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其の弐佰参拾捌 暗闇の国

 ──“メラン・クスィラ”。


 対策を行う為、拙者らはレリック殿の案内の元暗闇の国へと入った。

 外の雰囲気そのまま、町中は昼間にも関わらず薄暗く湿っぽい雰囲気が漂っておる。

 然し国民達が辛気臭い訳では御座らんな。


「フム、客人か。どうやら“シャラン・トリュ・ウェーテ”からのようだ」

「大国じゃねェか。そんな国の奴等がわざわざお目見えとはな」

「例の魔物だろう。星の国へ勝利した大国が力を貸してくれるなら心強い」


 歓迎はしてくれているご様子。

 加え、呼ばれたのはものの件だけと知らされており、邪悪についての概要は聞かされていないようだの。

 今回はまだその騒動が終わっておらぬが為、邪悪についてはまたのちに報告されるのだろう。

 その様に暗くも雰囲気は悪くない町を進み行き、一度城に辿り着いた。


「して、レリック殿。その物の怪は何処いずこに?」


「モノノケ? 聞き覚えの無い単語だが、ニュアンスからして魔物の事か。それが眠る場所は数キロ先の草原だ。近くにあるのは低い草だけで樹も無いから近隣まで食しに来る……とこの1ヶ月で調べは付けてある」


「成る程。戦いになるのならやり易い場所よの」


 例のモノが居る所は拓けた場所との事。

 既に暗闇の国として調べており、特定はしているようだ。

 此方こちらとしても周りに木々が無い方が都合が良い。何度かしてしまっているが、植物も生きているので余計な破壊はなるべく避けたい所存。

 後は詳しい情報を聞いてみようぞ。


「では物の怪の詳細を頼む」


「分かった。大きさで言えば300m程で先日食した山の1/10にも満たない。それでも十分に巨大だがな。だからこそ周りに障害物のない所で休眠を取っているんだろう。重さも相応と考えてくれて構わない」


 三町程の巨体に相応の重さか。とてつもなく重いとしか分からぬの。

 巨躯の肉体を持つモノとは何度か戦った事はあるが、今回懸念すべき点は打ち倒した後の始末よ。


「それを倒したとして、死体は如何する? 食肉にしようにもそれ程の巨体なれば食べ切る前に腐る……もしくはそもそもが食えぬ可能性もある」


「勿論考えている。最初は魔物の体を調べてどこから現れたかの調査。その後は魔力などを再利用出来るか調べたり……とまあ、基本的には調査だな。それによってどう処理するかを決める」


「なれば今の時点で考える事は無いか」


 この世界の生き物には少なからず魔力が宿る。故に処理のしようが無い存在であっても再利用する事も可能性なようだ。

 拙者の故郷では肉食の文化も根付いておらず、人以外の遺体の処理なども雑にあったが此方の世界ではそうでもないのだろう。


「取り敢えず早めにその魔物の場所へ行こう。作戦会議と言っても策を講じて確実性が上がる存在でもない。場所が場所だから地形を活用する事も出来ないしな。実物を見てその場で考えた方が幾分マシになる」


「分かりました。では行きましょう。その魔物の居る所へ……!」


 あまりにも大き過ぎるが為、策という策がほぼ皆無に等しい。なので何より先に実物を見てから決めるという事になった。

 ヴェネレ殿が返答して立ち上がり、拙者らもそれに続くよう刀に杖などを持って準備致す。


「ああ、行きましょうか。文字通り魔物の眠る地へ」


 そしてレリック殿の案内の元、拙者らはそちらへと赴いた。



*****



「あれが例の魔物……距離があるのに遠目から見ても分かる程に大きいね」

「あれ自体を山と勘違いして登る者が居てもおかしくないの」

「アハハ……確かに否定は出来ないや」


 少し距離を置いた場所に居る拙者らだが、そこですら大きさはよく分かる。

 寝息を上げる度に胎動し、大地が地震の如く揺れる。あれ程の巨体が為、一呼吸の影響が此方まで及んでしまっておるの。


「さて、策は思い付いたかの? ヴェネレ殿。拙者は斬る以外に思い付かぬ」


「無い事も無いけど、あの大きさだとどれが上手く行くか分からないや」


「……ではヴェネレ王。貴女の考えている作戦を教えて下さい。あの巨体、やれる事が限られるのでおそらく我らとほぼ同じだと思いますが」


「そうかもですね。レリックさん。……作戦的なものはいずれも起きてからですけど、足元を水魔法か何かで緩ませたり、落とし穴を作ったり。あまりオススメはしたくないですけど前衛で何人かが陽動。その後に全方位から急襲……と言った感じです」


「大方同じですね。我らは陽動作戦を中心的に考えましたが、あの魔物の1/100にも満たない大きさの人間が彷徨うろついても眼中に無いでしょうし、落とし穴は大きさが論外。なので泥濘ぬかるみを造ってと考えました」


「なるほど。それは良さそうです」


 両者共に淡々と話す。

 出た策は基本的に身動きを止める方向。そうする事で攻撃が通り難き程の巨体でも一方的にやれる可能性があるから。

 拙者も反対は無い。素早い鹿や兎を捕る時も先ずは動きを止めるからの。


『フゴッ……』

「……!」

「どうかした? キエモン」

「今彼奴(あやつ)が動き申した」

「え? じゃあもう目覚めるって事かな……」


 周りの者達は気付かなかったようたが、拙者はしかとこの目にて奴の体が動く様を拝見致した。

 目覚めの前兆と考えるのが妥当な線。

 その瞬間、


『…………』

「起き上がった……!」


 巨躯の怪物はノッソリと立ち上がった。

 ただ起きただけなら前振りも何も必要無し。その怪物は大口を開け、刹那に吸い込む爆風が拙者らの体を引き寄せたのだ。


「なに……これ!?」

「吸い込まれてしまうな……!」

「その様だの」


 此処はまだ怪物が見えるだけの高台。その吸引力は凄まじく、此処まで風が届き皆は地面に転がりて必死にこらえている。

 この距離となると怪物が食した事で木々が無いのが一苦労。堪えるだけというのも難儀なもの。

 数秒続いた吸引が止み、次の刹那には撃ち出されるが如く暴風を吐く。それによりて先程吸い込まれた土塊が飛んできた。


「「「…………!」」」


 皆の体が舞い上がり、岩石や土塊が高速で飛びて他の兵士達を巻き込む。

 直撃すれば間違いなく死してしまうの。人数が居るからこそ狙いも定められていない投石が危険極まりない凶器となろう。

 いや、既に被害は出てしまっているな。


「危のう御座る。ヴェネレ殿」

「……! あ、ありがとう。キエモン」


 眼前に岩石が迫り、それを斬り伏し防ぐ。

 この風では動きが鈍り、遠くまで届かぬな。そもそも咄嗟過ぎる為、兵士を皆護れぬか……!


「ぐあっ……!」「ぐっ……!」

「数が多いの……!」


 岩や土塊は出来る限り斬り伏すが、小さな破片などは取り零してしまい兵士達へ傷が生まれる。

 なんとか最小限には留めているものの、この投石群がいつまで続くか。

 するとフロル殿がレイピアを地面へと突き刺した。


「“守護樹木”!」

「おお、助かる。フロル殿」

「へへん。この樹なら少しは耐えられるのだ!」


 生まれた大樹の壁。小石はそれに当たって弾かれ、少し経て風は止まった。

 広範囲を護れる魔法。それがあれば犠牲者は少なく留める事が適う。見事なものよ。


「然し、まさか目覚めて直ぐに仕掛けてくるとはの。拙者らの気配を探知していたのか」

「いや違うな。おそらくあれはただの欠伸あくびだ。その余波で今の状況になったのだろう」

「誠か。ううむ、それまた難儀」


 マルテ殿が推察するに今の行動は欠伸からなるもの。単なる欠伸でこの被害とは末恐ろしきもの。いや、怪物よ。


『フガッ……』

「……! 魔物がまた動きを……!」

「今度はなんぞ……」


 数秒ボーッとした怪物だが、小さく揺らぐ。次はヴェネレ殿も気付いたようだが、何を仕掛けてくるか。

 その思考は束の間、怪物は大きく息を吐いた。


『ブモォフ!!!』

「……!」

「これは……!」

「まさか、くしゃみか!?」


 くしゃみ。おそらくは先程吸い込んだ岩や土塊が気管へと入りてせたのだろう。

 マルテ殿の推察は流石よの。然しなんたる嚔。一呼吸で大砲を遥かに凌駕する勢いぞ。

 大地その物が持ち上げられては抗う術もなく、拙者らは皆が天を舞った。


「行動一つ一つに何の悪意も無く、ただ生きるだけでこの被害を及ぼすか。拙者ら人間の勝手な行動だが、斬る他に選択は無さそうぞ」


「キエモン……!」


 天へ舞ったが、既に天での行動方法はある。

 空中にて体勢を立て直し、空気を蹴って怪物の眼前へと迫り行く。


『……!』

「……」


 打刀を抜いた刹那、怪物は反応を示した。

 存外知能は高いのかもしれぬな。怪物からしてみれば豆粒以下の拙者。その楊枝ようじにも満たぬ刀を警戒するか。

 怪物は飛び退き、頭ではなく山並みの大きさを誇る腕を両断した。


『フゴォォォ!!!』

「……此奴、誠になんぞ?」


 巨腕は落ち、巨大な砂塵を巻き上げる。

 れど斬られた傍から再生し、周りの地面や草花が大きく削られた。

 再生と周囲の消失。偶然では御座らんな。


「主は大地その物か」

『フゴォォォ!!!』


 訊ねる質問へ返す筈も無く、豆粒並みの拙者へ巨腕を振り下ろして大きな穴を形成させる。

 その刻にまたったが即座に再生。また周りの土や草花が減り、草原は既に奈落となっていた。


「唐突に現れたと申される巨躯の怪物。その秘密が少しは見えてきたの」


『フゴオオオォォォォッ!!!』


 天地を揺るがす程の咆哮を上げ、音のみで周囲を削り落とす。

 一挙一動。息をするだけで周囲を破壊する大地の化身。何度か経験はあるが、再生能力を持つ怪物や妖にものとはやり難しものよ。

 其れと拙者は向き合った。

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