其の佰捌拾玖 材料集め
──“シャラン・トリュ・ウェーテ、遠方の森”。
「思った以上に遠い場所のようだな。目的地は」
「ああ。道理で報酬金額も悪くないのに受ける者が居ない訳だ。しかもこちらは星の国方面。万が一その国の者と出会したら色々と厄介事が巻き起こるかもしれないからな」
目的地を目指し、拙者は己の足で。マルテ殿は箒に乗って進み行く。
距離は数里あり、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の領地だが星の国にかなり近い。
利益と不利益を惟れば最低でも副団長並みでなければ危険の方が多いだろう。一月前までなら自国の仮拠点もあったが、今は撤収した後。此れ即ち無法地帯。
報酬も悪くない調査に赴く簡易的な任務とは言え、寄らず触れずが賢明な判断となろう。
元より拙者らはヴェネレ殿が最優先なのでその程度の事を気にしておれぬが。
「ヒャハハハ! バカな冒険者め!」
「金目の物と女ァ置いてけェ!」
「最近まで騎士団の連中が居たから仕事が出来なかったんだよォーん!」
「命知らずの者もおるの」
「全く。通り道の邪魔だな」
「「「…………!?」」」
星の国の者か“シャラン・トリュ・ウェーテ”の者か。何れにせよ妖以外に野盗などもおる。誠に通りたくない道ぞ。
拙者とマルテ殿は即座に意識を奪い去って拘束し、通信の魔道具にて近場の騎士や警務を呼び寄せた。
武器なども捨ててキツく縛ったので逃げられなかろう。
『ギャア!』
「すまぬの。主らの棲み家を脅かすつもりは御座らん」
「ああ、通らせてくれ」
拙者らが入った事で襲ってきた獣には謝罪を申し、追い付かれぬ速度にて進み撒く。
無益な争いはするべきではないからの。避けられる戦闘はなるべく避けたいところ。全てを迎撃してはキリがない。
そのまま行き、目的地へと到達した。
「商人達が欲しているのはあの獣の毛と皮か」
「ああ。“シープバード”。羊のような毛と鳥のような羽毛を持つ魔物で、良い匂いの場所を好むんだ」
「あまり凶暴そうには見えぬが、何故彼処まで警戒をしていたのだろうな」
「大人しい種族ではあるが、魔物なのは間違いないからな。強さもB級相当。まず一般人や騎士団員クラスでは勝てないだろう」
名をシープバード。鳥と羊を混ぜたかのような獣であり、穏便な性格ではあるが確かな力は秘めているとの事。
羊のような毛に空も飛べそうな羽毛。頭に曲がった角も生えており、なんともまあ珍妙な生き物に御座ろうか。
「して、そのシープバードの調査とは何をするのだ?」
「何が目的でここに居座っているのかを調べる感じだな。木々が生い茂り、襲われたとしても空へ逃げるのは一苦労。取り分け環境が良い訳でもない。なのになぜ居るのか。アロマの香りの元となる植物が好みなのか、別の理由があるのかなどだ」
シープバード、もとい羊鳥の居る理由は何か。それについて調べてみるとの事。
なので拙者らは気配を消し、あの獣の様子を窺っている。
「然し乍ら、此処の遠さも考えて時間は惜しい。大人しい動物なら尚更ではないか?」
「それもそうなんだよな。時間を作れたとしてギリギリ明日まで。なるべく今日中にこのクエストを終わらせたいところだ。だが変に動けば警戒される」
「討伐より気は楽だが、討伐よりも時間は掛かるの」
ヴェネレ殿の誕生日は明後日。なのでこのまま窺うだけでは色々と問題がある。
然し無理矢理動かしては調査にならぬからな。何らかの動向を探るのが得策他にない。
そこでふとマルテ殿が羊鳥を見て口を開く。
「だがおかしいな。いくらなんでも動かな過ぎだ。生態も羊や鳥のそれとほぼ同じ。ここまで微動だにしないのはなぜか……」
「敵が居ないから動く必要が無いとかではないか?」
「それでも寝返りとかくらいはするだろう。シープバードは同じ格好のまま、首すら動かしていない。私達人間ですらずっと同じ体勢はキツいというのに」
「瞑想とかなればまだしも、確かに落ち着いている状態では伸びとかしたり、楽な格好でいたいの」
羊鳥の制止。それは違和感がある程のもの。
瞑想などのように動かぬ事を定められているなら分かるが、動物に瞑想の考えは無かろう。
死しているのではないかと錯覚する程に微動だにせぬのは明らかにおかしな挙動。いや、その挙動すら御座らん。
『……。…………』
「……もしや」
「……? オイ、キエモン。近付いては……」
時折見せる動こうとする姿勢。然れど結局は動かず停止する。
それを見て懸念が生まれ、羊鳥に近付きマルテ殿が止めようとするが構わず気配を出して寄った。
『……! メィーッ!』
威嚇するように鳴くが動きは変わらず見せぬ。
やはり思った通りかもしれぬの。拙者は羊鳥へ手を翳し、敵意が無い事を態度で示す。
初めは警戒していた羊鳥は何もして来ぬ拙者を前に威嚇を止め、また落ち着きを見せる。
何もせねば大人しい動物とは誠のようだの。大抵の獣はこの距離まで近寄ると逃げる。動けないのは確実として、警戒を解いたなら危険も無かろう。
「キエモン。シープバードは……」
「ウム、至極単純な理由。おそらく毛の重みで動けぬようだ」
「はあ……!? なんとマヌケな……いや、自然界では散……髪? などもない筈だから道理なのか。気の毒だがそれによって死してしまう個体も居るのだろう」
「そうよの。此奴も好きで此処に居座っている訳ではないようだ。毛を刈り取れば自然と立ち、そのまま発つだろう」
毛と言うものは存外重い。故の現状。
馬鹿には出来ぬの。人が人の作った武器によって死するのと同義だ。人は物を作れる。謂わばそれが人の特徴。羊鳥はその特徴が毛というだけ。
なればやる事は一つ。拙者はそれを解決させる為に小太刀を手にする。
「今楽にしてやろう」
「キエモン。刃を持ってその言葉は誤解を生みそうだぞ」
どの位置の毛が複雑に絡み合い、硬く重くなっているのかを見極める。
拙者の国にはおらぬ生き物だが、基本的な特徴は羊と鳥に似通っている。そこに狙いを定めるだけよ。
「いざ……!」
瞬刻の間に振り抜き、重い毛を刈り取った。
舞い上がるようにハラハラと毛は落ち、羊鳥はその翼を広げる。
『メィーッ♪』
「嬉しそうだな」
「うむ。一気に体が軽くなっただろうからの。晴々しい気分だろう」
無論の事羽毛は取っておらぬ。飛べなくなるからの。
羊鳥は飛び立ち、拙者らの足元には大量の毛と羽毛が落ちていた。
「これで安眠用の道具を作れるの。奥に行けばより良い香りの果実もあるそうではないか」
「ああ。キエモンのお陰で唯一無二のプレゼントを用意出来そうだ。ありがとう、本当に助かったよ」
毛は予め用意していた袋に詰め、羽ばたく衝撃で落ちた羽毛も集める。
何日も体に付いていた割には土汚れもなく綺麗だが、マルテ殿曰く羊鳥の毛は特殊な膜が貼られており、それによって空気抵抗や雨雪の中の飛行を可能とするらしい。
毛の重みで死にかけるのは不便と思ったが、それを差し引いても良い程の利点があるのだろう。動物の体と言うのはよく出来ている。
「残るは奥地にある香の元だけだの。このまま行くとしよう。マルテ殿」
「ああ。ここはあくまで入り口。依頼通りなら、ここから先も魔物達の巣窟のようだからな」
そう、依頼内容でこの辺りは物の怪が巣食うとあった。即ちあの羊鳥は、戦いはしなかったが前座のようなもの。
元より大人しいので比較的安全だったが、此処からが本番なのはそうだろう。
拙者とマルテ殿は奥地へと行き進んだ。
『ゲロォ!』
「蛙か?」
「“アシッドトード”だな。全身を胃液でコーティングしており、胃液を吐いて攻撃してくる。その名の通り、酸を活用したカエルだ」
「成る程」
現れた拙者の知る蛙よりも大きな存在、名をアシッドトード。酸蛙としよう。
酸蛙は酸の付着した舌を伸ばして嗾け、拙者はマルテ殿の手を引いた。
「……っ! なんて速さの舌だ……!」
「音が遅れて聞こえたの。馬より速そうだ」
「それはもはや馬などの次元に居ないと思うが……」
マルテ殿でも咄嗟なら反応出来ぬ程の速度。
厄介な蛙だ。敵意などがある訳でもなく、ただ単に拙者らを餌として食おうとしている。
それもまた自然の摂理。なれば獲物に反撃される事もあるだろう。
「打ち当て御免」
『ゲロ……』
「アシッドトードの舌よりも速い……!」
長引くのは問題。故に即座に打ち倒し、突破して進む。
まだまだ入り口付近。その時点で現れたのがあの蛙。元より近隣は水気も多い。そう言った生物が生息しているのはおかしくないの。
『シャーッ!』
「大蛇か」
「ああ。アルカリスネーク。その名の通りアルカリ性でアシッドトードを影響無く食す捕食者だ」
アルカリスネーク。アルカリがよく分からぬので大蛇で良かろう。おそらく“借り”が“ある”蛇という事かもしれぬ。
借りがあってアルカリ。珍妙な名前よの。
「違う。アルカリは元素の一つだ。まあ詳しく説明すると長くなるから略すが、キエモンが思っているのとは大分違う」
「……そうに御座るか」
また考えが読まれたの。連携を取ったりするので表情を読むのは得意だと思うが、それにしても的確な指摘。
一先ず酸を効かなくするので先程の酸蛙を食える大蛇という事だの。この大きさなら拙者らなど一飲みに出来よう。
『シャシャッ!』
「全体的な動きは先程の舌よりも遅いが、既にそう言った領域では無いのだろう」
『……!』
迫り、鞘で叩いて打ち捨てる。
大蛇となら任務にて何度か戦っておる。慣れたものよ。
『………』
「蛙蛇と来て次は蛞蝓か」
「“イオンスラッグ”。電気を蓄えたナメクジだ。全身が常に迸っているから危険だぞ」
蛙、蛇、蛞蝓。奇しくも三竦みと謂われる生き物が現れた。
だが、触れたとして電流が流れてくる蛞蝓が一番の強敵かもしれぬな。酸も、よく分からぬアルカリとやらも刀で触れて大丈夫だったから容易く倒せたが、電気は鞘を伝うだろうか。
「厄介。叩けぬかもしれぬな」
「フッ、大丈夫だ。キエモン。私が電気を通さぬ魔力で鞘をコーティングしてやったぞ」
「おお、これは助かる。では……!」
『……!』
でんでん虫ならぬ蛞蝓だが、頭が何処にあるかは存ぜぬ。然し角の中心を打ち叩き、蛞蝓は放電しながら意識を失った。
マルテ殿の手助け。有り難いの。
「助かったぞ。マルテ殿」
「ふふん。まあ、私が一人でやっても良かったが、ここまでキエモンが全部倒していたしな」
「フッ、そう言いながら実は蛞蝓が苦手だったりせぬかの」
「な、何をバカな事を……! 別にあの柔らかな感覚やネトネトした感覚やベタベタした感覚や湿った感じが気持ち悪いなど全くないぞ!」
「なれば火で炙れば良かろう」
「いや、あの生臭い匂いが煙と共に流れるのは……」
「……確かにそうだの」
苦手な理由も分からなくもない。見た目や感覚。そしてマルテ殿の得意とする火によって発生する匂い。彼女にとって好きになる要素は御座らんな。
拙者は生まれや育ちがあれなので問題無いが、都会育ちでは面会する機会もそうそう無かろう。
「兎も角、一通り倒したの。更に奥へ行くか」
「ああ。本当に最奥にあるのだな。匂いの元は」
殺めた訳ではない。なので目覚めるよりも前にこの場を立ち去る。
拙者とマルテ殿のプレゼント探し。果たしてこれは本当にそう言えるのか怪しくなってきておるの。
その様な事を存念しつつ奥地へと入り込むのだった。




