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其の弐佰伍 呪い

「さあ、我が主の贄となりなさい。それはアナタ達にとって救いとなるのです。捧げなければ不幸になりますよ」

「「「さあ、アナタ達の命を」」」


「…………」


 要するにこの者達の価値観では死よりも生の方が不幸なのか。

 大きくは否定せぬが、此奴らの崇拝する神如きにエルミス殿らの命を授ける方が勿体無かろう。さながら鯛を食わずに捨てるかの如き愚行。下らぬモノよ。


「「「──我が主よ。その力の片鱗を……」」」

「遅い」

「「「……っ」」」


 経を読む最中、即座に峰にて打ち倒した。

 最近は経を読まずに魔法を放つ者も多く、事実その方が手っ取り早かったからの。

 戦に慣れておらぬ信徒らを倒すのは容易い所業だ。


「くっ……!」

「詠唱の時間を授けぬとは卑怯な……!」

「呪われろ!」


「すまぬな。拙者は既に呪われた身よ」

「「「──」」」


 次から次へと駆け来る信徒を打ちのめす。

 頭に、首元に、胸に。急所となる箇所に峰を打ち込み、その意識を奪い去る。

 と言うても刀は鉄の塊。強く打っては殺めてしまおう。故に拙者は当てる直前に力を抜いておる。峰打ちで殺めては阿呆と罵られても仕方無いからの。


「“ウィンドキャノン”!」

「「「…………!」」」


「“グランドプレス”!」

「「「…………!」」」


「“エレメンタリーボール”!」

「「「…………!」」」


 一方でエルミス殿が風魔法にて信徒を吹き飛ばし、ペトラ殿が土にて押し退け、ブランカ殿が元素で撃つ。

 それによって戦闘に向かぬ信徒らは一掃され、相手は徐々に戦力を減らして行く。


「ぐぬぬ……何をしているのです! だったらそこの戦えぬ者を抑え、相手を無効化しなさい!」

「「「はい!」」」


「……無駄……」

「「「…………!?」」」


 戦闘に参加せぬセレーネ殿に目を付け、一気に飛び掛かる。

 れど彼女の御守りが発動し、信徒の者達は一切合切触れる事が出来ず拙者らの方へ逸らされた。


「何が……!」

「彼女には何人足りとも触れられぬよ。むしろ拙者らの好機となる」

「……ッ!」


 此方に流されてきた者を打ち、また意識を奪う。

 セレーネ殿は敢えて動かず、逸れる方向を考慮して立ち止まっているのだ。

 それによって手間がはぶけるというもの。彼女もかなりの使い手よ。


「くっ……! 皆様! あの魔法を使います! 時間を稼ぎ下さい!」

「「「はい、分かりました。神父様」」」


 杖を取り出し、魔力を込める。

 何かをしようとしているの。なればそれを阻止し、この場の全てを終わらせるか。


「させませ……!」

「拙者がそれをさせぬ」

「……っ」


 魔法を使う時間もないと判断し、杖を持って自らが殴り掛かる。

 だが所詮はこの程度。直ぐにし、一歩踏み込んで長老へ打ち刀の峰を打ち込んだ。


「「「“転生守護”!」」」

「……」


 そこへ魔力からなる壁が張られ、鬼神を纏っておらぬ拙者の刀がぶつかる。その隙に長老は経を読み始めた。


「──我が主よ。アナタ様とその友である我らに仇成す不埒な輩を討ち滅ぼすべく、そのお力の一部を我に与えたまえ……!」


 その際防壁に当たったが弾かれる事もなく、壁を張った者達を吹き飛ばした。


「な、なんと……」

「攻撃を受ける度に直り、永遠に防ぐ壁をこうも容易く……!」

「鉄の硬度を誇るのですよ……!?」


「………」


 鉄並みだったのか。それは強力よの。それが永遠に再生して防ぎ続けるのは苦労もするだろう。

 然し今の拙者なれば鬼神を使わずとも鉄くらいは砕ける。が、どうやら信徒の努力は無駄にならなかったようだ。


「──それを以てして輩に死の制裁を与えん。神通魔法、“神身憑依”!」

「……」


 あの生け贄の女とも違う、魔法によって唯一神をその身に降ろす。

 長老は目映く発光し、白き光を身に纏った。


「これが主と一つになった姿! さあ、神罰をくだしましょう……!」

「…………」


 経を読まず、地獄のような赤い水を杖から放出した。

 この者達にとって此処は神聖な場所のようだが、神を身に宿した今、もはや関係無いのだろう。何故なら己がその神となったのだからの。


「詠唱せずに詠唱と同等の力……良いですねぇ。実に素晴らしい。有難う御座います。我が主よ。このまま敵を纏めて消し飛ばして差し上げましょう!」


「それが神の放つ言葉か」


 教会内を赤い水で満たし、そのまま破裂。拙者らは壁を打ち砕いて脱した。

 教会からは赤い水が溢れ、意識を失った者達も流される。

 外の方が戦いやすくあるのは拙者も同じ。あれによって相手も長老一人になったしの。


「神の裁きをアナタ方へ……!」

「……」


 杖を振るい、天雷を降り注がせる。

 現在は言い逃れ出来ぬが、拙者らを生け贄にする為だけに此処までするとはの。既に法などあってないような国。外へ露見しても問題無いと思うが、何がそうさせるのだろうか。

 まあ、確かに定期的な生け贄で若い娘などおらぬのだろうが、それにしても執着心が凄まじいの。


「はあ!」

「……」


 歩廊の岩を操り、左右から挟み込むように閉じる。

 拙者はそれをパンのように切り裂き、突破して長老の眼前へと迫る。


「くっ……!」

「…………」


 複数枚の岩を壁として進路を断つが容易く切り伏せ、その体に峰打ちを叩き込んだ。


「……フム」


 叩き込んだのだが、倒れぬな。長老は不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ、ムダですよ。今の私は神と化しているのだから。如何いかなる傷も即座に癒え、復活した後に第二第三の生を歩めるのです!」


「殺めておらぬ故、第二の生とは言えぬのではないかの?」


「……ふっ」


 反論の言葉は出さずに鼻で笑う。

 再生しておるか。見たところ傷付いた箇所の肉体を魔力によってあたかも治ったように見せておるのだな。


「“ウォーターソード”!」

「“エレメンタリーショット”!」

「“粉砕岩拳”!」


「ムダですよ!」


 その再生力自体は確かなもの。傷が癒えているのも紛う事なき事実。エルミス殿らの魔法からなる傷も治った。

 なれば如何するか。再生させる間もなく意識を奪えば良いだけよ。


「来ましたね! さあ、生け贄となりなさい!」

「……」


 拙者は踏み込んで駆け出し、放たれた青白いいかづちを切り伏せて防ぐ。


「ならば!」

「………」


 巨大な火球もエルミス殿らへ影響が及ぶよりも前に断ち、


「だったら……!」

「…………」


 赤い水が洪水のように流れ、その勢いで周りの建物も飲み込まれる。

 然し問題は無い。護るべき人数は四人だけ。四人を護る為に拙者も結果的には救われる。

 流れ来る赤い水を切り裂き、そのまま石畳を裂いて谷とする。亀裂の中を流れ行き、拙者らに降り掛かる物は無くなった。


「それならこれです!」

『…………』

「……………」


 杖を振るい、今の余波で生じた瓦礫が石人形となりて現れた。

 巨躯の巨腕が振り下ろされ、その拳を拙者は縦に切り裂く。それによってまたもや拙者らへ降り注ぐ攻撃は防いだ。


「なんだと言うのです……そんな鉄の棒切れで主の片鱗を受け継いだ私の魔法をことごとく打ち破るとは……! こんなの絶対おかしいです!」


「お主程度の魔法を扱う者なれば態々(わざわざ)神の力を借りずとも実行出来る者はおる。主の信じる神など所詮はその程度の力だったという事よ」


「アナタ……! 我が主を否定しますか! 神を侮辱しますか!! 神を信じぬ痴れ者め!!!」


「その言葉をそっくりそのまま主へ返してしんぜよう。生け贄などの文化は、おそらく拙者の故郷でもしておる所はあろう。だが、悪戯いたずらに他人の命を奪い、それを信仰としても何も解決せぬという事を改めて理解した。恥を知るべきは主の方だ」


「くっ……神を信じぬ愚か者が戯れ言をほざくな!」

「なれば主は戯言たわごとよの。他者を殺めて得る信仰など必要御座らん」

「バカにしおって……!」


 魔力を込め、空へ複数の十字架を生み出し、巨大な魔力が人の形となりてその十字架へはりつけとなる。

 そこを中心に何者にも染まらぬ魔力が撃ち出され、拙者らの立つ場所を吹き飛ばした。


「これが神の力! 我が主の御技! 魔力からなる光線の一つ一つは山をも焼き払い、更地へと変えるぞ!」


「その割には人間一人砕けぬのだな」


「なにっ!? ……フッ、それがどうかしましたか!? 今のは最小の出力です! 最小でこの破壊力!! 恐ろしさは十分に伝わるでしょう!!!」


 そう告げ、次々と光線を放つ。

 拙者らはそれをかわしながら進み、長老へと言葉をつづる。


「二つ、主に聞きたい事がある。この際本来の目的とは別の、今浮かんだ疑問よ」


「なんですか?」


 魔力を撃ち出しながらも返答はしてくれる。冷静な状態でこの言動とは、宗教とは恐ろしいの。

 拙者の知る者はもっと穏やかだった気もするが、邪教徒なればこんなものだろう。

 質問を続ける。


「一つ、何故人々を想う神が磔になっているのだ?」

「人々の罪を一身に背負っているのです!」

「二つ、主の扱う力は神と言いながら──“魔”のモノではないか」

「……!?」


 質問と同時に鬼神を込め、長老は大きく反応を示す。

 それは質問に対してか拙者の鬼神に対してか。その真偽を知るは本人のみ。


「その……力は……!」

「そうよの……拙者へ与えられた罰。──呪いぞ」


 驚愕の表情をし、全ての魔力を込める。

 瞬時にそれが撃ち出され、余波のみで周囲の建物や人々を吹き飛ばし、一直線に迫り来る。

 かなりの速度と威力。誠に山をも更地としよう。だが、今の拙者なれば容易く見切れる。


「……!」

「打ち当て、御免」


 光線を根本から断ち切り、及んだ全ての悪影響も斬り伏す。

 全ての魔力を注いだのであれば再生も出来なかろうと打刀を鞘に納めた。

 薄い意識の中、長老は口を開く。


「……呪い……何を言っていますか……アナタ様のその力……間違いない……我らが崇拝する……神……その物……」


「…………」


 フラつき、倒れ伏す。

 此奴らの神その物の力。喜ばしくないの。もう既に知っているが、それすなわち邪神の物。

 より一層拙者が残り一つの邪悪、“悪魔”である可能性が高まってしまった。


「キエモンさん! やりましたね!」

「流石ですわ! キエモンさんっ!」

「やっぱキエモンさんはすげえや!」

「やったね……おめでとう。鬼右衛門」


 駆け寄ってくるエルミス殿らにセレーネ殿。

 彼女らの中で秘密を知る者は居ない。この笑顔は奪いたくないの。

 いずれ来る時があるとしても、今はまだ今の瞬間を過ごした方が良いか。


「……。……そうよの。此奴らは倒した。然し情報が聞き出せなくて残念だ。以前使ったヒコ殿の利用していた穴を行こう」


「「「はい!」」」

「うん……」


 信仰の国。結果的に邪教徒を打ち沈めたが、拙者らは侵略者のようなもの。此処は侵略者らしくさっさと逃げるが吉。

 おそらくこの者達は今の信仰を止めぬが、いつかは他者を殺めずとも良い信仰を広めたいの。

 それは仏教か神道か、最近入ってきたかとりっくか……かとりっくもきりすとも無理だの。その外来人と話した事はないので詳しくは存ぜぬ。

 いずれにしても今よりはマシになろう。

 何はともあれ、情報は得られなかったが統一後の目標も新たに定め、拙者らはこの国を後にするのであった。

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