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其の佰漆拾壱 兆し

 ──“城内、会議室”。


 そうと決まってからの行動は迅速であった。

 今城に居る主要の者達を集める。既に就寝の体勢に入っていた者もあったが、然程さほど夜も更けておらぬのでまだ誰も寝ていなかった。

 なので集まりやすくあり、拙者としては好都合。

 即刻会議が始まる。


「それで彼が月からやって来た……なんだろうね。兵士では無さそうだ」


「ヴェネレ姫には報告したが、その後は私達に教えて欲しかったな……」


「それについてはすまぬな。マルテ殿」

「いや謝る必要は無いんだが」


 集った面々の中には騎士団長のエスパシオ殿。そして軍隊長のマルテ殿がおられる。というより、ファベル殿らは任務によって“シャラン・トリュ・ウェーテ”を離れているのだ。

 念の為にセレーネ殿も呼び、彼女と嘘発見の魔道具にて拙者にされた説明を今一度して貰い真偽の確認も終えた。

 概要は話終え、今に至るという事だ。

 エスパシオ殿が改めてヒコ殿へ話す。


「それでヒコ君だっけ。想い人の為とは言え、交換条件として月の国の情報を色々教えてくれるんだね。本当に良いのかい? そんな自分を優先してしまって」


「ええ、それについてはキエモンさんに話した通りです。不法入国なのは変わらず、そもそも私は立場的には牛飼いのような身。情報もあまり持ち合わせている訳ではないのです。なのでせめて知っている情報だけでもと」


「その人が言ってる事は本当……」


 上の立場ではない為、話せる情報は限られるか。セレーネ殿のお陰でそれも本当と分かった。

 そんなセレーネ殿を見たヒコ殿は複雑そうな表情をする。


「けどまさか君が……いや、立場的に私は遠目から見ただけなんだけど」


「……?」


 当然彼女の事も知っておるか。

 だが、月の国の立場的にはセレーネ殿(王族)ヒコ殿(平民)。詳しくは知り得ない様子。

 話を戻し、月の情報を聞き出す。その役目は拙者よりも手慣れているエスパシオ殿に委ねた。


「じゃあまず、君がどんな方法で月から地上にやって来たのか教えてくれないか? それと帰る方法かな。まさか月から落ちてやって来たという訳でもないだろう」


「落ちてきたというのもあながち間違っていないのですが、確かにそうですね。生身で月からダイブしても地上には辿り着けません。行きも帰りも単純な方法、月では特殊な力……地上風に言うと魔力。それを乗り物に張って外部の影響を防いだのです」


「特殊な力?」


 行き帰りの方法は同じらしく、特殊な力とやらによって膜を張り、悪影響等を防ぐとの事。

 確かに単純だの。拙者らの中でもそれについての考えは出ていたが、この星の引力を突破するには速度や防御力が足りぬらしく保留となった。

 それ故のエスパシオ殿の疑問。どんな力なのか訊ねられ、ヒコ殿は「はい」と頷いて返す。


「言ってしまえば月の人々の力を乗り物に集め、それによって防護膜を作るのです。月では地上よりも特異な力を扱う者が多く、更に言えば過去に地上世界から有望な方々を引き抜いている。上澄みの者が少量の魔力を与えるだけで宇宙の放射線や太陽風。地上に降り立つ為の衝撃に耐えられる乗り物となるのです」


「放射線に太陽風……太陽から風が吹いているのかい?」


「まあ似たような感じですね。それについては今は置いておきましょう。宇宙の災害と言ったところです」


「成る程ね。うん、確かにそれが良さそうだ」


 エスパシオ殿らでも分からぬ単語が出てきたようだが、今関係無いのだけは何となく分かったのでさておく。

 乗り物に魔力のような力で膜を張る……と行き方については分かった。次なる月への疑問。


「流石に君の立場じゃ、月が何を企んでいるかは分からないかな」


「企み……ですか。企んでいる事はあるのかも分かりませんけど、後々地上世界と共に戦う事になるとは聞いていますね」


「……! 地上世界と……“共に”? 地上世界と戦うのではなく、共に戦うのかい?」


「はい。その為に乗り物などを用意しておくよう、私は言い付けられました」


 企み。それについては存じ上げておらぬが、やはりと言うべきか地上世界と何かしらの協定を結んだ上での戦いが起こるか。

 それについては拙者らから話すとしよう。


「その事だが、一つ思い当たる節がある。単直に言うとセレーネ殿がとある夢を見てな。所詮は夢なのであまり不安にさせまいと一部の者達以外には黙っていたが、今話すとしよう」


「……!」


 拙者の言葉へ周りからざわめきが起こる。

 それも当然だろう。今の今まで言わなかった情報を開示しようとしているのだから。

 この事については目配せをし、ヴェネレ殿が頷いて説明した。


「実は……──って事でセレーネちゃんの記憶の一部が1ヶ月くらい前に戻ったの。ヒコさんの言っている共同戦線が事実なら……多分セレーネちゃんが夢に見た悪夢の再来対策だと思う……」


「悪夢……」「月が地上に干渉してきたのはその為か」「その夢が確かな記憶なら重大だが……」「何の手掛かりも無い状態では確かに話せなかろう」


 ヴェネレ殿の説明を聞き、大事な事かもしれないとは思っているが今まで話さなかった事にも納得している様子の面々。

 夢で見たから気を付けよと申されても困るのは事実だろうしの。余計な負担となろう。


「その話を聞いてどうだい? ヒコ君」

「やはり私にはよく分かりませんね。ただし信憑性は高いかと」

「ふむ、女王様から君自身が聞いているんだもんね。当たり前と言えば当たり前だ」


 セレーネ殿も反応しておらぬ。即ちヒコ殿は本当に末端しか存じ上げておらぬ様子。

 聞きたい事の大凡おおよそはそんなところ。計画や目的。移動方法など少しは分かったが、現状ではどうする事も出来ぬの。


「うん、なら次は女王様の名前とか月の街とか武器とか魔法……もしくはそれと似たような力とか色々教えてくれないかな? 出来れば主力の異能とかも知りたいけど、君の立場では難しいか」


「お恥ずかしながら。女王様の名前や街並み。そして一般兵などの行う主な力は教えられますけど、主力の方々は実力をあまり見せず隠しているので分かり兼ねます」


「十分だよ。遠目で見たとかでも良いけどね。元々月に関する情報は0にも等しいものだったんだ。それがほんの少し増えるだけで戦力の幅が広がるさ」


「そうですか? では──」


 そしてヒコ殿は女王の名から月の町並み。主な兵士が扱う力について教えてくれた。

 基本的な部分は地上として変わらぬ。だが地上で言うところの上級魔法が月では通常攻撃と同等らしく、全体的に能力は高いようだ。

 それについても何となく分かるの。ハクロ殿から聞いた事だが、月には地上の選りすぐりが行っていると言う。その子孫となれば高い能力は保持されるだろう。


「フム、これくらいか。念の為に嘘発見の魔道具やセレーネちゃんの力を借りたけど、本当に知っている事は少ないみたいだ。ありがとね。ヒコ君」


「いえ、彼女の情報が得られるのなら。元々味方になる予定。月にとって不都合になる情報でもありませんからね」


 エスパシオ殿が話、ヒコ殿が返す。

 上部だけの情報ですら手強い存在と見受けられるが、仮に味方となるなら頼もしかろう。拙者が相対した海龍殿を含め、あのハクロ殿に匹敵する者もチラホラ居る筈だしの。


「取り敢えず、今この国は星の国と冷戦のような状態にある。君の想い人を連れ出すのは難しいかもしれないね」


「そうですか……星の国……は“スター・セイズ・ルーン”ですよね。……ゴホン。仕方ありません。地上の状況を知らなかった私が悪いのです」


「けどまあ、君は幸運な方かもね。位置がズレてこの国に落ちてきたお陰で落下死は免れた。そして何より、星の国の人達に見つかっていたら捕らわれて色々とされるだろうからね」


「色々とは……」

「聞かない方が良いかもね。君も星の国に行っていた頃に黒い噂くらいは聞いただろう」

「それは……まあ、はい」


 未知の場所と思えば何処であっても不安や危険があるかもしれぬ。

 それは“シャラン・トリュ・ウェーテ”も例外ではないが、あの国の現状を見た今、ヒコ殿の運が良いと言うのはそうかもしれぬな。


「では、貴方から聞いた話はこちらでまとめます。想い人については約束通り、私達“シャラン・トリュ・ウェーテ”が力になりましょう」


「有り難い。是非ともお願いします。良い人達の元に落ちたのは本当に幸運でした」


 ヴェネレ殿がお姫様もぉどにて話す。

 約束は守る。中々手が出せぬ所に居たとしても投げ出す理由にはならなかろう。

 星の国の姫君はその方が安全なのかそうではないのか存ぜぬが、行動は起こしてみる事となった。

 ヴェネレ殿に続き、エスパシオ殿もシメに入る。


「これから更に忙しくなるね。この1ヶ月、“スター・セイズ・ルーン”に動きはないけど計画自体は進められている。そして向こうの姫様の安否も気掛かりだ。まあ十中八九無事なんだろうけど、影響は及んでいるだろうからね。我らはそれについて動くよ」


 今日はもう夜も更けた。なので行動は明日に起こす。

 月からの来客。その存在によってまた事が進みそうだの。

 それと同時に進行する新たなる戦いの兆しを感じつつ、今日が終わるのだった。

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