其の弐佰玖 仮仮拠点
「──さて、これにて目的の一つは達成したが、此処が星の国なのは変わらぬ。脱出経路が必要だの」
「そうですね。行きは人がほとんどおりませんでしたが、帰りは分かりませんもの」
ヨチ殿との決着が付き、おそらく懐柔には成功した。が、それと同時に生じた別の疑問。このままでは帰るのも一苦労という事よ。
拙者らの会話へヨチ殿が割って入る。
「それなら普通に出て行けば良い。ここに来れたなら問題無く帰れる筈だからな」
「それはそうなのだが、人通りも増えてきておる。抜け出すのも容易く無かろう。行きはよいよい帰りは怖いとはまさにこの事よ」
「アンタに怖いものなんかあるのか疑問だが、だったらこれを使うか? この後見張りか何か、仲間達と合流するんだろ?」
「怖いの意味は恐怖とはまた別だが、それは置いておこう。これはなんぞ?」
手渡されたのは小さき道具。魔道具の一種に御座ろうか。仲間と合流する事も未来を視て知ったのだろう。
兎も角、訊ねてみたところヨチ殿は説明してくれた。
「それはアンタが危惧している、不可視の移動用魔道具だ。使えばすぐに帰れる」
「成る程。然し、これを授けてしまっても良いのか? 次またいつ来れるかは存ぜぬぞ?」
「だから交換条件だ。俺もアンタらの仲間達に会わせてくれ。まだそちらの国の方には行かないけど、顔合わせだけでもしておきたいんでな」
不可視の移動術の代わりとして、待機しておる者達との面会を希望するか。
利点は多い。そして裏切りそうな素振りも無かろう。セレーネ殿が何の反応も示しておらぬからな。
「別に構わぬぞ。今のところ主にそう言う意図も無さそうだしの」
「うん……黒い感情は見えない」
「それなら安心ですね……多分」
「そうですわね……多分」
「ああ! 多分!」
「全部曖昧だな。……まあ、アンタらを売ったところでまともな未来は視えねェからな。見えてる限りだと手痛い仕打ちを受けるのがオチだ。その方が面倒臭い」
未来を視れるからこそ敵に回る事の厄介さを理解出来ると言ったところに御座ろうか。
そうと決まれば行動は迅速。拙者らは一度合流を図る事とした。
*****
──“仮仮拠点”
「紹介しよう。協力してくれる事となったヨチ殿に御座る」
「よろしく、騎士の国の主力さん方」
少し経て、異空間から拙者らは待機している者達と合流した。
この場所は信仰の国の近く。星の国の領地内ではあるが、人通りの少なさを惟てその近場へ仮拠点を作ったのだ。謂わば仮の仮拠点。“仮仮拠点”よ。
ウム、我ながらのねぇみんぐせんすだな。良し悪しは問わずにの。
既に概要は通信の魔道具によって伝えられているので大きな驚きは見せなかったが、少しだけ「……!」という感じになっていた。
「その者が伝達にあった主力か。協力してくれる者だ。歓迎しよう」
「アンタの事も聞いている。騎士団長のファベルさんだったか。……そうか」
「……? 私を見て何を?」
「いや、こちらの事情だ。凄く強い人が居たもんだなと思ってね」
「そうか」
不審な素振りを見せるヨチ殿だが、何かしらの未来でも視たのだろうか。
拙者らにも関わる事かもしれぬな。然し今それを言わぬという事は混乱を招くと判断したか。
なれば拙者からも言及はせぬ。
ファベル殿は続ける。
「ともかく、また主力の一人を取り込めた。このまま行けば順調に星の国の戦力を削れる。戦争への備えになるぞ」
「……そーでもねぇーぞ。まあ、主力が主戦力なのはそうだが、この数ヶ月で色々と生物兵器が作られてる。一体一体が都市一つを軽く壊滅させられる程の力を有してるんで、苦労すると思う」
「生物兵器。変異種及び以前に見た巨大な魔物か。確かにそれらが大量投入されたら苦戦を強いられるな」
サモン殿にザン殿。そしてヨチ殿。おそらく十人は居るであろう主力のうちの三人を引き入れられたが、その上で生物兵器が脅威的との事。
一つ一つがB級上位からA級相当の存在。それの大量投下は正に地獄絵図が如しに御座ろう。
「それで、仕掛けるならすぐが良い。情報集めや戦力の増強なんてしていると被害が増えるばかりだ」
「それはそうだが、星の国が戦争を仕掛けようとしているから。……という理由で動けば逆に我らが国家的な問題となってしまう」
準備が終わるよりも前に仕掛ける。それが一番手っ取り早い事ではあるが、そう簡単に運ばぬのが世界の在り方。世の常だ。
それについてファベル殿は説明をする。
「現状、星の国はキエモンを含めてヴェネレ様らを誘拐しようとしたが、それは未遂に終わっている。対するこちらは理由があったとは言え、星の国の姫君や主力を攫っている。国際的な観点で見れば“シャラン・トリュ・ウェーテ”が悪という事になってしまうだろう。おそらく帝王も戦争実行前に阻止された場合、それを言論の武器に使ってくる。そもそも戦争自体が機密事項だからな。相手が動いてからしか行動は出来ないのだ」
以上の通り。
何にしても仕掛けた側や被害の規模が小さい方が悪となり易いのが世界なのだ。
絵物語などのように悪しき者が居るから倒すと言うやり方は、他国との関わりを持たぬ無法の国にのみ通ずる事柄。拙者の故郷でも戦を起こす前は書状などを送ってから行動を起こしておる。
腹が立つから倒すと言うのはごっこ遊びを楽しむ童しか出来ぬ。歯痒いのが国を治める立場よ。
それにつき、ヨチ殿は頷いて返した。
「そうだな。このまま行ったら世界は“シャラン・トリュ・ウェーテ”が悪いと定めて外交などがし辛くなる。非難轟々。なぜか無関係の者にまで責められる、そんな未来が視えた。けど、そうじゃなくなる方法もある」
「……!」
戦争実行前に戦争を止める手立て。その策がヨチ殿にはあるとの事。
拙者を含め、この場に居た騎士達は反応を示してヨチ殿は言葉を続ける。
「要は戦争計画の証拠があれば良いんだ。そして俺は星の国側の立場で情報を掴みやすい、かつ未来が視えるんでまず捕まる事もない」
「まさか、主が行くと言うのか? 星の国の主力であり、今日出会ったばかりで信用出来ない主が?」
ファベル殿の疑問はもっとも。
既に立ち合いを執り行い、セレーネ殿の判断の元で裏が無い事を理解している拙者らは兎も角、出会って間もない協力的なヨチ殿を見たら訝しむのが道理よ。
それについては拙者が話しておこう。
「ファベル殿。ヨチ殿は問題御座らん。拙者が保証致そう。既に話終え、裏が無い事も確認しておる」
「そうか……キエモンが言うなら信用しても良いかもしれないな。主を信じるとしよう」
「凄い信用具合だ。俺としては動きやすくなるから助かるけど」
説得も終わった。元より物分かりの良い者達。一回の言及にて納得してくれたようだ。
ヨチ殿が自由に動けるのは利点が多い。朗報に期待するとしよう。
「それじゃ、俺は帰る。いくら領地の小国とは言え、観光スポットでもない辺境に居るのは変だからな」
「分かった。だがヨチ殿。お主から見ても此処は辺境なので御座るな」
「ああ。帝王はテキトーに近隣の小国を支配したけど、内情はほぼ見ていない。この国は“スター・セイズ・ルーン”から見てもあまり立ち入らない場所なんだ。ぶっちゃけると拒んでいる」
「この国の情勢を思えばそうよの。納得だ」
この信仰の国は星の国の者達ですら立ち入りを避ける場所なのか。
納得はしたが、改めて仮拠点にしたり情報を得たりなど出来ぬ所だったのだなと理解する。
それと同時に、星の国の監視の目すら届かぬので此処の近隣を新たな仮拠点とする目処が立ったのでそれについては良かろう。
仮仮拠点から本格的な仮拠点になりうるの。一向に拠点は作れぬが、それは全てが終わった後よ。
「何日後かは分からないが、取り敢えず一週間以内に情報は明け渡す。その時はこの場所に来るとするよ」
「ウム、その時も誰かはおろう。仮仮拠点だからの。吉報を待つ」
「ああ……仮仮拠点? 犬猫が好きそうな拠点名だ。……ま、ぶっちゃけると俺的には暇を潰せればどうでもいいんだけどな」
「却ってそう言った者の方が信用出来るというものよ」
「そうかい」
そう告げ、ヨチ殿は国へと帰った。
拙者らも新たな仮拠点の建設へ取り掛かるとしよう。仮仮拠点から仮拠点とさせるのだ。
星の国からは少々遠いが、近場なので無いよりは良い。今から一週間以内。星の国へ仕掛けても問題が無くなる証拠を待つのであった。
*****
──“三日後、シャラン・トリュ・ウェーテ”。
「キエモン! これ、仮拠点に居るファベルさん達から!」
「……来たか」
一週間以内のうちの約半分とも言える三日後、いつものように任務を終えた拙者らは帰城した際、ヴェネレ殿にファベル殿からの伝報を受け取った。
頃合いではあるの。それが不安で任務などにはあまり集中出来ていなかったが、漸く何らかの情報を得られるというもの。
「いよいよですね……」
「ドキドキしますわ……」
「その内容は……!?」
「そう慌てるでない。まだ何がどうと決まった訳でも御座らぬのだからな」
エルミス殿らは不安と期待の入り交じった表情で見やる。因みに此処に居るのは拙者ら四人とヴェネレ殿。そしてヴェネレ殿の近くに居るミル殿にセレーネ殿。機密事項を知られても問題無い面子。
近くの部屋に入って手紙を開け、その全文に目を通した。
そこには達筆な文字でこう記されている。
『戦争阻止計画、決行は約4週間後。3週間後に信仰の国近隣の仮拠点にて会議を執り行う』
「日時が決まったの。その日に行うようだ」
「4週間後ってなると……戦争開始の2ヶ月前ですね」
「結構ギリギリだけど、うん。頃合いかも」
拙者の言葉にエルミス殿とヴェネレ殿が話、面々は頷く。
ヨチ殿に何事も無くて良かったが、本当にサクッと情報を提示して見せたか。誠に頼りになる者よ。未来視の出来る彼は諜報として頼もしい限りだ。
決行が決まり、拙者らは四週間……いや、会議を含めて三週間後に備えるのであった。




