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其の弐佰捌 予知

「始めて良いか?」

「ああ、構わ」


 ──瞬刻に詰め寄り、ヨチ殿の眼前へと迫り行く。


「そう来るのも今回は予知していた。予知って自分の名前を呼んでいるみたいで変な感じだ」

「…………」


 成る程。同じ手は二度も食わぬか。

 未来を視てこの動きをかわしたの。

 としても構わぬ。なれば連続して畳み掛けるのみよ。


「……」

「凄い速さだ。未来を視ていなければ既にやられていた」


 突き、薙ぎ、払う。それら全てをかわし、ヨチ殿は距離を置いた。

 あらかじめ来る事が分かっていながら態々(わざわざ)距離を置くとはの。拙者へ当てる機会が御座らぬのか。


「主、」

「聞きたい事は分かっている。見ての通りだ。追い付けないから未来を視る時間が必要でね」

「そうか。だったら拙者のやり方で攻め続ければいずれ勝てるという事か」

「結果ももう見えている」


 打刀と馬手差めてざしからなる小太刀を構え、二刀流にて攻め奉る。

 決め手にはならぬ流派だが、相手の意識を奪えば良いだけの今ならやれよう。


「……」

「その上で避け切れるか不安だな」


 両刀を振り下ろし、飛び退いて避ける。次の刹那には体勢を立て直して突き付け、それも紙一重でかわされた。

 未来を視てもなお紙一重。それは余裕からか、余裕が無いからか。後者だの。


「………」

「……っ」


 更に距離を詰め寄り、二本を打ち込む。

 無論の事鞘に納めてある状態。致命傷には至らぬ範囲での戦法よ。

 ヨチ殿は辛うじてかわしているようだが、それも時間の問題かもしれぬな。


「“トラップウィンド”……!」

「…………」


 踏み込んだ先に風魔法からなる罠が仕掛けてあり、それが発動した瞬間に見切る。

 奇をてらって作動させたようだが、魔法を使ってから発動するまで一瞬の時間がある。どれだけ時期が良くともその僅かな時間で斬り防ぐ事は容易かろう。


「やっぱりダメか。踏んだりぶつかったりしてから魔法が発動するまで1秒の10000分の1秒しか掛からないと言うのに」


「一万分の一。単位は分かるが感覚ではよく分からぬな。ともかく凄く早いのだろう」


「まあそうだな。メチャクチャ早くに発動するって分かれば良い」


 凄まじき早さで動く罠。これなれば二兎を追って二兎を得られるかもの。

 だが、その発動時間はよく分からぬが拙者は割かし余裕を持って避けられる程度。依然として問題は御座らん。


「これならどうだ?」

「結果は見えておろう」

「まァな。全方位を埋めたところでこうなるのは見えていた」


 連続して複数の罠魔法が作動し、おそらく先程ヨチ殿が述べた通りの時間で攻め来る。

 水に風に火に土に。そこから更なる派生を経て氷や雷。毒に金属などが溢れ出た。

 そしてそれらを全て斬り伏す。しかとエルミス殿らへ影響は及ばぬようにの。


「置き攻めも通常攻撃も効かない。なるほどな。未来を視えたところでどうしようもない。何より……」

「…………」


 踏み込み、加速。ヨチ殿はそれも避け、拙者は回転を加えて鞘を打ち込んだ。が、また避けられる。

 至極難儀よの。


「切り替えと反射速度が高過ぎる……! 攻撃の瞬間、避けたらそこへ的確に仕掛けてくるか……! 仕掛けるたびに未来が複数に分かれている……!」


「………」


 口の回る者よ。

 ヨチ殿曰く、拙者の動きにより仕掛ける直前の未来が幾つにも分岐するとの事。

 確かに拙者はその場で判断しておる。避けられたならそれを目で追い、迅速に次なる手を打つやり方。思考よりも速く動けば可能となる。

 その世界線も既に知っているだろうが、連続して仕掛ける事によって自身の肉体を追い付けなくする。馬より速く仕掛けられればこうなるのも当然よ。


「これでも音速戦闘にくらいは追い付けるんだが、それより更に速いとはな……!」


「…………」


 踏み込み、加速。突き、躱され、打ち、躱され、払い、掠り、瞬時に状況を判断して畳み掛ける。

 相手に息継く暇を与えなければずっと攻め入る事が可能。反撃の隙は御座らんよ。


「……」

「……ッ!?」


 刹那に鳩尾へ叩き込み、ヨチ殿の体が宙を舞う。

 意識を失う範疇で突いたが、まだ立ち上がるようだの。


「ゲホッ……ゴホッ……これ程までとは……いくら未来を視てもその未来自体を無意味にするなんてな。他の主力が敗れた理由が頷ける」


「そう悲観するでない。拙者の攻撃がこれ程までにかわされる事なんぞほぼ無かったが為、主が強者ツワモノである証明だ」


「褒められるとは光栄だ。けどまあ、このままじゃ負ける未来しか視えない」


「結果は見えているのだろう?」

「その結果が見えているという事さ」


 ヨチ殿の視ていた未来は己が敗れるモノに御座ったか。今までの何処か諦めた態度も頷ける。

 だが、秘策があるのかヨチ殿は言葉を紡ぐ。


「だからこそ、あまり使いたくない手だがこれを使う。この別空間だろうと関係無く世界規模で影響を及ぼすから封印しているんだ」


「そうか」


「反応薄いな。まあ、大袈裟なリアクションされても面倒だからそれが良いけど」


 封印していた力。今の時点でかなりのものかと思うが、まだ隠しているものがあるとの事。

 この少しの絡みだけでかなりの面倒臭がり屋というのも分かったが、そのヨチ殿が警告する手間を取る程の何か。

 さて、拝見してしんぜよう。


「…………」

「……」


 様子を窺うよう拙者から距離を置いて摺り足で動く。何かしらの準備をしているようだの。

 拳を軽く動かし、足を軽く動かし、杖を振るったりと行動を続ける。瞬間、ヨチ殿は魔法を放った。


「“ランドトルネード”!」

「……」


 竜巻。それも土からなる剃刀が如き威力を誇る。

 一つ一つが刃のように鋭く、その竜巻が拙者へ迫る。が、果たしてこれが誠に秘策なのだろうか。この程度の攻撃なら幾度と無く目撃してきたというもの。

 正直なところ、封印していたと言うにはいささかお粗末よ。

 拙者は構わず切り捨て、竜巻をった。


「“ショット”!」

「……」


 風が吹き抜ける中、ヨチ殿が全ての罠を作動。全方位から魔力が迫り、それも全て斬り伏す。

 今までの攻撃と然して変わらぬの。何度か述べたがこれが秘策とな?


「……む?」


 その刹那、コツンと小石が拙者の頭に落ち、微量の痛みを伴う。

 先程の竜巻の欠片か。罠に気を取られ、上から降ってきていたのに気付かなかったようだ。

 その光景を見、ヨチ殿は「ふっ」と不敵に笑った。


「成功だ……!」

「成功? もしや主、この小石が秘策と言うのか?」


 まさかそんな事。勿体振った挙げ句の果てに起こした魔法がこの小石一つと申すかこの者は。

 流石の拙者も驚きを隠せぬぞ。投石程度、年端も行かぬ童でもやれるのだからの。

 拙者の故郷での戦に置いて投石は武器の一つだが、今の威力は高く見積もっても童が投げた石ころ程度の威力ぞ。

 そんな拙者の疑問に対し、ヨチ殿は頷いて返す。


「ああ。けど違う。厳密に言えば当たるまでの過程全てと当たった結果の全てだ」


「返答の意味が分からぬな。あの竜巻や罠。それら全てを踏まえた上での秘策という事か?」


「ああ。言ったところで対策のしようがないんで話すが、今俺は未来を固定させたんだ」


「未来の固定?」


 返答されたところで益々(ますます)分からぬ。

 何を申されているのかヨチ殿は。然れど話されよう、拙者は更なる返答を待つ。


「未来というものは一回の行動で大きく変わるという事は教えた筈だ。俺は数ある選択肢の中の一つを確実に起こるよう固定したのさ」


「未来を己で選んだという事か? それもよくは分からぬが」


「有り体に言えばそうだな。本来、立つか座るかですら変わる未来。それを立たない未来に固定したという事。その世界では誰も立てなくなる。まあ今のは物の例えだけど、これは一つだけの未来がそのまま全世界に渡り、その時点での現在から結末まで全てを確定させてしまったんだ。アンタが強過ぎるんでその未来を決めるまで時間は掛かったけどな」


 今までのヨチ殿は仕掛け、そこから現れる複数の選択肢から選出して戦っていた。

 しかし今は分岐するよりも前に一つの道筋を定める事により、拙者へ小石が当たる世界を確定させたという事。

 うむ、説明を聞き、自らでも考えたみたが分からぬモノは分からぬの。


「つまりどういう事かの。大凡おおよその概要は理解したが、あくまで大凡だ」


「要するに、これから先この世界で未来が動く事はなくなり、俺が今視た全ての事象が必ず起こってしまうんだ。今までの全生物はほんの少し動くだけで多くの未来からランダムに一つを選んで行動出来たけど、この世界じゃ明日何が起こるかも全て決まっている。俺が勝つ未来は固定されているがな」


「フム、拙者の頭では主の高尚な考えが分からぬが、現時点での結末は拙者の敗北という事か」


「そうなる。因みに明日の天気は晴れ。君達がこの世界をどの様に生きるか、その全ては固定された」


 よく分かった。つまり明日の天気は晴れという事。

 それだけ分かれば十分よ。後はこの者から意識を奪い、協力関係へ移行するだけだの。


「では、その未来を含めて終わらせるとしよう」

「ムダだ。もう終わるのがアンタ自身という世界線は確定しているんだからな。100%絶対にな」


 とどのつまり、固定されたという未来を変えれば良いだけに御座ろう。

 拙者は刀を抜き、峰を向ける。鬼神を込め、一歩踏み込んだ。


「ムダだと言っているんだが……──」

【打ち当て……】

【その未来はもう視た】

【なにっ?】

【これで終わりだ。久々に良い刺激だった。一勝一敗だな】

【────】

【───】

【──】

【─】

「──相変わらず、退屈なものだった」


 峰を向けて刀を振り上げ、この立ち合いを終わらせる。


「打ち当て──」

「その未来は()視た……あれ?」

「御免」

「……!?」


 そのまま振り下ろし、ヨチ殿の体を強く打つ。

 ミシミシと骨を軋ませ当人は吹き飛びながら困惑の色を表に出し、少し先にて倒れた。


「そんな……バカな……もう既に未来は固定確定させた筈……なのになぜ……!?」

【くっ……やっぱり勝てなかったか】【……っ】【くそっ……勝てなかった】【……!】

【────】

【───】

【──】

【─】

【未来は決まっていた……って訳か……】

(……!? 起き上がった未来と寝たままの未来……確定した筈の、複数の未来が分岐している……!? いや、これは……)


 起き上がらぬが、意識はある様子。何かを考えているので御座ろうか。

 刀を仕舞い、ヨチ殿へ手を差し伸ばす。


「どうであるか? 少しは退屈しのぎになったであろう」

「……!」

【……ああ、負けたよ。少しは楽しめた】【……手なんか取るか。あり得ない】【……ああ】【……チッ……】【完敗だ……】

【────】

【───】

【──】

【─】


(間違いない……この男、固定された未来その物を……斬った……全ての異能を無効化するNo.6ですら無効化出来ない未来の固定を……まだ訪れていない未来その物を斬ったのか……!)


「如何した?」


 動かぬの。手を差し伸べたは良いが、成る程。身体中が痛んでは動くに動けぬか。

 無理に起こすのも悪い。寝かせて置こうかと手を引いた時、ヨチ殿は掴んだ。


「……チッ……完敗だ……。意識はまだあるけど、完全にアンタの勝利だ」

「……そうか。それは良かった。これで主とも良い関係を築けるやもしれぬ」

「まあ少なくとも、常に退屈な俺の暇潰しにはもってこいかもな」


 先程ともまた違う、満足したような笑みを浮かべる。

 ヨチ殿も満たされたようで何より。拙者らは元居た星の国へ戻っていた。


「未来は決まっていた……って訳か……」

如何どうした? ヨチ殿」

「いや、改めて言っておくと俺が最初に視た未来は今の在り方なんだ。結果は分かっていた。固定してもこの未来だけは変わらなかったからな」

「そうか。それは何よりだの」


 ウム、相変わらず全く分からぬが、終わり良ければ全て良し。

 主力が協力してくれるだけでも星の国へ来た甲斐があったというもの。

 これにてヨチ殿が協力してくれる事となった。

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