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其の弐佰肆拾 帰還

 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。


 光の国“ブラン・シエル”。

 太陽の国“オンリー・ゴッド・サン”。

 暗闇の国“メラン・クスィラ”。

 既にヴェネレ殿が直々に出向いた虹の国“セプテム・ウィア”を除く三ヶ国の訪問を終えて拙者らは帰国した。


「やあ、お疲れ様。ヴェネレ様。キエモン君にマルテちゃんにフロルちゃん。どうだった? 各国訪問は」


「エスパシオさん。うん、良い体験でした」

「ウム。既に協定を終えているのもあるが、皆親切な者達だったぞ」

「ああ」

「なのだ」


 国で出迎えてくれるはエスパシオ殿。他の者達も居るの。代表者が彼というだけ。

 親しき者の顔を拝見するだけで帰って来たという実感が湧くの。

 一先ずはヴェネレ殿の身を休めるのが先決。拙者らは“シャラン・トリュ・ウェーテ”の町を行く。


「あ、ヴェネレ様!」

「帰って来たんだ!」

「キエモンさーん!」

「マルテさああん!」

「エルフちゃーん!」


「ハハハ、相変わらずみんなは人気者だね」


 ヴェネレ殿の帰国に歓喜する国民達。

 微笑ましい光景よの。信頼のある主君はそれだけで人を惹き寄せる。

 拙者らも民達へ応答し、城へと戻った。


「なんだか1つのパレードみたいだったね。心の底から好感を抱いてくれてるから悪い気はしないんだけどさ」


「空間の中を通って来たとは言え、お疲れであろうに。数日間を歩んだ事実は変わらぬのだからの。ヴェネレ殿、マルテ殿、フロル殿。主らは今日休むと良い」


「それならキエモンも休まなきゃ。空間を出るたびに魔物に襲われたから全部倒したんだし」


「拙者は慣れておる。然し、まさか行く先々であれ程の妖やものに襲われるとはの。巻き込まれ体質である拙者とヴェネレ殿が居るとこうも出てくるか」


「アハハ……それは言えてるかも」


 旅回りの基本はおみ足。時折(ほうき)などの魔法。故に大層疲れている筈だが、その様な素振りを一切見せなんだ。

 道中で出会ったものの数もる事(なが)ら、より疲弊している筈。報告などはまた後日の方が良いかもしれぬな。


「今日くらいは休もうぞ。諸々は後日で良かろう」


「うーん、やっぱり今日中に済ませちゃうよ。仕事は休むけど、簡単な報告くらいはすぐ済むからね。後回しにする方が人集めとかで大変だもん」


「フム、一理ある。今日はヴェネレ殿が帰ったのもあって人が集まっておるからな。然し主の疲労具合が気になる所存」


「大丈夫! 肉体的な疲れなら回復魔法で癒せるから!」


「急激な回復よりかはゆっくりと休んだ方が良いと思うが、これまた仕方無しか。主が望むのであれば受け入れよう」


 懸念はあれど、この様に話している間にも済ませた方が全てに置いて都合が良い。

 一先ず報告だけは終える為、今集められる者達を寄せて話し合いが行われた。



*****



「──以上、他の国の方々は皆親切でした。気になる点は私、セレーネちゃん、キエモンが見て聞いたものくらいですね。……けれどそれについては概要が不明。保留と言う形に留め、耳にだけ入れておくと言う方向に固めてあります」


 話し合いの場が設けられ、それが今しがた終わった。

 影も音も声も全ての概要は誰も知り得ぬ。故に告げるだけ告げ、それで終幕としたのだ。

 それを聞き、場に居た者達は口々に話す。


「関係は上手く行きそうで何よりだ」

「しかしヴェネレ様、セレーネさん、キエモンさんが感じた気配は気掛かりだ」

「影に音に声か」

「ゴーストとかその辺りを見たのかもしれないな」

「成る程、ゴーストか。それなら証言が曖昧なのも納得出来る」


 話すと申しても単直な感想のみ。協定の挨拶回りが上手く行き、摩訶不思議な体験をした。それだけ伝わっていれば十分に御座ろう。

 神、天使、悪魔ではなく“ごぉすと”……即ち幽霊のような存在へ話が転換しているが、眉唾物で不思議な存在というのはあながち間違っておらぬな。

 何にせよ現時点で正体は掴めぬままよ。

 ヴェネレ殿は手を一度叩き、この場の(シメ)に入る。


「一先ず話は終わりとします。貴重なお時間、ありがとうございました」

「いえいえ、国同士の関係が良い方向に行きそうと言うのは吉報ですよ」

「ええ、此方こそありがとうございました」


 これにて話し合いは終わりとなる。

 今回の会議にエスパシオ殿ら騎士団長はあまり関わらなかったが、国の経営はまた別の役職の者が大多数を担う。ヴェネレ殿も当然入っているが、彼女が行うのは他国との対応などで国内の事は基本的に彼らがやってくれているのだ。

 エスパシオ殿も定期的に参入し、会議などに参加しているので安心と信頼は掴めておろう。

 そして談義は終了とした。



 ──“王室”。


「くはぁ~! 疲れた~!」

「お疲れ様、ヴェネレ様」

「お疲れに御座るの。ヴェネレ殿」

「まあね~」


 そのまま真っ直ぐ王室へと戻り、ヴェネレ殿は長椅子。ソファーへ倒れ込む。

 椅子なのに座らず横になるとはの。いや、思えばヴェネレ殿は仕事が終わらず夜を明かした時ソファーにて寝ているとミル殿から聞いた。今回もその様なものらしいの。

 因みに現在此処に居るは拙者とヴェネレ殿、ミル殿のみ。此処は実質的なヴェネレ殿の自室でもあるので他の使用人や兵士達は滅多に入ってこないのだ。


「はあ、これでようやく一段落って感じかな。本当に忙しい数週間だったよぉ~……」


「空けてた間の書類は溜まっているし、一概に一段落とは言えないけど、基本的に目を通しての確認が主だからあまり気兼ねしなくて良い物かな」


「本当? 良かった~」


 伸びをし、足を上げる。

 誠に疲労困憊故、完全に御寛おくつろぎの姿勢。

 足をバタバタさせてミル殿に止められる。


「ちょっと。キエモンも居るんだからスカートで足をそんなにしない。下着が見えちゃうよ?」

「いいよぉ。それくらい。本当に疲れたんだもーん」

「キエモンの前でもこの有り様。相当参ってるわね。お風呂は入らずもう寝ましょうか? この状態でお風呂に入ったら溺れてしまいそう」

「うーん……ちょっと面倒臭いけど、外から帰って来たからお風呂も恋しい……どうしよっか、キエモン」

「拙者に言われても困るのだがな」


 ぐったりしており、好きな湯へ浸かるのも億劫な面持ち。その選択を拙者へ委ねるとは相当ぞ。

 そこでミル殿が不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあさ、キエモンと一緒に入っちゃいなよ」

「え?」

「む?」


 返答も束の間、何が起こったか拙者とヴェネレ殿は布一枚にて城の湯殿に浸かっていた。

 さて、これは如何どうするか。故郷では男女が共に入っていた拙者に抵抗は御座らんが、当のヴェネレ殿は赤面して沈んでいた……なぬ?


「ヴェネレ殿。沈んではイカンぞ」

「ケホッ……ケホッ……ご、ごめんね。キエモン」


 危うく溺れ掛けていたの。彼女の腕を引っ張りて顔を出す。

 溜まった疲れ、拙者と共に入る事となった羞恥。それらが相まりて今に至ったようぞ。


「そこまで恥じるのなれば出ても良いのだぞ? それか拙者が出ようか。その方が良さそうだ」

「ま、待って。……い、いいよ、一緒で……。ちょっと疲れただけで一緒に入るのがイヤって訳じゃ……ない……から……」

「言葉が途切れ途切れぞ。やはり嫌なのではないか?」

「そうじゃないよ! そうじゃない……言葉にするのが難しいってだけで……だから気にしないで」

「そうかの」


 明らかに挙動不審だが、彼女がそう言っているのなら指摘せずとも良いだろう。

 そんなヴェネレ殿は気を取り直して言葉を発する。


「ふう……少し落ち着いたかな。考えてみたら前にも一緒に入ったもんね。色々と疲れて気が動転していたかも」


「そうか。緊張がほぐれたのなら何よりぞ。行ったり来たりで疲労も募っていたのだからの」


「そうだね。けどお陰で“シャラン・トリュ・ウェーテ”の近隣と“スター・セイズ・ルーン”の近辺にあるいくつかの国はまとまったから、他の国とも上手くやって行きたいね」


「そうよの。イアン殿が言うに星の国より難しい国もそうそう無いだろうとの事だ。世界は広いが、上手くすれば早い段階で集められよう」


「それでも気が遠くなるけどね……。けど頑張らなきゃ!」


 グッと握り拳を作り、その余波で湯船が揺れる。

 彼女の背負っている物は多い。故にただの疲労ではなく、あらゆる方面にて困憊するのだろう。

 少しでも力になりたいが、執務関連は専門外。やれる範囲で力になろうぞ。


「そうだキエモン。せっかく一緒に入ってるんだし、背中流してよ。私もキエモンの背中流すからさ♪」

「構わぬが、良いのか? 年頃の女子おなごに触れるなど」

「いいの、いいの。お姫様命令だよ!」

「なれば仕方無しか」


 ヴェネレ殿は湯船から立ち上がり、水滴を垂らして風呂の椅子に座る。

 拙者に背を向け、タオルを外して白く美しい背中を晒した。

 布はあるの。然しあまり力を入れるのは彼女の肌を傷付けてしまう。上手くせねばな。

 ともあれ、拙者とヴェネレ殿は交代で背中を流し合い、湯殿にて疲れを癒すのだった。



*****



 日もすっかり落ち、月が上へと到達した頃合い。拙者らは春の月を眺めていた。

 今宵は満月。桜があれば夜桜でも楽しみたかったが、その様な事は出来ぬだろう。

 然し満月を眺めながら呑む酒は美味である。


「月を眺めながらの晩酌というのも悪くないな。疲れが取れる感覚がある」


「そうか。マルテ殿も満足頂けで何より。セレーネ殿は酒が飲めぬのか。拙者の故郷では既に飲める年齢ぞ」


「アハハ……国が違うとルールも違うからね。この国では18からだから私は飲めるけど……セレーネちゃんは年齢とかも不明だもんね。私より年下なら飲めないかな~」


「呑めるのならヴェネレ殿は何故呑まぬのだ? 好みの問題なれば仕方無いが」


「私もお酒なんて飲んだ事無いし、ちょっと不安な感じでね」


 この場に居る者は拙者、ヴェネレ殿にセレーネ殿。そしてマルテ殿。

 細長い机を囲んで月を眺め、たしなむ程度の酒を呑む。

 無理強いはせぬが呑める者が少ないのはちと残念。あくまで拙者の感性に御座るがの。

 そんなヴェネレ殿へマルテ殿が話す。


「なら、この場で初めての酒を呑んだらどうでしょう。一気に呑むのではなく、少量なら影響は無い筈。ワインはともかく、キエモンの故郷で作られている酒はそんなに刺激がなく呑みやすいですよ」


「初めてのお酒……キエモンの故郷の……う、うん。何事もチャレンジだよね。じゃあ呑んでみる……!」


「なれば拙者が注いでやろう」

「ありがと、キエモン」


 トットットとお猪口に故郷の酒を注ぎ、ヴェネレ殿はゴクリと生唾を飲む。

 意を決して両手に持った器を口元へ運び、一気に飲み込んだ。


「如何だ。ヴェネレ殿」

「お、美味しい……かも。ほんのりと甘味があって呑みやすい」

「基本は米だからの。そうであろう」

「うん!」


 ヴェネレ殿も満足したようで何より。セレーネ殿は酒を呑めぬが、彼女は彼女なりに飲み物を飲んで楽しんでおる。

 ツマミとなる軽食も置かれており、ようやく心身共に休まるというもの。


「良い月夜だ。また明日から頑張れるというもの」

「フッ、キエモンに同意だ」

「けどたまった書類、大変だなぁ……」


 仲間と共に美味い物を食し、美しいモノを見ると身も心も休まる。これもまた一興。

 月を眺める横にてセレーネ殿が一言。


「……3ヶ月後も満月だよね……」

「……? 如何した? セレーネ殿」

「ううん……なんでもない……」


 彼女の言葉は風に巻かれて消え去り、ホッと一息吐く。

 セレーネ殿が何を思ったか。現時点での拙者には検討も付かぬ。だが今は仲間達との夜を楽しみ、体を休めるのであった。


 めでたし。めでたし。


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