其の弐佰肆拾伍 超常能力
「主、飛べるのか」
「ああ。飛べるよ。この世界には飛べる人が多いしあまり気にならないだろう」
「いや、皆魔法などを用いて飛んでいるのだがな。主は素で飛んでおろう」
構えて気付く、宙を舞うシェル殿。
魔法などなれば指摘はせぬのだが、その様な素振りは見せておらぬ。
元より飛行以外にも戦法が分からぬので如何様な立ち回りをすべきかよの。
そこへエスパシオ殿から助言が入る。
「彼女は触れずに魔法を逸らしたり攻撃を仕掛けてきたりしていたよ。ただしそれ以外はほとんど不明。少ない情報だけど参考になったかな」
「十分よ。要するに手も触れず妖術を扱えるという事だの」
「有り体に言えばそうかな。我もまだ戦える。最強の騎士団長としてやられっぱなしという訳にはいかないさ」
「そうか。頼りにしておるぞ」
シェル殿の戦い方は物へ触れずに何らかの事象を引き起こすというものらしく、エスパシオ殿も助太刀してくれるようだ。
ファベル殿らも戦おうと思えば動けると思うが無理は禁物。此処は拙者らに任せて頂こう。
「話は終わったかい? 僕としては早いところ実力を測りたいんだけど」
「そう焦るでない。御望み通りご覧に入れてしんぜよう」
打刀を抜き、バルコニーを踏み込んで空中のシェル殿へ迫り行く。
彼女は片手を翳し、拙者の体が何者かに引っ張られるよう弾き飛ばされた。
はて、何で御座ろうか。
「……」
「ほら、近付いて来てみなよ。僕に見せてくれるのだろう?」
今の動きを惟るに手を翳した事が一つの触媒となっておるな。そして壁か何かに弾かれたような感覚。さながら見えぬ手が周りにあるかの如し。
形は見えぬが、虹の国にて相対した魔女の使ってきた触れずとも対象を動かす魔法に近しい何かを感じるの。
ともすれば見えずとも確かにあるのだろう。それは魔力か別の力か。何はともあれ拙者が“在る”と認識すれば其れは在るという事となる。鬼神の力はそう言ったものよ。
「参る……!」
「……2度目は通じないかもね」
今一度手を翳し、拙者は其の流れを読み解き流れの根源を断ち切った。
「ほらやっぱり。目に見えず、本来なら触れられない力を斬るなんてね。概念を斬れるキエモンだからこそなんだろうけど、僕より遥かに常識外れだ」
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
「好きにしたら良い。解釈はその人の自由だ」
そのまま迫りて鞘を突く。シェル殿は浮かびながら飛び退いた。
またもや手を薙ぎ、左右から目に見えぬ不確かな力が押し寄せ拙者の体を包み込む。瞬時にそれも斬り伏せた。
「これはやり方を考えるかな。お城、少し破壊するのはゴメンね」
「……」
城の尖塔を持ち上げ、それを放り投げた。
果たして誠に放り投げたという表現が正しいかは存ぜぬが、確かに放ったと言える。
城の一部なので形を残したいところだがやむを得ずそれを斬り、シェル殿は更地となっている地面へ手を向け大きな土塊を抉り出した。
「一気に仕掛ける」
「……」
「“ウォーター”!」
土塊が落とされ、刹那に切り刻み単なる砂とする。そこへエスパシオ殿が水を放って流し、何の被害も及ばず城は護られた。
「あらら。これも防がれちゃったねー」
「手で触れずに物を操る力。ようやく分かったよ。月の民。君の使う力は念力だ。サイコキネシスやテレキネシスとも言うものであり、魔法や魔術ともまた違う“超能力”と言われるモノの類いだ」
シェル殿の行動を見、エスパシオ殿はその力について指摘した。
超能力とな。響きだけで凄まじさが伝わるの。魔法も魔術も所謂能力。彼女の力には“超”が付いておる。
つまりとてつもなく凄い力という事なのだろう。なんせ超と謳われておるからの。いやはや、凄い能力を持つ者が居たものだ。天晴れぞ。
「ねえ君、素直に感心しているのは分かるけど、僕にはバカにされているようにしか聞こえないんだけど」
「なんぞ? 拙者は何も申しておらぬが」
「いや、やっぱりなんでもない」
シェル殿が拙者へ向けて告げた言葉。
確かに思考はしていたが、揶揄いなど微塵も入れておらぬ。率直に凄まじき力と判断しただけなのだが、彼女の意図は読めぬ。
その横からエスパシオ殿が説明してくださった。
「多分それは超能力の1つ、テレパシーかな。相手の思考とか色々読める。つまり、どこから仕掛けるかとか知られてしまうのさ」
「フム、ある種ヨチ殿の未来視にも近しい事柄よの」
「思考を読む事で少し先の行動が分かるって意味では同じかもね」
てれぱしぃ。相手の思考を読む能力との事。神通力の他心通を彷彿とさせるの。
超能力とは神通力のようなものなので御座ろうか。
「それじゃあ、様々な超能力をお見せして差し上げようか。実力を測るのに最適だからね」
そう告げ、シェル殿は念を込めた。
熱気を感じるの。つまり手に熱を集めている様子。何をするつもりか。
心無しか周りの空間も歪んでいる。さて、どう出るか。
「発火能力と言ってね。空気中の分子を高速振動させ、熱を生み出す。魔法や魔術と違うのは分子があれば良いから魔力切れでも使えるという点だ」
直後に火炎が迫り、打刀にて斬り消す。
シェル殿は間髪入れず片手を突き出して刹那に周囲は氷結した。
「氷結能力。今度は逆に分子を止め、絶対零度で凍結させたもの。分子が止まれば君達も動けなくなるんだけど」
「ちと寒いの」
「絶対零度でも君には通じないか。本来なら生き物も止まるんだけど」
凍り付いた周囲を切り裂いて突破し、シェル殿へ鞘を差し込んだ。
彼女は更に高く飛び退いて離れるが空飛ぶ相手へのやり方は既に掌握済み。空気を蹴りて迫り、刹那に目映く輝き電撃が空気中に散りばめられた。
「雷撃能力。空気中の凍らせた分子を振動させ、静電気を生み出す。氷結との合わせ技さ。雷の恐ろしさは分かっているだろう」
「承知しておる」
「……ッ! 分かった上で君には通じないか」
雷を斬り、鞘を薙ぐ。
シェル殿はそれを受け、城の上から吹き飛び土塊を抉った穴の中へ落とした。
そこから砂塵が舞い上がり、拙者とエスパシオ殿はそちらへ向かう。刹那に暴風が吹き抜け、拙者らの体を押し退けた。
「風能力。風を操る能力だ」
「……」
誠にあらゆる力を扱えるようだの。だが魔法でも可能なモノが大半。今のところ超と言える要素は御座らんな。
「その思考も読めている。全く、心外だな。超能力の利点は魔法と違って魔力の消費が無い事。本来なら疲れる程の出力でも問題無く放てるのさ」
「そうなのか」
「けどおかしいね。魔力を使わないならどうやって事象を引き起こしているんだい? 無から有でも生み出しているのかな」
「そんな感じかな。月の民はそう言った事を起こせる者がチラホラ居るんだ。キエモンが倒した海龍さんとかもまさにそんな感じ。ちょっと嫌な言い方をすると、君達とは次元が違うんだ」
そう告げ、片手を突き出す。瞬間的に目に見えぬ何かが拙者らの体を貫き、拙者とエスパシオ殿の耳や目から血が流れた。
「音波能力。音を操り破壊する。君達の細胞が壊れてしまったね。……もう見えないし聞こえていないか」
何をされたのか存ぜぬが、視界は暗がり音は聞こえぬ。おそらく衝撃波の類いだの。
平衡感覚は狂ってしまっているが物の気配は掴める。いや寧ろ洗練され、空気の流れから肌に伝わっている。
視覚と聴覚が奪われただけ。なれば立ち回り方は色々あろう。
「視覚と聴覚が無い今、光速は躱せないだろう」
空気に歪みが生じた。刹那よりも素早く何かが迫り来る。
以前のトゥミラ殿と同等の速度を誇る何かが来たようだの。だが、今の感覚は研ぎ澄まされ、体が勝手に反応してその何かを弾いていた。
「……! 光子能力を防いだ? 見えず聞こえない状態で、反射的な動きのみで光の速度を捉えたと言うのか、彼は。……フフ、面白いね。これなら邪神・魔神の対抗馬として問題無い」
シェル殿の気配は掴めておる。なれば今のままそちらへ赴き、意識を奪い取れば良いだけ。
空気を踏み込み、加速。彼女との距離を刹那に詰めて鞘を薙ぎ払った。
「……ッ!」
「……」
手応えあり。何処を打ち抜いたかは存ぜぬが確かな感触が全身を伝わる。
すると視界に光が差し込み、シェル殿の声も聞こえるようになった。
「治癒能力。僕のついでに君も治したよ。視覚と聴覚の有無は関係無いのが分かったし、返答が無いと言うのは寂しいからね」
「……成る程の。主が治してくれたか。原因も主だがの」
目の前に居るは胸元がはだけ、傷が癒えていく様の窺えるシェル殿。
拙者の傷も完治させたか。エルミス殿にも負けず劣らずの回復術よ。
彼女は肩を落として話す。
「やれやれ。皮肉にも胸が小さかったから深く差し込まれなかったようだ。けどちょっと自信は無くすな。自分で言うのもアレだけど、僕の容姿は整っている方だと思う。なのに胸元が露になった僕に性的興奮を覚えない様。僕って魅力無いのかな」
「そうでもなかろう。主は魅力的よ。もっと自分に自信を持て」
「自信は持ってたよ。けどその塩対応。異性としての魅力が無いとしか思えないだろう。そもそも胸の大きさと言うのは異性に対するSEXアピール。生き物と言うのは基本的に交尾して種を増やし繁栄させるようになっている。つまり僕には母親の資格が一般的な女性より少ないという事になってしまう。セリニさんを見れば分かる通り、母親として相応しい人はそう言うものなのさ。僕は子供好きだし、将来的に家族が出来たらちゃんとしようと言う気もある。なのにこの様な身体として生まれた。それにも何かしらの役割があるかもしれないとは思うけど、現時点ではそれも難しいと思うようになってしまう」
「淡々と何を分析しておるのか存ぜぬが、子を成す事も家族となる事も好きにすれば良かろう。身体的特徴にどうこう言う資格は誰にも御座らん。己の信念を貫き通せば良いだけよ。……尤も、悪行への信念は折れた方が良いがの。己が望むのであれば子を欲しがる事は悪では御座らん」
基本は明るい性格のようだが、やや卑屈になっている様子のシェル殿。
人には色々と思うところがある。それは生きている以上誰でもそうだろう。不安の無い者など余程の能天気か不安を抱える暇の無い程の仕事人。誰も不安を否定はせぬ。
拙者の言葉を聞いたシェル殿は言葉を続ける。
「……フフ、君は本当に面白い人だね。そんな風に言われたのは初めてだ。テレパシーが使えるから本当にそう思っているのもよく分かる。海龍さんがなぜ君を好きになったのか理解したよ。ライバルが多そうだから僕はそうしないけど、人間的に僕も君が好きだよ。アマガミ=キエモン」
「そうか。他者に好かれるのは悪い事では御座らんが、今はそう言った問題でも無かろう」
「そうだね。目先の事に集中しようか。そちらに居るエスパシオさんは自分の治療中。流石の最強を謳う騎士団長だけど、君とは1vs1でやってみたくなったよ」
「拙者は始めからそのつもりよ。一対一の立ち合いがではなく、主を打ち倒してヴェネレ殿の元へ行くという事がの」
念力を込め、周囲の土塊を浮き上がらせる。
超能力。おそらく現時点で見せた力は三割にも満たなかろう。
まだまだ手札は残している状態。だが拙者としてもやる事は変わらぬ。斬り、打ち、倒すのみ。
拙者とシェル殿の立ち合い。それは終局へと差し迫る。




