其の弐佰参拾壱 昏倒襲撃
──“数時間後”。
《こちらNo.1。暗闇の国とも契約を結べた。完了だ。complete》
「分かりました。では事が済み次第“シャラン・トリュ・ウェーテ”の方へ」
《OK。了解した》
少し経てイアン殿から連絡が入り、完了の合図が来た。
やはり向こうも問題は無かったようだの。あの後暗闇の国へ帰るとして数刻。そこから会議を終えてこの時間なれば早くに終わったのだろう。
「順調に済んだようだの。これで事は終えたが、ヴェネレ殿にはまだやる事もあるのだろう」
「うん。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の国王として協定を結んだ国々に訪問しなきゃ! みんな役職は国王とかだけど、責任者の私が行かない訳にはいかないからね。明日辺りに“セプテム・ウィア”は発って……またすぐ行かなきゃ!」
協定は結び終えたが、王たる手前ヴェネレ殿はそれぞれの各国へ訪問する必要がある。何を隠そう本人の意思に御座る。
イアン殿に森の国の王代理であるフロル殿。そして火の国の王。かれらは皆主君という立ち位置にあるが、ヴェネレ殿も一国を治める長だからこそと言ったところ。
その横ではナナ殿が両手を頬に当てて肩を落とす。
「もう行っちゃうんですか~。せっかく仲良くなれたのに残念ですぅ~」
「大丈夫だよ。ナナさん。定期的に遊びに来るから! まだ国全体を見た訳じゃないからね! 今回の騒動が終わったらきっと行くよ!」
「お、それは良いですね! 約束ですよー!」
「うん、約束♪」
今回の騒動。邪悪の襲来。それによる生存者の数は少ないと予知に出ている。
その上でヴェネレ殿はナナとのと約束を交わした。此れ即ち、彼女は犠牲者を出すつもりが無いという事。
無論の事拙者も最善を尽くし、極力犠牲者を出さぬように心掛けるがヴェネレ殿の意思はより固かった。
拙者もそれに答えねばなるまい。武士として、騎士としての。
「それじゃあ今日は目一杯楽しみましょう! プチ宴会を開きます!」
「そんな大袈裟な」
「いえいえ! 全然大袈裟ではありませんよ! 国同士が協定を結ぶという行為! それが穏便に進んで無事終えたのは大事件です! 実質的な新しい仲間! 歓迎会を開くのは当然ですよ! ハデに行きましょう!」
「アハハ、お手柔らかに……」
苦笑混じりに話すヴェネレ殿。
協定。同盟。立場は対等。仲間と言っても差し支えは御座らんな。
苦笑は浮かべるが満更でもなく、その宴へ賛同致した。
「フフ、宴会とは楽しみですね。キエモン様。私達も自室でやりましょう。色々と」
「何をするのだ?」
「それはもう男女の」
「ジーカさん! どさくさに紛れてまた!」
「抜け駆けダメ……絶対……」
何かを目論んでいたジーカ殿だがヴェネレ殿とセレーネ殿に止められる。
まだ宴は始まっておらぬと言うに既に賑やかだの。
まあ、この一月は怒濤だった。肩の力を抜くのもまた一興に御座る。
「ではではご案内いたします!」
「宜しく御頼み申し奉る」
「へ? は、はい! では会場へ!」
そしてナナ殿案内の元、宴会場となった大広間へとやって来た。
既に装飾などもされており、色鮮やかな料理が並ぶ。あまりにも手際が良い。始めから準備をしていたようだの。
祭り好きな国民性は拙者の故郷を彷彿とさせるが、この派手な様相は真逆よ。
「是非とも楽しんで行ってくれ。この国名物の食べ物が色々とあるぞ!」
王の声と共に人々は食事を摂る。
景観は派手だが作法は上品でもある。両立してこその上流階級と言ったところであろう。
武士とは言え、貴族などともまた違う拙者とは比べ物にならぬの。
兎も角食事。毒味はせずとも良かろうか。セレーネ殿が何の反応も示しておらぬので悪意の感情は持っていないようだの。なれば良し。
「相変わらず派手な食物だが、やはり美味ぞ」
「気に入って貰えて嬉しいです! 7つの顔を見せる虹の国。一説ではその名が示す通りどこかへ通じているとも言われているんですよ!」
「ほう? それは気になる話よ。お伽噺か何かか?」
「そんなところですねぇ。虹の国とは言われていますけど、最初からハデな見た目だった訳じゃないんですよ。そのどこかへ通じる7つの道。それが虹のようだと言う語源? 由来? から虹の国と言われるようになったんです!」
虹の国の謂われ。それは虹の如く七本の道筋からなるもの。
拙者の故郷でも神々の道から名所となった場所もある。由来などは何百年も昔に確立されるのだろう。
「そんな感じで、もしかしたら騎士の国近くの裏側のような場所がこの辺りにもあるかもしれませんねぇ」
「そうよの。この世界は何があってもおかしくない」
“シャラン・トリュ・ウェーテ”近辺にある裏側。それ自体は何度か任務依頼にも出されているので認知していたとて不思議では御座らんな。
誠に何処ぞへ通ずる道があるならそれもまた一興に御座ろう。
「とまあそんな感じで、お食事会楽しんでくださいね!」
「うむ」
そう告げ、ナナ殿は立ち去る。
言われた通りこの宴会を暫し楽しむとしようか。
出された食事類は相変わらず鮮やかだが、依然として美味也。
ヴェネレ殿らも楽しんでおられる様子。
「キエモン! 見てこれ! スゴく赤いよ! ……辛っ!?」
「香辛料の匂いだの。それを一気に食せばそら辛かろう」
「うぅ……全体的に甘い物が多めだったから油断してた……あ、けど美味しい。辛旨ってやつかな?」
「キエモン……これ食べて……」
「む? セレーネ殿。構わぬがそれはなんぞ」
「美味しいから一緒にって思って……」
「成る程の。確かに美味だ」
「良かった……」
「キエモン様。私とも一緒に食べましょう!」
「構わぬが……ちと拙者の側に寄り過ぎでは御座らんか?」
「そんな事ないわ!」
ヴェネレ殿。セレーネ殿。ジーカ殿。今回共に来た者達と皆で食事を摂る。
虹の国の民達もおるが、ちょいとばかし会釈を交わす程度。それでも悪い印象は見受けられず、次第に打ち解けて行く。
今日は平穏だの。このまま何事も無く終わり、明日に国へ帰ってまたヴェネレ殿の付き添いとして同行致そう。
今はこの食事を……む?
『……』
「……?」
「どうしたの? キエモン」
「いや……」
一瞬だが、何かが通り過ぎたような気がした。
気の所為に御座ろうか。いや、そうであっても警戒は高めておこう。思えば今現在此処には“シャラン・トリュ・ウェーテ”と“セプテム・ウィア”の両王がおられるのだ。不逞な輩が入り込み、何かを仕掛けてもおかしく御座らん。
「ヴェネレ殿。念の為に警戒を。思い過ごしなればそれで良いのだが、変な気配を感じた気がした」
「……え? それって……」
「……妙な感じ……」
「……確かに居るかもね。何かが」
改めて気を立てるとそれがよく分かる。セレーネ殿とジーカ殿も何かを感じ取った様子。
それは何か。答えはすぐ明らかになった。
「……あれ……急に……めまいが……眠い……」
「ヴェネレ殿……!」
フラッと倒れ、拙者が支えたがヴェネレ殿は眠りについた。
何であろうか。呼吸はしておる。死してはいないようだの。周りを見れば似たような症状の者達が多数出ていた。
「きゃー!?」
「王!」
「大臣!?」
「どうしたんです!?」
この国の王も含めての集団昏倒。
皆死した訳では御座らんが、これは何者かの策略なのは明白。
「一体……」
『……』
「……! セレーネ殿!」
「……もがっ……」
一瞬の隙にセレーネ殿の口へ何かが放られたのを確認し、即座にそれを取り除く。
女子の口内へ唐突に指を入れるのは失礼極まりないが、事が事。一大事故に致し方無しに候。
飲み込みはしなかったらしく、その何かを見やる。
「……果実か?」
「フルーツ……なんだろう……」
小さく爪程度の大きさしかないがそれは紛れもない果実。
睡眠の魔法でも掛けられているのだろう。この昏倒具合を惟るにそうとしか考えられぬ。
「王!」
「……!」
すると主君の周りを魔力の何かが囲み、その体が転移させられた。
倒れた者達は何れもその通り。このままではヴェネレ殿も狙われると踏み、鬼神と共に刀を抜いた。
『……』
「……ジーカ殿……!」
「分かりましたわ!」
そしてまた動く小さき影。やはり先程のは見間違いや勘違いではなかったか。
確かに小さき何かがおり、口へ眠らせる果実を放って王など位の高い者達を誘拐した。
ジーカ殿は即座に時間を止め、逃げるそれを見定める。
拙者も動き、止まったヴェネレ殿を抱えセレーネ殿の手を引きながらその存在を確認致す。
「これは……小人族ね」
「小人? そのままの意味と取るなら小さき人間か」
「そうみたい」
それは小人。拙者も一度小さくなった事はあるが、また別として生まれながらに小さき種族という事だろう。
何故その小人が果実を放り人々を攫うのか。
他にも居るかもしれぬが、時既に遅し。ヴェネレ殿以外の者達は連れ去られており、この小人を除いて小さき者もおらぬ。止まった時の中を一通り探してこの有り様。確定だろう。
時間が動き出し、ナナ殿を中心として人々が集まった。
「この小人が今回の主犯……」
「オイ! 一体何が目的だ!?」
「本来は大人しくて穏やかな種族というのに」
『くぅ……捕まってしまった。ええーい! 煮るなり焼くなり好きにしろ! 僕は絶対に仲間を売ったりしないぞ!』
「これは口を割りそうにもないの」
人々に睨まれても尚威勢を止めぬ。
性格が悪いという訳でも無さそうだの。話し合えば分かり合えるかもしれぬ。
「案ずるな。主をどうこうしようと言う気は御座らん。せめて事情だけでも話してくれぬか?」
『む? 人間。変わった髪型だな。話す訳ないだろう! 我らが姫が病に伏せ、治してやるからと魔女に高潔の者達を拐えと言われたなんて!』
「……成る程の」
『はっ!?』
どうやら嘘は苦手のようだが、彼にも事情はあるようだ。
然し分かる事は一つ。その魔女とやらが王族などの誘拐を目論み、善からぬ事を考えているというもの。
ヴェネレ殿以外は攫われてしもうた。何れにせよ皆を連れ戻さねばならぬな。




