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其の佰玖拾弐 新たな来人

 教会から離れた拙者とヴェネレ殿は再び町の散策を行う。

 れど特筆した目的は無く、喧騒と光を横目に颯爽と歩む。


「曇ってきたが、却って光が見易くなっておるの」

「そうだね! 雪降るかな~。せっかくだからホワイトバースデーが良いかも!」


 雲の数が増え、青天井は曇天の空模様と成り果てる。

 然し冬の曇り空は雪へ繋がる事があり、それもまた風情に御座ろう。

 この世界で馬での移動はほぼなく、基本がほうきなので雪による弊害は少ないのもまた良き事よ。


「うぅ……けど寒さも増してきたね……まだまだお昼だから気温はそんなに下がらないのに……」


「曇っておるからの。丁度良い頃合い。何か温まる物でも食そうか」


「賛成ー……」


 ブルブルと震え、両腕を擦るヴェネレ殿。

 拙者はさっと外套がいとうを被せ、一先ず昼食の提案をして食べ物のある屋台を見て回る。


「あ、と言うかキエモンのコート……。キエモンは寒くないの?」

「構わぬよ。冷えはするが、ヴェネレ殿はやや薄着だからの。秋服から冬服へ変えるべきかもしれぬな」

「ハハハ……そうだね。ありがとう。厚着は動きにくいからまだ比較的軽い秋服で来ちゃった。一応中はフワフワで暖かい素材なんだけどね」

「普段は着飾らぬのと言うに今回は洒落シャレた様相だものな」

「え? あ、これはあれだよ……ほら、誕生日だから! そう誕生日だからちゃんとオシャレしなきゃね!」

「……? 何を慌てておるのか。だがよく似合うているぞ」

「ほ、本当!? ふふ、良かったぁ!」


 服装を褒められて表情がほころぶヴェネレ殿。

 やはり拙者と共に居る時は着飾っておる気がするの。思い過ごしに御座ろうか。

 ともあれ雲行きが怪しくなってきた寒空の下を行く。季節もあり、暖かい屋台は色々とある。


「店主。これはなんの汁物ぞ?」

「それはゴブリンの骨を煮詰めて出汁ダシを取った、謂わばゴブリンスープだよ! キエモンさんにヴェネレ様!」

「ゴブリン……確かにあれは豚や猪のような見た目をしておるが、食えたのか……」

「聞いた事はあるけど、長年住んでるこの国でも初めて見たかも……ゲテモノの類いかな」


 ゴブリン。あの二足歩行で動く猪のもの。それの骨から出汁が取れたとな。

 ううむ、少々躊躇いも生まれるの。ヴェネレ殿もその様な雰囲気を出しておられる。

 そんな拙者らの様子を見、店主は笑って話す。


「食べられない事はないんだ。ちゃんと処理とかすればね。ゴブリン調理師の免許もあるから味も衛生面も保証出来るよー!」


「成る程。物は試しと申す。ヴェネレ殿。いってみるか?」

「うん……い、一緒にいこ? いく時は言ってね。覚悟を決めるから」

「では行くぞ」

「うん……!」


 拙者の合図と共に自分等はゴブリンスープを一口含んだ。

 拙者はお猪口で酒を呑むかのような一口。ヴェネレ殿は恐る恐る少量。汁が舌の上を流れ、その味が刺激する。


「ほう、これは中々うまいではないか」

「ほ、本当だ。予想と全然違う。ほんのりと甘味がある塩味なんだね」


 味はヴェネレ殿の申された通り。種族が種族だからか、やはり豚汁や猪汁に近しい味わい。

 然しよく動く種族だからか油っぽさは無く、さっぱりしている。肉はやや硬いが、その硬さがまた癖になるの。


「良き味わいぞ。いい仕事をしているな。店主」

「ハッハッ! お2人様に喜んで貰えて何よりだよ! 仕事冥利に尽きるってもんだ!」


 豪快に笑ってじゃんじゃん汁物を注ぐ。流石にそれはと止めたが、美味い屋台に御座った。

 一通り頂き、拙者とヴェネレ殿はゴブリン屋台を後にした。


「“森の国の新鮮採れ立て野菜スープ”! お一ついかがかな!?」

「“火の国のファイアバード焼き”だよー! 熱と辛さで寒い季節にピッタリだ!」

「どうだい“海のブルーソーダ”は! 喉越し爽やか! 冬でも美味い!」


「おお、初めて食す物が多いが、いずれも美味いの」

「うん! 今まではこんなお店出てなかったけど、“フォーザ・ベアド・ブーク”や“フォレス・サルトゥーヤ”、“海の島”から出張して来てくれてるんだ」


 “シャラン・トリュ・ウェーテ”のみならず、火の国や森の国、海の島と言った同盟国の者達もヴェネレ殿の誕生日を祝って下さっている。

 故に珍しき食物が色々とあるのだろう。

 貴重な体験且ついずれも美味。至れり尽くせりだの。


「お! キエモンにヴェネレ様なのだ!」

「やっほー! 人間の男!」

「む? おお、フロル殿に…………レーナ殿か」

「来てくれたんだ!」


 屋台を楽しみながら歩いていると、エルフ族のフロル殿。そしてダークエルフの長にして一度は敵対したレーナ殿が観光していた。

 彼女らもヴェネレ殿の生誕祭へ来てくれたようだの。


「ちょっとちょっとー! 私の事一瞬忘れてたでしょ人間の男ー?」

「主とはほとんど会っておらなんだからの。そも、対面した記憶ですら主は操られていたからほぼ無かろう」

「まあね。暗示から目覚めた直後は混乱して半分は流れで戦ってたけど、貴方が助けてくれたって仲間達に聞いたんだ」


 レーナ殿。彼女は彼の邪悪、サクによって操られ、魔神(サク自身)の復活を促されていた。

 よって素の姿では拙者との面識がほぼ無いのだが、一時的に共闘したのもあって多少は親しく話してくれるようだ。

 敵対していたフロル殿とも仲良くやれているようなので拙者がどうこう言う事も無かろう。


「だから改めてダークエルフの長としてケジメは付けなきゃ。この間はありがとう。人間の男」

「礼は受け取っておこう。それと拙者の名は天神鬼右衛門だ」

「そう、よろしく! アマガミ!」

「そちら側で呼ばれるのは珍しいの」


 長足るもの、通すべき筋は通さねばならない。それを兼ねての同行に御座ったか。

 ダークエルフはエルフに比べて穏やかな種族ではないらしいが、だからこそ筋は通しているようだの。


「けど2人とも、ちゃんと耳は隠してるんだね。レーナさんはスゴい薄着だけど……」


「当然なのだ。こんなに人が多いと目立つからな!」

「クロノスにそう言われたんだ。そして人間の女。これはお洒落。寒いからこそ肌を出し、身を引き締めないとね!」


「クロノス……フロルさんの事だね。それと私はシュトラール=ヴェネレ。肌を出して身を引き締めるにも限度があると思うけど……」


 フロル殿とレーナ殿。二人はエルフとダークエルフゆえ、特徴的な耳があると目立ってしまうので隠しているとの事。

 れどヴェネレ殿の言うように、レーナ殿の格好は冬にしては寒くしか見えぬ。

 胸元は大胆に露見ており、乳房も乳頭が見えなければ問題無いと言った雰囲気。袴もほぼ下着と同義であり、何なら下着よりも小さく本当に履いているのかすら危うい状態。へそや肩も当然のように出している姿態。

 恥女と思われてもおかしくない格好であり、逆に目立ってしまっておるの。


「お、おいあれ……」

「マジかよ……」

「冬だぞ……!?」

「エロくね?」

「いや、そうだけど……」

「褐色巨乳美女……」

「ヤベー……」

「キエモンさんとヴェネレ様の知り合いか?」

「親しげには話しているな……」


 町中を歩む男達の目の保養にはなっておるかもしれぬな。

 周りの様子を見、ヴェネレ殿は慌ててレーナ殿の背を押して裏路地へと引き離す。


「どうしたの? シュトラール」

「いいから来て!」


「目立っているのだ」

「まあそうだろうの」

「「……うむ(ん)」」


 その二人を横に拙者とフロル殿も顔を見合せて会話の後に頷き、後を追うように続く。

 人気ひとけの無い場所に着き、ヴェネレ殿は白い一息を吐く。


「一体何が目的なの。シュトラール。こんな所に連れてきて。薄暗い雰囲気は嫌いじゃないけど、祭典は外で楽しみたいぞ」

「はあ……それならまずせめてコートか何か着て……ダークエルフのオシャレは人間のオシャレと違うの……」

「むぅ、面倒臭いなぁ。服を着るまでの過程が面倒だから嫌なんだ」

「ダークエルフに羞恥心は無いの……?」

「あるに決まっているだろう。けど、別に見せて何かあるって訳でもない。仮に襲われても迎撃出来るし、本当に恥ずかしいのはまだ経験無いが初夜に──」

「わー! わー! 分かった! 分かったから! 取り敢えずここは人間のルールに従って!?」

「わ、分かったよ」


 ヴェネレ殿の勢いに圧されて外套を着る。

 ちなみにあの外套は拙者がヴェネレ殿に渡したのではなく、近場の呉服屋にて購入した物。何処までも親切な女子おなごよの。

 レーナ殿は羽織った外套を触り、疑問気に言う。


「しかしこのコート。暖かいけど素肌に直接着用するのは何か変な気分になるよ」

「アハハ……人前でそれを広げたりしないでよ」

「誰がそんな事……うん」

「完全否定してよ……」


 彼女らの性格もあり、早くも仲が良くなりつつある様子。

 交友が広がるのは良き事。人間の王女とダークエルフの長。あらゆる方面にて頼もしくなろう。


「それじゃ、人間の国ではあまり肌を晒さないでね。耳は当然としてね」


「動きにくいな。戦闘になったりしたら別に服を脱いでしまっても構わないのだろう?」


「凛とした声で脱衣宣言しないで……まあやむを得ない場合は仕方無いけどさ」


 何となく慣れぬようだが、郷に入っては郷に従えを全うしてくれるらしくこの国ではしかと着用するらしい。

 彼女らは夜の宴会にも来るので此処で別れ、拙者らがまた一通り町を見て過ごすうちに日も傾き始めた。


「あー、楽しかった! ゆっくり休めたよ!」

「果たして誠に休めていたのか疑問だが、此処からがある種の本番。城へと戻り、宴会としようぞ」

「うん! 今日は一日ありがと! キエモン!」

「此方こそ。楽しめたぞ。ヴェネレ殿」


 互いに顔を見合せて微笑み、拙者らは曇天の空から微かに覗く夕日の照らす帰り道を戻るのであった。



*****



 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ、某所”。


「スゴいなー。流石は一国のお姫様の大規模誕生日パーティー。wonderful。よくよく見れば重役の人や他国の人種が沢山居る。ワールドワイドな誕生日会だ」


「あくまで隣国にある同盟国くらいだろう。オリ様やNo.3、No.9の調査が主体と言う事を忘れるなよ」


「ああ、分かっているよ。だからこんなに高い木の上から下の様子を眺めているんだろう。ったく、帝王も娘を溺愛するなら監禁紛いの事をしなければ良いのに」


「大事だからこそだ。まあ、それがオリ様にとって重荷になったのは間違い無さそうだけどな」


「にしてもわざわざ俺達を寄越すかね」


「アマガミ=キエモンの実力を考えれば私達が送られるのは合理的。私達の力が何も知られていないからこそ不意を突けると言うものだ。──No.1」


「OKOK。それじゃ、一番人が集まる時にヴェネレ姫を誘拐してキエモンを討つか。No.2も気を付けておくんだよ」


「抜かせ」


 ──人々の知らぬ所にて、また陰謀が動こうとしていた。


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