其の佰玖拾伍 闇の使い手
「話は終わりだね。──“ダークランス”」
「……!」
呪文を言い、闇からなる槍が突き出された。
先程までの何も言わない攻撃よりかは威力も高まっておるが、拙者はまだ体が動くのでそれを斬り伏せる。
「そうだな。終わらせるとしようか。“水壁包囲陣”」
「包囲なんて名ばかりだ」
エスパシオ殿の水魔法による防壁はイアン殿の闇魔法によって掻き消される。
そこに向け、ミル殿とアルマ殿が嗾けた。
「主君を狙われるのは困るのよ」
「槍を使わせたら私も引き下がれないな。“暗黒戦槍”!」
「悪くない連携だ」
元素の塊と槍魔術が放たれ、それは丸い闇によって受け流された。
別方面に闇を出し、受け流した魔法と魔術を返すように放出する。
「便利だろう? 一度留めた力はそのままお返しする事も出来るんだ。無効化と反射。防御に攻撃。何でも御座れのこの魔法。No.1を謳われる所以さ」
「その割には直撃した拙者の動きも止められていなかろう」
「そう、それはおかし過ぎるんだ。strange。応急処置された程度で胸と肺に穴が空いている事実は変わらないというのに」
闇魔法とは誠に変幻自在の力。出来ぬ事が無いのではないかと錯覚する程に何でも出来る。
今のところ出来ておらぬのは拙者の動きを止める事くらいに御座ろう。
「せっかくだ。会場は広く使おう。氷の舞台も用意してあるみたいだからな」
「その舞台は特別だ。主如きには上等過ぎよう」
「おっと、雰囲気が変わった。あの舞台は大事なものだったか。じゃあ使わないでおこう」
エルミス殿らの作った舞台へ興味を示したが、話したら物分かりは良かった。
彼処はヴェネレ殿へのプレゼントととなる演目に使われるからの。それの邪魔をされる訳にはいかなかろう。
「それはそれとして、君達を捕らえる。最悪の場合仕留める方向なのは一切変わらないよ」
「だろうの」
己の周りへ闇を生み出し、それを槍状にして射出。
先程から幾度と無く見ている技。当たれば一堪りも無かろう。狙いは正確で速く鋭い。伸び切る前に断ったが、拙者の体が持たぬので限りもある。
「一瞬で全て断ったか。その体でよくやる」
「我ながらそう思う」
「息一つ切らしていないとは」
「侍足る者、傷如きで息を切らしては皆を護れなかろう」
「その割には早口で呼吸も早いね」
「人体の構造上仕方あるまい」
互いに淡々と会話をするが、健康状態で言えば拙者の方が悪い。即座に切り捨てたいが普段の一割も出せぬな。
この場で倒れるなどの醜態を晒す訳にもいかぬ。せめて半分の力は無理矢理にでも引き出し、エスパシオ殿らの力を借りつつ終わらせるとしよう。
「………」
「黙り込んだ。ここから本気MODEかな」
会話を止め、余計な体力の消費を抑える。
一割以下でなるべく長く戦うか、数分したら意識。もしくは命を失う事を踏まえた三割並みにしてみるか。どちらがヴェネレ殿を護れるか考えれば悩む必要すら無かろう。拙者如きの命など疾うに捨てた身よ。
「参る……!」
「これが最後の一言になるか──」
瞬刻を待たずして駆け出し、小太刀を振り抜く。
今は小回りを利かせる為に速度が重要。重く長い打刀ではなく、軽く短い短刀が最適解よ。
「……」
「今の状態で俺の闇と互角か」
小太刀を振り抜き、イアン殿は闇魔法にて防ぐ。当然鬼神の力も扱っており、防いだ側から闇を斬り伏す。
「“空間掌握・円”」
「“暗影穿突”!」
「はあ!」
「実力者が3人。強いね」
エスパシオ殿が周囲の空間を打ち出し、アルマ殿の黒き槍が床から突き出し、ミル殿の魔力が全方位から包む。
イアン殿は闇からなる球体を用いてそれを防ぎ、拙者は即座にその球体を切り裂いた。
「闇をも切り裂く剣。いや、彼自身。ズルくない? It's chat」
文字通り切り開いた闇の中へ放たれた魔法と魔術が入り込み、イアン殿は別方向へ闇魔法を作り出して移転した。
先程もしていた移動術。あれは少なくとも見えている範囲には行けそうよの。隙を突いても反応が間に合えば躱される。厄介な相手よ。
「……」
「移動先を予測して飛び掛かってきたか。凄い反応速度」
イアン殿の視線を読めば何処へ行くかは大凡把握出来る。
そこに向けて跳び付き、刀を振るえば当たる可能性もあろう。
「近接戦闘はあまり得意じゃないんだ。負傷している君と互角程度だからね」
「そうに御座るな」
今の一撃でイアン殿の頬が切れ、闇からなる刃を生み出して小太刀を受け止めるよういなす。
金属と魔力がぶつかりあって形容し難き音が鳴り、互いに弾いて体勢が崩れた。
両者は即座に立ち直り、拙者は下段から斜め上へ。イアン殿は上段から斜め下へ振り下ろす。互いの刃が交差して魔力を散らた。
金属同士なれば受けるだけで刃こぼれの可能性もあった。その点は相手が魔力で助かったの。鬼神にて相殺すれば刃へ影響は及ばぬ。
そんな体勢のまま押し合う形となるが胸に穴が空いた拙者はやや不利。然しそれは言い訳にしかならぬ為、思うだけに留めておこう。
元より不意を突かれた拙者が悪いのだからの。立ち合いに置いて相手の攻撃で負傷したというのはどんな形であっても卑怯とは言えまい。それを含め、全ては己が実力のうちよ。
「君の力と違って俺は変幻自在さ」
「…………」
刀と闇が押し合う中、イアン殿の闇が変化して伸び、拙者を囲うように突き出される。
それもまた当然。相手は形が自由な魔力なのだからの。この程度をいなせなくてはこの世界で侍がやって行ける訳もない。
「……」
「へえ、周りの闇を切り払ったか。けど、それが一瞬の隙になった」
周りの闇は払ったが、イアン殿の言うようにそれが隙へ直結し、拙者の脇腹と足が抉られた。
かなり痛むの。より力が抜け落ち、今にも倒れそうだ。一層の事倒れてしまいたい心境に駆られるが、そんな訳にはいかぬ。
気力のみで立ち上がり、小太刀。いや、今度は打刀を携えた。
やはりと言うべきか、判断を誤ったと言うべきか、威力も長さも此方の方が良かったかもしれぬな。ちと重いがそれを気にしていては此奴に勝てぬ。
「“空間掌握・弾”」
「……!」
背後からの援護射撃らしき魔法。イアン殿の体を弾き飛ばし、エスパシオ殿とミル殿が拙者の体へ触れてまた応急処置を施してくれる。
胸に比べればまだ傷は浅いの。抉られはしたが、拙者の肉片が丸々持っていかれたので却って動きやすさはある。
ささくれと同じよ。ほんの少し飛び出る皮が気になり、引っこ抜くと痛みと血が流れるが違和感は無くなり気楽になれる。
抉られた箇所がぶら下がる形で残るよりかはごっそりと取られた方がまだ戦える。
「キエモン君。既に君は致命傷。我の水回復魔法で血は止めて痛みも抑えているけど、それだけじゃ足りない程のダメージを負っているだろう」
「そうだよ。キエモン。ヴェネレ様は貴方が大事なんだから。あまり無茶しないで。……私も貴方は嫌いじゃない。だからなるべく生きて欲しいし……」
拙者がこの後も命尽きるまで戦うつもりという事を察したのか、諭すような声音にて二人は話す。
血と共に流れる脂汗。それもあってまた表情に出ていたのかもしれぬな。拙者自身、このまま倒れた方が生き延びる確率は上がり、楽になれるのを理解している。が、目の前の、たった一人の敵を討てずに倒れるなど言語道断。腹を切らねばならぬ。まあもう切られているがの。
「キエモン君は休んでいてくれ。ここからは“シャラン・トリュ・ウェーテ”最強の騎士団長。我、“マール=エスパシオ”の見せ場だ」
「エスパシオ殿……」
「ミル=ウラーノも忘れないでよね」
「勿論覚えておる。主の名も姓もの」
「なら安心」
「ネプト=アルマ。及び残った面子も居るよ。キエモン」
「……そうであるな」
皆から励ましの声を頂く。
なれば拙者、エスパシオ殿らを信じて少し休み、明確な隙が生まれたら仕掛けるとするか。
ただ何もせぬのではなく、傷口にはエスパシオ殿とミル殿の回復術が掛けられている。要するに安静にしていれば今よりも動けるようになろうという事よ。
「仲間の為に周りが命を削る戦いに参戦する。いいね。good。そう言うのは嫌いじゃない。なら全うに敵として蹂躙するとしよう」
「最強の騎士団長を前にそんな事は出来ないよ」
イアン殿が遠距離から闇を撃ち出し、エスパシオ殿が展開させた水にて防ぐ。
水など直ぐに貫通されてしまうだろうが、エスパシオ殿の場合は空間を歪める事で闇の軌道を逸らしている。それにより、水を抜けた闇は誰もおらぬ方向を貫いた。
「成る程。考えたな」
「余所見している場合?」
「そして死角から攻めてくるか……!」
ミル殿から風魔法が放出され、イアン殿の体が吹き飛ばされた。
然し相手は闇を潜って壁などへの激突を避け、また距離を置いて闇の穴を生み出す。
「“闇止蓋槍”。その穴は通行止めだ」
「魔族の使用人。やるね」
その穴へアルマ殿が槍を突き立て、通り道を無くす。行き場の無くなった闇は周囲に霧散した。
イアン殿はまた距離を置くように移動し、全体を見渡せる位置へ行く。
「何れも上澄みだ。凄い強敵。strong。……けど、俺も負けてない。“闇円衝波”!」
「「「…………!」」」
闇を周囲へ発散し、この会場を吹き飛ばした。
机や椅子。料理類に電灯。ヴェネレ殿へのプレゼント。会場にあるありとあらゆる物が吹き飛び、辺りには粉塵が舞い上がる。
ヴェネレ殿の生誕祭を滅茶苦茶にした事は許せぬが、既に避難させているが為に民間人へ被害が及ばなかったのは不幸中の幸いか。
この場に居た者達もエスパシオ殿の水防壁にて傷は負わずに済んだ。咄嗟に守護壁を張るとは大したものよ。
「悪いね。誕生日会をこんな風にしてしまった。出来れば会場はなるべく傷付けたくなかったんだが、君達が強すぎたんだ」
「謝罪するなら、始めから襲撃とかしなきゃ良かったんじゃないかな。イアン君」
「NO。ダメだ。うちから主力は居なくなるわ姫様も居なくなるわで割とヤバい状況なんでな。今の衝撃波でNo.3とNo.9の居場所は掴んだけど、姫様の姿が見当たらない」
遂に気付かれてしまったか。端から時間の問題だったとはいえ、やはり隠し通すのは難しいの。
拙者も数秒間安静にし、少しは楽になった。そろそろ参戦せねばなるまい。
打刀を持って動こうとした刹那、外から目映い光が差し込んだ。
「……!」
イアン殿を除いた会場の皆はその方を見やり、吹き飛んだバルコニーから一人の女性が現れる。
「まだ終わってなかったのか。No.1が聞いて呆れる。No.1の座を返上して欲しいな」
「……No.2。仕方無いだろう。こちらの主力は君が戦った人達とはLEVELが違うんだ。そう言う君こそ随分と遅かった。SLOW」
「こっちの苦労も知らないで……と、ゴホン。此方の苦労も知らぬのによく言う。炎魔法を扱う女にあのエルフ族。無限回復のヤバい方。難敵揃いだったのだよ。変異種はほぼ全滅だ」
……今此奴は何と申した。いや、聞き逃さなかった。現実逃避はやめるとしよう。
フォティア殿にエルミス殿ら、フロル殿にレーナ殿などの主力がやられたのか。そも、星の国から主力は二人が来ていたと。
そんな思考は束の間、現れた者は拙者らの方を見やる。
「まあ、それなりに追い込んではいるな。キエモンに重症を負わせたのはナイスだ」
「ああ。遊びは終わりだ。決着を付けるとしようか」
星の国の主戦力二人が向き直り、臨戦態勢に入る。
拙者らも態勢は崩さず、敵の出方を窺う。
拙者らと二人の刺客による立ち合い。それは佳境へと差し掛かった。




