其の佰漆拾漆 旅
──“仮拠点”。
「お、来たね。キエモンっち達と捕虜のみんな!」
「こんなところに拠点が……まあ、今の私には関係無いが。と言うか、捕虜にはならぬと通信で伝えた筈だが」
ザン殿の次元移動と共に、拙者らは此処へ到達した。
誠に便利な魔法よの。お陰で誰にも気付かれず舞い戻る事が叶った。
無論の事、予め身体検査は終えており、ザン殿らに通信の魔道具類が無いのも確認済み。残るは発信器だが、ザン殿は体内の魔力によって発信器を次元の中に仕舞う事が出来るらしい。
調査や遠征内容によっては魔力の探知を防ぐ為に消したりしているので短期間なら位置が掴めなくとも問題無いようだ。
オリ殿は姫君というのもあってそもそも埋め込められていないとの事。あの帝王にも人間味はあるのかもしれぬな。
「貴女が今回の指揮官って感じか。私は“スター・セイズ・ルーン”の姫、オリと言う。捕虜としてよろしく頼むよ」
「うん! けど、お姫様が捕虜って言うのはちょっち違う気がするなぁ。まあよろしくー! ウチは騎士団長のフォティア!」
フォティア殿とオリ殿の自己紹介が終わった。
よって互いに知る事が出来たの。改めてこれからの行動をおさらいする。
「やる事はヴェネレ様への報告とその後に月への準備。だから……まず“シャラン・トリュ・ウェーテ”に帰るのが先決かな。ここは星の国の近くだし、話し合いをするのはあまりオススメ出来ないっしょ」
「そうよの。拙者らは不可視の移動術の対処も分からぬまま。変異種も集まってきた。何人か残して退散するのが吉か」
「そゆこと! てな訳で帰国しちゃって!」
おさらいと言っても単純に纏められるので纏め、その為にやはり帰国する事となった。
ザン殿が小首を傾げてフォティア殿へと訊ねる。
「貴女は行かないの?」
「ウチはここの指揮官だからねー。そう簡単に離れられないし、あと2~3日は留まらなきゃ。キエモンっちとマルちーが居れば道中に何の問題も起きないし、ザンちょんの次元魔法なら野宿とかも塾せるから超便利っしょ!」
「ザンちょん……微妙に韻を踏んだあだ名……」
ザン殿へ早速渾名を付け、理由を含めた説明を終える。
彼女が居れば道中、護衛が拙者とマルテ殿だけでも問題無く進める。元よりザン殿もかなりの強者。危険は少なかろう。
「分かった。ではキエモン殿に付いて行く。姫様と月の奴。主らもそれで良いか?」
「私に断る理由はない。そうするよ」
「相変わらずの呼び方ですけど、私も構いません」
三人からの許可も降りた。では参るとしよう。
既に言われた通り、変異種達も集まってきたようだからの。
『『『グゴガァ!』』』
「斬るか? 移動するか?」
「一応この国の戦力。さっさと立ち去ろう」
ザン殿が次元空間を広げ、拙者らはこの次元から消え去った。
なるべく変異種は倒さぬ方向か。そう言われてもフォティア殿らが残ったので彼奴らは追い払われると思うが、気にせずとも良かろう。
その空間の中を進み、日が暮れた辺りでオリ殿の意思にて外へ出た。
「あのまま障害物も無い空間を行けば楽に進めたのだが、何故外に出るのだ。オリ殿」
「フフ、決まっているだろう。野宿というものをしてみたいんだ!」
理由は至極単純な事に御座った。
過保護な教育を受けているオリ殿は外の世界へ憧れのようなものを抱いており、野宿ですら経験してみたいとの事だった。
野宿の多かった拙者は抱かぬものだが、姫という立場は色々とあるのだろう。
「まあ、次元の中を進んだお陰で星の国からは大分離れた。この辺りなら焚き火をしても問題無いが……考えたら食事が無いの。集めてくるか」
「そう言う事なら私が……」
「いや、マルテ殿は火の準備を頼む。キエモン殿とは私が行く」
「なんだと? ザン」
「適材適所……その方が効率が良いだろう」
「ほう? だったら暗闇を照らせる私の方が向いていると思うがな」
「何よりも先ずは姫様優先……火があれば獣避けにもなる」
「優先なら貴女こそが近くに居てやるべきだろう」
「いやいや、どこの死角から獣がやって来るかは分からぬ。私が付くより火をつけた方が姫様の為になる」
「上手い事を言うな」
「フフ……」
「ふふ……」
互いに牽制し合い、互いに譲らぬ二人。
この数刻にて随分と仲良くなったようだが、埒が明かぬの。
二人が言い合いをしているうちに拙者は獲物を探しに森の奥へと入る。見張らしは悪くないので迷わず帰れよう。彼女らの気配を探ればそれで良いしの。
(夜ともなると獣の数も少なくなるの。夜行性の物の怪くらいは居そうだが、食えるかも存ぜぬ)
獲物が居た場合、気付かれぬよう声には出さぬ。
気配は複数ある。なるべく大きな獲物を狙うべきか小さき物か。魚や果実、野草があればそれでも良いが、次に現れた物にするか。
生きる為に生き物の命を奪う。それを望んで探す。矛盾しているようでそれが自然の摂理。次に現れる生き物は運が悪かったのだろう。
『ブギャア!』
「……お互い様という事か」
現れた獣は大口を開き、拙者を貪ろうと飛び掛かる。
考える事は皆同じ。生きる為に己以外を食らう。同じ穴の狢なれば遠慮も要らぬ。
「切り捨て御免」
『ァ……!』
切り伏せ、降り掛かる血を避ける。
後はこれを運ぶのみ。致命傷を与えたが的確に急所のみを突いたので運ぶ際血に塗れる事もない。
マルテ殿らの所に戻り、獲物を切り分けるとしよう。
「中々に厳しい光景ぞ。明かりがあるので此処で処理するが、あまり見る事は勧めぬ」
「そ、そうか。確かにあまりグロテスクなのは見たくないよ……」
「私もです。後は任せますよ。キエモンさん」
「心得た」
「結局同行は叶わなかったか」
「仕方無い。処理は手伝おう」
オリ殿とヒコ殿はこの場を離れ、拙者らで処理。内臓などは如何しようか。一応食えなくはないが、あまり美味くない。
然し殺めた上で選り好みするのは冒涜も同然。故に拙者らは骨以外を食した。流石に骨は無理だからの。犬科の獣が明日にでも食ろうてくれよう。
「何の味付けも無い食事など初めてだったが、存外悪くないね」
「フムあの獣。肉特有の味があまり無く、多少塩味が利いていた。そう言う獣なのだろう」
「生き物にはあまり詳しくないが、この辺りで見掛ける塩味があるならそのままの通り塩豚だろう」
それが今食した獣か。
暗がりでよく見えなかったが豚のような鼻があった。果たして豚が人を襲うのかは存ぜぬがこれで飢えは凌いだの。
「そう言えば野宿の場合、お風呂などはどうするの?」
「水魔法を使える者が居れば桶などに蓄えて火で温めるやり方よの。その桶だが、土魔法を使える者なれば即席で造れる。とまあこんなところかの」
「成る程……お風呂には入りたいけど、キエモン、マルテ。君達が使える魔法は……」
「私は通常魔法は全属性使えるが得意分野は火だな」
「うむ。拙者は魔法を使えぬよ」
「なんと!?」
拙者の言葉に驚きを見せるオリ殿。
意外よの。聞いていなかったのか。ザン殿が拙者の事をよく話すと申していたが、別の内容だったという事に御座ろう。
「ザン殿から聞いておらぬか。拙者に使える魔法は一つも御座らん。魔力すら無いからの」
「あ、ああ。君の事はよく話していたけど、面白い奴が居たとか指導をさせて貰ったとか他愛ない事しか話されなかった」
「ちょ、姫様……!」
「そうか。その様な事をザン殿が」
他愛の無い事を話していたと言うザン殿。日常会話と惟れば別に変ではないの。常に戦力の情報を共有せねばならないと言う理由もない。
殺伐としているからこそ何でもない会話を求めるのだろう。
戦士としてそれを恥じているのか、ザン殿は赤面して俯いた。
「恥ずかしがる事も無かろう。平穏な会話を望むのは当然の在り方よ」
「そ、そうだな。そうだ。私はただ平和な会話をしていただけだ」
やはり様子が変だが、何にせよ風呂の準備はどうなるか。実際のところ四大元素からなる魔法を使える者はマルテ殿と誰かおるのか。
それについて改めて話し合う。
「私も地上世界で言うところのエレメントは使えますね。月の民にも地上と同様、魔法のような力はありますから」
「私は回復魔法主体だが少量なら可能だ」
「私は逆に通常魔法は使えない。私というよりは次元魔導団の大半がの。特異な魔法を扱うからこそ、強力な代わりに普通の事が出来ないのだ」
基本的な魔法は使えるヒコ殿とオリ殿。
基本的な魔法が使えぬザン殿。
同じ星の国、及び月の国でも扱う魔法は様々という事かの。全く使えぬ拙者には何故そうなのか説明出来ぬが、少なくとも湯殿を準備するくらいは可能なようだ。
「風呂の準備は出来そうだが、拙者とザン殿は何も出来ぬの。精々資材を運ぶくらい。だが、土魔法があるなら自然を壊す必要も無いかの」
「そうだな。うむ、仕方無い。では私と共に過ごすとしよう。キエモン殿」
「眺めるしかないのは歯痒いの」
「んなっ……ザン、お前……!」
やる事が無いので拙者とザン殿は待機。然し何やらマルテ殿に焦りの色が見える。
はて、なんで御座ろうか。気にする事ではないのかあるのかも分からぬが、一先ず彼女は作業に取り掛かった。
「……火は私が扱う。2人は浴槽と湯を頼む」
「ああ。だが機嫌が悪いね。もしかしてそう言う」
「確かにそう言った感情は見えてましたね。私達が口出しする事ではないのでしょうが」
雑談のような事をしつつ手際よく準備を終える。だがやはり様子は変なマルテ殿。
兎も角、人数は五人なので男女で分けられるの。
「折角だから2つ作った。丁度分けられるからな」
「そうか、ちゃんと配慮しておるの。オリ殿」
「フッ、当たり前だろう」
胸を張って誇らしげなオリ殿。
二つ。俗に言うところの男湯と女湯に御座ろう。しかと考えられ、各々はそれぞれの湯殿へと入る。
「──して、拙者が思い描いていたのとは違うようだが」
「そうだな。これについては私としても予想外だった」
「ああ。別に構わないが、こんな風に分けられたか」
「そちらの湯加減はどうだー? 此方は良いよー!」
「分け隔てる壁的な物もなく……相変わらず羞恥心が少ないね。オリ」
入った面子は、拙者とザン殿、マルテ殿。
オリ殿とヒコ殿。特に隠すと言う行為も無く、ある意味では分けられたの。
実際のところ拙者も気にしてはおらぬのだが。
「やはり分かれるのなら想い人同士が良いだろう。見られても問題無いからね!」
「別に構わぬ。拙者の故郷ではこう言った在り方だったからの……だが、三人でこの大きさはちと狭いの」
オリ殿とヒコ殿のようにそう言った関係ならば問題は無いと思うが、拙者らは別に違うのだがの。そして何より狭いのが気掛かり。お二方を不快にさせてしまっていなかろうか。
拙者の左右では二人が同調するように頷いていた。
「うむ、広さを考えて姫様方は問題無いと思うが、此方では肌同士が触れ合ってしまっている」
「真ん中にキエモン。左右に私とザン……フム、ザン。もう少し端に寄ると良い」
「いや、そちらが端に移動すれば良かろう」
「いやいや、キエモンは私の国の者だ。私は近くに居る義務がある」
「それなら私の師匠も同然。傍に居てやらねば」
拙者を挟むよう、二人は狭いにも関わらず更に詰め寄る。
既に冬。裸体なのもあって肩や顔は寒さに晒される。温もりを求めるのは分かるが、近付き過ぎよの。
「お二方、悪いが少し離れてくれ。このまま押し潰されては煎餅になってしまう」
「センベイ? なんだそれは」
「私達二人が近付く事で完成するのなら……サンドイッチみたいなものか」
「あれとは随分と違う。そうよの……物の表現としては干物の方が近いかもの。そうなってしまいそうだ」
「「流石にそこまで潰れる事はないだろう」」
こう言った時は言葉が合うの。ハモりと言うらしい。
二人との距離は変わらず。拙者の両腕に柔らかき餅のような感覚を残しつつ空を見上げる。
冬の夜空は星が美しい。エルミス殿も言っておったの。誠に美しき空だ。
「兎も角、此処は争わず星見風呂を楽しむとしよう。今宵の月も大きく出ておる。此処から見える景色はいと美しきモノ。言い争いなど勿体無かろう」
「……! ……。そうだな。綺麗な星空だ」
「……そうよの。キエモン殿と共に見る空も美しい」
争いの理由は存ぜぬが、まともな感性を持っておるのなら風光明媚な景色を見る事で心も落ち着こう。
二人は空を見上げ、白いため息を吐いた。
オリ殿がしてみたいと言う理由で行った野宿。皆で楽しみながら行うそれは愉快なモノ。今日の夜も更けていくのであった。




