其の弐佰肆拾陸 多様の御技
シェル殿は今しがた操りし土塊を放り、地響きを起こして落下する。
この物体浮遊からの投擲は既に何度も見切った物であり、本人もそれを理解しておるのかあくまで牽制とし、次なる技が迫り来る。
「はあ!」
「……」
消えるように移動し、物理的に攻撃を仕掛けた。
気配その物が死角へ移動したような感覚よの。身体能力も超能力にて強化したようだ。
「気配その物が移動する……か。言い得て妙だね。能力は隠していた方が良いんだけど、君には教えておくよ。今の能力は瞬間移動。またはテレポーテーションと言われる物の類いだ。別の空間から別の空間へ跳躍する事が出来る超能力。点から点へと跳んでいるのだから気配を掴もうにも超速で合わせようにも意味がない」
「……」
能力について教えてくださるとはの。なんとも親切なものよ。
然し点から点へと跳ぶ力。現れた時でなければ気配を掴めぬのは難儀なものよ。
「能力について教えたのは僕が君を好きだからだ。そして難儀で済ませるだけなのはちょっと心外だな」
「……」
また思考を読まれたが、その様な事は即座に過ぎ去り、今は目の前に現れた力の対処を優先すべきかの。
拙者の前にあるは張り巡らされた雷の網に御座った。
「雷撃能力を活用するとこんな風に罠みたいな感じにも出来る。少しでも動けば痺れるけど」
「……」
その網を切り裂き、鞘を片手にシェル殿の元へ。
彼女はまたてれぽぉとを用いて移動し、更に言葉を綴った。
「全てを斬る君には罠も無意味だったかな。超能力にも自信を無くしてしまうよ」
「主の能力は素晴らしいものだ。そう卑下するでない」
「励ましてくれるのは嬉しいね。じゃあ自信を持って仕掛けるとしようか」
そう告げ、また念を込める。瞬間的に水を生み出して大穴を埋めた。
「水冷能力。空気中の分子を以下略。水を生み出して貫いたり溺れさせたりするよ。後は体内の水分を消滅させたり……まあもう斬られたけどね」
「そうよの」
魔法で言うところの元素を生み出す事の出来る超能力。魔力切れが無いと言っていたが為、この星が在り続ける限り半永久的に扱えるのだろう。
「惜しいけど少し違うね、その考え。分子は至るところにあるんだ。厳密に言えば宇宙がある限り永久に超能力は使えるよ」
「成る程の。それは便利な力よの」
「それを使っても全て断ち切られてしまうのだけどね。やっぱり君は強いね、キエモン」
宇宙。即ちこの世その物。それがある限り能力は使えるとの事。
然し彼女自身も理解しているよう、拙者なればそれらを斬り伏す事も適う。このままではジリ貧よの。
「確かにこのままじゃ埒が明かない。さっきは通じた音波能力も使ってみたけど既に防がれてしまった」
「やはりさっき通った衝撃波が音波か。油断も隙も御座らんの」
話している最中、背後の壁が振動と共に崩落する。
音攻撃によって彼処までとはの。音の攻撃力も侮れぬな。
「うーん、ここは多種多様の超能力を使ってフィジカルで攻めるのが最適解かもしれないね」
「効果的やもしれぬな。術者を傷付ける事の無い攻撃なれば幾らでも斬れるが、本人が攻めては防戦一方となってしまう」
「カウンターの手立てくらいはあるように思えるけどね。と言うかそう考えている。……そうであっても物理的に仕掛けるのが今の君には効果的かな」
そう告げ、またてれ……テレポートを用いて拙者の死角へと回り込んだ。
然れど研ぎ澄まされている様は依然として変わらず。現れた直後に鞘にてシェル殿の体を吹き飛ばした。
「……ッ! 思考よりも先に体が動いている……今の君にテレパシーはほとんど意味無いかな」
「……」
話、現れ、天から光線が降り注ぐ。
だがそれも切り裂きて跳躍し、今一度鞘にてその体を吹き飛ばした。
「光子能力による光の速度すら反射のみで防がれるか。さっき視覚と聴覚を奪ったのは大きなミスだったね。明らかに洗練されてしまっているよ」
ややたじろぎ乍らも尻込みせず、あらゆる能力。多様の御技にて拙者へ嗾ける。
「発火能力!」
燃え盛る火炎を放射し、
「氷結能力!」
絶対零度とやらの状態として世界を凍り付かせ、
「音波能力!」
その氷を音と衝撃波で粉砕し、
「光子能力!」
光線を撃って氷の欠片を溶かした。
この時点で様々な能力を用いた行動を執り行うが、まだ攻撃の手は止めぬ。
「風能力!」
暴風を放出して吹き飛ばし、鎌鼬が如く切り崩し、
「大地能力!」
石や鉄、様々な鉱物を操りて質量で押し潰し、
「闇影能力!」
闇。と言うよりかは影を操り槍及び刃として仕掛ける。
そして今までに出た全ての能力は正面から斬り伏せた。
「自然能力を全て防ぐとはね。やっぱり君には肉弾戦を仕掛けるべきなのかな!」
「……」
連続して瞬間移動を行い、拙者の事を翻弄する。
彼女を今更見失う事も無いが、どうやら狙いはそれでは無いようだの。
「瞬間移動は謂わば1つの物体がその場から消え去って空間に1人分の穴が出来ている状態。つまり、周りの空気はその穴を埋めようと押し寄せる。単なる移動じゃない応用さ!」
説明の意味はほぼ抜け落ちてしまったが、この場を見れば大凡理解可能。
拙者の周りに風能力とは別の暴風が吹き荒れ、やや体が揺れ動く。
「本来なら立っていられないんだけど、君はそうじゃないみたいだね」
「……」
そこ目掛け、念力を打ち出し拙者の周りがズンッと重くなる。これは重力魔法を彷彿とさせる力だの。サイコキネシスとやらによって押さえ付けているようだ。
「暴風と重力によって動けなくなった所へ、物理で殴る!」
「……」
今一度瞬間移動し、念力を込めた拳にて拙者の頬を殴り飛ばした。
凄まじき破壊力よの。とても重い拳だ。
だが吹き飛ばず、これもまた狙い通りよ。
「……! 予め体に命令をし、思考を読まれるよりも前に僕の手を……!」
「ウム。掴ませて貰った。確実な一撃を加える為にの」
「フフ、やるじゃないか。キエモン……!」
腕を引いて体を寄せ、重なり合わせた息の掛かる位置にて話す。
シェル殿もかなりの強者。故に戦闘中にも関わらず余計な言葉を発してしまう。
然しこの立ち合いもこれで終わらせようぞ。
「余計な言葉じゃないさ。僕は戦闘中の会話も嫌いじゃないよ。キエモン」
「そうか。今の戦が終わった後、共に語らおうではないか」
「それはある意味デートの約束かな。嬉しいよ。キエモン」
力を込め、微かな鬼神を鞘に纏う。
フッと笑うシェル殿へ其の鞘を振るい、叩き付けて体を勢いよく吹き飛ばした。
彼女は回復術も扱おう。故の鬼神。暫し能力を防ぎ、意識を奪う。
「打ち当て御免」
「──」
壁へと衝突し、彼女は動かなくなった。死してはおらぬが、暫く意識は戻らなかろう。
その近くへエスパシオ殿が降り立つ。
「回復に専念している間に終わらせてしまったか。流石だね。キエモン君」
「ウム、強敵に御座った。主らが苦労したのも頷ける」
「終わらせたか。キエモン」
「やれやれ。寝て起きたら通り過ぎている台風のように終わっていたよ」
「むぅ。結局ウチの名誉挽回ならず!」
回復を終えていたのはエスパシオ殿だけではなくファベル殿ら三人もそう。
急いで駆け付けてくれたようだが、意識を失ったシェル殿の事もあるので丁度良いの。
「では彼女を頼む。更地となった町の方では海龍殿も気絶している筈だ。拙者はヴェネレ殿を探しに、これからあの舟へと向かい行く」
「OK。分かったよ。気を付けてくれキエモン君」
「こちらは任せてくれ。とは言え敵はもう居ないがな」
「そうだね。今の僕らは何の影響も無い風のような存在だ」
「けど、ちゃんと役目は果たすっしょ!」
地上の方はエスパシオ殿らに任せても良さそうよの。
拙者は空に浮かぶ舟へと意識を向け、その場で跳躍して乗り込む。
唐突に攻め来た月の民ら。理由はあるようだが、それを確認せねばなるまい。
住民達も消えておるので納得出来る理由なのかも重要よ。
拙者は光輝く白い舟へと潜入した。




