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其の佰漆拾肆 侵入

 ──“スター・セイズ・ルーン”。


 潜入した拙者らは直ぐに移動し、近くの茂みへと身を隠す。

 城の近くなのもあって周囲には常に何かしらの気配がある。今回は戦ではなく姫君の安否確認なので理想を言えば誰一人とも出会わず抜ける事だな。


「次にやって来る者が通り過ぎたら進もう。まだ兵士は巡回しているが、その時が一番気付かれずに行ける」


「そうか、分かった」

「この茂みからじゃよく見えませんが、キエモンさんは兵士の居場所が分かるので?」


「ああ。俗に言う気配を探っているのだ。呼吸や空気の変化。流れなどから何処に誰が居るのか把握出来る」


「地上の方にはその様な力が……」


「キエモンは特別だ。ちょっとした気配なら私にも捉えられるが、キエモンは範囲も精度もズバ抜けている」


「な、成る程……」


 気配を感じ取る行為。それについて息を飲むヒコ殿。

 現世での暮らしの中にて身に付いた術。加え、拙者に宿る鬼神の力が更なる高みへ運んでいる。

 故に拙者はこの世界でも随一であると自負しておる。


「行くぞ……」


 その様な事を聞こえぬ程の小声で話していると見廻りの兵が通り過ぎ、拙者らは足音を立てずに進み抜けた。

 俗に言う抜き足、差し足、忍び足。

 これも忍の友から教わったもので、コツは足の小指から下ろし、足裏の外側を付けたのちにゆっくりと踏み込む。

 手足を同時に出すナンバ歩行と共に活用する事で足音も衣服の擦れる音も無く、静かに移動出来るのだ。

 初めのうちは遅かったり音が出たりと難しいが、慣れればそれなりの速度で行ける。こう言った場面でも便利に御座る。


「さて、少しは進んだが城の出入口が問題だ。こっそりと行っていたのなら正規の場所以外にも抜け道を知らぬかの。ヒコ殿」


「あるにはありますけど、さっきと同様……いえ、それよりも狭いですよ?」

「構わぬ。先は杖が引っ掛かっただけ。同じてつは踏まぬよ。のう、マルテ殿」

「無論だ。正直言って先程は恥ずかしかったが、今回はもう問題無い」


 現在地は既に城と目と鼻の先。

 ヒコ殿と姫君のみが知る出入口は城にもあるようだが、先程よりも狭いとの事。

 然れど拙者は小柄。この三人は皆が細い。問題無く通れよう。

 案内の元、城の死角に付きヒコ殿が指し示す。


「ここです。見ての通り狭さはこれ程で……」

「誠に狭いの」


 先程よりも狭い穴。

 そう言っていたがこれまた難儀。通れるとは思えるが、時間は掛かろう。

 その横でマルテ殿は己の胸を掴み、複雑そうな顔をしていた。


「フム……最近は胸に脂肪が付いてきた。細い穴を抜けるのは大変だ……」


 それは女子おなご特有の感性。

 マルテ殿は最近胸の脂肪が付いたらしく、平均的女性よりも若干大きくなっておる。

 拙者の男性的感性を元にした偏見を思えば、本来なら女性はそれで良いのかもしれぬが、前線に出る立場としてあまり好ましくないのであろう。


「なればサラシを巻くと良い。多少圧迫して息苦しくはなるだろうが、動きやすくもなろう」


「サラシか……そうだな。それが良さそうだ。移動の度に揺れる胸は邪魔でしかないからな」


 拙者の故郷に居た女の侍はサラシなどをして刃の当たりやすい胸を抑えていた。

 それをマルテ殿に提案し、彼女は受け入れて納得したように頷く。と言うても今は無いのでそのままだがの。


「一先ず入りましょう。押し込めば行けそうです」

「そうだの」

「ああ」


 此処は高床式。ヒコ殿が上がり込むように穴へ入り、周りの様子を確認して合図を出す。

 見張りも居るので拙者は今回も最後だが、次に入るマルテ殿へ訊ねる。


「マルテ殿。行けるか?」

「胸さえ潰してしまえばどうって事はない。だが、ずっと手で抑える訳にもいかぬので少し支えが必要だな。すまないがキエモン、何か布を貸してくれ」

「うむ、ではこの手拭いを。使用済みの物だが良いか?」

「構わない」


 衣服を脱ぎ、下着を取って拙者の貸した布を巻く。

 裸体を見ただけでは婚姻を結ばずとも良いので問題も無かろう。


「キエモン。少し抑えてくれ」

「了解した。少しキツいぞ」

「覚悟の上だ……んっ……!」


 背には届かぬ。なので拙者の手を借り、ギュッと胸を抑えるように縛る。

 後ろに回して結び、マルテ殿の乳房を収めた。

 衣服を着用した後にそのまま登り、周りに誰もいないのを確認してから拙者も続いて城への潜入に成功する。


「私が案内出来るのはここから彼女の部屋までです。見張りなどを掻い潜る道はもう見つけられません」


「そうか。然し十分。こうも簡単に城へと潜入出来たのだからな。だが、此処に居る者達は不可視()つ気配も出さぬ何らかの移動魔法をもちいる。決して油断は出来ぬぞ」


「はい」

「そうなのか。気配が無くともそこに居る可能性を思えばまだまだ苦労しそうだ」


 潜入出来ても見つかる危険性は残っておる。

 敵にはあの移動法があるからの。その術については姿も気配も無い事しか分かっていないが、それが分かっているからこそ気が引き締まるというもの。


「……一先ず周囲にある気配は二つから三つ程。拙者らが潜入した事は気付かれていない故、人数は少ないの。そうであっても常に警戒体制は解かれておらぬが」


「1ヶ月以上経っているというのに、用心深い国だな」


「当然だろう。主力の面々は何人か倒されたのだからな……拙者らに。そう簡単には収まらなかろう」


「……まあ、それもそうだな」


 城は常に包囲網が張り巡らされていると考えた方が良い。それもこれも一月前の出来事が原因。

 この様な形で再び城へ入る事になるとはの。約束を守るのは大切だが気が気でない。


「取り敢えずはそろそろこの部屋を出るべきだな。感じられる気配は数秒もすれば去る」

「その時が出所という事だな。キエモンのタイミング的にはいつだ?」

「現時点から五秒後だ」

「つまり言い終えた今、既にその時となっているな」

「そうよの」


 小部屋の戸に手を掛け、物音を立てずに開ける。

 気配は無いが念の為に改めて見渡し、完全なる確認を終えた後になるべく音を鳴らさず駆け行く。


「その曲がり角の先に二つの気配がある。右側の小部屋に入ってやり過ごそう」


「分かった」

「はい……!」


 渡り廊下を進み、小部屋に入り込む。

 なんて事のない一室。高布団ベッドに本棚と机。小綺麗で纏まりのある小さな部屋。

 使われている痕跡はあるが、今現在家主はおらぬのでやり過ごさせて貰う。


「此処は女子おなごの部屋だな。ズカズカと入り込むのは悪いが、やむを得ぬ事態だ」

「フム、確かに女物の下着などが脱ぎ捨ててある。割と雑多な女性なのだな」

「然し余計な物も無い。多くを求めぬ淡々とした性格なのだろう」

「自分は二の次。私やキエモンに近しい性格の女性かもしれないな」


「あの、他人を分析するのは失礼なんじゃ……」

「「おっと、これは失敬(失礼)」」


 内装から利用者の性格、性別、特徴などが何もなく分かる。だがヒコ殿の言う通り詮索するのは失礼に値する。

 多くは考えず、外の見張り兵が去るのを待つとするか。


「まあ、余計な物が無いのは音などを立てずに済むから好都合だな」

「そうよの。仕事人気質の者の部屋で助かった」


「──そ。それはありがと。先程と違って部屋を褒められるのは悪い気がせぬ」


「「「…………!」」」


 外の様子を窺いながら話していると、背後から女子おなごの声が聞こえた。多少機嫌の悪い雰囲気だの。

 そしてこの感覚。気配も何もなく、突如としてその場から現れたような錯覚に陥る。魔法か魔術か、この力を理解せねば戦になった時苦戦も見られそうだ。

 然し、この声……。


「聞き覚えのある声と思ったら。此処はザン殿の部屋で御座ったか」

「部屋主が現れたと言うのに相変わらず驚きなどを顔に出さぬな。キエモン殿」

「驚いたさ。だがザン殿なら問題無いと判断したまで」

「ふふ、それは楽勝という意味か?」

「いや、主の性格が良いから事を上手く運べそうという判断よ」

「褒め言葉として受け取っておく」

「褒めたのだ。それで良い」


 現れた者は星の国の主力“次元魔導団”の一角、ザン殿。

 彼女の部屋ならこの内装は頷ける。余計な物は置かず、直ぐに鍛練へ赴く為に衣服や下着は脱ぎ捨てる。

 納得の形だ。


「キエモン。そいつは敵なのだろう? なぜ親しそうに話している……? 知り合いなのか?」


「うむ、この国の主力にしてナンバすりぃと言うザン殿だ」


「ナンバ……No.3と言う事か!? しかも主力……いや、No.3なら主力なのは当然か。確かに質が違う。そんな大物と……!」


「フム、片方は見ない顔だ。キエモン殿の仲間と考えて良さそうだな。中々の魔力を感じるの」


 マルテ殿とザン殿。お二人は初対面。互いに思うところはあるようだが、両者共に実力者というのは見て取れたようだ。

 然し、見ない顔なのは“片方”だけか。


「そして月からの……姫様の想い人……!」

「お久し振りです。ザンさん。そう怖い顔をしないでください」

「黙れ。姫様は貴様なんぞにやらぬ……!」


 険悪な雰囲気だが、確かに知り合いではある様子。

 サモン殿と言いザン殿と言い、ヒコ殿への当たりが強いの。姫君は彼女らにとって大事なお人。こうなるのも頷ける。


「まあそいつは無視だ。キエモン殿。一応私はこの国の主力と言う立場。明らかに侵入者かつ、立ち入りを禁じられている月の奴の行動は許可出来ぬのだがな」

「拙者とのよしみだ。むしろ匿ってくれぬか?」

「堂々とそれを言うでない。主は好きだが、私としても放置する訳にはいかぬのだからな」


「──なっ……!?」


 マルテ殿が声を上げる。

 気付いた時、拙者らはザン殿の作り出した空間の中に居た。

 相変わらず無色透明な世界。不思議なところよ。


「世界その物が変わった……!」

「これが彼女の力よ。次元とやらを操るらしい」

「次元を……そんな概念を操る者ですらNo.3なのか……!?」


「気にしている事を。No.2とNo.1にも成長次第では追い越せるポテンシャルを秘めておるのだ」


 驚きを隠せぬマルテ殿だが、当のザン殿はその言葉に不満気だった。

 ナンバすりぃ。即ち頂点ではない。その事実には思うところがあるようだ。


「……さて、じっくりと話しそう。キエモン殿。マルテとやらに月の奴」


「語らうのは賛成だが、穏便に済むと良いな」

「そんな雰囲気に見えないけどな……!」

「それより私、ずっと月の奴なんですか?」


 既に別次元足り得るこの空間の隙間から別の次元が顔を出して映る。

 臨戦態勢には一応入っているようだが敵意や殺意はあまり感じられぬ。

 前に比べたらこの場は直ぐに収まりそうだが、拙者は打刀を抜き、マルテ殿は杖を構えた。

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