これも簡単に突破。よろしいですね」

「フム……」


 すると彼女は霞が如く鞘をすり抜け、拙者の背後へと回り込む。

 これもまた何かの混合技に御座ろう。


「その素振り、大凡おおよその理解はしているご様子。炎+水。霧を生み、気温を変化させて近距離ながら蜃気楼を作りました」


「……」


 蜃気楼。書庫で読んだの。気温の差などで別の場所にある物が近くへ感じる現象と。

 故に拙者が突いた物はただの虚空。手応えが無かったのか。


「とは言え近距離。なのでこれです。土+風。名前は……なんでしょう」


 瞬時に撃ち出された鋭利な岩。それが風によって加速し、周囲から矢の如く突き行く。

 然しこの程度の弾幕なれば幾度と無く相対しておる。全てを打刀にて叩き落とし砕き防ぎ、気配を掴んで背後へと鞘を振り抜いた。


「……ッ! また蜃気楼を仕掛けていたのを読み取りましたか……!」


「……」


 その体は吹き飛び、手を伸ばして滑るように止まるが追撃するよう鞘を突き、セリニ殿は大きく仰け反った。

 それを上から振り下ろし、空間にヒビが入りて彼女の口から空気が漏れる。


「容赦ないですね。私、セレーネのお母さんなのに」

「主も容赦はしてなかろう。れど互いに殺めるつもりが無い以上、両者共に手加減していると言えよう」

「ごもっともです……」


 風を吹き出し、拙者の体を弾いて己も宙に舞う。

 互いに立て直し、セリニ殿は空から片手を突き出した。


「合わせ技のみならず、先程のように単一で仕掛ける事もしますよ」


「……」


 上空から放たれる風。ダウンバースト(だうんばぁすと)と言うものらしい。その威力は凄まじく、降り注ぐ暴風が拙者の体を上から押さえ付けた。

 なので天へと刀を薙ぎて斬り防ぎ、空気の切れ目を進んで空のセリニ殿。その真ん前へと到達。振り抜く直前に左右から山の如し大岩で挟み込まれたが、即座にそれも裂く。


「今のところ私は何度か受けてしまっていますが、貴方には大したダメージを与えられていませんね。一向に進展が無くよく分かりません」


「何を申されるか。よく分からぬのは此方の台詞。加減はすれど、手は抜かずに重い一撃を与えているのだが主は常に動けておる。セリニ殿」


「そりゃあ、受けた瞬間に回復していますから。それはいいんです。他所の戦局も気になるところですし、どうしましょうか」


 互いに致命へ至らぬ傷を負いながらも続く現状。実際、他所が気掛かりなのは拙者も同義。

 然し如何どうする事も出来無かろう。

 互いに弾かれるよう地に降り立ち、セリニ殿は言葉を続けた。


「そうですね。既に戦況はほぼ決まっている。戦える者達だけをこの場に集め、ここで見定めましょう」


「「「……!」」」


 刹那、この空間に月の民。及び地上にて戦闘をおこなっていた者達が呼び寄せられた。

 成る程の。手っ取り早い方法でやり合おうという魂胆に御座るか。


「……キエモン。多くは言わない。月の女王と思しき者の居る今の状況は? situation」


「かくかくしかじかに御座る」

「OK。把握したよ」


 呼ばれた地上の者はイアン殿、トゥミラ、フロル殿、レーナ殿、サン殿の五人。

 月の民はカブル殿、ジェム殿に赤毛の女子おなごの三人。

 計八人が呼び出され、拙者とセリニ殿を入れると十人。数の差は此方が有利であるが果たしてどう転ぶか。


「さて、これで戦っていた方は全員ですね。今から執り行うは乱戦。最終テストとなります」


「てすと? 確か試練などの意味合いであったの。どういう事か存ぜぬが、おそらく返答はせぬだろうの」


「はい。言葉の意味は全てが終わってから話します。依然変わりなく」


 拙者らの何かを確かめているご様子。疑問は残るが、後に全て明かされるのならこの場を終わらせれば済む話。

 拙者とセリニ殿の立ち合い。それは地上にて相対していた者達が集い、別局面へと差し掛かった。

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