其の弐拾参 騎士の努め
「ではキエモン。基本的な役割について話す」
「了解した」
「良い返事だ。と言ってもある程度はもう話したな。見回りや警備、鍛練も仕事の一つだ。何もせずブラブラするだけじゃダメだからな? 後はまあ、近隣の街から依頼が来たりするからそれの対処も必要だな」
渡り廊下を行き、拙者は改めてマルテ殿に話を窺っていた。
内容は説明通り。依頼とやらが気になるが、おそらく実行すれば分かるであろう。
然し拙者は妖術を使えぬ故、妖退治くらいしかやれる事が御座らんな。
「妖術を使えぬ拙者にやれる事は限られるな。妖や物の怪退治が主な仕事になりそうだ」
「案ずるな。それについては大丈夫だ。依頼内容は魔物の討伐が多いし、身体能力に自信があるなら理論上は魔法を使わずに解決出来る依頼などもある。具体的に言えば運搬とかな。……もっとも、全員が全員裕福ではない。依頼内容と報酬に見合わぬ依頼も少なくないが、最低限あのオーガと戦えたキエモンならばB級……いや、何ならA級の魔物とも戦えるだろうな」
「そうに御座るか。それを聞いて安心した。元より天下泰平、平穏無事が好ましき事柄。報酬は二の次として依頼を遂行しよう」
「頼もしいな。実を言うと、報酬に見合わない依頼は私やファベル団長他数人くらいしか受けなくてな。人手はいつも不足しているのだ」
「道理でマルテ殿に疲労が見える訳だ。朝は早くに起き、夜番まで塾している。隙は見せぬように立ち振る舞っているが、筋肉が少し痙攣を起こしている。たまにはじっくりと休んだ方が良いぞ」
「……! ……。フッ、まさかそこまで見抜かれていたとはな。流石の審美眼だ。頼りになるよ。キエモン」
依頼についても詳しくお聞きした。マルテ殿やファベル殿の負担を少しでも減らす為に精進致そう。
城を進み、騎士達の集まる部屋へとやって来た。
「ここが控え室みたいなところだ。着替えとか杖の新調とか色々やるが、カタナとやらを使うキエモンは着替え以外の用途はほぼ無いな。ああそれと、あるとしたら情報交換くらいか。後は……そうだな。自分用のロッカーがあるからそれを探してくれ」
「そうか。お手数感謝致す。マルテ殿はそちらの部屋に?」
「うむ。部屋は男女に分かれている。配置とかは着替え終わったら話されるからそれまで待機だな」
「了解した。ではまた」
「ああ、また」
先ずは着替え。その後に集まり、配属などを教えられるとの事。
拙者とマルテ殿も一時的に分かれ、控え室へと入った。
「フム、此処に御座るか」
中は人が何人かおり、備え付けの机と椅子があるのみ。
ろっかーとやらを探せとの事だが、内装を見るに棚のような物の事をそう呼ぶらしい。
然し、この国の言葉は分かれど字の読めぬ拙者は自分のろっかーが分かるであろうか。
「お、キエモンさんじゃないッスか」
「む? 主は?」
「俺ッスよ。俺俺……っと、そう言や名前は言ってなくて自己紹介もしてなかったッスね。一昨日キエモンさんに助けられた」
「鶴か?」
「なぜに!? 鶴じゃなくて騎士ッスよ」
「そうか。また随分と言葉遣いが変わったように思えるが」
「これは平常時モードッスね。あの時は仕事モード。クールでカッコいい男を演じてるッス!」
「くーる? カッコいい?」
「何スかその二重の意味での疑問……」
話し掛けてきたのは一昨日の夜、怨霊となった悪鬼から拙者が助け出した騎士の一人。
その時は暗くて顔もよく見えず、話し方も今と違っていたので気付かなんだが、声に聞き覚えがあるような気もする。
「あの後の宝はどうしたに御座るか?」
「ちゃんと持ち主に返したッスよ。持ち主が死亡していた場合は遺族に。仕事はちゃんと遂行するッス」
試しに宝について聞いてみたが、知っている様子。
善からぬ事を目論む輩が現れる可能性を考え、あの場に居た者と信頼出来る何人かにだけ教えられた事なので間違い無さそうだ。
そうなるとやはり知り合いか。
「して、何用に御座るか?」
「うっす。あの時の礼を言おうと思ってね。……助けてくれてありがとよ! 下手したら死んでたぜ! 実際意識失ってたしな!」
「平常時もーどと仕事もーどが合わさっているの。然しそうか。無事で何よりに御座る」
礼を言う為に話しかけてきたようだ。律儀な者に御座る。
だが礼を受け取るだけなら損はない。寧ろ得であろう。有り難く頂戴し、拙者は騎士用の服とやらに着替えた。
「見た目は普通で御座るな。特別防御もあるようには思えぬ」
「それは予め魔力で強化されているんだ。衣服にまで魔力を回すと使える魔法に支障を来すからな。自分の魔力で更に強化するも良し。攻撃に回すも良し。選択の余地が増えるんだ」
「成る程。考えて作られておるのだな。……と、主。まだ居ったのか」
「おう! 魔力が宿っていなくて魔法が使えないっ言ーアンタに興味が湧いた! 魔法無しであのオーガを倒しちまうんだからな! その実力、是非とも近場で拝見したい!」
「それを決めるのは配属する上層ではないのか?」
「いいや、きっと同じ班になる! 俺の勘は当たるんだぜ?」
根拠は無いが、自信はある様子。もーど切り替えと言い、此方も中々愉快な者のようだ。
「そうだ。まだ名を聞いてなかった。主は?」
「そうだったな。っし、俺は“ウィンズ=サベル”。オーガ相手には炎魔法とか使ってたけど、得意分野は風魔法だ! よろしくッス!」
サベル殿。ファベル殿と言い、ヴェネレ殿と言い、マルテ殿と言い、ラ行が名によく使われておるの。
何であれ、忙しきファベル殿やマルテ殿以外にこの国について詳しい者と知り合えたのは幸運。マルテ殿らの手が空いていない時は色々と話を聞くとしよう。
「拙者は天神鬼右衛門と申す。以後お見知りおきを」
「よろしくな! キエモンさん……いや、キエモン!」
挨拶も交わし、着替え終えて控え室を発つ。
後は男女問わず、ファベル殿のような騎士団長という立場の者達から話を聞くとしよう。
「お、よく似合っているな。キエモン。そしてサベルか。君ならキエモンに興味を持つと思っていたよ」
「マルテ殿」
「流石ッスね。マルテさん。俺の行動なんかお見通しだ」
外套のような衣服に着替え、外でマルテ殿と会った。
サベル殿とは知り合いの様子。いや、拙者以外は皆知り合いか。
ともあれ、拙者らは三人となって大広間へと向かい行く。
*****
「来たか。お前達。改め、一昨日から入った騎士、アマガミ=キエモンだ。魔法は使えぬがウチの実力者三人を相手に勝利し、オーガ、及び暫定A級の強化態オーガに勝利した実績がある。くれぐれも侮るなよ」
「「「はっ!」」」
「宜しくお頼み申す。今しがた説明にあった天神鬼右衛門に御座る」
ファベル殿の紹介により、拙者は他の騎士達へ名乗る。
統制の取れた面々。懐かしさも感じられるの。拙者も殿に仕えていた時は日々をこの様に過ごしていた。
隊列へ戻り、ファベル殿は言葉を続ける。
「今日はキエモンの紹介も含め、多少は知った私が総監督だ。だが、騎士のやる事は変わらない。見回り、警備、及び依頼の処理。以上、散れ!」
「「「はっ!」」」
「御意」
話は短く、直ぐ様皆が行動に移る。
各々で割り当てられ、拙者は本人の予言通りサベル殿らと共に行動する事となった。
「成る程。何もずっと一人で行動する訳ではないのだな」
「そゆこと。基本はスリーマンセル。何故なら一番効率的に行動出来るから」
「コラお前達。仕事中だ。私語は慎め」
「すまぬ。マルテ隊長殿」
「すみません。マルテさん」
「全く……」
騎士の行動は三人一組。隊長格が一人に団員や新入りという形となっている。
故に初日である今日の隊長は拙者を知るマルテ殿。そして団員は拙者とサベル殿。拙者としては知り合いが二人で居心地は悪くない。
「仕事内容は話した通りだ。キエモン。君とは友人のような立場であるが、ここでは上司として接してくれ」
「承知。元より拙者は私用と分ける性分。しかと接する」
「入ってたった2~3日でマルテさんとそんなに親しくなるなんて凄いな。やっぱ俺が見込んだ男だぜ!」
「そうか?」
「フッ、確かにそうだな。今では婚姻の一歩手前にまで進展した」
「そこまで!? 流石にそこまでは俺の勘でも思い付かなかったぜ……」
私語を慎むと述べた矢先の会話。今は警戒を高める必要も無い故、つい気が緩んでしまうのだろう。
だが、兵士が気を緩める事の出来る世界は理想。常に警戒が必要な世界の方が危険だろうからの。世が平穏ならそれが良い。
「ああ……と、私語を慎めと言っておきながら私が乗ってはダメだな。すまない、2人とも。これでは示しが付かぬ」
「いや、愉快に事が運ぶならその方が良かろう。罪人相手には厳格な雰囲気を植え付けた方が良いが、民達には親しみやすさを売りにするのも良かろう」
「フム、それも……そうだな。確かに良いイメージを与える事も大事だ。厳しいだけでは人も寄り付かず、信頼も得られぬ」
騎士が王や姫に次ぐ国の顔ならば、そう言った雰囲気も重要になってくる。
厳しい環境に身を置きたい者も居るだろうが、そう言った者こそゆとりが必要となってくる。兵士としては余計な感情を持たぬ、淡々とした存在の方が優秀であっても民の支持は得られない。
両立してこその在り方だろう。
「しかし、ちゃんと職務は全うする事。口だけで実績が無ければ元も子も無いからな」
「それはそうに御座るな」
「ハハ、言えてる」
信頼を得るには接し方や態度だけではなく、相応の説得力が必要となる。
最も手っ取り早いのが実績。人々を助けるだなんだすれば自然と広まっていくもの。その為、勤めを果たすとしよう。
「私達の班の配属は一人が城、もう二人が外回りだな。どちらが城で待機する?」
「拙者は先ず人々に顔を知られる必要がある。昨日のうちに少しは町を散策したが、それはあくまで拙者自身が町を覚えるのが目的。騎士としての拙者を知って貰う為、今日も拙者は町を行くとしよう」
「キエモンは外回りか。サベルはどうする?」
「そッスね……じゃなくて、そうですね。んじゃ、俺もキエモンと一緒に外行きます。もう少し彼について知りたいんで」
「分かった。では今日はキエモンとサベルで外を回って来てくれ。私は城内の見張りだな。だが、フム。最近の私は城内の見張りが多い気がするな」
「マルテ殿は疲れておられるからの。あまり動く必要の無い城内での仕事の方が身を休めるというもの」
「そうですね。俺とキエモンに任せてください」
少しでも身を休めて貰う為、マルテ殿は城にて待機して頂く事にした。
サベル殿の性格も、まだ軽薄という事以外はよく分からぬ。これは良い機会に御座ろう。
騎士としての一日目、拙者は今日知り合ったサベル殿と共に見廻りの為、城下町へと赴く。




