其の弐佰拾参 矢合わせ
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
友好国から戻った拙者らは集まり、再び会議を開いた。
既に戦の日は決まっておる。如何様な作戦にて攻め込むのかの会議に御座る。
因みに決戦の日は図らずとも当初の予定通り一週間後。
【決戦は一週間後。それまでに全ての準備を終えましょう。お互いに】
【ええ、そうですね。帝王さん】
と、この様な会話の末に決まったのだ。
ヨチ殿はこれも予期していたようだの。拙者らの準備が整う時間も兼ねて算段を立てておった。見事なものよ。
だが、見方を変えれば星の国は一週間で準備を終えるという事。この会議も重要に御座ろう。
それにつき、主君であるヴェネレ殿が話をする。
「これから行われる戦争は、世界の命運を決めるものと言っても過言ではありません。被害はなるべく最小限に抑え、帝王を討つ事を優先して考えましょう」
「うむ、では改めて星の国と“シャラン・トリュ・ウェーテ”間の情報を割り出しておこう。主戦場は国内ではなく広野になるだろうからの」
「うん、そうだね。戦場になりそうな広野はここ。近くの国の人達を避難させなきゃ」
来る戦に備え、人々の避難は最優先。国内で直接戦うのではなく戦場はまた別となるが、その近辺にも人々はおられよう。
それについてもよく考える必要がある。
「先ずは敵が如何様なやり方で攻めてくるかを考えねばならぬな。戦場の地形は基本的に平坦。時折山や谷があり、近くに森もあるの。平坦なのを踏まえて猪の如く真っ直ぐ進んで貰えれば助かるのだが、そうもいかぬだろう」
「そうだね。知っている限りの相手の戦力を分析して、それと地形に合わせてどんな戦術を使ってくるか考えなきゃ」
「ヴェネレ殿は戦自体あまり経験が無かろう。此処は平和な良い国だからの。それにつき、軍師の役割を担う者は誰ぞ?」
「基本的にはエスパシオさんかな。パ……お父様の参謀としてよく暗躍していたって言ってたよ」
「成る程。ではエスパシオ殿を中心に作戦を練るとしよう」
「ハハ、それももう昔の話だし、あまり我を当てにしないくれよ」
戦闘も軍師も兼ねるエスパシオ殿。
本人がそれを塾せる手腕あってこそだが、役職としても多忙よの。
拙者も戦には何度も参加しておる。拙者の世界とこの世界での戦い方は違えど、根本的な部分は同じ。力にはなれよう。
まずは能力の復習よの。エスパシオ殿の考えもその様だ。
「既に能力を理解している主力は、No.1からNo.10。とまあ、No.7を除いた全てだね。上位2人は似た感じで、光と闇による変幻自在の攻撃と防御が主体。まさに攻防一体で厄介だね」
「No.3のザンちゃんはこちら側で、次元魔法を使えるね。奇襲を仕掛けるのにはもってこいだけど、あまり自国と戦って欲しくないのが心情かな」
「私の事は気にしなくて良いのだがな。ヴェネレ姫」
上位三名。そのうちの一人が此方側に居ると言うのは頼もしいの。
単純に考え、この三人が正面から攻め立てるだけで壊滅的な被害が及ぶのだから。
と言うても、イアン殿とトゥミラ殿が居るだけで戦力は強大だがの。
「ナンバ……もといNo.4以降はNo.6以外の全員と相対した拙者が話そう。No.5のファイ殿は単純な肉弾戦で仕掛けてきたが、変異種にも比毛を取らぬ腕力に御座った。No.4のジーカ殿は他の者達と比べても不思議な魔法だったの。彼女と拙者以外誰も動かず、近くに居たヴェネレ殿までもが止まっていた」
「自分以外の停止……それって時間その物に干渉しているのかも」
「あり得るね。そんな概念に接触するような魔法使いは前例が少ないけど、この場に居るザンちゃんを含めて次元魔導団はそう言った人達も多そうだ」
ジーカ殿の使った魔法。それは時間を止めるもの。
時間を止めたら何故周りまで止まるのか存ぜぬが、誠にその様な力があるのなら合点がいく。
「そうなれば時間停止を作戦に組み込んでくるかもしれぬな。いや、自分以外が止まるなら作戦にならぬのか? 然し拙者は動けた……」
「……これは我の憶測だけど、多分キエモン君はその時間という概念を無意識に斬ったんじゃないかなって思うよ。我の空間をも容易く裂ける君なら十分にあり得る事だ」
「フム。拙者には斬った実感などないが、もしかすればそうしたのかもしれぬな」
エスパシオ殿の憶測。拙者の事乍ら信憑性はある。
拙者自身、敵対した者によく「概念を……!?」などと驚かれる事があるからの。
無意識のうちに敵の攻撃を斬っていたのなれば時間停止とやらにも対抗出来る。ファイ殿とジーカ殿。この二人の対処は出来そうだ。
「ともすれば問題無いか。次はヴェネレ殿の相対した者だの」
「うん。No.6のムツって人は忠誠心が人一倍高くて全ての魔法。それのみならず異能と言われる事象全てを無効化してきたよ。けど勢い任せて物理的に戦ったら勝てたし……ある程度体術の心得がある人が何人かで攻め立てれば余裕を持って勝てるかも」
「成る程。魔法の無効化。前線に出るタイプでもなさそうだね。ムツって人には肉弾戦が得意な騎士を割り当てよう。当然、向こうも複数人で行動したりするだろうから一筋縄じゃいかないと思うけどね」
ムツとやら。その者は何度か話に聞いているが、おそらく一番なんとかなりそうな存在。
だが、だからこそ誰かと組ませる事で相手の攻撃は全て防ぎながら一方的に仕掛ける陣形も作られる。何れにせよ油断ならぬ相手になりそうよの。
「次いで七番目は不明のまま、それにヨチ殿、サモン殿と続くのだな」
「ヨチさんは未来視。複数の未来が枝分かれして見えて、その中から選択出来るようなものだったね。サモンちゃんの魔法は……黒い鞭と変異種の子達かな?」
「私の魔法は洗脳だよ。教えてなかったね」
「……!」
残りの魔法を考える中、サモン殿が教えてくれた。
確かに聞いておらなんだ。洗脳など初耳ぞ。
周りの者達が反応するようにそちらを見、サモン殿は説明する。
「私の魔法は洗脳、催眠、マインドコントロール。呼び名は様々だけど、他人や動物を操る事が出来る。個人的にはあまり好きじゃない。これを聞いた人達は十中八九距離を置くから」
「成る程の。それで言わなかったのか」
サモン殿の魔法を誰も知らなかった理由は、以上の理由から本人が言いたくなかったから。
形はどうあれ操られる。見てる分には無害だが、それを良しとする者は少なかろう。
彼女は更に付け加えるよう話した。
「けど、あの子達だけは別。洗脳しなくても私に懐いてくれた。そんな子達を無下にする帝王はあまり好きじゃない」
「そうだったんだ……それを私達に教えてくれるなんて」
「多分私の洗脳もキエモンなら無効に出来るから。ここで教えても敵対しないと考えた」
「わ、私も敵対しないよ! サモンちゃんの優しさは知ってるから、今更そんな事しないって分かる!」
「本当? 今現在、進行形で貴女が操られている可能性もあるんだよ」
「大丈夫! 私は操られてない自信がある!」
「なぜ?」
「なんとなく!」
「そんなに胸を張らなくても……」
サモン殿の洗脳により、この場に居る者達が果たして操られているか、
答えは否、そんな訳御座らん。
ヴェネレ殿の言うように根拠も何もないが、サモン殿の性格上その様な事せぬだろう。
仕切り直し、話を戻す。
「さて、残るはサモン殿の代わりに入ったというNo.10のジュウだの。奴は重力を操り、周りを重くしたり時間を遅めたりしておる。それに加え、ぶらっくほぉるとやらを作り出しておったぞ」
「重力魔法か。時間停止にも近い事が出来ると。そしてブラックホール。本物のブラックホールなら世界が大変だね」
「本物と遜色無いとも言っておったの。斬ったが」
「フフ、まあキエモン君なら斬るだろう。けれど次元魔導団。一人一人が騎士団長を凌駕すると謳っているけど、確かに厄介な相手だ」
これにて御復習は終幕。後はその戦力を用いて相手が如何様な策に出るかが問題。
それについての話し合いを執り行う。
「イアン殿にトゥミラ殿はどちらか一方が前衛。もう片方が後衛にて攻撃と防御を行うかもしれぬな」
「それか、2人が共に仕掛けるか共に守るか。どう転んでも戦力になる」
「重力による広範囲の加圧は無かろう。自軍にも影響も及んでしまう」
「ただしNo.6のムツは自由に動けるけど……その重力をもってしても倒せなかったキエモン君が居る中で周りへのデバフは掛けないだろうね」
「それならジーカさんの時間停止もそうかも。結果としてキエモンが抑止力になってるね」
「そうだね。それならキエモン君の存在を匂わせた方が相手も自由に動けなくなり、我らが動きやすくなるかも」
拙者、エスパシオ殿、ヴェネレ殿で話す。無論の事他の者達も話し合いには参加しておる。
拙者の存在は向こうにとっての抑止力か。思えば己の世界を作り出して自由に動けるような者達が多い、理不尽な敵。理由は存ぜぬがその者達の世界へ侵入出来る拙者の存在は確かに大きなものとなろう。
「聞いた感じ他と比べて肉弾戦がメインのファイは上手くすれば対処可能。それでも苦戦は強いられると思うけど、搦め手が無さそうなのは救いだね。まあ、策を差し引いても一人一人。変異種や兵士達と言った脅威は尽きないから常に気が休まる暇はないと考えた方がいいけど」
「そうですね。相手の見た限りの戦力と主力の用途。それらを用いて作戦を練りましょう」
やれる事は多々ある。それは向こうも此方も同じ。この僅かな時間で戦略を考え、行動へと移す。
直ぐに一週間は過ぎ、その日へと移り変わるのだった。
*****
──“一週間後”。
当日、“シャラン・トリュ・ウェーテ”と“スター・セイズ・ルーン”の中間にある平野にて拙者らは集まっていた。
遠くて見えにくいが、正面に向こうの兵士達も窺えられる。
数里と言った距離だが、箒や変異種など長距離を直ぐに詰め寄れるこの世界の者達からしたら大した距離でも無かろう。
「じゃあ、当初の予定通り。キエモン君。先陣は任せたよ」
「うむ、心得た。エスパシオ殿。他の者達も頼んだぞ」
《ああ、分かった。こちらは任せてくれ。そう、必ず来る春風のように勝利の機会をお届けするよ》
リュゼ殿を含め、何人かは別動隊にて待機。故に通信の魔導具で会話を執り行う。
然れどそれは盗聴される可能もあるので概要は言わず、短い言葉で纏めて準備を整えた。
「「じゃあ始めよう。星の国。覚悟!」」
二つの国の上位者、此方はエスパシオ殿。向こうはその黒さからおそらくイアン殿。
互いに天へ魔力を放ち、開戦の合図となった。
俗に言う矢合わせ。本来は総大将の役目だが、ヴェネレ殿も帝王も国にて待機しておる。故にエスパシオ殿とイアン殿が其の役割を担ったので御座ろう。
「さて、行こうぞ」
「OK。キエモン君。作戦通り」
「やっちゃおっか!」
瞬間的にエスパシオ殿とフォティア殿が杖に魔力を込め、二人で口を開く。
「──水の精霊よ。その大水を以てして周囲を洗流せよ!」
「──火の精霊ちゃん。その大火を使って周りを熱くしちゃって!」
「河川、海岸、雨水、流水。あらゆる水にて全てを洗い流す!」
「焚き火、マグマ、火の粉に太陽。とまあこんな感じ、大小問わず、あらゆる火炎で全てを焼き尽くす!」
「大波となれ! “ウォーターウォール”!」
「業火になっちゃって! “フレイムウォール”!」
二人が経を読むと共にそれぞれ火と水が生み出され、それが勢いを増して溶岩流、津波となって敵陣へ迫り行く。
互いに相殺し合う関係上、攻撃にはならぬが、本来の炎魔法と水魔法は闇魔法や光魔法によって防がれるのは目に見えておる。だからこその融合よ。
「何かが迫ってきます!」
「火と水……!」
「騎士団長か……!」
「このレベルの炎と水を出せるなんて……!」
「問題無い。NO PROBLEM。俺が全て塞き止める」
「いや、No.1。多分あれは止められなさそうだぞ」
「その様だな。NONSTOP。あれは攻撃じゃない」
互いの軍の中間の位置にて混じり合い、火は水を蒸発させて水蒸気とする。そのまま濃霧となった。
それによって視界が消え去り、通信の魔導具に言伝てが入る。
《キエモン。敵の位置は?》
「主力は前衛と後衛に分かれておるが、数を減らすだけならリュゼ殿は寅の方角。ファベル殿は戌の方角から攻めてくれ」
《《了解》》
指示を出し、お二人が行動に移す。
少し経て、向こうから雷鳴と共に軌跡が走るようになった。
躍動しておるの。リュゼ殿。
「な、なんだ!? ぐあっ!?」
「敵が居るのか……!?」
「くそっ! どこに……!」
「この辺りは吹いて飛ぶ紙のような兵士しか任されてないようだね。タンポポの方がまだ耐える。キエモン次の指示を」
《ウム──》
「No.1様! 後方部隊にて奇襲が……!」
「成る程な。前衛の大部隊と煙幕は陽動。既に少し離れた場所で待機していたか。けど見えないのは向こうも同じ。指示を出す者も居るだろう。そろそろ魔導具の魔力を探知出来るんじゃないか? search」
「いえ、それがよく分からぬ言葉で位置が掴めず……!」
「What? なんだって?」
《──殿は……ザザ……寅から卯の方……へ……殿……戌から亥を攻め行け……》
《《……ザザ……了解!》》
「トラにウ。イヌからイ。独自の暗号で方角を示しているか。考えたね。騎士の国、“シャラン・トリュ・ウェーテ”」
さて、そろそろ道具の魔力は探知された頃合いに御座ろう。だが拙者の国の方角を示す言葉など知る筈もない。
ある程度攻め立てれば気付かれると思うが、そろそろ拙者らも赴くとしよう。
「エスパシオ殿。そろそろ煙幕を消す為に相手も動こう。拙者も出る」
「OK。ヴェネレ様及び他の人達は我が守る。あまり敵を来させないでくれよ?」
「御意」
打刀を携えて踏み込み、先陣を切る。
奇襲作戦は成功。まだ暫く向こうは無事に御座ろう。それまでに駆け付け、迅速に戦いを終わらせる。
拙者ら“シャラン・トリュ・ウェーテ”と帝王率いる“スター・セイズ・ルーン”。その乱が今開戦した。




