其の佰玖拾 森の珍道中
『ギャア!』
『キョオ!』
『テッギャキョオ!』
「……珍妙な鳴き声の鳥だの。烏のようにも時鳥のようにも聞こえる」
「“カラトギス”。その名の意味は分からぬが、おそらくキエモンの言った鳥類の近縁種だろう。基本的に3羽で行動しており、連携の取れた攻撃を仕掛けてくる魔物だ」
名をカラトギス。三位一体の物の怪であり、連携が得意らしい。
見れば顔立ちもそれぞれ違っておるの。一羽は鋭い顔付きであり、もう一羽は曲者のように不敵な表情。残りの一羽は穏やかそうな面持ちに御座った。
『『『カケカキャア!』』』
「……」
眺めていると飛び立ち、拙者ら目掛けて迫り来る。
顔付きはバラバラだが敵意は一緒のようだ。即座に跳び、三羽烏ならぬ三羽カラトギスを打ち倒した。
「手強い物の怪も増えてきたの」
「そうか? 私が出る幕もなくキエモンが先に仕留めてしまうから実感が湧かないぞ」
「先程の蛙と蛇と蛞蝓。あの三羽なれば一瞬にして打ち仕留めていた事に御座ろう」
「成る程……いや待てよ。キエモンも一撃で倒していなかったか?」
「フッ、拙者はまた別枠よ。やろうと思えば主にも可能であろう。マルテ殿」
「フム、確かにそうだな。あの軟体生物はやりたくないが」
三竦み組に比べて三羽カラトギスは手強き相手。だからこそ迅速に倒しただけであり、様子見などをしていたら疲労が募ってしまっていた事だろう。
『…………!』
「“フォレストワーム”だ。毒があって危険だぞ!」
「目の無い蛇かの」
『…………』
「“ウォーキングマッシュルーム”……! 毒粉塵の胞子を撒き散らす動くキノコだ!」
「茸ですら動くのか」
その後も現れる獣や妖を一通り倒し、倒す必要が無いものからは逃走し、奥地。その生き物の前までやって来た。
『………』
「これは香りの番人とでも言うべきかの」
「番“人”かは疑問に思うところだが、まあ匂いが気に入っていて譲ろうという雰囲気は無いな」
心地好い香りが鼻腔を擽る最奥に到達した拙者とマルテ殿の前に立つは大きな鰻に御座った。
陸地、森に鰻が居るのはおかしかろう。それは普通蛇ではないかと思うが、色合いやヒレなど特徴からしても鰻としか言い様が無かった。
「なんぞあれは。鰻か?」
「“エレメンタリーイール”。魔物では珍しく、四大元素を扱う陸魚類だ」
「陸魚類……そんな種族が居るのだな」
「数は少ないがな。一説では太古からその姿が変わらないモノが多いらしい。化石なども見つかっている」
「それは貴重な生物よ。打ち倒すのは悪いの」
「意識を奪うだけで良い。それで匂いの果実をいくつか拝借するだけ。なんなら木の実だけ採って逃げるのもアリだ」
「成る程。やり易い相手よ」
必ずしも殺めるのが勝利ではない。特に拙者ら騎士は治安や生態系などを維持せねばならぬからな。
妖や物の怪にとっては傍迷惑な話だが、これもまた世界に組み込まれた自然の摂理に御座ろう……と、高尚な事を考えても駄目だの。拙者はそんなに偉大な人物ではない。それはお釈迦様や閻魔様に決めて貰おうぞ。
『…………』
「魚だけあって静かよの」
「前触れが無いから攻撃が避けにくくもあるな」
ノソリと動き、蛇のように這って拙者とマルテ殿へ迫る。
初動はゆっくりだがそこから加速し、一瞬にして拙者らの背後へと回り込んだ。
湿り気のある体を巧みに利用して滑り込む、不意を突かれる動き。何よりしかと考えて狙っておるのが曲者だ。
パクパクと口を動かし、エレメンタリーイール。もとい元素鰻は暴風を吐き出した。
「こう言う事か。この風が他に水や火、土となりうるのだな」
「ああ。本当に生きた化石なら進化する必要が無い程の魔力を有しているという事だ。手強いぞ」
「その様だ」
拙者らは跳び退くように風を避け、それによって大地が抉れて木々が舞い上がる。
明らかに初級並みではないの。中級魔法相当の威力が秘められておる。
『…………』
「己の体が触れていれば元素の射出が可能か」
「そうみたいだな。ここまで精巧な魔力操作は大したものだ」
ヒレを打ち、鋭利な突き出たそれを躱す。
風と来て次は土。行動もその場で最も効果的なモノを選んでおる。かなり知能の高い鰻のようだ。
土の針を避けた拙者は木の枝に掴まり、マルテ殿は箒にて空から窺う。
『…………』
「次は火か……!」
「高所に居る拙者らへ上昇する火とは。誠に頭が回るな」
風を跳び退き、そこから土を突き出す。上へ逃げたのを見計らって火。
下手な魔法使いより考えて行動しておる。陽動も攻撃も己がその身一つで全てを遂行せしめるか。
『…………』
「……っ。また風……魚類の近縁種ならもっと水を使ってくればいいものを……!」
「この出力。風も水も大差無かろう」
「それはそうだが……!」
火から逃れるよう再び地に降り立った拙者らだが、そこに向けて放出された風が火を煽って更に燃え上がった。
根こそぎ持っていかれた木々も竜巻に乗って迫り、火炎混じりの竜巻が拙者らを狙う。
「人間みたいな合わせ技まで……!」
「これでは木の実も燃えてしまうの」
「なにっ!? それは避けなくては!」
炎の竜巻。この森にそれは不相応。なんせ森だからの。存外木々は燃えにくいが、これ程の質量なれば容易く焼けよう。
故に拙者は刀を手に取り、その竜巻を両断して斬り伏せた。
「マルテ殿。残り火を頼む」
「ああ! 詠唱略、“サンドサンド”!」
杖を振るって土を操り、その土にて火の粉を挟み消す。
拙者は踏み込んで駆け出し、元素鰻はガパッと口を開けて細く鋭く速い水を撃ち出した。
「成る程。かなりの威力ぞ」
無論の事その水は避けるが、チラリと横を見れば水の通った先が綺麗に抜かれている。
あれは鉄をも貫く水圧。生身に受ければ一堪りも無かろう。
『…………』
「……」
そこから連続して水鉄砲が撃たれ、その全てを最小限の動きにて躱す。
拙者に当たらぬと判断したのか元素鰻は全身を帯電させ、霆の膜にて覆い尽くした。
先程の蛞蝓を彷彿とさせるが、既にそれへの対処は完了しておる。
「打ち当て……」
『……!』
「御免」
鞘で脳天を打ち、グラついた元素鰻は力無く倒れた。
鞘に纏わせて頂いた魔力はまだ残っておる。丁度今切れたがの。何にせよこれにて勝利は掴んだ。
「ではマルテ殿。鰻が起きる前に頂いて帰るとしようか」
「ああ。生態系に影響が出ない分だけ……と言っても実がこんなにあって番人……番鰻? が居たらそう簡単には減らないか」
「そうだろうの。然し取り過ぎが良くないのは同意。そうするとしよう」
「ふふ、自然も大切にしなければな」
匂いの元となる果実を複数個貰い受けてその場を立ち去る。
此処に来るまでも様々な生物がおり、此処には近隣のヌシ足り得る元素鰻もおる。木の実も比較的安全だろう。
行きはよいよい帰りは怖い。その言葉通り帰り道も目覚めた妖や物の怪がおり、またすり抜けるよう駆け抜けた。
*****
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
「すっかり日も暮れてしまったな。今日は本当に助かったよ。ありがとう、キエモン」
「此方こそ。楽しき一日に御座った。そして主の魔力あっての勝利。二つの事へ感謝する。マルテ殿」
「ふふ、ああ。感謝と感謝の交換だ!」
日が傾き、空が赤く染まる夕刻。町へ戻った拙者とマルテ殿はギルドへと寄って納品し、手に入れた材料を店の者達へ預けた。
店主の者達は、
「ありがとう! これで安眠アロマが作れる!」
「ありがとう! これで安眠ベッドが作れる!」
「ありがとう! これで安眠パジャマが作れる!」
「ありがとう! これで安眠ぬいぐるみが作れる!」
と喜んでいた。
人々が喜ぶ顔は此方としても嬉しくなる。良き事をしたと誇らしいの。皆の言い回しが似過ぎているのは一瞬気になったが、深くは考えぬ。
因みの余談だが、持ってきてくれた礼としてマルテ殿の依頼品は即日に作ってくれるとの事。これなら十分ヴェネレ殿の誕生日に間に合うの。至れり尽くせりとはこの事ぞ。
諸々を終え、城に帰る頃には月の方が大きくなっている。充実した一日に御座った。
「これで全ての任務は完了だの。大義であった、マルテ殿」
「大袈裟だなぁ。さっきも言ったようにキエモンのお陰でもあるんだ。お互い様さ」
既に夕食刻。このまま拙者らは共に渡り廊下を行く。目的地は同じく食堂だからの。雑談でもしながら行くのが一番ぞ。
ふとそこで、マルテ殿は何か気になったのか拙者へ話す。
「そう言えばキエモン。君からはヴェネレ様に何を渡すつもりなんだ? 今日はせっかくの休みというのに、私の付き添いでプレゼントは選べなかっただろう」
「あいや、拙者は元よりその日ヴェネレ殿と共に町へ繰り出す約束をしておる。それがプレゼントと彼女は言っていたの」
「成る程……朝言っていたのはそれか。ヴェネレ様め。ふふ、しかし良かった。ちゃんとプレゼントはあるのだな」
「うむ。ヴェネレ殿も拙者を気遣ってくれたのだろう」
「そうかもな。キエモン」
マルテ殿は休める道具類。エルミス殿らは催し物。そして拙者は散歩への同行。
セレーネ殿及び他の面々が何を用意するのかは存ぜぬが、きっと良い誕生日となるだろう。
そう思いつつ拙者とマルテ殿は食堂へと入った。
「あ、鬼右衛門……一緒に食べよ?」
「キエモンさーん! マルテさーん! 2人もご飯ご一緒どうですかー!?」
「セレーネ殿にエルミス殿。他にも皆揃っておるな」
「ふっ、既にパーティーが始まったのかと錯覚する程だな」
食堂に入るや否や、セレーネ殿とエルミス殿。そして他にもサン殿やザン殿。サモン殿など皆が集まっていた。
彼女らは共に行動する事も多い仲。拙者は賑やかなのも嫌いじゃない。
「では共に食そうではないか。皆の者」
「ああ。お邪魔するよ」
断る理由も無いので皆々と共に夕餉とする。
今日は良き休日。また明日から頑張れるというもの。明後日はヴェネレ殿の誕生日なので休みも同義だがの。
何はともあれ、拙者らは今日という日へ幕を降ろすのだった。




