其の弐佰壱 ホワイトバースデー
──翌日。
次の日、国の者達が目覚めたのは殆どが昼頃だった。
星の国からの襲撃もあり、皆疲れが溜まっていたのだろう。
昨日は途中で終わってしまったが為、今日は数刻の間だけヴェネレ殿の誕生祭を執り行う。
「……フム」
「どうかしましたか? キエモンさん」
「いやの、昨日あの様な事があったにも関わらず国の者達は立ち直りが早いなと思うたのだ」
「確かにそうですね。けどいつまでも引きずるよりは良いんじゃないでしょうか? 立ち直るのが早ければ次の段階へ進めますもの!」
「そうよの。それが何よりだ」
町は変わらず活気に溢れておる。立ち直りが早いのは良き事。止まっていても何も始まらぬ。
気を取り直して再び祭典を楽しむとしようかの。
「それでですねキエモンさん……今日は私と街を見て回りませんか?」
「ん? 別に構わぬぞ。共に行こう」
「は、はい!」
エルミス殿は何やら恥ずかしそうに拙者へ訊ねる。
共に町を行く程度、その様な態度になる必要も無かろうて。そも、昨日はエルミス殿のお陰で全てが元通りになったのだからの。謂わば彼女は民達の恩人よ。
共に町を行くだけで彼女が報われるならそれが良し。苦労も努力も報われぬのなど余程意地の悪い神仏でもなければさせぬだろう。
拙者としても断る理由は御座らん。然し気になるところ。
「ブランカ殿らは良いのか? 皆で行った方が楽しいと思うが」
「え? そ、それは……──」
【いい? エルミスさん! 昨日の今日で貴女へのキエモンさんからの評価はかなり高まっている筈です! なので明日……というよりは今日、数時間後! 絶対にキエモンさんを誘いなさい! マルテさんやヴェネレ様に先を越されてますので!】
【……ブランカさん……魔力全消費を経ての寝起きにその声量は堪えます……】
【あら、これは失敬。コホン、ともかく、今日こそは絶対に絶っっっ対に誘惑しなさい! なんならゴールインも可! 貴女はもう婚姻を結べる年齢なのですから!】
【誘わ……ゴ……な、何言っているんですかブランカさん!?】
【私らもどこからか見守ってるから、しっかりやれよ!】
【サムズアップして言わないで下さいよペトラさん……】
「──い、忙しいので今日は遠慮しておくと今朝……」
「フム、そうか。残念だの」
ブランカ殿らは忙しかったか。彼女らにも事情があるのだろう。
なれば致し方無し。拙者とエルミス殿で町を見て回るとしようか。
「では行こう。エルミス殿」
「はい!」
元気な返事をされ、町へと繰り出す。
最近はマルテ殿、ヴェネレ殿とよく女子と共に町へ赴く機会が多いの。女子が買い物好きというのは誠のようだ。
兎も角今は再び装飾された町を行く。
「うぅ……しかし今日も冷え込みますね……」
「季節が季節だからの。だが、この国にも春夏秋冬があったとは、今更乍ら環境が拙者の故郷と似ておるの」
「四季があるという事ですか? だったらキエモンさんの故郷は案外近くなのかもしれませんね。季節が明確に移る国は“シャラン・トリュ・ウェーテ”を含め、世界的に見ても少ないですから」
「……そうかもの。案外国同士は近いのかもしれぬ」
四季の存在は、この世界ではやや少ないらしい。
と言うても拙者の故郷は別世界だが、季節と言う概念がある以上、存外世界同士は隣り合わせなのかもしれぬ。
「けれどキエモンさん。その格好で寒くないのですか?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し。その逆も然り。大した寒さでは御座らんよ」
「いえいえ、大した寒さですよ。息の白さがそれを物語ってます!」
「そうか。確かにそれは大した寒さよ」
「ふふ、早いところお店にでも入りましょうか♪」
「それが良さそうよの」
寒さを踏まえ、なるべく早くに店へ入る事にした。
と言うてもエルミス殿が何処へ向かうかが気になるところよの。彼女は何が望みだろうか。
「エルミス殿。どちらへ向かう? 朝食……と言うよりかは最早昼食だったが、既に摂り終えたからの。飲食店は候補から外れておろう」
「そうですね。……キエモンさんが楽しめるかは分かりませんが……雑貨屋とか……」
「……? 何を不安そうにしておる。拙者は別に構わぬよ。エルミス殿が行きたいところへ行こう」
「……! は、はい! ではあそこの──」
その後、拙者とエルミス殿は主に雑貨などを売っている店へと入った。
小物は小物でも装飾品などを中心的に見ておるの。その表情は楽しそうだ。
「わあ……これ、カワイイですよねキエモンさん!」
「ほう? 硝子の中に雪が入っているのか。これまた面妖な。中に妖もおる」
「スノードームって言うんです。妖ではなく雪だるまですね」
「達磨か。手足はないが、既に両目が塗られておるな」
「え? 普通目がありますよね? それに、足は分かりませんけど手がある雪だるまも居ますよ!」
「おっと。いや、そうだの。それは拙者の故郷の在り方よ。達磨には願いなどを込めて両目を塗るのだ。この雪達磨は別途であるな」
「そうなんですかぁ。なんか面白いですね♪」
「そうかの?」
周りを見れば雪関連の小物が多々あるの。季節が巡るからこそそれに合わせた物が売りに出されるのだろう。
拙者の故郷では精々冬用の簑や笠が並ぶくらい。後は正月の飾りなどかの。
要するにこう言った物は売られておらなんだ。季節が変わった事で新たな発見に繋がって飽きぬの。
それから拙者らは次々と見て回る。
「キエモンさん! カワイイぬいぐるみです!」
「確かに愛らしいの」
「キエモンさん! カワイイ服です!」
「そうであるな」
「キエモンさん! カワイイアクセサリーです!」
「良き装飾品だ。似合うぞ」
拙者の名を呼び、可愛いと続いて嬉々としながら品物を手に取る。
その後も店を回り、気付いた時には数刻が経過していた。
因みに道中ブランカ殿らの気配も感じたが、エルミス殿が気にしておらぬので特に言及はせなんだ。
「あー、楽しかったです♪ キエモンさんはどうでしたか?」
「うむ。中々に楽しかったぞ。然し沢山買ったの」
「アハハ……ついカワイくって……」
「エルミス殿が満たされるのなればそれは何よりよ。……だが、そろそろ城へ戻らねばな」
「そうですね♪ ヴェネレ様への誕生日プレゼント! キエモンさんも楽しんでください!」
「ああ、楽しみにしておるよ」
流石に全てではないが小物や装飾品をいくつか購入し、もう暫く過ごした後に拙者らはヴェネレ殿への手土産受け渡し会へ向かった。
*****
──“シャラン・トリュ・ウェーテ、城内”。
「ヴェネレ様。おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「ヴェネレ様。こちらを」
「あら、綺麗な物ですね」
城へと戻り、昨日渡せなかった者達が順にヴェネレ殿へ手土産を渡す。
彼女もお姫様もぉどになっており、その状態ではあるが心の底から屈託のない笑顔を浮かべて受け取っていた。
昨日はエルミス殿らの番で止まったが、折角の一大催し。大トリを請け負うらしい。
そして愈々彼女らの番となった。
「行きますよ!」
城の照明は消し去り、ブランカ殿は杖を振るって今一度氷の舞台を形成。
その舞台上に三人が立ち、各々で杖を構えて魔力を込めた。
「水の精霊よ。その力を生み出し、辺りを満たせ。“ウォーターフィールド”! そして風の精霊よ。その力で巻き上げ、水を浮かせよ! “コントロールウィンド”!」
エルミス殿が氷の舞台へ水を放ち、それを風にて操る。
するとどうだろうか。浮かんだ水は空中にて氷結し、さながら氷細工の如き形が生み出された。
空中を舞う水が固まった事で、空を泳ぐような代物が形成される。なんとも美しき事か。
「土の精霊よ。その氷を打ち砕き、彼の者を助け出せ! “土拳”」
そこへペトラ殿が土からなる拳にて周りの氷を砕き、エルミス殿の手を取る。
砕かれた氷片はキラキラと舞い、唯一照らされた舞台上を綺羅びやかに照らす。
成る程の。これは一つの演劇か。
天舞う細い氷は牢を表し、氷の舞台は氷山か何かか、巨悪の居る社となっている。
立場で言えばエルミス殿が姫君。ペトラ殿が救い出す騎士か。故に男物の服を着ているようだ。
となるとブランカ殿の役職は、
「雷鳴よ轟け、世界よ戦け、一筋の霆にて世を沈めよ! “サンダー”!」
巨悪か。
氷片の舞う舞台上に雷が落ち、伝って青白く光る。
照明が少ないからこそ氷の中を伝わる電流が目立ち、より大きな存在として見せるという事か。
此処はまだ序章。後に巨悪となったブランカ殿との死闘や姫君であるエルミス殿と騎士であるペトラ殿の恋愛模様、舞台を作り替えて移り変わる旅の様子などが描かれ、その一つ一つに美しき演出が加えられている。
演目も最後の方へとやって来た。
「この、私がぁーっ!」
「ついに倒したぞ……魔王……カブラン!」
「騎士様!」
巨悪であるブランカ殿、もとい魔王カブランは倒され、己の魔法にて消え去るように演出する。
死闘を越え、命が尽きた騎士は姫の膝に寝かされた。
「どうやら致命傷のようだ……すまない。姫……」
「そんな……! 私は嫌で御座います! 騎士……いえ、勇者様!」
成る程の。劇中では魔王を倒す勇者の存在が示唆されていたが出て来なかった。
故に、その魔王を己の命と引き換えに討ち取った騎士が勇者となる物語のようだ。
然し英雄となった時には死している。中々に重い噺だの。
「勇者ですか……ふふ、良かった。最後の最期で……貴女様だけの英雄になれ……て……」
「──ラペト様ぁぁぁ!!!」
最後に姫ミスエルが騎士ラペトの名を呼び、誰の英雄でも他人の為の勇者でもない、姫に仕えるただの一騎士としてその役割を終える。
この物語の主人公、拙者と境遇が似ているの。参考にしたのだろうか、思い過ごしか。
裏から煙魔法による煙が流れ、エルミス殿らは舞台から下がる。これで物語は完結を迎えたか。
城の照明が点き、魔力からなる舞台は消え去る。そこからエルミス殿ら三人が出てきた。
「「「おおおぉぉぉぉ!!」」」
「いいぞー!」「感動した!」「良かったぞー!」
そんな三人に向けて惜しみない拍手と歓声が送られ、彼女らは照れ臭そうに頭を掻く。
うむ、見事な劇であった。拙者も拍手をし、舞台挨拶を終える。
これにてヴェネレ殿の手土産の受け渡しは何の問題も起きずに無事終了するのだった。
*****
「ふう……お疲れ様。キエモン」
「拙者は別に疲れておらぬぞ。ヴェネレ殿こそ一人一人に対応し、疲弊したので御座らんか?」
「大丈夫だよ。だってみんな良い人だから苦労なんてこれっぽっちもないもん」
諸々を終え、ヴェネレ殿は一人、バルコニーにて外の空気を吸っていた。
生誕祭自体はまだ終わっておらぬ。故に城内や町中では変わらず盛り上がりを見せていたが、多くの人々と交流したヴェネレ殿は人一倍疲れたのだろうの。
言葉を濁しているが、拙者は誤魔化されぬぞ。
然しそれを追及するのも無粋だろうと何も言わずに置く。
「だが、昼間だけで終わらせるつもりがすっかり日も暮れてしまったの」
「たはは、そうだね。楽しい時間はあっという間。他のみんなはまだまだ盛り上がってるけどね♪」
疲れた笑みを浮かべ、拙者の方を見る。
楽しくとも、いや、楽しいからこそ疲れも気付かぬうちに蓄積する。それが人という生き物。
ヴェネレ殿の様子に気付けど何もしてやれぬな。そも、一人で寛ぎたいなら拙者は戻るべきか。
「……では、ヴェネレ殿。拙者はこれにて」
「待って、キエモン。もう少し隣に居て。なんとなくね」
「……。そうか、分かった。ではもう少し共に居よう」
去ろうとしたが、当人に止められてしまう。
今回の主役はヴェネレ殿。なれば拙者に彼女の要求を断る理由は御座らん。ただ彼女の望むままに今日を過ごす。
「然し、此処は冷えるの。せめて中に入らぬか、ヴェネレ殿。拙者は問題無いが主の体調が心配だ」
「大丈夫ー。私は炎魔法使いだよ? ほら、指先から暖かい火♪」
「ふっ、そうであったか。これは拙者の早とちりだ」
人差し指を立て、指先から小さき火を放出して笑い掛ける。
ほんの小さな火。然れど何となく落ち着くような感覚へと陥る。火とは不思議なものよの。
「こうやってボーッと火を眺めていると落ち着くよね……」
「そうだな。心が休まる感覚になる」
「うん。火を見て物思いに耽ると火の中に思い出が見えるんだ」
「そうか」
「パパもママも居なくなっちゃったけど……キエモンやみんなが居てくれる。本当にありがとう。キエモン」
「それは皆の前で言うべき事ぞ」
「ふふっ、何となく最初はキエモンが良かったの♪」
また優しい笑顔を向ける。それによって拙者の体が小さく反応を示した。
はて、一体何事か。理由が分からぬ。
「あ、キエモン。雪が降ってきたよ!」
「む? そうだの。美しき白い雪だ」
「ふふ、ホワイトバースデーだね♪ 1日遅れだけど!」
ヴェネレ殿が天へと指を差し、月を隠す雲から白い結晶が落ちてくるのを確認した。
成る程。拙者の体が反応したのは雪に対してか。納得した。
「本当に良い誕生日だったよ。改めて、ありがとね♪」
「二度目の礼だぞ」
「今のお礼は誕生日に対してだよー。じゃ、みんなが待ってるお城に戻ろっか!」
悪戯っぽく笑い、城の中へと入る。
拙者はその背中を見届け、天から注ぐ雪に視線を向けた。
星の国からの使者があり、一時は中断した生誕祭。だが終わってみれば平穏無事であり、皆が楽しめた。
それを思いつつ、今日は暫しこの雪と余韻を楽しむので御座った。
めでたし、めでたし。




