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其の佰玖拾参 パーティー会場

 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ、城内、準備室”。


 城下町から城へと戻った拙者は外出用の衣装とはまた別の物へと着替えていた。

 何でも正装で会場に赴くのが礼儀とか。

 実際のところ、拙者の故郷でも大事な場所では正装が推奨されていた。その辺りは世界その物が違くとも共通しているのだろう。


「サベル殿。拙者の着付けをしてくれるのは有り難いが、この様な服装ではいざという時即座に臨戦態勢へ入れぬぞ」


「仕方無えッスよ。キエモン。ヴェネレ様の誕生日なんだからな。けどま、確かに杖を振るうだけなら問題無い衣装だけど、キエモンの戦い方には不相応スね」


「そうに御座る。だが致し方無し。甘んじて受け入れるか」


 服装は、故郷の正装よりかはまだ動きやすさがある。不測の事態にも備えられた物であるとの事。

 違和感があるは袖が長い事とはかますそだの。そこから更に外套を重ねるのもまた動きにくさに繋がる。

 拙者の物は特注で脇に刀を差せるが、微細な動きが出来ぬのが難点。何とかなりそうではあるが少し大変ぞ。

 兎も角敵などが忍び込んで来ぬ事を祈り、ヴェネレ殿の宴会へ参列するとしよう。


「これで良し。ま、普段よりは動き辛いと思うスけど、なんとかなるだろうさ。キエモンの身のこなしならな。それに敵とか暗殺者とか、魔力の検知システムがあるから余程よほどの魔法を使えない限り入る事も叶わないッスよ。全ての出入口もちゃんと審査しているからな!」


「それなら良いのだが、何やら胸騒ぎがするのだ。虫の知らせと言うべきか、杞憂に終わるから良いのだがな」


「なるほど。歴戦のキエモンが言うんなら信憑性は高いかもしんないけど、特に報告も無い。何か起こった雰囲気でもないんしょ?」


「まあの。あくまで胸騒ぎ。杞憂を祈るだけだ」


「そうッスね。早く会場へ行くとすっか」


 宛もない違和感を覚えつつ、拙者とサベル殿は宴会場へと向かう。

 何かあれば直ぐ様動く。それだけよ。



*****



 ──“城内、誕生日会場”。


 会場は大きな賑わいを見せていた。

 来ている者達はセレーネ殿やエルミス殿ら三人。加えて手の空いている騎士団長に、他の騎士やフロル殿にレーナ殿。ミル殿と子供達。その他にも親しき者達はほとんど来ていた。

 当然、ザン殿やサモン殿。サン殿ら魔族も居る。多様性のある人々が揃っておるの。

 戦力としても申し分無い。この場の安全性は保証されておるか。例え何かあっても容易たやすく対応出来よう。

 拙者は窓の側にてそれらを眺める。


「キエモンさん! キエモンさんは参加しないんですか?」

「楽しくやっておりますわよ!」

「行こーぜキエモンさん!」


 そこへエルミス殿ら三人がやって来た。

 一人で会場の様子を窺う拙者を気に掛けてくれたのだろう。

 そうよの。警戒だけしていても仕方無い。今はこの宴会を楽しむとするか。


「……ウム、交流は大事よの。案ずるな。しかと楽しんでおる。拙者も他の者達と交流を深めるとしようか」


「それが良いですよ! 行きましょう!」

「そう慌てるでない」


 彼女らに両手を引かれて背を押され、流されるがまま料理の並ぶ長机の前へとやって来た。

 昼間にも食べたチキン。チーズとハムを乗せた丸いパン。生地を焼いたパイと呼ばれる物。野菜と果実沢山の盛り付け皿。チキン以外の肉料理や魚料理も並べてあり、当然シチューなどの汁物類という比較的慣れ親しんだ物も置いてある。

 拙者と裏側の協力によって広めた米料理も出されており、いずれも美味で数も均等に減っていた。


「美味じゃ。あ、キエモンも食べるか!」

「サン殿も食欲旺盛で何よりだ」


「キエモン! “フォレス・サルトゥーヤ”でも人気の野菜は美味いのだ! 是非とも食べてくれ!」

「フロル殿。差し入れ感謝するぞ」


「キエモンっち盛り上がってるぅー!? 超楽しんじゃおう!」

「十分楽しんでおるよ。フォティア殿」


「鬼右衛門……あーん」

「セレーネ殿。別に一人で食えるのだが、折角だし頂いておくか」


「やあ、キエモン。ヴェネレ様とのデートはどうだった?」

「ああ、マルテ殿。楽しめたぞ」


 会場を歩いているだけで親しき者達が話し掛けてくれる。

 皆気を利かせてくれているのだの。有り難き事よ。


「……なんと言うかキエモンさんって……女性の知り合い多いですよね」

「私達も含めてなー」

「そう言う星の元に生まれたのではないでしょうか」


「エルミス殿、ペトラ殿、ブランカ殿。誘ってくれたのは主らだ。皆で楽しもうぞ」


「……。この下心の無い優しさが惹き付けるのかもしれませんね」

「私達も惹かれてしまっておりますものね」

「ハハ、だよなー」


 折角拙者を誘ってくれたお三方。離れて眺めているだけなのは悪い。

 これもまた祭典。皆で楽しんだ方が有意義に御座ろう。

 エルミス殿らも来、皆で食事や雑談を楽しむ。立食ぱーてーと言うらしく、椅子なども用意されているが基本的に立って楽しむモノのようだ。


「くっ……あんなに美人を引き連れるキエモンが羨ましい……」

「貴方も参加すればいいんじゃない? サベルさん」

「さんかしないのー?」「きしさーん?」

「ミルちゃんと子供達。ハハ、あの中に入るのは中々辛いんスよ」

「へんなのー!」「へんなきしー!」


 向こうでは参加した子供達とミル殿、童らがサベル殿と話していた。

 あの子達も参加出来て何より。サベル殿も苦笑にも見えるが笑っておるの。つまり楽しんでおるのだろう。


「ミルもこっちに来るんだぞー!」

「あ、サン。けど子供達が……」


「あ、いいッスよいいッスよ。何か懐かれてるみたいだし」

「わーい! きしの腕ブランコー!」「膝かっくん!」「デコピン!」「たけとんぼー!」

「何か見た事無い遊びしてるッスけど……キエモンが教えたものだなきっと」


 サン殿がミル殿を呼びに行き、子供達に囲まれるサベル殿は苦労しておる。

 男児に囲まれているのを見るに、ヤンチャ盛りの者に気に入られているのだろう。子供に好かれるは良い者の証よ。


「きしさーん! また新しい遊び教えてー!」「もっとスゴいササフネ教えてー!」

「フム、既に冬先。拙者の故郷では正月近くと考え、凧上げや福笑いなどを教えてやるか」


 拙者の元に来るのは女児。それも頷ける。

 男児は主に体を動かす遊びを気に入っており、一度教えた遊びでも自己流に変えてしているので長く遊べる。対する女児はあまり体を動かさぬ落ち着いた遊びを好むので新たな在り方を示さねばならぬのだ。

 然し、拙者は女子おなごではないので女子が如何様な遊びをするのか詳しく存ぜぬ。一応は正月遊びを教えようかと思うておるが、如何するべきか。拙者としては男児と体を動かす遊びの方が得意なのだがの。


「──会場に集まりの皆様。今日は我が王国の姫君、ヴェネレ様の誕生会へよくぞ御越しくださいました」


 盛り上がる会場に掛かる一つの声。壇上にはエスパシオ殿が上がって進行させていた。

 今日居る騎士団長はエスパシオ殿にフォティア殿。ファベル殿とリュゼ殿以外の面々。

 フォティア殿は偶々(たまたま)非番だったが、元よりエスパシオ殿は遠征へ赴く事は少なく、基本的に“シャラン・トリュ・ウェーテ”にて待機している。

 と言うのも、彼は自称最強の騎士団長だがその説得力足る力を有している。だからこそ遠征へあまり行かぬのだ。


 国に置いて、最も重要な存在は何か。国民が第一として、時点で王がそこに来る。

 将を取られては纏まるモノも纏まらなくなり、国がなし崩しに瓦解してしまうからだ。

 だからこそ最強級のエスパシオ殿が国の防衛に当たる事で、王であるヴェネレ殿の安全を確保出来るというのがあまり出ぬ理由である。

 何はともあれそんなエスパシオ殿の紹介の元、正装に着飾ったヴェネレ殿が姿を現した。


「皆様。今日は私の為にお集まり頂き、感謝致します」


 エスパシオ殿から代わるようヴェネレ殿の口上が始まる。

 そんな彼女の衣装は“すかぁと”と言われる拙者の故郷では馴染みない履き物。白を基調として赤い羽織りを纏った絢爛けんらんな衣服。“すかぁと”改め、足元まで届く長いスカートとその衣服が一体化しておるような作り。

 首には宝石からなる“ねっくれす”と言う装飾が掛けられ、その手には純白の手袋をしておる。

 普段のヴェネレ殿とは大きく違う格好。心無しか彼女もやや恥ずかしそうにしておるの。


「──という事。皆様には大変感謝しています」


 彼女の姿を見ているうちに口上が終わり、ヴェネレ殿は少し横に逸れて幕へ手を翳した。


「それでは長々と語ってしまいましたが、“シャラン・トリュ・ウェーテ”が誇る一流シェフの作ったケーキを皆様で楽しく頂きましょう!」


 その合図と共に金属の荷車……なんとかカートと言っておったの。それに乗った“けぇき”が運ばれ、主体となるよう中心に置かれた。

 巨躯のケーキ。これなら会場に居る者達には行き渡るの。

 無論の事ヴェネレ殿は国民達をおもんみており、各個菓子屋にて大きさを小さくした同じ味わいのケーキを売りに出している。

 金銭の少ない孤児院には無償で配布し、他の貧富層や一般層、貴族層にもそれぞれの利点を与えてあるとの事。それが何かは存ぜぬが、皆に行き渡るようにしたと言うのは本当なのだろう。


「それじゃ……キエモン。これでケーキを切り分けて!」

「む? 拙者に御座るか」


 名指しで呼ばれるは拙者。確かに刃物の扱いには慣れているが、如何したモノか。

 一先ずヴェネレ殿の頼みを断る訳にもいかず、ケーキ用の刃物を渡されて均等に切り分けた。


「おお、なんと言う刃捌き……!」

「流石はキエモンさんだ」

「刃に生クリームが付着していない!」

「一切の形を崩す事無く綺麗に分けたな……!」

「それどころか、切った時の余波で辺りに少量が散らばる事すらさせないとは……」


 拙者の刀……ならぬ包丁捌き。それを見た此処の者達は賛してくれている。

 有り難いの。それだけで皆を楽しませる事が出来たのなら上々だろう。当人もそうだが、折角の記念日は皆が楽しめてこそぞ。


「ありがとう。キエモン! それじゃケーキを食べながらプレゼントコーナーに行こっか!」


「「「おおおぉぉぉぉ!!!」」」


「ひゃう!? ビックリしたのじゃ……」

「スゴい声量……自分が貰える訳じゃないのに……」

「誠にの。然し、支持している主君へ自分の選んだ物を与えられるのは嬉しいのかもしれぬな」

「フッ、まあそんなところだろうな」


 サン殿が声に思し驚き、ミル殿が同意する。拙者がこうであると説明した後、マルテ殿に肯定して頂いた。

 やはりそうか。受け取る側は当然嬉しいが、渡す側も相手に喜んで貰えるのが嬉しいのだろう。それもこれもヴェネレ殿の人望が為せるものよ。


「それじゃあ順番に……そっちから!」

「「「花です! 受け取ってください!」」」

「ありがとー!」


 一人一人授けられてはキリもない。なので一角を区分し、似たようなプレゼントを一気に貰い受けるようだ。

 まずは手始めに花類が五、六割か。然しヴェネレ殿は屈託のない笑顔を浮かべておるの。


「それじゃドンドンやってこー!」

「「「おおおぉぉぉぉっ!!!」」」


 事は順調に運ぶ。

 人形、宝石、装飾品、化粧品、鏡、家具類、本、衣服、入れ物、その他にも様々な物が明け渡された。

 マルテ殿もヴェネレ殿の側へ行き、膝を着いて物を献上する。


「ヴェネレ様。18歳の誕生日、おめでとうございます。この年齢でかなりの疲労が募っていると思い、枕、ベッド、パジャマ、ぬいぐるみ、アロマ等々。疲れを癒す品々を用意致しました」


「ありがとう。マルテさん♪ 本っっっ当に疲れてるからかなり助かる♪」


 お気に召して下さった様子。王としての日々は誠に疲れるのだろうなという事が染々(しみじみ)伝わった。

 その後、セレーネ殿や騎士団長。フロル殿にレーナ殿やサン殿らにミル殿ら。他の親しき者達もヴェネレ殿に感謝の意を込めてプレゼントを渡した。

 だが、ただ物を渡すだけではない奇抜な者もチラホラおる。まさにエルミス殿らがそれ。奇抜と言うのはあくまで傍から見たらの話だがの。

 その他にも演芸や見せ物をプレゼントにしていた者らがおった。今はエルミス殿らの番。


「ヴェネレ様! 私達からはショーを御見せ致します!」

「会場の皆様もお楽しみくださいませ!」

「そんじゃ行っくよー!」


 三人は杖を振るい、水を流してそれを固め、氷の舞台を作り出す。

 魔法を使うので、専用の場を用意する事によって周りへ迷惑が掛からぬように配慮しているのだろう。

 舞台も完成し、三人は改めて杖を──


「──ほ、報告ーッ! たった今、国の門に“変異種”が大量発生! 至急騎士及び戦えそうな人は増援願います!」


「「「…………!?」」」

「そんな……!?」


 始まる直前、見張りをしていた騎士の者が慌てたように駆け込み、戦力の救援を願う。

 変異種とな。防衛は完璧と言っていたが、一匹一匹が驚異的な力を誇る変異種なれば防衛網など容易く突破されてしまうかもしれぬ。


「せっかくの誕生日と言うのに……!」

「仕方無い。星の国は定期的に仕掛けてくるからな……!」

「直接戦うつもりはないのにちょっかいばかり出して……!」

「本当に迷惑だぜッ!」


 それを聞いた者達は即座にほうきへと乗り込み、バルコニーから門の方へ向かい行く。

 拙者も行くべきだが、先ずはヴェネレ殿や人々の安全確認を優先すべきだろう。

 折角のヴェネレ殿の誕生宴会。面倒な存在がやって来たの。

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