其の佰玖拾肆 刺客
──要請されてから、騎士達と戦力になりうる者達の行動は迅速だった。
フォティア殿を筆頭とした大半の騎士達がそこへ向かって飛び立つ。己の足で行く拙者もこの場の安全が確認された後、直ぐに向かうとしよう。
「ヴェネレ殿。皆の者。主らはこの場で待機してくれ。残っている騎士も居る故、おそらく此処の方が外よりも安全だ」
「うん。キエモンはどうする?」
「拙者も直ぐに向かう。フォティア殿らが居てくれるので問題はないと思うが、厄介なのは変わらぬからな」
「分かった。気を付けてね」
「ウム」
この場に残った者はヴェネレ殿、セレーネ殿を始めとし、ミル殿にエスパシオ殿。サン殿とアルマ殿、魔族の使用人。外には行けぬザン殿とサモン殿。
護るべき国民や客人も皆が残っておる。
そして向かった者はフォティア殿を筆頭にエルミス殿ら三人。フロル殿にレーナ殿。そしてサベル殿。及び大半の騎士達。
騎士団長を二手に分けているので戦力で言えば両方申し分無いが、仮に主力相応も居れば外側が少々手薄とも言える。
故に拙者もそこへ行く為、要請を出した騎士の横を通る…………む?
「……主、見ない顔だな。新入りか?」
「え? 何を言っているんですかキエモンさん。ほら、僕ですよ僕。困っちゃうな~アハハ……」
「いや、主は知らぬぞ。苦楽を共にする仲間の顔と名は忘れぬからな。そも、どうでもいいと思っている者や覚える必要の無い存在以外、今まで会った者達は皆覚えておる。拙者が斬った者までの。まあ、一瞬は抜け落ちる事もあるが、何度記憶を探っても主の存在は無い」
「…………」
見ない顔の騎士が要請に来たと思ったが、纏っている衣服は“シャラン・トリュ・ウェーテ”の物。
此れ即ち火の国や森の国からの兵士ではない。にも関わらず拙者が見た事無いなど有り得ぬだろう。
キナ臭くなってきたの。
「主、何者だ?」
「えーとですね……──どうもこんにちは。星の国“スター・セイズ・ルーン”のNo.1です。名前を言うなら、“イアン”」
「……ッ!」
「キエモン!?」
名乗る最中、拙者の背後から何かが突き刺さり、右肺を貫いた。
口と胸から血が流れ、一気に呼吸が苦しくなる。片肺は駄目か。無事な方の肺で息を整え、この者から一歩距離を置く。
危ないの。心臓を狙っていた。会話で気を逸らしてその途中に仕掛けてくるとはの。直前で反応して即死は免れたが……。
「解せんな。常に警戒はしていたが、敵意も気配も所作も何もない攻撃をしてくるとは」
「解せんのはこちらのセリフだよ。アマガミ=キエモン。何で普通なら致命傷になるような傷で話をしているんだ。そもそもそれをギリギリで避けるなんて並みの反射じゃない。本当に人間か?」
「それについては拙者にも分からぬが、主は敵のようだの」
やや力は入らぬが鞘に手を掛け、周りも戦える者達は臨戦態勢に入る。
ザン殿とサモン殿は拙者が警戒した刹那に身を隠した。何となく察したのだろう。それは良き判断。
今この場で戦えるは拙者とエスパシオ殿、アルマ殿くらいか。
星の国の難波ワンことイアン殿は拙者の言葉へ返答する。
「ああ、敵だよ。不意討ち耐性MAXの君に勝つには気配を完全に絶って仕掛けるべきと思ったけど、目立てが甘かったみたいだ。So Sweet」
「そーすいーと? 何を申されているのか分からぬが、敵なら斬るまで……!」
刀を抜き、刹那の刻にイアン殿との距離を詰め寄る。
奴は魔力を展開し、また気配も何もなく細いモノを体へと突き刺した。が、今度は見切って避ける。
「へえ、気配を出さないこの攻撃を2度は食らわないか。まあ、背後から狙うとかじゃない限り多少のラグはあるからな」
「この感覚、星の国へ忍び込んだ時に何度か味わったの。あの移動術を編み出したのは主か。イアン殿」
「こんな俺にまで敬称で呼んでくれるのか。……質問に答えよう。YES。俺の魔法は特異でね。まあ次元魔導団は全員が特異だけど、その中でも随一。何でもかんでも飲み込んでしまうのさ。効果も気配も影響も。何もかもね」
それがイアン殿の魔法。全ての何かを消し去るもの。
彼はそのまま言葉を綴った。
「その名を呼ぶなら……“闇魔法”。とでも言っておこうかな? DARK」
「闇魔法……」
「聞いた事無い魔法だが、様々な事が出来るようだの」
イアン殿の扱うは闇魔法。
鋭利な魔力へと変換させて拙者に突き刺したり、先程の騎士へ化けていた力も闇を纏う事で行っていた。
見た力は少ないが多様性はそれだけである程度理解出来申す。
「闇魔法じゃと? 妾には聞き覚えがあるの。どこで聞いたか……」
「「「…………!」」」
そこでサン殿が何やら知っているような事を呟く。
この場は拙者とイアン殿の会話だけで成り立っているのでその声が皆に聞こえ、イアン殿は口を開いた。
「成る程。それはそうだと思うよ。だって闇魔法は元々、君達ま」
「すまぬが、それより先は機密事項だ」
「そうか。仕方無いね」
どうやら魔族に関連する魔法のようだの。
然れどそれを周りの者達に知られる訳にはいかず、刀にて斬り掛かりイアン殿は闇の刃にて受け止めた。
貫かれた箇所も痛みが増してきたの。何とか呼吸は出来ているが、少しでも気を抜くと意識を失いそうだ。
会話をして体を休めようと思うて実行に移したが、話す度に息が漏れるのであまり意味なかったの。
「キエモン君にばかり苦労掛けるのは最強の騎士団長として見過ごせないな」
「最強。YOUが? そうは見えないけどね」
「人は見掛けに寄らないのがこの世界の法則さ。イアン君」
丁度良くエスパシオ殿が水の防壁にてイアン殿を囲み、拙者の傷口に杖を当てる。
「エルミスちゃん程の回復力は無いけど、そのままだと君が死んでしまうからね。応急処置だけはしておくよ」
「助かる。エスパシオ殿。大分良くなった」
「流石にそれは無いでしょ。キエモン君」
その甲斐あり、拙者の傷から痛みが引くのを感じる。
これで少しは戦いやすくなるの。激痛自体はあるが、この程度なら耐え忍ぶ事も可能よ。
イアン殿は先程のエスパシオ殿の言葉へ返す。
「世界の法則と言うのなら、少し強そうな人が戦線に名乗り出た場合、高確率で敗れるという事が鉄則なのが分からないかな?」
「真の強者はその様な絵物語や書物の鉄則を破ってこそさ」
闇と水がぶつかり合い、辺りを魔力の渦が埋め尽くす。
ちょっとした魔力の放出によって起こる現象がこれとはの。お互いに紛う事無き強者のようだ。
その魔力によって受ける影響は拙者が斬り伏せ、ヴェネレ殿や人々へ被害が及ばぬよう護り抜く。本元を討った方が早いか。
「……」
「……! 出たね。俺の闇魔法に効果が類似している斬撃……!」
ほう? 拙者の斬撃は闇魔法に近しいのか。
魔力の放出などではないので斬撃に色は無く、光か闇かなど存ぜぬのだが近い効果があると。
それは気掛かりだの。拙者の力の根源が改めて分かるかもしれぬ。果たして拙者が彼の悪魔なのか鬼神なのか。何れにしても悪の存在ではあろう。
「キエモン君の斬撃が闇魔法か。訂正を加えるなら、君の闇魔法よりキエモン君の方が洗練されているよ」
「それはこの戦いで分かる。understand」
定期的に滑らか且つよく分からぬ言葉を発するの。
ともあれこの戦闘の決着後、どちらの腕が立つのかは誠に分かりそうだ。然しこれは一対一の立ち合いでは御座らん。数の差では此方が多い。
そして戦力になりうるミル殿とアルマ殿だが、彼女らは各々の主君を護っている。元より拙者とエスパシオ殿がおれば過剰戦力も良いところ。彼が相手でも問題無かろう。……尤も、魔法や魔術という括りであればサン殿が最上なのだがの。
「詠唱を言う暇はないな。“空間掌握・降”!」
「……!」
エスパシオ殿は杖を振るい、空間を下降させるようイアン殿へ突き落とした。
経は読めぬと言っていたの。経を読めれば別空間へと移転させ、拙者とエスパシオ殿が伸び伸び戦えたが、その隙が無いので城の一部を巻き込むのは致し方無きモノとなっているようだ。
拙者も範囲を巻き込む鬼神はそう大きく使えぬしの。
「重力……いや、空間か。君も次元魔導団に勧誘しても良いかもね。不思議な力を使って強いのは大歓迎さ」
「断る。我の居場所はここだからね。ヴェネレ様に2度も敵対する訳にはいかないよ」
「よくぞ言った。エスパシオ殿」
闇を展開して押し潰す空間から抜け出し、そこ目掛けて拙者が斬り掛かった。
イアン殿は別方向に闇を生み出し、その中へ消え去るように入り込む。
「闇から闇への移動は可能か」
「じゃあ、我らは背中合わせになった方が良いね。キエモン君。気配も何もなくやって来るんだから」
「そうよの。それが得策だ」
姿はまだ現さぬ。不意を確実に突ける奴の攻撃。拙者とエスパシオ殿は背を合わせ、周りへ警戒を高めて目を凝らす。
「きゃあ!?」
「「……!」」
すると、聞こえたのはヴェネレ殿の方角。
しくじったか。奴の狙いは拙者とエスパシオ殿であるが、ヴェネレ殿でもあった。
惟れば合点はいく。星の国はヴェネレ殿とセレーネ殿の情報を欲していたからの。この場で狙われる可能性があるのは拙者とヴェネレ殿、セレーネ殿にサン殿。そして身を隠しているザン殿にサモン殿と、多くある。
「離しなさい!」
「おっと、幼い使用人なのに凄い魔法だ」
だがそこにはミル殿がおる。
ヴェネレ殿が反応を示せば経を必要としない魔法で即座に対抗出来よう。
既に拙者もそこへ着いた。闇を切り裂き、ヴェネレ殿の体を抱える。
「すまぬ。ヴェネレ殿。奴の狙いを見謝っていた」
「え? い、いいよキエモン。あ、そうだ。ありがとう! ミルちゃんとキエモン!」
攫われ掛けたと言うのに礼を申すか。なんとも器の大きなお方。
然しこうなっては益々この場を離れるしか無いが……いや、
「ヴェネレ殿。セレーネ殿。サン殿。拙者とエスパシオ殿の近くへ来てくれ。星の国の狙いは前と変わらなかろう。主らが離れていては思う壺だ」
「む? 分かったのじゃー!」
「うん……鬼右衛門の近く……」
「私はもう腕の中に居るよ……キエモンの腕の……~~っ」
「他の者達は安全な場所へ避難を! 此処は戦場になる!」
「「「は、はい!」」」
此処は敢えて彼女らを側へ寄せる。そうする事で狙いが纏まり、此方としても反撃しやすくなるからに候。
加え、狙いではない人々は会場の外へと逃がす。それによって巻き込む事も無くなろう。
ザン殿とサモン殿への言及が無いのを見るに、この国に居るのは分かっているだろうがまだ見つかってはいない。早急にこの場は静めたき所存。
「君もさっさと出てきなよ。闇の中からね。“空間掌握・引”」
「……! 厄介だね。空間魔法」
纏まりはしても、隠れられるのは面倒。故にエスパシオ殿が読んで字の如く引き摺り出し、イアン殿は拙者らから距離を置いた場所にて留まった。
新たな闇も放出しており、死角は無くしておるの。
「やれやれ。不意討ちでキエモンの意識を奪えなかった以上、この目的を果たすのはかなり大変なんだよ。HARD MODE」
「此方としても戦える時間は僅かよ。本来なら死していたやも知れぬ一撃を受けてしまったからの」
「だからなぜそれで生きているんだ。what's?」
拙者の肺への傷は思ったよりかは深い。体を動かせば傷口が乾いて血が止まるかと思うたが、そんな事は御座らんな。逆により多く流れてしまう。
だが戦えるのであればこの身が朽ちるまで戦うのみ。全ては主君を護る為。
ヴェネレ殿の生誕祭。星の国からの刺客によって一時的に中断だの。此奴を倒すまでは。




