其の弐拾肆 任務依頼
──“シャラン・トリュ・ウェーテ・街中”。
「して、サベル殿。どの辺りから見て行く?」
「見回りの指定場所はここからあそこまでだから……ま、範囲内をテキトーに回ってくか」
「手抜きなのは思うところもあるが、現状は行くしかないか。では参ろう」
「堅苦しい人かと思ったら、結構話分かるんだな」
「案ずるな。しかと目は凝らす」
「ハハ、しっかり分けるタイプか。嫌いじゃないぜ。キエモン」
拙者らが廻るのは街の北側と東側。
北側は大通りに面した商店が多く、中央に向かうほど高級店が増える。
東側は民家や宿が多いと昨日のヴェネレ殿と共に行った散策で理解した。
つまるところ、それなりに事件などが起きてもおかしくない場所に御座る。何事も無ければ良いが、見廻りの重要性は感じられよう。
もっとも、南側と西側にも見張り役の騎士殿らはおり、北側と東側の見張りも拙者とサベル殿だけではない。治安は守られるだろう。
拙者らは配属された場所へと向かった。
「北側は異常無しのように御座るな」
「ま、店が多い分見回りも厳重になるし、逆に安全かもな」
「そうよの。態々危険を冒して盗みを働く者など居らぬか。余程の物好きくらいに御座る」
「だよな。分かっているじゃないか。キエモン」
「泥棒ー!」
「へへっ……!」
「……。まあ、こんな時もある。気を落とすでない」
「励ましてくれてありがとよ……って、何か俺だけが恥ずかしい扱いになってないか?」
「そうでもない。サベル殿とは初対面の時点で主が意識を失った所から始まった」
「あー、そりゃそうだな……って、それって悪い方面の印象になってないか?」
安全を確認した瞬間に行われた窃盗。
一先ず追う為、拙者は踏み込んだ。盗人の人数は……。成る程の。
「サベル殿。彼奴が盗みを働いた時、同時に二人程動いた。主犯をお頼み申す。残りは拙者が捕らえる」
「マジ? なんつー観察眼だよ……取り敢えず分かった。捕らえるだけなら簡単だ」
正面を行く者に向け、サベル殿は杖を取り出した。
瞬時にそれを振るい、突風を引き起こす。
「──渦巻く風よ、主犯を捕らえ、足を掬え。“拘束突風”!」
「んなっ!?」
経を唱え、放たれた風は絡まるように盗人へ纏わる。拙者はその者の傍に近付くように装い、残りの二人を確認した。
「ハッ、アイツは囮だ……」
「目玉はこっち……!」
少々距離がある故何を話しているのかは存ぜぬが、大層な荷物を抱えている。民達の視線は突風と拙者らに向いており、盲点となっていた。
その盲点は既に拙者が見切っておるが。
「やりィ!」
「チョロいぜ。騎士共!」
「ハッハ! アイツが盗んだのは本当に小さくて安い物。捕まってもすぐに解放される!」
「俺達3人は今後も遊んで暮らせるぜ!」
「フム、そうであるか。盗みは善くない。今からでも間に合うやも知れぬぞ」
「「……!」」
そういう事に御座るか。
捨て駒かと思いきやしっかり仲間思い。それは良いのだが、悪行は見過ごせぬ。
拙者は屋根の上から飛び降りた。
「なっ……!」
「何メートルから飛び降りてんだよ……」
「さあ、捕まろうぞ。早ければ少しは罪が軽くなる」
それなりの高さから落ちても痛みなどはない。降り方や身のこなしは心得ているからの。
盗人二人に対して自首を勧めるが、
「捕まってたまるかよ……!」
「へへっ……ここは路地裏……怪我させても目撃者はいない……!」
「説得は無駄か」
この国では武器となる杖を取り出し、拙者に構える。
場所は狭い細道。故に大きな妖術は使わなかろう。ならば一気に距離を詰め、即座に捕縛するのみ。
「──火炎よ」
「──土塊よ」
「遅い!」
「「……!?」」
そして、一々経を唱えて撃ち出す無駄な時間。その時間があれば酒を一杯呑んでからでも捕らえられる。
一呼吸のうちに距離を詰め、急所となる鳩尾を突く。拙者の国では忍がよくやっており、忍の友からやり方を教えて貰った。
その友は戦死したがの。
突かれた二人は過呼吸気味となって膝を着き、杖を落として倒れ伏せた。
引き摺り、サベル殿と彼が捕らえた仲間の前に突き出す。
「なっ……! お前ら……!」
「ヒュー。やるな、キエモン。見た感じ、素手で打ち仕留めたか」
「命までは奪っておらぬ。この者達は城へ?」
「まあそれでも良いんだけど、街には普通に警務部署があるからそこに連れて行った方が早い。そもそも城の牢獄は本当の凶悪犯とかしか居ないから、窃盗だけのコイツらには荷が重過ぎる」
「そうで御座るか。奉行所のような場所があるのだな。ではそこへ参ろう」
捕らえた三人衆は奉行所のような所へ送り届けた。
まだまだ時間もある。更に治安を守るべく、拙者とサベル殿は見廻りを続ける。
*****
「ふぅー。午前の分はこれで終わりだな。そろそろ昼にしよう」
「昼……そうだったの。この国では昼食があるのだ。是非とも参ろうぞ。サベル殿」
「ハッハ、子供みたいに喜んでるな。身長的には大人びてきた子供に近いけど」
「フッ、甘いの。サベル殿。どうやら拙者、まだもう少し身長が伸びるやも知れぬ。肉類を食えば良いと聞いた」
「うーん、まあ、年齢的には15~18とかだろうし、伸び代はあるか」
午前の見廻りは終了。この国では休憩と同時に昼食も摂れる。これ程喜ばしい事は少ない。
この場合はヴェネレ殿に教えられたれすとらんに行くのだろう。美味で御座った故、楽しみだ。
「午後からも見廻りに御座るか?」
「いや、そこは交代制だ。今日はたまたま午前中が見廻りだったけど、午前中は別の事をして午後に見廻りする時もある。具体的に言えば送られてきた依頼をこなしていく感じだな。クエストって言い方もある。好きなように呼んでくれ」
「成る程。依頼は半日で受ける事になるのだな。では昼食を摂り、依頼を受けようぞ」
「だな。遠出する必要がある依頼とかもあるけど、今日は近場にしておこう。俺は基本的にC級の依頼しか受けていなかったけど、あのオーガを倒したキエモンが居てくれるなら少し難しいB級以上の依頼も達成出来そうだ」
午前と午後で役割が変わる。基本は見廻り及び見張りか依頼かと考えれば良かろう。
その後拙者らは昼食を摂り、依頼を受ける為に“ギルド”と呼ばれる所へ参った。
「ここは“ギルド”。まだマルテさんに案内はされてないか?」
「ウム。しかし、ヴェネレ殿には案内されておる。街の主要な施設とな」
「そうだな。つか、ヴェネレ様直々に案内したのかよ。本当に凄いな、キエモン。……っと、取り乱した。さっきの犯人もギルドに運ばれてる。基本的な活動は街の自治。お城の方と協力体制で執り行っている。依頼とかはここで受けるんだ」
ギルドの建物は城にも負けず劣らず大きな物であり、その佇まいにも心無しか威厳を感じられる。
中に居る者達も騎士を始めとし、腕が立ちそうな者達だらけよの。
慣れているのかサベル殿は物怖じせずその中へと入り、拙者もその後を続く。
「騎士以外にも人が居られるの。彼らはなんぞ?」
「冒険者って言う、パーティを組んで依頼をこなしたり国に貢献してくれている人達だな。基本的にギルドに申請すれば冒険者になれるけど、給与は依頼に完全依存。どうしても安定性が出るのは騎士の方になる。実力の無い者達は自然と競争に負けて淘汰される厳しい職業って聞くよ」
「冒険者……成る程の。依頼を塾す旅人か」
「ま、そんなところだね。俺も騎士をクビになる事があったら冒険者になろうと思ってる。実力は……まあ、その日のメシを食うには困らないだろう。多分」
騎士以外にも依頼を塾す者達が居るらしい。冒険者。興味深い職業よの。
厳しい環境のようだが、依頼を塾してくれるのならば人々にとっては頼もしい存在なのであろう。
「んで、ここが受け付けカウンター。依頼はここで受ける。まあ名前通りの場所だな」
「フム、此処に御座るか」
「ようこそ。騎士様。片方はサベル様。もう片方は新規登録なされたキエモン様で御座いますね」
「ウム、今後とも宜しく頼む」
「いえいえ。此方こそよろしくお願いします」
受け付けの者は女性であり、髪の色は金。青い瞳を持つ異国の女子と言った面持ち。
されど赤毛のマルテ殿や緑色のサベル殿も居られる故、特に驚きはない。そも、国でも異国の者は見た事があるので寧ろ親しみやすさを感じられた。
「それではサベル様。キエモン様。本日は如何致しましょう?」
「“シャラン・トリュ・ウェーテ”付近が場所の依頼とか無いッスか? 知っての通りキエモンは新入りなんで、近場の依頼を探してるんス。あ、けど実力は俺が保証しますんで、B級以上の依頼でもOKッス」
「かしこまりました。条件選定、“シャラン・トリュ・ウェーテ付近”・“B級以上”。以下の項目を探します」
妖術を展開し、絵のような物を自身の眼前に出して依頼を調べる。
便利なものよの。この国に来た当初も色々と目の当たりにしたが、妖術があれば人々の暮らしも豊かになるやもしれぬ。
いや、この国では無いが、世界ではその妖術を用いた戦もあるとの事。皆が皆、自身で戦える力を得たら平穏とは程遠くなるか。
「見つけました。この街付近でB級以上の依頼は今現在、13件御座います。この中からお探ししますか?」
「はい。じゃあそれで」
探し終えたのか、依頼をズラリと並べる。
サベル殿は手慣れたように返し、依頼を選別していく。
「どれを受ける? ここはキエモンが選ぶと良い。受注自体が初めてだからな!」
「そうに御座るか。ではお言葉に甘えよう。なるべく人は助けたいところ。一番人が困っているモノはどれで御座ろう」
表示された依頼はサベル殿の意思の元、拙者に選択の許可が降りた。
そこで、拙者は一つの壁にぶつかる。
「サベル殿。拙者、何故か国の言葉は分かるが字の読み書きは出来ぬ。手数掛けるが、お読み頂けぬだろうか」
「おっと、そう言う壁があるか。確かに騎士の中でも入隊前まで字を操れない人も多かった。んじゃ、えーと……」
拙者の言葉を聞き、紙面を説明する。
雑多に纏めるとこの様な内容。
C級任務とやらが“ゴブリン討伐”。“スライム消滅”。“モンスターの卵集め”。
B級任務とやらが“リザードマン退治”。“オーク殲滅”。“稀少な鉱石収集”。
何れもこの町近くの森や洞窟に巣食う妖や資源であり、人々は迷惑、及び不足していると言う。サベル殿は更に続ける。
「……くらいかな。んで、気を使ってくれたのか一つだけA級任務もあったぜ。それが──“裏側の調査”」
「“裏側”。何度か出てきた単語に御座るな。一体裏側とはなんぞ?」
ヴェネレ殿も含め、皆が知っている様子の“裏側”。
偏見だが“裏”と言う単語が使われている時点であまり良いモノでは無さそうだ。
サベル殿は一瞬だけ神妙な顔付きとなり、即座に戻って拙者へ言葉を向けた。
「“裏側”ってのは、文字通り世界の裏側。地表の裏に属しているとでも言うのかね。星の反対側とか、そこに居る人からしたら表側のような場所とも違う、本当の裏側だ」
「フム」
「そこに何があるのかも不明。と言うか人の気配が無いらしいぜ。なのにしょっちゅう依頼が出てくる。全容のほとんどが不明だからA級任務に認定されているけど、生存率も高くて高確率で帰って来れるから報酬は低い。A級任務の割には低難易度低報酬のあまり人気が無い依頼だ」
話を聞く限り、不明という事以外は何も分からなかった。
然しフム、気になるの。何もないと答えが出ているにも関わらず、ヴェネレ殿らは裏側になら色々あると考えていた。つまり惹き付ける何かがあるので御座ろう。
何より、拙者が刀を購入した店主が“裏側”からも客が来ると述べていた。人々の意見が食い違う場、裏側。興味深い。
「ではそちらを受けるとしよう。“裏側”とやら、気になり申す」
「そうか。OK。ま、確かに目の当たりにして事実確認するのも良いかもしれないな。受付さん。これで」
「かしこまりました。A級任務、“裏側の調査”を認証します。お気をつけてください」
魔力からなる表示が選定され、拙者の手に渡る。
この様に依頼の承認が出来るようだ。今後とも利用する機会は多かろう。故に、早いところ字の読み書きも覚えておきたいところだ。
騎士の職、午後。拙者とサベル殿はA級任務を請け負った。




