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其の弐佰参拾玖 正体

 怪物は巨腕を持ち上げ、轟音と共に振り下ろして拙者を潰そうと図る。

 だが潰れる訳にはいかず、巨腕を縦に両断して眼前へと迫った。


「……」

『フゴォ!』


 怪物は巨体を回転させ、既に抉れた奈落を更に削って吹き飛ばす。

 此奴こやつにとって此処はちと狭いかもしれぬが、また体は再生したので周囲の大地が消えて広くなる。然し此処は地下深くの為、上部の大地が崩れて砂塵が舞った。

 此処だけ地上から高さが下がってしまったの。修繕するのも苦労しそうぞ。


「キエモン!」


「ヴェネレ殿らも来たか。どうやら泥濘ぬかるみへ落とすという策、此奴自身の手によって成功の余地は無くなってしもうたぞ」


「うん。文字通り魔物の手によってね……広いから戦いやすくはあるけど、有効打は見つからないね」


「再生する妖は相変わらず厄介。此奴は明確な再生方法が分かっているから良いが、星に居る以上常に大地は広がっている。術は御座らんかの」


「このまま落ち続けたら星の核に入って消滅すると思うけど、私達も危険だね」


 星の核……書物にて読んだの。星と言うものは基本的に丸く、その中心に溶岩が流れていると。

 拙者はてっきり平面であり、何処までも地平線が続いているとばかり踏んでいた。もしや拙者の故郷がある星もそうなのだろうか。

 と、話が逸れたの。いずれにせよ此奴を仕留めねば話にならん。


「……」


 鬼神を纏い、再生の力その物を斬り伏す。

 今までの再生する妖やものはこの手で打ち倒したが、此奴。


「成る程の。陶芸細工のような物か」

『フゴオオオォォォォッ!!!』


 どうやら体から生えている訳ではなく、地面をねて後から付け足している様子。

 陶芸や粘土で人形を作る際に加えるのと同じやり方。大地その物だからこそ通常の再生とはまた違うようだ。

 そう、大地その物。……その物とな? もしやこの怪物。


「レリック殿。おそらく此奴、誠に地面から突然生えてきたようぞ。巨躯にして頑丈な肉体を持つが、分類的にはスライムなどと同様だ」


「なんだと? いや、だが一理ある。“メラン・クスィラ”付近では魔物が多い。人間と魔物だけではなく、魔物同士の縄張り争いもあると考えれば魔物の死体から漏れ出た魔力が蓄積し、長い年月を経てこのS級相当の魔物が現れたというなら辻褄は合う」


 拙者が教えて頂いたスライムの原理は、雨水などに自然の魔力が宿りてさも意識があるかの如く動き出すというもの。

 それは前に相対したゾンビとやらも似たような原理であり、人間の遺体に魔力が宿りて動くようになった。

 その作用が地面その物に干渉し、より長い期間(つの)ったからこそ多くの魔力と多くの範囲を取り込んだ怪物となる。早くも秘密が解き明かされたの。

 思えば始めから血が出ていないのもおかしな事に御座った。切り落とした腕は直ぐに土へ還る為よく見ていなかったが、断面は土色だったかもしれぬ。


「けどそれにしては知能が高いし、本当の魔物みたいな動きをしているよね……」


「様々な魔力が混ざり合い、その生態も取り込んだのだろう。大食漢具合も多様の動物からなる物なれば納得いく」


「なるほど……! 睡眠時間も大食いも、魔力の持ち主だった魔物達が融合した結果のモノ。休眠は近隣で死んでしまった魔物の魔力を蓄える期間だったのかも……!」


 推察を聞き、ヴェネレ殿は補足を加えるように納得致す。

 世の物事にはいずれも理由がある。突発的な事は存外起こらぬのやも知れぬな。

 さて、そうと決まれば拙者の肩も少しは楽になる。此奴、元より生き物ですらなかったのだからの。

 そう思案せしめる最中、マルテ殿とフロル殿も拙者の近くへとやって来た。


「キエモン。倒し方はあるか?」

「やれる事なら手伝うのだ!」


「助かる。皆の協力があれば奴の再生を阻止出来るやも知れぬ」


 この場に居るはヴェネレ殿、マルテ殿、フロル殿の三人。そして少し離れた所にレリック殿率いる暗闇の国の兵士達。

 巨躯の肉体に重い体。苦労はするだろうが、彼女らなれば問題無かろう。

 拙者は耳打ちをし、通信の魔道具にてレリック殿らにも指示を出した。

 早速皆は行動へ移す。


「「──火の精霊よ。その轟炎を以てして上昇気流を引き起こせ。風炎魔法、“ファイアストリーム”!」」


『……!』


 ヴェネレ殿とマルテ殿。そして他の炎魔法を使える何人かの兵士が周囲を焼き、燃え盛る熱気と共に気流を生み出した。


「「「風の精霊よ。その力を扱い、現れた気流へ更なる暴風の手助けを。空へ。“アップストーム”!」」」


 風魔法を扱える兵士らが風を呼び起こし、炎と気流を援護する。

 次いで他の兵士達も杖へ魔力を込めた。


「「「土の精霊よ。その力を用いて下がった大地を持ち上げよ! “押上着土”!」」」


「「「水の精霊よ。圧倒的な水圧で敵を圧せ、“推進水圧”!」」」


 土魔法にて大地が押し上げられ、水魔法にて更に上空へ。

 皆の力を合わせても中々持ち上がらぬが、フロル殿がそこへ仕掛ける。


「詠唱付与など滅多にしないが、今は少しでも威力の増加だな。──母なる大地よ、生命いのち溢れる深緑よ。その力を顕現させ、巨躯の魔物を天空へ。それを以て打ち上げろ! “天空樹海”!」


 足元から無数の木々が生え、怪物の体を更に天へと舞い上げた。

 拙者はその樹を駆け抜けるように登り行き、怪物を前に打刀を構える。

 これが拙者らの策。


【どうするのだ?】

【奴は地面があるから再生する。なれば地面から引き離せば良かろう】

【簡単に言ってくれる。あれ程の大きさ、騎士団長クラスが居なければ難しいなんてものじゃないぞ】

【うむ、マルテ殿。だからこそ皆で協力するのだ。始めに火。それを風で煽り、土で持ち上げ水を付与する】

【水は必要なのか?】

【フロル殿。主の樹を扱う魔法。おそらくあれは水があれば更に伸びよう。自然の摂理だからの】

【そんなに便利じゃないと思うが……あくまで私の魔法であって自然の植物じゃないのだ】

【故に魔法で栄養を与えるのだ。魔法の土と魔法の水。それなれば同じ魔力からなる樹も育とう】

【なるほど。一理あるのだ。よし、やってみるぞ!】


 という作戦会議後、今に至る。

 それ自体は成功致した。後は拙者が確実に怪物を斬り伏すのみ。鬼神を込め、左手に打刀を。そのまま右側へ引き、一気に薙ぎ払って振り抜いた。


「切り捨て」

『……!』

「御免」

『──』


 横に裂き、土の体が崩れるように落ち行く。

 原動力は魔力。故に拙者は怪物に流れる全ての魔力を一振りで消滅させた。

 暗闇の国にとってこの魔力量は貴重な資源となったかもしれぬが、事が事。致し方無しよ。

 怪物の消滅も確認し、拙者らと怪物による立ち合いは見事勝利を収めた。



*****



 ──“メラン・クスィラ”。


 怪物を討伐した拙者らは、改めて暗闇の国に今日一日世話になる事となった。

 後はこの国の文化に触れつつ過ごすとしよう。

 とは言えちぃとばかし話し合いをしてからだけどの。


「──という訳で、魔物討伐の件。感謝致します。“メラン・クスィラ”をお楽しみください」


「はい。今日一日よろしくお願いします」


 そしてその話は今終えた。

 内容も特には御座らん。概要自体はイアン殿らが話しており、今日あった怪物の件も既に済んだ事。なので話し合い自体は三十分程で終わりを迎えたのだ。

 拙者らは黒い城の中を案内される。


「思った通りというべきか、やっぱりお城全体が黒いね」

「うむ。外の景色も黒く、昼間にも関わらず夜のような錯覚を覚えるの」

「ふふ、“暗闇”とは言いえて妙だな」

「アダルトな雰囲気なのだ」


 城内まで黒い素材をもちいた代物。それが醸し出す雰囲気は夜を彷彿とさせるものであり、黄昏時を思わせる太陽の国と目映い程に明るき光の国。何処までも派手な虹の国とも相反するものよ。

 近隣諸国を思えばそれぞれの特色があり、雰囲気で言えば拙者はこの国や太陽の国の方が落ち着くものだの。


「さて、魔物討伐を経ての食事だ。“メラン・クスィラ”の名物を堪能してくれ」


「予想通り真っ黒だね。一体何を使っているんだろう……」

「スミですよ。ヴェネレ王」

「スミ?」

「墨とな。書物などに使うそれが食えるのか」


「いいや、キエモンさん。この料理の墨はタンパク質や脂質、糖にメラニン……とまあ、食べても問題無い物を使っているんだ。アクセントになって良い味を出す」


 そう言われ、差し出される。

 成分はよく分からぬが、少なくとも食えるとの事。

 試しに口に入れて食する。成る程。


「うむ、確かに美味(なり)。甘味と苦味が複雑に絡み合っているが、お互いを邪魔している様子もない」


「だろう? 好き嫌いは分かれるが、基本的に美味いと思う」


 レリック殿に言われる。ついでに毒味代わりにもなったかの。その心配はしていないが。


「美味しいですね。あ、けど口が少し黒くなっちゃいます……」


 ヴェネレ殿らも満足したらしいが、歯が黒くなる事へ少し恥じていた。

 拙者の故郷にはお歯黒があったが、既婚者以外は塗らぬ。この世界では歯が黒くなる事は小さな恥じらいが生まれるだけで特別な意味合いはないのだろう。

 ともあれ食事は皆が満足した。


「湯まで黒いのか。この国は」

「ああ。けど体に跡は付かないし効能も様々だ」

「成る程。然し王が共に入っても良いのか? 警戒などせずに」

「君達は信頼出来るから問題無いさ」


「スベスベしてるね」

「ああ。肌が綺麗になる感覚がある」

「けどどこまでも黒いのだ」


 その後やや黒い風呂に入り、体の汚れを落として裸の付き合いとする。無論男女は別。

 そして使用人に個室へと案内された。


「こちらが貴方のお部屋となります。キエモン様」

「フム、黒を基調とした落ち着きのある部屋だの」

「ええ。クールビューティー。シックな部屋を演出しております」

「“くうるびうてい”に“しっく”な部屋か。成る程。くうるでしっくよ」

「あまり意味をご理解していないようで」

「そうよの。まだまだ知る言葉は多かろう」


 黒き木材をもちいた机に椅子や棚など、光源も小さき落ち着きのある部屋にて休み、直ぐに翌日となった。

 今までの国と同様、城前にて拙者らは見送りされる。


「それでは皆様。お疲れ様でした。魔物討伐、改めて感謝致します」

「いえ、此方こちらこそよくして貰って。ありがとうございました」

「お気をつけて」

「はい」


 レリック殿らに見送られ、拙者らは立ち去る。

 さて、問題はこれから。今までの前例をおもんみ、拙者らはまた別の所へ注意する。

 ヴェネレ殿にセレーネ殿。二人が見て聞いた影や声。それに近しい何かがあるか。

 瞬間、今度は拙者の耳に何か聞こえた。


【──時期は近い。天神鬼右衛門。お前が今後、自らの手でほふる者達を……】

「……!」

「……キエモン……?」


 その後にも言葉が続きそうだったが、途中で声は消えた。最後に視界の片隅にて影らしき物も映り込む。

 今度は拙者か。それのみならず穏やかではない声音に御座ったが、疑問を浮かべるヴェネレ殿へ話す。


「どうやら今回は拙者だったようだ」

「そうなんだ。どんな感じかな?」

「……不吉な様相とだけ。帰ってから話す」

「不吉な……うん、分かったよ。キエモン」


 此処で話すよりかは皆に関わりそうな事(ゆえ)、後に話すとする。

 不吉な何かを示唆するが如き声色。少なくとも良いモノでは御座らんな。正体は掴めぬが。

 何はともあれ拙者らは“メラン・クスィラ”を離れ、一度“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと帰る事とした。

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