其の佰漆拾伍 腕試し
「さて、話し合いの始まりよ。まずはマルテとやら。主の実力を見ておきたい」
「ご所望は私か……!」
瞬間的に次元からなる斬撃が放たれ、マルテ殿は飛び退いて躱す。
不可視の斬撃。見切ってはいないが、天性の勘と反応速度で避けている。流石の実力よ。
「マルテ殿」
「キエモンはまだ手を出さないでくれ。彼女で私が今現在、どこまでやれるのかを確かめてみたい……!」
助太刀しようかと思ったが、ザン殿に殺意が見えぬのは変わらぬ。
それをマルテ殿も気付いており、折角の機会と腕試しをしてみるらしい。
次元魔導団は一人一人が騎士団長に勝てると帝王が豪語していた。実力を測るには打ってつけの相手ではある。
「フム、私を使って己の力量を測るか。舐められたものだな」
「舐めてないさ。“フレイムスピア”!」
「単調な魔法だ」
一本の焔の矢が突き進み、縦に裂かれるよう消失した。
軽く手を振るだけでマルテ殿の基本的な攻撃は防がれてしまうか。
「ならば手数だ。“多連火炎弾”!」
「数が増えても、私に当たるのは一割にも満たない。同じ事だな」
ザン殿の体は華奢であり、的のように扱うのなら小さい。
文字通り降り掛かる火の粉を消し去り、一本の魔力を打ち出してマルテ殿の肩を貫いた。
「……っ」
「狙いが心臓ならお主は死んでいた。もう気付いていると思うが、私は主らを殺めるつもりはない。姫様を誑かす月の奴は別に始末しても良いのだが、それを踏まえた上で実力を判断せよ」
「別に私は彼女を誑かしてなんかいませんよ……」
殺意無き攻撃が為にマルテ殿は生き長らえた。
これが現状の実力差か。軍隊長の中でも随一の実力者であるマルテ殿が軽くあしらわれる。やはり手強き相手。
「マルテ殿。やはり拙者が」
「いや、待ってくれ。せめて一撃を入れたい。実力に差がある者との戦いは己に何が足りないかを実感出来る。やれるうちにそれを補いたい……!」
「……そうか。なれば譲ろう」
無謀とも取れる行動だが、敵に殺意が無く実践に近い立ち合いを行えるのはまたとない機会。利用しない手はないだろう。
ヴェネレ殿の為、己の為、マルテ殿はこの戦闘で何かを掴むつもりらしい。
(落ち着いて考えろ……一見隙が無いようにも思える斬撃……しかし魔法である以上、無敵という事は無い筈……あくまで己の魔力をその形に変換させているだけだ……)
黙り込み、ザン殿の様子を窺う。
あの魔法についての思考を巡らせているのだろう。
拙者には鬼神の力があるので防げたが、普通の魔法使いはそれも難しい。ザン殿の攻撃は別次元とやらから放たれる為、本来なら防御不能なのだから。
「私は待ってくれぬぞ。マルテとやら」
「……!」
思案する中、複数の魔力が放たれる。
気付いたマルテ殿は何とか躱し、狙いを定めず周囲へ火炎を散らした。
闇雲な炎の幕。然し此れによって斬撃の軌跡がよく見えるようになる。さて、此処から彼女はどう動くか。
「この程度の火炎。どうって事は無い」
ザン殿は一瞬にして全ての火の粉を切り払う。
此れくらい容易き芸当。それについてはマルテ殿も理解しておろう。それ故の行動も起こしていた。
「“フレイムピラー”!」
己の場所から周囲へ複数本の火柱を立ち上らせる。
先程の炎幕よりも隠れられる場所は少ないが、身を眩ませる事くらいは適おう。
マルテ殿は火柱が消されるよりも前に炎で加速を付け、柱から柱へと翻弄するように移動する。
ザン殿は再び腕を薙いでそれらを消し去るが、その姿は掴めておらぬ。先程の火の粉と違って連続するように上がっているので一太刀で火柱は途切れぬようだ。
「……考えたな。だが……」
「……」
縦に横にと断ち、マルテ殿を炙り出す。
それにつき、ザン殿には確かな隙が生まれている。そこを突くように死角へと回り込んだ影が飛び出した。
「私へ仕掛ける時、魔力の気配が漏れ出る。その先に主は居る……!」
彼女は既に想定しているようだ。
飛び出した影に向けて斬撃を放ち、その影は両断される。
瞬時に燃え上がり、ザン殿はハッとした。
「魔力の気配……“だけ”だと……!?」
彼女が斬ったのは魔力の塊のみ。即ちマルテ殿は此処に在らず、下方から火炎が突き上がる。
派手な魔法に気を取られていたザン殿は反応が遅れ、火炎の中から彼女が飛び出した。
「“フレイムバーン”!」
「……!」
近距離にて杖を向け、込められていた魔力を解放する。
胸元へ突き付け、火炎が放出。爆発するように燃え広がり、ザン殿の体はそのまま吹き飛ばされた。
「どうだ……! まずは一撃……! 効いたか!」
声を上げて言う。
大量の魔力を消費し、更なる策を講じた上でのやっとの一撃。彼女には達成感があり、漸く与えられた事が興奮を誘っているのだろう。
衣服が焼け落ち、少し焦げた胸元を晒してザン殿は起き上がる。
「見事だマルテ。いや、マルテ殿」
言い改め、心からの称賛。呼び方も変わった。
一撃を与えられた。それは大きな事。当たりどころによってはこれで勝負が決していたかもしれぬからだ。
それを踏まえ、ザン殿は更に言葉を綴った。
「賛辞の意を込め、魔法を使ってやろう」
「な……に……?」
そう、今までの攻撃は魔法では御座らん。俗に言う魔力の放出。
拙者やヴェネレ殿も初めは斬撃魔法かと思ったが、彼女の真髄は寧ろこれから。次元の操作にある。
次元を操る事はマルテ殿に教えたが、今までのモノが小手調べでしかない事へ驚愕しているのだろう。
「既にマルテ殿の命には死神の鎌が迫っている」
「……!?」
次元を跳び越え、マルテ殿の首筋に斬撃を当てる。刹那に拙者は刀を用いて迫り、斬撃を裂いて首が刎ねられるのを阻止した。
「キエモン殿」
「悪いの、ザン殿。マルテ殿は拙者にとって大事な人。やらせる訳にはいかぬ」
「キエモン……」
次元を切り裂き、斬撃を防ぐ。
ザン殿は今一度空間を跳び越えて距離を置き、拙者らの全方位を次元が囲んだ。
さて、そろそろ話を付けるか。
「それで、いつまでこの茶番を続けるつもりだ? 先程の首筋へのモノ以外、主から殺気は感じられぬぞ」
「フッ、気付いておったか。いや、殺気を出さなければキエモン殿がその気になってくれぬと思ったからな。あの一撃だけは最悪の場合彼女を殺めてしまったかもしれぬ」
「元よりそれが主らの役目であろう。無論の事そうなった場合は拙者が敵となるが、己の在り方を危惧するでない」
「私の在り方ではない。他人の命を奪う事になるかもしれないのが嫌なのだ。生まれついての変人でなければ人殺しなど楽しくないだろう」
「拙者と同意見よの。人を殺めるあの感覚……到底言葉で表せるものでは御座らん」
人を殺めるという行為。拙者の故郷、及びこの世界では、戦場に限って言えば多く殺生を行った者が英傑と謂われる。
然れど人殺しを気持ち良いと思う者、何の躊躇いも無い者。それらは何かしらの異常を抱えた形が人なだけの化け物でしかない。
以前にも似たような事を思ったが、何度でも思おう。拙者の場合は一種の自己嫌悪にも等しきもの。何を隠そう現世での拙者はその化け物も同然だったのだからな。
気持ちが沈む。話を戻すとしよう。
「それでだがザン殿。あいや、別に前の文とは繋がらぬが……今回は見逃してくれないかの。ヒコ殿との約束なのだ。星の国の姫君に会わせるというのは」
「フム、キエモン殿の頼みなら聞いてやらない事もないと思っていたが……そいつの為にか。不本意で腑に落ちない。姫様も会いたがってはいるが、不慮の事故で死したと言う事にした方が姫様の為になるのかもしれない」
「あの、キエモンさん。私、彼女に命を狙われているようですけど……」
「そうよの。今回は殺気を感じる。サモン殿にザン殿にとお主、この嫌われ様。この国で何かしたのか?」
「いえ、滅相もない。まあ、したと言えば侵入とか彼女に連れ回されたりとかですけど……」
確かに殺意を向けられる程の事では無いかもしれぬな。寧ろ被害を受けている側。
うむ、きっとそう言う星の下に生まれたのだろう。なれば拙者が口出しする事でもない。此奴はなんだかんだ生き残りそうだからな。
「まあ良いか」
「良くありませんよ……」
「兎も角、あくまで一目見るだけ。許可を頂けなかろうか」
約束は守る。なので改めて頼んでみる。
ザン殿の今の感覚は私怨にも近しきもの。主君から離れたくないと言う、拙者がヴェネレ殿に思うておる事と同義。
感性が近いからこそ、分かる事もあるというもの。
ザン殿はため息を吐いた。
「……はあ……本当に一目会うだけだぞ……会話も数分だけ。これ以上姫様を誑かすような事があってはならないからな……何より私に指導をしてくれたキエモン殿の頼みだ」
「すまぬの。助かる」
「という事は彼女は無事ではあるという事ですね……!」
「キエモン殿が礼を言う事もない。そして……ああそうだ。姫様は部屋に居るが無事ではある。運動不足や食事を摂れないなんて事もない」
拙者への恩義にも等しき事柄から許諾してくれた。
指導と言うても、ほんの少し修正しただけなのだがの。だが巡り巡って己に返ってくる。それが善き事ならそれに越した事は御座らん。
「このまま私の次元を伝って行けば誰にも見つからず姫様の元に辿り着ける。斯く言う私も何度かこの方法で姫様と会ったりしている」
「となると、主らでもそう簡単には会えぬ扱いとなっているのか」
「そうだな。私達次元魔導団ですらだ。あの帝王、案外小心者で娘が影響を受けるのを危惧しているのだろう」
「主君に向けてそう申すか」
「ここは私の空間。盗聴などもされていない。そもそも通信の魔道具が使えないからな。言いたい放題だ」
「強かな女子よ」
ともあれ、行く当ては見つかった。ザン殿の案内の元、姫君の部屋へと向かう。
次元の中を進み行き、大凡の位置にて止まって姫の部屋へと現すので御座った。
*****
──“お姫様の部屋”。
「──姫様。貴女に来客です」
「ん? ザンか」
部屋に達するや否や、映り込むは黒い長髪を梳かす女性の姿。
凛とした声で此方を見やり、目を丸くさせた。
「お前、ヒコか!?」
「や、やあ。“オリ”。久し振──」
「ヒコ!」
「うぐっ……!?」
瞬間、オリと呼ばれた姫君が一歩で詰め寄り、ヒコ殿の首元へ腕を掛けるように飛び付いた。
確かあの技、本にあったの。“らりあっと”と言うらしい。
そんな感想が浮かぶ中、ヒコ殿の体は本棚へと激突して二人は本の雪崩に巻き込まれた。
「やっと会えた! いやー、一年振りくらいか!?」
「き、君も相変わらずだね……オリ……会えて……良かっ……た……」
そう告げ、ヒコ殿は息を引き取るのだった。
めでたし、めでたし。
「そ、そんな……ヒコ……ヒコォォォ!?」
「生きてます……キエモンさん。変なナレーションやめてください。めでたくないでしょう。と言うか貴方、そんな性格じゃないでしょうに……オリもオリだよ。何でノリを合わせて……」
「ふふ、少し茶目っ気を出したくなった」
どうやらノリの良い姫君の様子。お転婆とは思っていたが、これは予想以上。ヴェネレ殿やサン殿。かつて拙者の仕えていた姫君とも違う性格だ。
そんなオリ殿が拙者とマルテ殿の方を向く。
「そこの中々面白い男。今のタイミングでのアドリブ。良いね。気に入ったよ。名乗ってくれ」
「拙者、姓を天神。名を鬼右衛門と申す。話くらいは帝王から聞いておろう」
「成る程。父上が欲しがっていた人材は君の事か。歓迎しよう。私はオリだ」
話くらいは聞いているのでやはり存じ上げており、彼女は手を差し伸べる。
その手は取るが、一つ訂正を加えなければの。
「歓迎してくれるところ悪いが、拙者は別に星の国へ付こうと言う気は更々無い。今回はそのヒコ殿の依頼でやって来たまで。直ぐに帰る」
「そう。それは残念だ。……いや実は、ザンが部屋に来る時。最近は君の話だけをしていてね。君が来てくれれば彼女も……もがっ!?」
「姫様。余計な事を話さないでくだされ……!」
何かを言い掛けたオリ殿の口は次元によって塞がれる。
星の国の者達。全体的に殺伐とした印象で御座ったが、愉快な者もチラホラおるのだな。
ともあれやって来た姫の部屋。そこに居たオリと言う名の姫君は随分と男勝りな女子に御座った。




