其の弐佰弐拾玖 契約
──“セプテム・ウィア、城内”。
ナナ殿の案内の元、拙者らは謁見の間へと来ていた。
此処に来るまでの渡り廊下。城内を見渡した限り飾られている絵画にも空や虹を模した物が多かったの。
この部屋自体も天井と床が空を彷彿とさせる青と白の色合いであり、鳥の絵も描かれておる。
そして当の主君の格好はこれまた派手な様相。主体は赤であり、所々に緑と白。そして黄の線が走りて黄金の冠を被っておる。然し色同士が喧嘩したり煩わしさは感じぬ服装。この空色主体の部屋も相まり神々しさがあるの。
「──という事で、近いうちに起こるであろう邪神、邪悪は以上の通りです。嘘発見の魔道具にて、嘘ではない事も証明致しました」
「うむ。我らの家臣に試させたが、これは間違いなく本物の魔道具。嘘発見の魔道具なのに本物とはウケるの。ともかく、ヴェネレ王の申している事が真実なのは分かった」
既に概要の説明はしており、それが誠である事も証明し終えた。
後はそれを聞いて虹の国の王がどう出るかだの。
「その対策の為に星の国“スター・セイズ・ルーン”と争い、勝利して治めたのか。その行動力は凄まじいな。それでいて犠牲者を出さなかった事。感銘する」
「そうですか」
「フム、協力か。あくまで対等の同盟という立場を持ち掛けるとは。強さで言えば我ら虹の国にも勝ると思うが、支配はしないか」
「支配は遺恨が残るだけですから」
「……言葉を返すようだが、仮に断ったらどうするつもりだ?」
「その時は私達だけで何とかします。戦力不足は否めませんが、無理に誘って徒党が崩れては元も子もありませんし」
「そうか」
断る者に無理強いはせぬ。勝っても敗けても戦力は半数以上消え去るようだからの。
とは言え、放っておけば何れ世界その物が終わってしまう。多くの犠牲を出しつつ今後の世界を護るか、諦めて全てが終わるのを待つか。それくらいの違いよの。
然ては(※そして)主君の返答はと言うと、
「良いだろう。アナタ方は信用出来る。なんてたってファッションセンスが良いからの。他の戦などには手を貸さぬが、その時が来たら“セプテム・ウィア”の兵士達をお貸ししましょう」
「ファッションセンス……っと、ありがとうございます。……けど、1つだけ。現時点の予想では邪神と魔神の討伐に当たり、多くの犠牲者が出るかと思われます。私から要請を出した為恐縮ですが、本当によろしいのですね?」
「手を貸しても貸さずとも何れは終わってしまうのだろう。覚悟の上だ。その時が来れば私も出よう」
「え!? 王様が自ら!?」
「フッフッフ……こう見えてもかつては戦にて多くの戦果を挙げた実績があるのだ。今でも戦う王として必要とあらば出陣するぞ!」
「アハハ……お見事です」
ヴェネレ殿の懸念は大前提に御座ったか。
彼の邪悪と相対するに当たり、多大な犠牲は出よう。それを踏まえた上での了承。己さえも出る気概とは器の大きな王よ。
思えばそう言った主君が多い。あの帝王ですら敗れたら潔く命を絶ったのだからの。人の上に立つ以上、楽だけをしようという者はそうそうおらぬのだろう。
故郷での戦でも大将が自ら出る事があった。生半可な覚悟では主君など務まらぬという事に御座ろう。
「しかしあの王の娘が後を継ぎ、こうも立派にやっているとは。あの世でも鼻高々だろう」
「……え?」
王の言葉にヴェネレ殿は困惑を浮かべた。
その様子を見やり、更に言葉を続ける。
「なんだ聞いていないのか。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の前王。つまりお主の父親と私は旧知の仲でな。生まれたばかりのお前さんとも会った事があるのだぞ?」
「そうだったんですか!?」
「そうともよ。何十年も前、まだ戦争が今より比較的多かった頃、魔法を交えて互いに戦った。そしたらいつの間にか敵同士にも関わらず友人のような間柄となってな。終戦の暁には共に呑み明かしたものだ」
「へえ……」
この王とヴェネレ殿の父君。即ち拙者を国に仕えさせて頂いた主君は知り合いだったご様子。
距離のある国同士とは言え、同じ世界にある以上敵対する事もある。そう言った戦場での知り合いも少なくないのだろう。
「ハッハッハ! 思い出した思い出した! あの時は酔っ払ってフラフラでな。起きているにも関わらず夢のようなモノを見たんだ!」
「夢?」
「ウム。いやはや、それがの。どこかの道を歩いていたら月が光ってその光に飲み込まれたんだ。酒に飲まれて光にも飲み込まれる。余程の泥酔だった」
「光……」
「そしたらアイツが……そうだ。なんと驚き、その月の光から女性が降りてきたのだ。気付いた時女性と共に居なくなっていてな。困惑しながら帰ったら朝になった」
「月から女性が……それって……!」
「変な話だろう? まあ、よくある酔っ払いの与太話だ!」
ヴェネレ殿の父君が消えた話。その女性とはおそらくヴェネレ殿の母君、ルナ殿。
まさか出会った所に直面していたとはの。その後行方は眩ませたらしいが、戦後数年から十数年の間に地上へ来た。ヴェネレ殿の年齢を惟れば当然よの。
その様に豪快な笑いを浮かべる主君の横にて、ジーカ殿が独り言を呟くように話す。
「……邪神や魔神については“スター・セイズ・ルーン”でも調べてたけれど、まさかそれ程までの脅威とはね~……。帝王がやろうとしていた事は世界の滅亡を助長させるだけだったのね」
「え? どう言うことですか?」
ふとジーカ殿が述べた事柄にヴェネレ殿は疑問符を浮かべ、言われた彼女は言葉を発する。
「ん? えーとね、私達の国はその邪神か魔神のどちらかを復活させようとしていたのよ。それを使って世界を思い通りにするのが目的でね。だから戦争を始めるまでの準備期間は生物兵器の作成もあるけど、半年の期間を経て最終的にはそれを使う予定だったの」
「……!?」
ヴェネレ殿。及び周りの者達が大きく反応を示す。
まさか帝王がその様な事を目論んでいたとはの。厭に長い半年という準備期間はその為に御座ったか。
思えば生物兵器自体は早い段階で完成していた。そこから試用を含めても時間に余りがあり過ぎる。邪悪を蘇らせ、それを用いて世界へ宣戦布告を仕掛けるのが目的だったのなら合点がいく。
「恐ろしい事を考えていたのだな。星の国は。傍観者のようだが、必要とあらばお前さんも参加していたのだろう」
「そうね。だって私の国だもの。今の主君はそんな事しようとしないから安心して。アナタ達とも良い関係を築ける事を祈るわ」
「そうだな。お互いに」
星の国が虹の国を襲おうとしていた事は言っておらぬ。言えば余計な混乱が起こるだけだからの。元よりイアン殿なれば斯様な事はせぬだろう。
だが復活させる算段は付けていたらしいの。それにつき、ジーカ殿へ訊ねてみる。
「なればジーカ殿。邪悪が何処で目覚めるのか知り得るという事かの。ヨチ殿の未来視ですら位置は特定出来ぬと申していたが」
「それはまた違うわ。No.8の予知で見えなかった。=見つからないという事だもの。だから帝王は目覚めさせるのではなく、呼び寄せる方向で復活を図っていたわ」
「呼び寄せるとな?」
実はこの一月にてヨチ殿から知りたい未来を色々と聞いていた。それにつき邪悪の居場所は存ぜぬのだが、今述べられた方法があるとは。
話さなかったのではなく問題が山積みだったので後にしたのだろう。
ジーカ殿は拙者の言葉へ返す。
「そ、呼び寄せる。所謂召喚ね。その儀式を遂行する為に色々と準備をしていたの。具体的な方法は……言わない方が良さそうね。野心がある人に聞かれたら悪用される危険性があるもの」
「そんな簡単に出来ちゃう儀式なんだ……」
「条件さえ揃っていればね。だから帝王はそのやり方に手を出した。代償も色々あったけれどね」
「悪魔との契約って感じ……まあ悪魔は悪魔で別に居るんだけど」
簡単ではあるやり方。代償もあるらしいが、ジーカ殿の口振りからするに既にある程度は終えているのだろう。
戦を行った日時から惟て、準備自体も終盤に差し掛かった頃だった筈だからの。
「それってまだ使えるの……?」
「まあね。やろうと思えば。既に触媒となる生け贄……血肉は捧げられてるし、本当に後少しで完成よ。フフ、なにかしら。ヴェネレ姫。興味がおありで? 意外にも野心家なのかしら」
「ううん。そうじゃなくて……それを使えば予め準備した場所に邪悪と魔神を呼び寄せられるんじゃないかなって思って」
ヴェネレ殿の考えはその儀式を用いて邪悪の出現場所を絞り、そこで準備して迎え撃つという事。それなれば此方側の有利に働く。
ジーカ殿は納得して返す。
「なるほどね。確かに良いアイデア。アナタ達はどう思います? “虹の国”の皆様」
「フム、少しでも戦況が有利になるなら我らも同意せぬ理由は無いだろう」
「ですって、ヴェネレ姫」
「うん。……では、ゴホン。分かりました。大凡の課題を終わらせた後、準備を終えて呼び寄せます。その時はお力添えを願います」
「よし、心得た。ヴェネレ王よ」
協定を結ぶ事には成功。それに加え、邪悪対策の目処も立った。
事は上々。順調に運んでおるな。
兎も角、これで一段落は付いたと言ったところ。
「ではこれで会議は終わりとしよう。ヴェネレ王。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の方々。虹の国“セプテム・ウィア”を満喫してくだされ」
「はい。貴重なお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました。より良く国が回る事を願います」
「ウム、それもまたお互いに。ナナ、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の方々を案内してやりなされ」
「お任せあれ!」
これにて会議は終了。他の者達がどうかは存ぜぬが、此方は区切りが付いた。
では言われた通り、少しばかり虹の国での羇旅でも楽しもうではないか。
拙者らは第一段階の目標を終えるのだった。




