其の弐佰拾陸 それぞれの戦争
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
私はこの国の王様にして、今回の戦争での大将も努めるルーナ=シュトラール=ヴェネレ。
戦えない事もない私だけど、今回は都合によって自国で待機。戦況などは自動浮遊が可能な映像の伝達魔導具から窺っている状態。
見た率直な感想。
「やっぱりキエモンは強いけど……戦況は割と不利な方かも……」
「そうだね。奇襲は成功したけど、独自の魔導具で強化されている星の国の兵士は手強い」
出だしは良くて、キエモンも相手の主力を2人は打ち倒した。
それは順調なんだけど、他の戦況が思いの外良くないかも……。
《ファイアボール!》
《ファイアボール!》
私達側と相手の同じ魔法。同じ筈なのに押し負け、そのまま火球が真っ直ぐに突き進んだ。
どうにか当たらなかったけど、一時的に強化されている兵士が相手じゃ分が悪い。
《“ウィンド”!》
《……!》
そこにリュゼさんの風魔法が放たれ、強化された兵士達を吹き飛ばした。
強化されていると言っても実力で言えばこちらの主力には及ばない。
騎士団長が対処しているけど、こちらが動くと向こうも動き出すのが現状。
《やれ!》
《《《グガアアアァァァァッ!》》》
《やれやれ。怒涛の風のように押し寄せてくるな。“トルネード”》
変異種が投入され、リュゼさんが竜巻で吹き飛ばす。
B級上位からA級相当の魔物。リュゼさんなら余裕を持って倒せてるけど、その数からして大変なのは窺える。
《“土流貫突”!》
《《《ぐあああ!!!》》》
ファベルさんは土魔法を使い、大地を盛り上げて吹き飛ばす。
現時点で地力は向こうが何枚か上。だけどこちらの騎士団長が居てくれるお陰で対等に渡り合えている。
キエモンが多くの主力を足止めしてくれているのも大きな要因の一つかな。他の主力が動かないからこそ後衛に攻め込まれる人数も少なく、前衛のファベルさん達だけで抑える事が出来ていた。
《クソッ! これならどうだ! “ショックウェーブ”!》
《“反射土槌”》
魔力からなる衝撃波が走り、それをファベルさんは土壁で防いでカウンターのように殴り飛ばす。
強化された兵士の攻撃もファベルさんなら大丈夫みたい。
《……む?》
《やるな。流石は世界でも指折りの土魔法使い。一向に通れる気がしない》
《お前は何奴だ?》
《会ってすぐの質問がそれか。私は次元魔導団の一角、ジュウ。前は運悪くキエモンに敗れてしまったが、ここで主力を一人倒して評価を戻すとしよう》
そんなファベルさんの前に現れた、次元魔導団の一人であるジュウ。
えーと、キエモンが言っていたけど今の話し方は素じゃなくてキャラを作ってるんだっけ。私のお姫様モードみたいな感じで。
だけどかなりの強敵ではある筈。ファベルさん、大丈夫かな……。
《《《ガハツ……!》》》
《凄い速さね。騎士の国の主力》
《おや? この速度に付いてこれる者が居るなんて。……君も主力かい?》
《まあ、そんなところね。場所が場所で私の世界に加入出来る人も居るから本気では戦えないけれど》
《己の世界を持つ敵。成る程。次元魔導団か。発言からして、寒い日には冷たい風が吹くくらい確実な証拠だ》
《なんなのその面倒臭い言い回し……》
一方で、リュゼさんも次元魔導団の主力と相対した。……って、青銀髪に白と青のオッドアイ……! 見た目的な特徴からして、私が会ったNo.4のジーカさん……!
上品な立ち振舞いで綺麗な髪を揺らし、リュゼさんの前に立ちはだかる。
前線に居るから当たり前だけど、あの2人が主力と相対しちゃった。
「どうしよう……映像越しで分かるからエスパシオさん達に報告……けど後衛が不安になっちゃうし……あー、そもそも帝王も映像は見ている筈だからあまり意味を成さないか……」
「落ち着いて。ヴェネレ様。現地では多分上手くやるから。私達は国に攻めてくる可能性がある他の兵士達を警戒しなきゃ。ホウキよりも優れている移動魔法も向こうにあるから常に気は立てておこう」
「あ、うん。そうだよね。ミルちゃん」
メガネをクイッと動かし、私を宥める。
年下のミルちゃんの方がしっかりしてるなんて。ここにはサンちゃん達も居るし、私もしっかりしなきゃ。
いつ攻めてくるか分からない現状、油断大敵……で合ってるのかな。キエモンに教えて貰った慣用句。
「ふふん! この場は妾に任せておけ! ヴェネレ! 敵が来ても妾の魔術で吹き飛ばしてくれる!」
「アハハ……サンちゃんなら本当に出来そうなのが末恐ろしいよ。けどここにはサモンちゃんやザンちゃんも居るし、戦力自体は揃ってるよね」
サンちゃんに使用人さん達。そしてNo.3のザンちゃんにNo.9のサモンちゃん。その他にも色々。戦力は居る……まあ、ザンちゃん達は“スター・セイズ・ルーン”側だからなるべく前線には出したくないけど。
ひとまず戦争が終わるまで警戒して態勢を立てなきゃ……!
私はグッと握り拳を作って気合いを入れ直した。
「──なんかこういう雰囲気ってワクワクするよねー。お泊まり会の夜みたいな、妙に心が踊る感じ!」
「もう、そんな呑気な事言ってないで……え?」
私に話し掛けてきた、聞き覚えの無い声。
一瞬時間が止まったかと錯覚するような感覚に陥り、そちらを見るとサンちゃんと同年代くらいであろう1人の女の子が心を踊らせていた。
金髪に赤と水色の瞳。ジーカさんとは違うけど、またオッドアイ……。
そして彼女が次元魔導団の1人である事は、ザンちゃん達の反応から窺えられた。
「……No.7殿」
「早くも到達したんだね。また貴女1人だけ」
「No.3にNo.9! 仲良さそうでうらやましー! ねえねえ、ボクも仲間に入れてよー!」
次元魔導団の、No.7。
一体どこからどうやって侵入したのか。移動用の魔導具なのは確実として、それでも話すまで気配すら感じなかった。
私達は警戒を高め、距離を置いてその女の子を見やる。
「そんなに睨まないでよー。ボクはあまり戦い好きじゃないんだー。だってボクのパパとママ、戦争で死んじゃったんだもーん! 生き残ったのはボックだけー♪」
「……!?」
急に何を言い出すの、この子は……。
戦争で両親が死亡した。この世界じゃ珍しい事じゃないけど、この子の年齢の頃には大半の戦争も終わったり冷戦だったりで表面上は平和な事が多かったのに。それをこんな楽しそうに話すなんて……。
女の子は屈託の無い笑顔で言葉を続ける。
「ねえねえ聞いてよー! あの帝王ってさ、あり得ないよねー! あの時点のボク達はただの民間人だよー? なのに容赦なく魔法バンバン撃ってさ! ボクは運良く生き残ったんだけど、パパとママは殺されたのー!」
「ぇ……それって……」
この子の両親を殺めたのは、あの帝王。
薄々は察しが付いていた。戦争なんて滅多に起きないような条約が世界中で結ばれる中、戦争が起こる可能性があるのは今回みたいに星の国が主犯。パパもそれについて頭を抱えていた。
つまり彼女は両親の仇である帝王の元に付いているという事。しかもNo.7の座に居るって事は、それなりの戦果も上げているんだよね……。
運良く生き残ったって……大半から見たら不幸でしかないよ。
「貴女のパパとママの仇である帝王に協力してるの……?」
「うん! だってそうでもしなきゃ一人でご飯とか集められないもん! 美味しいご飯は食べられるから仲間になったの! ボクって運良いよね!」
「飢え死にしない為に……」
ここまで聞く限り、不幸しか感じない。
だけどそれは指摘しないでおく。この子が幸運と思い込む事で降り注いだ不幸から目を背けられるみたいだから。
だけどなんだろう。まだ向き合っただけなのに……もう戦いにくい。
「あ、そうだ! 番号じゃないボクの呼び名の方は教えてなかったよね! ボクはセブン! 7人兄妹の末っ子だよ!」
「……! 末っ子……7人兄妹の……。その兄妹は……? セブンちゃん」
「え? もちろんもうこの世に居ないよ! だからちゃんと死んじゃった日にはお墓参りとか行ってるんだー! みんなで暮らしていた時は美味しい物なんて誕生日以外に食べられなかったけど、お墓の前ならみんなで一緒にご飯食べられるよー!」
「……っ」
この場の雰囲気が、一気に暗くなるのを感じる。
セブンちゃん自身は生き残れたので幸運と考えており、お墓の前でみんなとご飯。つまりお墓参りの時に食事したりしてるみたいだけど、とても幸運には思えない境遇だった。
「ねえ、セブンちゃん。帝王の傍を離れたりしたくない? 私の国じゃみんな平和に暮らしててさ、セブンちゃんの知るザンちゃんやサモンちゃんも仲良く生活してるの。だから、セブンちゃんが良いなら私は提供するよ」
「え!? 本当!? わーい! やっぱりボクって運良いよねー! こんなに優しい人に会えるなんて!」
嘘偽りなく、本当に素直な面持ちで喜んでくれるセブンちゃん。守ってあげたくなる、母性をくすぐるような可愛い笑顔。
だけどセブンちゃんは「けど」と言葉を続ける。
「でもボク、帝王に言われて君達を捕まえに来たの! だから今の案はダメかなー!」
「そう……なんだ」
帝王の命令には従う。子供が親でもない大人の言う事を聞くように、そう言い聞かせられてここまで素直な子になったんだろうな。
やっぱり戦わなくちゃダメなのかな。今の時点で戦意は喪失してる。戦える気がしない。
そこへサンちゃんが動いた。
「主は敵なのじゃな! だったら食らえ! “スーパーミラクルハイパーマスターレジェンドスーパーボール”!」
スーパーって2回言ってる……。
そんな呪文とは裏腹に、幾重にも何層にも重なった多大な魔力が及び、直進してこの部屋をも吹き飛ばした。
こう言う時、判断が早いサンちゃんが羨ましい。向こうも覚悟の上なのを理解しているって事だよね。これは正しい判断。
しかしサモンちゃんがセブンちゃんを見て言葉を綴る。
「ムダだと思う、No.7にあの程度の攻撃は当たらない」
「え?」
その言葉に耳を傾けた瞬間、魔力の塊にセブンちゃんは飲み込まれた。
あれじゃとても助からないように見えるけど、彼女を知っているザンちゃんとサモンちゃんの表情から倒せていないのはなんとなく分かった。
「すごーい! 魔力の塊が花火みたいに綺麗! あんなのが見れるなんてやっぱり幸運だね!」
興奮して話すセブンちゃん。
お城の中だから弱められていたとはいえ、あの破壊は触れる物全てを消滅させていた。それが直撃した筈なのに無傷なんて……。
サモンちゃんは更に続きを言う。
「彼女の能力は“幸運”。どんな事があっても、持ち前の幸運で自分に不都合な影響は受けない……」
「幸……運……」
だからこそ、セブンちゃんは戦争でもただ1人生き残った。
果たしてそれが本当に幸運なのか。疑問は尽きないけど、とにかくやるしかないって感じかな。
「セブンちゃん。確認したいんだけど、戦わずして解決させる方法とかはあるかな?」
「ないよー。だって捕まえるのがボクへの命令だもん。殺さないから安心して!」
交渉の余地は無し。まあそうだよね。単独で乗り込んできてるんだもん。普通単独だからこそ交渉しようって気になる気もするけど、何を考えているかは分からない。
始まった戦争。敵の主力が“シャラン・トリュ・ウェーテ”に乗り込んできた。




