其の佰捌拾弐 女王の試練
「アナタ達は私の家族ですよ」
「来る……!」
「もう到達しておるの」
「……!?」
セリニ殿は片手を突き出し、魔力のような塊を放出。それを見たヴェネレ殿が迎撃態勢に入ったが、既にそれは過ぎた事。拙者は切り伏せておる。
「速い……全然見えなかった……」
「威力も桁違いよの。所作のような力でこれ程までとは」
単なる力の塊。然れどその破壊力はあらゆる魔法と一線を画す。
此処が広く、何も無い空間だからこそ誰も被害は受けなかったが、月や地上で放たれていては一堪りも無かろう。
「家族は一緒でなければいけないのですよ」
「「…………!」」
柔らかな口調とは裏腹に、殺意に満ち溢れた攻撃。
それら全てを刀にて切り防ぎ、拙者とヴェネレ殿に当たらぬよう逸らした。
殺意に満ち溢れているが殺意は無い。このくらいなら防げるであろうという考えの元放ったもの。
逸らされた力の塊は無の空間に衝突して爆発を引き起こし、拙者らの髪を揺らした。
「さあ、アナタも家族になりましょう。きっと楽しいわ」
「そうよの。ヴェネレ殿やセレーネ殿と家族になるのは楽しかろう」
「……! キエ……」
「だが、何度も述べるように拙者の手では愛する者に触れる事すら烏滸がましき所業よ」
「……そう……だよね……」
力から発せられる光がさながら後光でも差しているかの様。そんなセリニ女王へ言葉を返す拙者だが、何やらヴェネレ殿が肩を落とす。
拙者の態度に不備でもあったのだろうか。気になるが、気にしておれぬ今現在。少しでも目を離せば広大な爆発が拙者らを覆うのだからの。
「嗚呼、楽しみですね。孫の顔。名前は何になるのかしら。家族みんなで食卓を囲む。きっとそう言った未来が来るのでしょう」
「……!」
「食卓を囲むには少々大きな机よの」
未来へ思いを馳せ、空から山のような大きさを誇る机が落ちてきた。
理想とする家族像があり、それを顕現させて嗾けたという事に御座ろうか。
「キエモン!」
「案ずるな。ヴェネレ殿は傷付けさせぬ」
打刀を構え、山机を両断する。
凄まじき質量のそれは無の空間へと落ち、巨大な窪みを空けて止まった。
「……」
そこから更に切り裂く。突き刺さるように止まったが為、放っておけば此方へ倒れてきてしまうかもしれぬからな。
結果として何の影響も及ばず、セリニ女王は空想の世界へと入ったまま。
「孫が生まれたら食事は娘達の母乳になるのかしら。けど、容器に入れたミルクをあげたりしてみたいわね……栄養は母乳の方があるのでしょうけど」
「白い大波……!」
「粘り気があり、絡め取られたら身動きが取れぬの」
湯気が見える白い大波。
あの湯気の量からしてかなりの高温に御座ろう。直接火に掛けた釜の如し高温の白い水。あれを被れば一堪りもない。
数日で治るような火傷では済まぬだろう。
「流動する液体を斬るのは難儀なのだがの」
それに向けて今一度斬撃を放ち、拙者らに降り掛かるモノを避ける。
然し斬ったところで一瞬は空中に留まるがすぐに他の白水が埋め、質量によって攻め立てる。
「キエモン! 掴まって!」
「うむ」
ヴェネレ殿がその一瞬の間に箒へ乗り、拙者の手を引いて空中へと避難する。
空を飛べると言うのは誠に便利よの。この状況下での咄嗟の判断力。ヴェネレ殿も流石よ。
セリニ女王の空想は止まらない。
「そうですね。夜泣きとかは結構大変でしたね。それがまた可愛いのですけど、睡眠時間を削られて……けど自立してしまった今、あの頃も懐かしい」
「「………!?」」
なんぞ……急に目眩がしてきた。
脳が揺れるような感覚……あまりよろしい気分ではないの。
ヴェネレ殿の箒の操作も覚束ず、フラフラと墜落するように先程の机の上へ落ちた。
「此処があって良かったの……まだ頭痛がするが、白い熱湯に落ちず助かった」
「そう……だね……うっ……吐き気が……」
謎の感覚は治らぬが、難は逃れた。
然し一難去ってまた一難。追撃するよう、光の塊が撃ち出される。
咄嗟に刀を振るい、己へ降り掛かるそれは切り伏せた。
「……! 少し収まった……」
「今も事象を切り伏せた……フム、目に見えず全体に作用する何かが施されていたようだの」
「何か……あ、セリニさん夜泣きって言ってた。食卓を囲むテーブルにあげるミルク……そう来たら次は超音波的な音だったのかも……!」
「成る程、音か。それも耳に聴こえぬ微かな音。それで頭痛を引き起こさせるとは奇っ怪な術を使う」
「周波数で影響が及ぶらしいからね……気分が悪くなったりしたのも振動とストレスで脳にダメージがいったんだ」
先程の力は音。音にそれ程の作用があったとはの。まだまだ知らぬ事も多いの。
だが、また次に気分が悪くなればそれを切り伏せば良いと分かった。やりようはある。
「ミルクを飲ませた後とか、夜泣きの時にはゆっくりと揺らしてゲップをさせたり落ち着かせたりするんですよね」
「次の攻撃が来るの」
「うん。セリニさん、思った事を形にして放ってるんだ……!」
直後に大地が大きく揺れ、空気弾が撃ち込まれた。
地震を彷彿とさせる振動によって体勢を崩し、目に見えぬ空気が迫る。ちゃんとした攻撃の形になっておるの。
「だが空気なれば気配は掴める」
打刀を横に薙ぎ、降り注がれる空気を断ち切る。
斬った空気の一部は背後の机を粉砕し、白水を吹き飛ばした。
「単なる空気砲が大砲並みの破壊力……」
「相変わらず規格外よの。さて、どう止めるか」
セリニ殿は常に浮いており、安全圏から膨大な破壊の攻撃を撃っておる。
拙者らの目的は彼女を止める事であり、何とかして懐へと入り込めれば叶うかもしれないが、その方法が思い付かぬ。
「……考えるのも面倒よの。一気にセリニ殿との距離を詰め寄るか」
「気を付けてね、キエモン」
「うむ。ヴェネレ殿も安全な場所にて待機してくれ。そんな所御座らんが、其処と彼処には影響が少ない」
「分かった……!」
拙者が向かうという事は、ヴェネレ殿を護る者が居なくなるという事。
然し比較的安心できる所はあり、ヴェネレ殿の性格は護られるばかりでは気が済まないもの。故に心配は無用だろう。拙者は彼女の強さを理解しており、彼女も拙者を信頼してくれている。
「一気に向かう」
「……!」
踏み込み、加速。セリニ殿は反応を示し、打刀の峰が眼前へと迫った。
「速いですね。流石はセレーネのお婿さん候補。今までの攻撃を防いだ事も踏まえ、やはり貴方はあの子に相応しい」
「……」
それは避けられ、拙者は地へと降り立つ。
馬よりも速く突いたのだが避けられてしまったか。まだまだ拙者も未熟よの。即ち成長の余地も残っておるという事。
それはさておき、女王の発言も気掛かりだの。
「拙者を婿候補と申されるが、他にもおるのか? 加え、記憶を失ったままのセレーネ殿が誠にそれを望んでいると」
「御答えしましょう。一つ目の質問は、今のところはおりませんね。貴方だけです。しかし正式に結ばれていないのであくまで候補として扱っています。そして二つ目、記憶が無くとも人の本質は変わりません。寧ろ真っ白な状態であり、感情から性格を判断出来るあの子が貴方を気に入った。これは紛れも無く相応しいという事になります。異議はありますか?」
「フム……拙者に否定する権利が無いのを除けば無いの。その無理強いがあるからこそ拙者は望んでおらぬが」
「ワガママですね。反抗期はまだ終わりませんか。私の息子」
「主の子では御座らん。血の繋がりが無くとも家族にはなれるが、拙者を利用しようと言う心持ちからして真の家族にはなれぬよ」
「……それは……そうですね」
今のセリニ殿にも、善性はある様子。少し体を動かしたのもあって冷静な判断が戻りつつある。
いや、冷静な判断自体は元より出来ただろう。ただ単に己の望みを優先していただけ。それもこれも我が娘が可愛いからこそ早く幸せを掴んで欲しいと言う願いからなるもの。
「けれど、貴方はセレーネのお婿さんになって頂ければなりません。あの子の幸せを第一に……!」
「……拙者が断った上で、無理矢理婚姻を結ばれたらセレーネ殿は幸福になれるかの」
「……!」
拙者としてもセレーネ殿の幸福は望んでおるが、相手が望まぬまま夫婦になりても虚しいだけ。
互いの意思が同じであり、互いに互いを求めるのが最良なのではないかと思う所存。
その言葉にセリニ殿は固まった。
「元より今の主、先程のセリニ殿では無かろう」
「……───」
瞬刻の後に迫って峰で打ち、意識を奪い去る。
それによって空間が霞みのように消え去り、拙者らは元の謁見の間に戻っていた。
「……お見事です。やはり貴方はあの子に相応しい……けれど、それを望んでいませんか」
「そうよの。全ての世話を焼いてくれたとしても拙者はそれを望まぬ。何もせぬのが性に合わぬのだ。故に監禁されても抜け出し、何れは戦場で死するやもしれぬ。それが拙者の背負いし業。天下泰平が訪れるまで、戦いが休まる事は御座らん。拙者が己に掛けた枷がそれなのだ」
「そうですか。それは残念です」
「え? え!? ち、ちょっとどういう事、キエモン!?」
拙者とセリニ殿の会話を聞き、状況が飲み込めぬヴェネレ殿が訊ねるように申す。
拙者としても感覚で何となく分かっただけ。上手く言えるか存ぜぬが、一応の説明をしよう。
「セリニ女王はおそらく、己の悪しき部分を何らかの力で顕現させて拙者らを試したのだろう。地上から態々月にやって来た行動力。それは一歩間違えれば国へ被害を及ぼす脅威になるかもしれぬからの。そうでもなければセリニ殿の性格が豹変し過ぎておる」
「ふふ、当たりです。私の力は事象や存在の具現化。私自身の暗い感情を何倍かに増しで創り出しました。すみません。……私があの子を思っている気持ちはありますけど、監禁したりはしませんよ。一生側に居て欲しいのが母親としての心境ではありますが、何を隠そうその私自身があの子を地上へ送り出したのです。さっきの私は到底そうするとは思えないでしょう?」
「た、確かに……あんな性格ならわざわざ記憶を消して地上に寄越したりしないね……改めて考えてみたら過去の行動との矛盾点が多いや……ってえ……? と言うか、魔力の分身……余波みたいな存在であの力だったの……?」
どうやら拙者の推測も当たったようで何より。
拙者らの存在を危惧したからこそ試し、その選定に合格したので今に至る。
あからさまな性格の違い。こんなに“ひすてりっく”では女王なんぞ務まらなかろう。
改め、セリニ女王陛下は拙者らへと向き直った。
「おめでとう御座います。アナタ達は芯のある人。ヴェネレはルナの娘なのだから当然として、外界のお侍さんもお見事です」
「アハハ……褒められてるのかな」
「そうであろう。然し、なんとも強き力……」
──そこでふと、拙者の脳裏には何らかの疑問が浮かんだ。
“外界の侍”とな。拙者が侍とは此処に来て言っておらぬが、時折地上の様子を見ていたと言うがそれが要因で御座ろうか。
いや、そうであっても何故この世の住人でない事を知っておるのだ。それこそ誰にも言っておらぬぞ。
「セリニ殿。お主」
「さて、他の皆さんも気になりますよね。月の国、“トゥー・ゴッズ・ムーン”。お楽しみ下さいませ」
拙者が訊ねようとしたが、その言葉は掻き消された。
今はまだ答えるつもりが無い……か。
月の国にヴェーガス=セリニ殿。今回の件に決着は付き、諸々も済んだがまだまだ募る疑問は多いものだの。
一先ず今はこれで良しとしようか。




