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其の弐佰弐拾 魔力の巨人

「な、なんだ……あの化け物は……!!!」


 誰かがその様な事を申した。

 思ったより近くに居るの。近隣の者達は一掃したとばかり考えていたが……いや、違うの。近隣の兵士が逃げ寄って来たのだ。

 上から声が掛かる。


「キエモンさん! この場は退避した方が良さそうです!」

「なんだか知りませんが、大きな怪物が現れましたわ!」

「一旦離れようキエモンさん!」


「エルミス殿らか」


 ほうきに乗り、巨人から距離を置いたエルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿の三人がられた。

 一目見るだけで危険なのは明白。故に一時的に離れ、態勢を立て直そうという気概なのだろう。

 それは正しい判断に御座る。他の者達も避難を優先しておる。

 それもその筈。イアン殿は敵味方問わず攻撃しているからの。しかしそれは却って都合が良い。


「主らは離れておけ。次元魔導団の者達もおるからの。おそらく今の状態でも残っている者達は構わず戦おうとするだろうて。戦場なのは変わらぬ」


「それって……」


 その刹那、辺りに重みが増し、一つの山が造り出されていた。

 一方では稲光が迸り、同速で飛び交う。瞬時に暴風が吹き荒れ、山が崩れて重力と共に沈み行く。


「この魔法……!」

「ファベル殿らと次元魔導団の立ち合いはまだ続いておるようだの。加え、騎士と兵士達もまだ戦っておる」


 話している最中にも複数の魔法が放たれてはぶつかり合い、戦は更に激化する。

 あの巨人を意に介しておらぬ者達も居るのが恐ろしいの。使命にだけ生きている、かつての拙者のようだ。いや、今も然して変わらぬか。


「さあ、狂乱の戦いが始まるよ。START」

「主、斯様かような性格に御座ったか?」

「雰囲気さ。mood。俺がやれる事は他の騎士達を蹴散らすかあの巨人を操る事だけだからな。けどまあ、巨人を召喚した俺が戦場に参加するのは筋違いかな。あくまで見守りだ」


 イアン殿自身は戦う事も出来るが、巨人の制御も必要なのであまり大々的には動かぬのかもしれぬな。逃げ惑う者達へ仕掛けていないのがその証拠。

 元より試したいとだけ言っておった。どうなるかの行く末を見守ろうと言う心境なのか。

 彼が参戦するだけで戦局は一気に変わろう。それを踏まえ、拙者としても手を出されぬのは都合が良い。


「では、参る」


 踏み込み、巨人目掛けて進み行く。

 大衆の者達が居るので縫うように進むのも一苦労。風圧で周りの者達が吹き飛んでしまうので力を抜き、人が少なくなってきた辺りで加速した。


「キエモンさん……行ってしまいました」

「一応ここにも主力の2人がおりますけど」

「他の主力が居ながらトゥミラに勝てなかった私達が……そのトゥミラの危険な別人格とNo.1に勝てるか怪しいな」


「俺は今回実行犯にして傍観者だ。後始末は自分でやるから君達は離れても良いよ。escape」

「私はまだやり足りないんですけど~」


「……っ。ここで退くのもなんか……」

「エルミスさん。私達ではこの方達に勝てませんわ。ここは冷静になりましょう」

「癪だなぁ~。けど、仕方ないか」

「っはい……」


「あら残念。意外と冷静ですね」

「まだ日が浅いだろうが、勢いで勝てない相手に挑む程愚かじゃないって訳だ。彼女らは良い兵士になる。good」


 そう言えばトゥミラを置いてきてしまったの。イアン殿は兎も角として、彼奴あやつを残したのは問題だったか。

 弱っているとは言え次元魔導団。不安は多い。だが、今は無事を信じあの巨人を打ち倒さねばの。


『…………』

「フム……」


 近付くとより一層その大きさが分かる。

 まだ動いておらぬが、一歩進むだけで数里は離れている戦場に付いてしまうだろう。

 何がなんでもこの場で仕留めねば及ぶ被害が多い。魔法なので一度倒せば終わり。それが最適解に御座る。


『……』

「……」


 巨人は動き、山よりも遥かに巨大な指を持つ更に大きな巨腕が薙ぎ払われた。

 第一間接部だけで少し低い山並み。避けるのも苦労するがその必要は無い。指を鬼神纏いの打刀にて切り落とし、落下する肉片に乗って眼前へ迫る。


『…………』

「フム、以前の鬼のようだが、魔力の肉体なればおかしくないか」


 その指は再生し、掌にて拙者を握り潰す。れど間の隙間は大きく、そう簡単には潰れぬよ。四本の指を斬り、即座に再生するが構わず腕を駆け行く。

 半年以上も前の鬼やその他にも肉体が再生する相手は多かった。魔力の体なので道理だろう。


『……』

「考える脳もあるのか」


 体躯による差。それ故に拙者へ攻撃を当てる事は出来ぬ。

 なので大きさ関係無く届くような攻撃へと移行。具体例を述べれば虫を払うかの如くてのひらを薙いだりに御座る。


「……」

『……』


 この巨体。空中でも移動するだけの足場はある。

 問題は魔法からなる存在という事。仮に首をねても頭を刎ねても縦に両断しても効果は薄かろう。

 イアン殿を倒さなければならぬのか。いや、態々(わざわざ)試すと銘打っていた以上、単体で何とかなるようにしてある筈よ。更なる具体的な根拠は無いがの。


『…………』

「……」


 また巨腕が振るわれ、足場から広がる山脈が浮き上がって吹き飛ばされた。

 上半身だけで雲よりも高い位置にある巨人。その位置から放つ巨腕で足元の大地を抉るとはの。一挙一動で地図を書き換えねば道に迷う者が続出しそうだ。いや、却って平らになり動きやすいか。


『……』

「……!」


 振り被って拳を打ち出し、正面を突く。

 それによって爆発的な衝撃波が広まり、


「難儀な」


 拙者の背後全てが消し飛んだ。

 山よりも遥かに大きな土塊が巻き上がり、数十里に及ぶ範囲が深い谷と化す。

 此所は確か森に御座った。然し一本の枯れ木すら残らず、鈍色の景色だけが広がっておる。

 このままでは戦場に更なる被害が及ぶ。騎士団長の者達が壁を作って今の一撃は抑えたが次は皆が粉微塵になってしまおう。


『…………』

「……」


 そして次の一撃は間髪入れず来た。

 倒す事が目的なので向こうからしたら待つ道理も御座らんか。

 だが対処は思い付いた。要は全てが届くよりも前に終わらせれば良いだけ。

 巨腕を裂き、衝撃波を消し去って落下した肉片を足場に肉迫致す。

 だが一々止まってしまい中々上へ行けぬの。何と無しに頭をねてから思案せしめようと惟ておるが、巨人の高さ。及び一挙一動により邪魔される。


「……」


 フム、なれば一々上らず、巨人を転ばせば良いのではなかろうか。

 然し足を切り崩そうにもこの大きさ。倒れるだけで大きな害がこうむる。やはり行かねばならぬか。


『……』


 また腕を振るい、拙者を払うよう試みる。

 今一度腕と衝撃を切り伏せ、更に踏み込んでより速度を高めた。

 グダグダ考えるのは面倒よ。男なれば即断即決。只ひたすらに斬る事だけを考えて斬れば良い。

 容易き事。現世ではなく、今のこの世の拙者の速度なれば次の腕が来るよりも前に頂へ到達するなど容易い。


「……」

『……』


 また大きく振り被る。いや、巨人にとっては大きくも御座らんか。ちいとばかし引いたくらい。それでこの土地を無に帰す破壊を有するとは恐ろしい。

 だが既に拙者は山よりも大きな頭へ到達した。


「……」


 瞬刻に斬り伏せ、その頭をねる。

 頭は宙を舞って消え去り、即座に生えて横から掌が迫った。

 中心部を切り抜き、潰されるのは避けたが衝撃波が生じて髷が揺れるの。雲は全て消え去り、既に空は快晴となった。

 やはり首をねてもやく無し。別の手立てを講じよう。


『……』

「ほう?」


 すると巨人は体の魔力を移動し、刀のようなモノを作り出す。

 この巨体で拙者の事を見えているのか、有効と判断したので御座ろうか。

 刀の立ち合いなれば退く訳にはいかなかろう。


『……』


 そう思った矢先に刀が薙がれ、前方へ刃が飛び行く。

 それはかわしたが、流れ星が落ちたの。余波だけで天上の星をも落としたか。


『……』

「……」


 続け様に刀を振り下ろし、地面へ当たると問題なのでそれは防いだ。

 埒が明かぬな。もっと手っ取り早く終わらせねば。既に多くの自然や動物達が死しておる。

 人も動物も植物も、生物の命は尊ぶ存在モノ。それが容易くついえる現状は終わらせねばなるまい。

 頭を刎ねても無駄なれば、動きが止まるまで只斬り続けるのみ。


「……終わらせようぞ」

『……!』


 巨人が揺らぐ。そんな気がした。

 魔力だけの存在は感情など持たぬ。変な錯覚が起きたの。いやに冷静な気がする。

 その様な思考が無くなり、打刀を携えて巨人の腕に踏み込んだ。



*****



「……。なるほど。大凡おおよそ予想通りの結果だ。result」

「そうか。それは何よりぞ」


 イアン殿の前に立ち、改めて向き直る。

 トゥミラの姿は御座らんが、立ち止まっているだけなのが性に合わぬ者。既に別の戦場へとったのだろう。


「君はフォティアちゃんを倒したトゥミラ。その別人格だね。弱っているみたいだから今度は勝てるかもね」

「あの時は油断しただけだしー! エスピーは手出さないでよー!」


「弱っているとは心外ですねぇ。手負いの獣が危険なのは知っている筈でしょう」


「獣って……」

「フッ、だったらウチは手負いの子猫かにゃあ?」

「それただの可哀想な子猫。と言うか君は無傷だろう」


 ともあれ、改めてイアン殿と一対一サシで向き合う事となったの。

 そして今さっきまで相手していた巨人に御座るが、


『──』


 打ち倒し申した。

 再生するなれば再生という事象その物を斬り、巨体が迷惑なら巨体を斬り消せば良いだけ。

 魔力の欠片は大半が消失したがイアン殿の体へと戻り、改めて魔法を展開した。


「最終対決だ。THE LAST BATTLE」


「痔、沿道だか座、沿道だか申しておらなかったか、主。確かそれは終わりという意味だった気がするが」


「ああ。だから戦争自体は徐々に収束していっているだろう。あくまで俺と君との決戦さ」


「そうか」


 思えば、イアン殿と一対一サシで相対する事は無かったの。

 拙者が手負いであったり近くに味方が大勢居たり敵が大勢居たりと様々な理由での。

 とは言え互いに万全では御座らん。だからこそ接戦となろう。


「さあ、LAST START」

「……」


 無数の闇が迫り、瞬時にそれらを斬り伏す。

 だが走り回ったのもあってやや疲れた。対するイアン殿も多くの魔力を消費したからかキレが悪いの。

 然し威力はあまり落ちておらぬ。当たれば致命傷は避けられなかろう。

 拙者とイアン殿の立ち合いは数ある戦闘の一つ。戦その物も終局へと差し掛かる。

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