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其の佰漆拾弐 遠征

 ──翌日、夜番を終えた拙者らは一休みに入る。


「キエモンさん! 任務も終えましたし今日は休みですし私の部屋で過ごしましょうよ!」

「そうですわ! キエモンさん! 私達と一緒に寝ましょう!」

「行こーぜキエモンさん! 何も起こらないからさ! ほんのちょっと休むだけだ! 朝風呂とかにも一緒に入ろーぜ! 本当に何もしないからさ!」


「いや、遠慮しておく」


 エルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿は一晩過ごしたのもあって少し様子がおかしかったが、一先ずエルミス殿の部屋にて三人で休み、拙者は日課の鍛練に勤しむ。


「キエモーン! 夜の任務を終えたばかりなのに休まなくて良いの?」

「ヴェネレ殿。そう言う主も主であろう。目の下にくまと思しきモノが出来ておる」

「これはあれだよ……そうだ! 滑って転んで本の角に目をぶつけてアザになった!」

「尚更だ。益々(ますます)此処に居てはならなかろうて」

「アハハ……それもそうだね。うん、普通に寝不足~」


 徹夜した上で此処まで来るとは。誠に物好きな姫だの。

 その上で鍛練を行う拙者も言えた義理では御座らんが、これが終わったら休むつもりはある。


「なれば寝ていた方が良いだろう。拙者、鍛練後は少しだけ眠るぞ」


「うーん、朝に寝ちゃうとどうしても起きるのが昼過ぎとかになって昼夜が逆転しちゃうんだよね……まあ今更の考えだけど、多忙でもなるべく規則正しい生活を送りたいって言う心境が……」


「その気持ちも分からんでもないが、せめて身を休めねばなるまい」


「アハハ、それはごもっとも。けどキエモンは今から寝るとして起きたい時間に起きられるの?」


「そうだの。眠る前に何刻後に起きると思えば自然とそのくらいに目覚める」


「良いなー。そのスキル」


 睡眠時間について悩んでいる様子のヴェネレ殿。拙者の起きたい時に起きられる事へ彼女は羨ましがっていた。

 ふむ、すきる……別に技術などでは無いのだがの。


「ヴェネレ殿の場合は蓄積した疲労の影響もあろう。少しは眠らねばより酷くなるだけぞ」

「それは……そうなんだけど。うん、分かった。じゃあキエモンの付き添いが終わったら休むよ」

「拙者に付き合わなくとも良いのだがの」

「ううん。まだまだカラテとか教えて貰ってる途中だし、私の為にもやらなきゃ……!」

「護身術の為か。疲れている状態ではあまりおすすめせぬが……仕方無いの」


 ヴェネレ殿が来た理由は生身での戦闘に備えて。

 思うところはあるが拙者が言えぬのはずっとそう。なので軽くだが稽古を付ける事とした。


「──これくらいだの。もうそろそろ休むべきだ」

「ふわぁ……うん……そうだね。体を動かしたのに眠気が覚めるどころかより増した……」

「ふあ……拙者もか。ヴェネレ殿の欠伸あくびが移ってしまった」

「ふふ、お揃いだね♪」

「何を嬉しそうに……そう言えばエルミス殿らも異様に元気で御座った」

「それは多分深夜テンションってやつだよ。人って疲れた時、訳分からない事言ったりやったりするんだってさ」

「深夜テンション……恐ろしいものだの」


 疲労は一周回ると変な気分になるか。勉強になったが、あまりよろしい状態でもないの。

 思えば拙者も若干だが気分が良くなってきた。徹夜明けの鍛練。疲労に拍車が掛かったようだ。


「急に眠気も出てきた。眠るとしよう」

「うん……そうだね……」


 もうフラフラのヴェネレ殿。

 致し方無しと彼女の肩を支え、拙者は修練場を後にする。

 ヒコ殿。及び星の国については起きてから考えるとしよう。

 拙者らは部屋へと入った。



*****



 ──“数時間後”。


「………」


 少し経て、拙者は微睡みから目覚めた。

 昼間なのもあって熟睡という訳では御座らんが、肉体的には軽くなっている。十分に休めたので御座ろう。

 睡眠時間で言えば一と半刻。些か短めだが目覚めは良好。さてと立ち上がり、隣の膨らみを感じる。なんで御座ろうか。

 気に掛けて布団を捲ると、


「うう~ん……」

「ヴェネレ殿」


 ──ヴェネレ殿が寝ておられた。

 特に乱れてもおらず、拙者らの衣服もそのまま。この状況、周りの様子から察するに眠気によってそのまま二人で布団に入ったという事に御座ろう。

 何の問題も無いが、彼女は勘違いしてしまうかもしれぬな。

 その様な事を考えているとモゾモゾと動き、ヴェネレ殿は目覚めた。


「んっ……ふわぁ~」

「お目覚めか。ヴェネレ殿」

「あ、おはよー……。キエモ……え!?」


 ガバッ! と勢いよく起き上がり、飛び退くように距離を置く。

 そこまで驚く事であろうか。然し姫君と言う立場。もし間違いが起きたとあれば当然かもしれぬ。王族の世継ぎ人は重要な存在だからだ。

 間違いなどは全くしてないのだがの。


「も、ももも……もしかして……私、キエモンと……!?」

「案ずるでない。主の思うような事にはなっておらぬよ。衣服に乱れは無く、肉体的な汚れも無し。即ち、ただ普通に眠っただけだ」

「あ……そうなんだ。そうだね。別に痛みもないし……早とちりだったよ。安心した」

「の割にはそう見えぬが……」


 口では安心したと言っているが、少し残念そうな面持ち。

 一体何故か。その事は仏様でも分からなかろう。ヴェネレ殿の表情は読みやすいが、時折分からなくなる。


「キエモン。居るか?」

「……? マルテ殿か。うむ、入って良いぞ」

「え!? ちょ、キエモン……今私が……!」


 そんなやり取りの中、扉を叩く音が聞こえてマルテ殿の声がした。

 既に目覚めた。問題も無いので入室を許可したがヴェネレ殿は慌てる。

 何で御座ろうという疑問を思うよりも前に彼女は入ってきた。


「そろそろ星の国へ……ヴェネレ様……!?」

「マ、マルテさん……これは……その……」

「成る程。抜け駆……コホン。そう言う事ですか」

「ち、違うの! これはえーと……これは……」

「“これは”が多いの。ヴェネレ殿。マルテ殿、前の主と同じよ。互いに眠くて眠ってしまったのだ」


 弁明しようとするも言葉が出ぬヴェネレ殿へ助太刀するよう申し上げる。

 この国に来た当初、マルテ殿とも似たような事があった。この場に迎えに来たのがマルテ殿というのも何かしらの因果によるものかもしれぬ。

 彼女ならば直ぐに理解しよう。


「フム、そう言う事か。キエモン。何も犯してないのだな?」

「当然だ。そも、姫君と一騎士である拙者が一線を越える事は死罪に値する」

「べ、別に私は……」

「む?」

「なんでもない……」


 ヴェネレ殿の謎に満ちた反応は気になるが、一先ずの誤解は説けた。

 拙者は高布団から起き上がり、マルテ殿へ訊ねるように話す。


「して、マルテ殿。星の国へもう発つのか?」

「ああ。戦争を吹っ掛ける訳じゃないが、ヒコとやらを連れてな。奴なら私達が見張りの拠点としている森についても詳しいと踏んだのだ」

「成る程の。拙者を呼びに来たという事は、拙者も行くべきか」

「そうして貰えると助かる。騎士団長のフォティアさんも同行するが、戦力が彼女だけでは足りないからな。徹夜明けで悪いが……」

「心得た」

「ありがとう、キエモン」


 マルテ殿の目的は星の国へ赴く事。既に騎士団長は向かっており、決して戦力不足には思えぬが未だ未知数の星の国。なので一度はそこへ行き、国内に入った拙者の力が必要との事。

 彼女は夜勤明けを懸念していたがこれだけ眠れば問題無い。直ぐに準備へ取り掛かれよう。

 ヴェネレ殿は寂しそうに此方を見やる。


「もう行っちゃうんだ。キエモン……」

「そうよの。これも騎士の努め。言うても今回は視察のみだ。直ぐに戻れよう」

「うん。気を付けてね」


 彼女の寂しさは何処から来るのか。以前よりもそう言った面を見せる事が多くなったやも知れぬ。

 冬の寒さの所為か、はたまた別の理由があるのか。いずれにせよ年頃の女子おなご。そう言った日があるのだろう。


「では支度をしてくれ。一時間後には星の国へ向かうらしい」

「了解した。身支度には十分な時間よ。ヴェネレ殿。少し遅いが朝食を摂るとしよう」

「うん」


 そのうちに食事を摂り、歯を磨き、用も足して整える。

 まだ時間はあるのでその間に刀の手入れをし、数十分後に拙者らは星の国へ向かった。


「星の国……“スター・セイズ・ルーン”まではそれなりに時間が掛かる。疲れぬか?」


「はい。私は大丈夫ですが……キエモンさんとやら。貴方は徒歩で向かうのですか?」


「そうよの。だが問題は無い。慣れておるからな。乗り物を使うよりかは動きにも出しやすく、不足の事態にも対応出来よう」


「時速100㎞以上は出ているんですが……」

「いつもの事ぞ」

「いえ、理由と答えになっていませんよ」


 ヒコ殿は駆けるように進む拙者へ疑問を抱いていた。

 周りの騎士達は慣れているので指摘せぬが、初見の彼は気掛かりなのだろう。時速100㎞……具体的に説明は出来ぬが、馬より速いだろう。拙者の速度指数は基本的に馬。即ち、馬より速ければそれは高速。拙者は速く走れるという事ぞ。


「前は急ぎだったから半日で行き来したが、今回はそんなに急いでもいない。2~3日は掛かるから心しておけよ」


「「「はい!」」」


 今回の指揮官はマルテ殿。

 基本的に指示役は階級の高さで決まり、この場に居る者の中では軍隊長の彼女が一番。

 故に皆が従い、長い道のりを抜ける。


「2~3日ですか。長いようで短い時間ですね。安全ですし、難なく行けそうです」


「そうとも限らんぞ。ゆっくりの進行なので魔力と体力は使わぬが、その分野生の妖やものに襲われる機会も増える」


「アヤカシにモノノケ……魔物の事ですか。それは物騒な。このまま何事も無いのを祈りたいですけど」


「──その祈りは届かなかったようだの」

「はい。残念ながら」

『ギャル!』『ギャルル!』『ギャルルルル!』


 ヒコ殿と話していると、目の前から回転する鳥が迫って来た。

 図鑑で読んだところ螺旋鳥と言うらしく、その鋭いくちばしに回転を加える事で凄まじい貫通力を生むと言う。

 その鳥が空を行く騎士達に向けて迫り、


「正当防衛だ。切り捨て御免」

『『『ギャ……!』』』


 下方から拙者が刀を振り上げて切り捨てた。

 空中でも杖は使えるが、移動が生身である拙者の方が早く動ける。

 なので即座に刀を抜き、今に至る。

 殺めてしまったが今夜の夕餉ゆうげになろう。奪った命は粗末にせぬ。


「誰かその鳥を拾ってくれ」

「オーケイ、キエモンさん!」


 拙者が空の者に言い、騎士が魔力からなる縄にて縛った。

 此処が森というのもあり、物の怪は多いが遠征には付き物なので慣れている。この数日、安心は出来ぬが被害は及ばず行けよう。


 それから更に進み、半日が経過した辺りで夜更けとなったので休息に入る。

 まだ国境でもないので火を焚き、獣避けとする。

 焚き火の周りに昼間捕って内臓などの処理を終えた螺旋鳥を突き刺し、食事の準備を整えた。

 鋭く長い嘴はそのまま持ち手となる。便利よの。


「隣良いか、キエモン」

「構わぬよ。マルテ殿」


 パチパチと弾け、火の粉が散る焚き火の近く。マルテ殿がやって来、訊ねるように申した。

 断る理由も無いので了承し、彼女が座れるよう横にズレて場所を空けた。マルテ殿はそこに腰を降ろす。


「ふっ、こうして2人になるのは久し振りだな」

「なんぞその言い方は。確かに半年以上二人で行動した事は無かったが、この場も別段二人だけではなかろう」

「気分の問題だ。それこそ貴殿が来た当初以来だからな」

「そう言うものかの」


 酒瓶を片手にさかづきを持ち、注いで一口含む。

 確かワインと言われる酒の一種。拙者も飲ませて貰った事があるが、その様な物を呑んでも大丈夫で御座ろうか。


「マルテ殿。夜も見張りがある。あまり飲み過ぎるでないぞ」

「ああ、分かっている。だが貴殿と共に飲みたくなったのだ。仕事ばかりの現在、たまにはこう言う日も良いだろう。それに、支障をきたす程酔うつもりもないさ」

「それなら良いのだが……そうよの。共に飲むのも悪くない」


 酒を酌み交わす。現世では色々と理由を付けて滅多にその様な事をせなんだが、此処ではそれをしても良いだろう。

 失う事が怖かった現世。それは今もそうだが、その為に他者との繋がりを持たぬのは愚行。後悔の方が多くなると今になって気付いた。

 この世界に来て半年以上であるが、今度こそは多くの者と繋がりを持ちたいところよ。


「では、乾杯だ。キエモン」

「そうだな。マルテ殿」


 互いの杯に酒を注ぎ、グッと一気に飲み干す。

 今宵も良き月が出ておるな。この月の下で酌み交わす酒は美味(なり)

 螺旋鳥の焼きも酒に合い、食が進む。


「すっかりキエモンさんとマルテさんの空間だ……」「焼き鳥は美味いが、微妙に喉を通らない」「良いじゃない。寒空の下、あの空間だけ熱を感じるわ!」「確かにマルテさんは炎魔法が得意だけど……」「違う、そうじゃない」「同じ騎士団チームなのに取り残された感覚だ」


 何やら周り様子が変だの。敵の気配は感じぬが、妙に落ち着きがない。

 はてさて、一体何で御座ろう。それ程までに他の焼き鳥が完成するのが待ち遠しいのであろうか。


「何故周りの者達は拙者らを見てソワソワしているのであろうな」

「そう言えばそうだな。私達の顔に何か付いているのか?」

「む? マルテ殿。焼き鳥の欠片が頬にくっついておるぞ」

「なにっ? 成る程……これだったか……!」

「取ってやろう」

「すまないな」


(((違う……!!!)))

(((2人とも鈍感!!!)))


 また空気が変わった。

 何かしらを言いたげな雰囲気。然し何も言うつもりはない様子。

 そこへヒコ殿が話し掛けて来る。


「2人とも、もしかしてアナタ達は付き合っているのですか?」


(((ヒコォォォ━━ッ!!?)))


 その言葉に反応を示したのは拙者らではなく周りの者達。

 言葉には出しておらぬが、何かを言いたそうな雰囲気に拍車が掛かった。

 そのまま周りの者達はヒコ殿を引き摺り去る。


「ヒコさん! せっかくだし一緒に食べよう!」

「そうそう! せっかくだしさ!」

「せっかくだし月の話を聞かせてよ!」


「え? あ、はい。分かりまし……たァァァ……!?」


 勢いと騎士達に押され、この場を離れる。と言うより離される。

 一連の流れは十秒も経過しておらぬ短き時間。拙者とマルテ殿は理解が追い付かずに互いの顔を見やり、呆気に取られたまま酒を飲んで話す。


「なんだったのだろうな。付き合っているとは」

「現状、互いに酒へ付き合っておる。共にどうだとでも言いたかったのかも知れぬな」

「成る程。合点がいく。しかし他の騎士達が誘ってくれて良かったな。ヒコとやら」

「そうよの。楽しそうで何よりだ」


 全く分からなかったが、賑やかで楽しんでおるならそれに越した事はない。

 拙者とマルテ殿も特に気にせずたしなむ程度の酒を飲み、この日の夜も過ぎる。

 その翌日、更に翌日と進み星の国前の仮拠点に辿り着いた。

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