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其の弐佰拾玖 切り札

「そんな嫌そうな顔しないで、一緒にやりましょうよ。イアンさん~」

「その性格が嫌なんだよ。君とは反りが合わない。NOT」


 拙者から離れたトゥミラを前に、見て分かる程の不快を露にするイアン殿。

 そこまで嫌とはの。存外良い作戦かもしれぬ。狙い通り連携が乱れ、拙者にとって都合が良い。


「その調子なれば拙者らの勝利はほぼ決まったも同然。拙者としては助かるの」


「む?」


 不意を突いて仕掛けるも良いが、それでは些か卑怯。命のやり取りである戦に卑怯も何もないが、既に向き合っている仲だからの。

 挑発でもして気を拙者に向けようと思うたが上手くいきそうだ。


「聞き捨てならないな。それを挑発と判断して敢えて乗ってあげよう。アマガミ=キエモン。bare」


「そうですねぇ。雑魚扱いの次は挑発ですか。許せませんよこれは」


 魚扱いは始めからしておらぬのだが、一先ず二人はやる気になったようだの。

 連携が如何どうしたものかは知らぬが、先程のままよりかは良くなっておろう。とは言え性格が合わぬのは変わらぬまま。連携を乱す目論見は変わらぬ。

 改め、二人は拙者へと向き直る。


「では私に合わせて下さいねぇ。イアンさん」

「合わせるのは君の方だ。No.2。TAG BATTLE」


 平地にて二人は光と闇に乗り、拙者を見下ろして杖を構える。

 瞬時に無数のそれらが放たれ、拙者はそこへ向けて駆け出した。


「さあ、避け切れるかな? avoid」

「食らいなさーい!」


「…………」


 次々と降り注ぐ魔法を切り伏せ、そのまま直進。打刀を振り下ろし、二人は光闇からほうきへと移って飛び退いた。

 その魔法も迫るが断ち切る。

 相変わらず拙者に空を舞う術は無し。とは言えずっと安全な場所に居たとしても拙者の刀は届くので問題無い。

 問題は多種多様の攻撃よの。


「ここからは呪文だけでも付与して行こうか。GO。“暗黒球(DARKBALL)”」

「……」


 黒き球が複数放たれ、全てを見切って当たらぬ方を読み解き突き進む。

 背後では黒い半球状の爆発が起こっているが近くには誰もおらぬので問題も無かろう。


「流石ですねぇ。“光蛇”」


 その名が示す通り光の蛇が地面を這って縦横無尽に迫り来る。

 爆発と蛇。それらも容易に切り伏せたがイアン殿が更なる魔力を込めていた。


「“魔人降誕”」

『『『…………』』』


 闇の魔力からなる人形が創り出され、闇の剣を振り上げる。

 大きさは一丈(※約3m)程。中々の巨体であるが、


『『『…………』』』

「遅いの」


 振り下ろされ、大地が割れるように裂けた。十町(※約1.1㎞)程の範囲に及ぶ亀裂。

 力もそれなりではあるが前述したように兎に角遅く、一刀両断して粉砕させた。


「……」


 その上下左右。あらゆる方向から魔法が伸び来る。

 一々斬るのもまた面倒(なり)。然れど止む事無く迫るそれらを切り伏し申す。

 斬った頃には次の一手が整っていた。


「“暗黒砲射”」

「“シャイニーキャノン”!」


「…………」


 二つの魔法が回転しながら直進し、交わる事無く重なり合って接近致す。

 凄まじき速度で迫り来るそれも斬るが、頭上から複数の魔法が落ちてきた。

 成る程の。これ程の魔法。普通なれば主体と思うがそれすら囮に使い、隙を突いて遅らせていた光と闇の雨を降らせるか。

 連続したものと正面からのもの。それらを使い捨て、本命の雨を当てるつもりのようだ。


「……」

「それも簡単に斬るか。cut」


 然し今の拙者は無意識下で自動的に迎撃致す。

 今の拙者なればこの瞬間に世界が崩壊しようと崩壊の要因すら斬り捨てられよう。


「広範囲を巻き込もう。involve。“闇の流星(DARKMETEOR)”」

「お力添えしますよぉ~。“シャイニーレイン”!」


 天に魔力が及び、空で割れるように欠片が無数の隕石となりて降り注ぐ。

 一つが落ちただけで遠方の山が崩れたの。戦場その物を更地へと変える気概のようだ。

 山は高いので一足先に当たったまで。まだ他の者達への影響は及んで御座らん。

 なれば着弾する前に全てを斬り伏すまで。


「……」

「「……!」」


 瞬く間に戦場を駆け、全ての魔力を斬り落とした。

 それらは空中にて爆発し、凄まじい衝撃波が敵陣味方陣問わず人々や変異種を吹き飛ばす。


「落下速度はお墨付きなんだけどね。数秒後には大爆発が起こっていた筈なのに一瞬で防ぐか。it super defence」


「ふふふ~♪ だったらもっと広範囲を吹き飛ばせば良いんですよぉ~」


「それじゃ仲間を巻き込んでしまうだろう。基本的に使い捨てではあるが、貴重な戦力だ。valuable」


「有象無象は消えても代わりがおりますよぉ~。それに、最低限の実力があれば生き残れるでしょう? 居るだけムダなのですから相手の気を引くか弾除けになれば良いのでぇす」


「相変わらずこっちのNo.2とは合わない。NO」


 先程の攻撃もかなりの範囲に御座ったが、それ以上も視野に入れておるか。

 だが必要とあらば切り捨てるが基本的に戦力を残しておく方針のイアン殿。敵も味方も関係無く、生き物の死が見たいトゥミラ。似ているようで違う二人は合わぬのだろう。


「じゃあやりまーす! “天の光(ヘブンリーインパクト)”」

「話を聞いちゃいない」


 天へ光を放ち、次の刹那にはそれが戦場全体。及びそこから数十里に及ぶ範囲を覆い尽くす。

 おそらく“シャラン・トリュ・ウェーテ”と“スター・セイズ・ルーン”も範囲内。此方こちらの将であるヴェネレ殿。そして自軍の将である帝王までも関係無く巻き込み消し去る無法者。

 トゥミラ殿に比べ、まともではない人格だの。


「……」

「ふふふ~。光速からなる全方位を消滅させる天の光。その名が示すように、皆様を天国へお連れして差し上げますわ~。まあもう、これを言っている時に全ては終わっているんですけどね~」


 あの中に入ったらどうなるのか。答えは消滅。

 それを光速とやらで周囲へ放つなんぞ感性がイカれておるのか。

 戦争で誤射などはあるかもしれぬが、意図的に狙うなど言語道断。人間性に欠ける処の話では御座らん。

 まあもう既に、


「斬り終わっているがの」

「はい?」


 天の光は根源から断ち、全ての影響を防いだ。

 元は一つの魔力だからの。それを斬ればおのずと及ぶ影響も全て無効化出来る。

 しかし咄嗟だった故、そのままトゥミラを打ち倒す事は叶わなかったの。


「ふぅん……あっさり切り捨てられちゃいましたかぁ。せっかく楽しくなれたのに残念です」

「人が死して何が楽しいか。主のようなたがの外れた者と話すのは心労が絶えぬ」


 技を斬られたが然して気にしておらぬ様子。それすら愉悦となり、自身があしらわれる事以外には無頓着のようだ。

 容易くあしらいたいところだが、それをさせぬ実力も有しておる。難儀な相手よ。


「正面からの攻撃は全て防がれる。加え、不意を突こうにも通じない。戦場の人々を巻き込む攻撃も無効化。本当になんだろうな。君は。mystery」


「ふふ、もしかしたら神様。もしくは悪魔だったりして~」


「……」


 数々の攻撃を防ぐ拙者に向け、疑問を浮かべる二人。

 拙者が誰なのか。現世にて数多の人を斬り、鬼神を謳われるようになった現人神。そう言う意味なれば神というのもあながち間違っておらぬが、神通力なども防ぐと言うムツ殿曰くそれですらない。

 ともすれば邪神と魔神に匹敵するもう一つの存在である悪魔なのかもしれぬが、真偽は未だ不明。

 いずれにせよ異形の存在である事は明白。拙者が悪魔なれば、邪悪に立ちはだかる者と言う構図がイアン殿らに該当しておるかもしれぬな。


「……まあいい。君が消えるか世界が消えるか。試しに賭けに出てみよう。bet」


「気でも狂ったか?」


 見直した矢先のこの発言。他人の心具合は分からぬ。

 殺意を抱いておらぬ拙者一人を討つ為に世界を天秤に掛けるとな。一体なんのつもりであるか。

 イアン殿は言葉を続ける。


「いや、俺としてもなるべく人は殺めたくない。not kill。……だが正面から相対して今の君にdamageを与えられるかどうか試したくなったんだ」


「……」


 だめーじ……手傷の事か。ヴェネレ殿も使っておる言葉。

 拙者に手傷を与える為だけに世界を巻き込むと申すのか。


「……と言う訳で、トゥミラ。君の見たがっていた虐殺showが起こるかもしれない。詠唱が完了するまでキエモンを止めててくれ」


「本当は私がしたかったですけどぉ……しょうがないですね。良いでしょう。貴方がその気になってくれただけで私は嬉しいですよぉ」


「全くその気ではないんだけどな。仮に倒せたとして、被害が全域に及ぶよりも前に消し去るつもりだ。DELETE」


「つまらないですね~」


 返答と共にトゥミラが光輝き、拙者目掛けて加速。

 多くの人々が危険に晒されるイアン殿の魔法は止めねばなるまい。

 だが今のトゥミラはリュゼ殿よりも、先程のファイ殿よりも遥かに速い。以前の如く完全なる無意識下で対処せねばの。


「──我が身に宿りし邪悪な魔力よ……」

「行きますよー!」

「……」


 イアン殿が経を読み始め、光速のトゥミラが全方位から光球を撃ち出す。

 一つ一つに高熱を帯び、爆発によって衝撃波が散りばめられる。

 此処は平地だった筈だが、至るところに谷や穴が形成されてしまったの。


「ふふ、相変わらず光の速度にすら対処してきますか……!」

「……」


 光の速度とやらは詳しく存ぜぬが、難儀なのは対処しているからこそ分かる。

 加えて至るところで起こる爆発。既に目ではなく意識で追っているが防ぐのがやっとだの。


「本来の体で行う光速なら一歩踏み込むだけで星が消滅してしまいますが、私自身が光になる事でその影響を消し去ります! 一瞬で殺めるのはつまらないですからねぇ~!」


「………」


 この言葉も大分前に発言したものなのだろう。今は常に攻撃へ集中しているやもしれぬ。

 いや、元より話好きな者達。今現在も話しておる事か。


「そのまま転じ、イアンさんの準備が終わるよりも前に殺して差し上げますわ!」


「……」


 高々と話す。俗に言う、てんしょんが上がっておるようだ。

 目にも止まらぬ処か目にすら映らぬ速度で迫り、拙者の体は無意識に反応を示した。


「……ッ!?」

「……当たったの」


 トゥミラの体を峰にて打ち飛ばし、彼女は地面を複数転がって止まる。

 土に汚れた体で起き上がり、言葉を続けた。


「まさか……光その物になった私を打つなんて……。それ自体は概念をもつ貴方なので理解出来ますが、また雑魚みたいに転がした事が許せません……!」


「滅茶苦茶な理論だの」


 沸点がまた存ぜぬが、倒し切れてはおらぬ。フラフラではあるが戦う気力も残っているようだ。

 もうトゥミラには勝てそうだ。が、しかし。十分に時間は稼がれてしまったの。


「──顕現せよ、星の巨人。“スルト”」

『…………』


「フム、大きな人間だ」


 闇を纏いてあらわるる国引き伝説のだいだらぼっちを彷彿とさせる巨躯の人間。

 召喚術の一種に御座ろうか。距離は戦場から離れておるが、足首の辺りに山の頂きが来る程の巨体。あんなものが一歩でも踏み込めば戦場は一瞬にして赤い水溜まりの広がる更地となろう。


「神話に出てくる、戦争を終わらせる巨人の名を冠させて貰った。borrow。さあ、戦争を終わらせるとしよう。THE END」


「そうか」


 あの巨人が切り札。戦場全体も突如として現れたあれに気を取られて止まっておる。

 さて、何処どこまでも大きなあれを相手取るのは難儀極まりないの。

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