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其の佰漆拾 月からの来客

「つかぬことをお聞きしたいのですが、ここは“スター・セイズ・ルーン”という国ですか?」


「……!」


 エルミス殿らが反応を示す。

 月から来たと言う男。その用事は“スター・セイズ・ルーン”。即ち星の国にある。

 やはり月と星の国は繋がりがあるようだが、取り敢えず答えるとしよう。


「残念ながら、此処は“スター・セイズ・ルーン”では御座らんよ。そこから南方に数里離れた“シャラン・トリュ・ウェーテ”だ。また随分と方角がズレておる」


「すうり……確か昔の言い方で数キロって意味……あちゃー……やっぱりそれくらいはズレてしまいますよね。月からのダイブはそんな感じなんですよいつも……」


「月からのだいぶ……落ちると言う意味か。フム、益々(ますます)なんぞこれは」


 月から落ちたと言うヒコ殿。

 月の位置は存ぜぬが、かなりの高所と聞いた。そこから飛び降りたと言うのかこの者は。正直に言うと阿呆だの。

 彼は改めて話す。


「実は私、“スター・セイズ・ルーン”に……俗に言う想い人の女性が居るんです。だけど向こうの親と私の親が交際には反対していて……」


「………」


 星の国にそんな相手が居るとな。

 似たような話をつい一月前に聞いたばかりの気もするの。サモン殿が信頼する姫君がどうとか……まさかの。

 念の為に聞いてみる。


「その者は“スター・セイズ・ルーン”の姫のような立場に居たりはせぬか?」


「姫……どうでしょう。彼女はそれなりの役職に……とは言っていましたけど姫とは言っていませんでした」


「成る程の」


 確定したの。

 間違いない。この男の想い人は星の国の姫君だ。

 役職を言わぬのはそれによって生じる弊害が多いから。拙者がかつて仕えていた姫もその様に理由を付けて時折城下町へ繰り出していたらしい。拙者が顔を見たのは最期の時だけなんだがの。

 兎も角、此奴こやつ其奴そやつか。


「……。エルミス殿。ブランカ殿。ペトラ殿。少々野暮用が出来た。少しの間、この場を外すぞ」


「え? あ、はい。構いませんよ。今のところ発生している異常事態はその方だけですから……」

「そ、そうですわね。構いませんわ」

「あ、ああ。構わないぜ……」


 突然の事態にあまり飲み込めぬ様子のお三方だが、一先ず許しは出た。

 拙者はヒコ殿へ向けて今一度話す。


「此処は“スター・セイズ・ルーン”では御座らんが、主の当てはあるかもしれぬ。色々と審査も必要だ。共に来てくれるか?」


「なんだって……それは本当!? ああいや、失礼しました。是非とも案内してください。……それと、私が形的に不法入国なのも理解しています。驚かせてすみません。取り調べは受けます」


 物分かりは良い様子。品のある立ち振舞いからおもんみてもそう言った性格なのは明白。

 同行にも了承し、拙者らは城内へと入った。

 渡り廊下を進んで扉の前に立つ。


「ヴェネレ殿。おられるか?」


 軽く戸を叩き、ヴェネレ殿を呼ぶ。

 夜となってから然程さほど経過しておらぬからの。おそらくまだ起きていられる筈。


「キエモン? うん、入って良いよ」


 許可が降り、戸を開けてヴェネレ殿の部屋へと入る。

 そこには山積みになった書類があり、ヴェネレ殿とミル殿で消費している途中らしい。


「忙しいところすまぬな」

「ううん。いいよ、キエモン。それで何かあったの?」

「うむ」


 質問と相槌。彼女も王としての仕事が忙しそうな為、話は直ぐに終わらせる。


「単刀直入に申そう。月から人がやって来た」

「……。…………ぇ……?」


 沈黙を経ての困惑の色。これも当然の反応よの。

 畳み掛けるようで申し訳無いが、本人を見せた方が早いのでヒコ殿を前に出す。


「この者がそれだ」

「え? あ、初めまして。今しがた説明にありました。月から来たヒコと申します」


 ヒコ殿を前に出し、彼は困惑しつつも自己紹介をする。

 此方も此方で困惑の色そのまま、ヴェネレ殿も返した。


「あ、はい。シュトラール=ヴェネレ……この国の王様です……って、なに。これ……この人が月の……?」


「そうだと申されておる。怪しさしかないが、何かあれば拙者が居るからの。問題は無かろう」


「成る程。貴方がこの国の用心棒でしたか。確かに私が敵だったとしても……貴方には勝てそうにない。敵対するつもりは毛頭ありませんけど」


 敵意は感じぬ。故に警戒はしておらぬが、ヒコ殿にもある程度の力量が分かるのだな。

 月の者達は数人と会った事があるが、やはり高い戦闘能力を秘めているので御座ろうか。


「……そしておそらく、この者がサモン殿の言っていた星の国の姫君との……」

「え!? もしかしてそれ……この人がお姫様の……!? へえ……」


 拙者の多くを言わぬ説明だけでヴェネレ殿もヒコ殿がそうであると把握したようだ。

 一先ず、これにてヴェネレ殿へ存在の証明はしたの。本題へ移ろう。


「主の想い人が居るであろう国は今鎖国状態にあり、外部からの侵入は何者も拒んでおる。残念ながら今すぐ会う事は出来なかろう」


「……! そう、ですか。いえ、元より私と彼女は会う事が許されぬ身。私のワガママに付き合う必要は無いんです」


「だが、その国に居た者が国におる。話は聞けるかもしれぬぞ?」


「……!? ほ、本当ですか!?」


 グイッ! と拙者の眼前へと迫る。

 圧が凄いの。それ程までに想い人が重要に御座ったか。

 なれば思ったより上手くいくかもしれぬな。


「ああ、誠だ。然し、見ての通り素性は分からぬお主。悪意を感じられぬのはそうだが、やはり怪しさもある。なので一つの条件として、主の知る月の国についての情報を提示してくれぬか?」


「「…………!」」


「………」


 拙者の言葉にヴェネレ殿とミル殿が反応を示し、等の本人は黙り込む。

 サモン殿を出しに使うようで悪いが、拙者らとしては月の情報を得られるまたとない機会。これを逃す訳にはいかなかろう。

 ヒコ殿は口を開いた。


「構いません! 私にもアナタ方に悪意や敵意がないのを理解しております。つまり月へ攻め込むつもりもないという事。自分勝手極まりないと分かっていますが、私が会いたい人の為に情報を授けましょう……!」


「交渉成立だの」


 拙者の意見を飲むとの事。

 ヒコ殿が得られるモノは今想い人がどうしているかの情報のみ。それと引き換えに月の事を教えてくれるとはの。愛する気持ちは抑えられぬという事か。


「来い。おそらくまだ起きておる。案内しよう」

「ええ、よろしくお願いします」

「ヴェネレ殿。詳しい情報はまた少し後でという事で。拙者、ヒコ殿と共にサモン殿の元へ向かう」


「うん、キエモン」


 断りを入れ、部屋を立ち去る。

 サモン殿は案外部屋におらぬ事の方が多い。基本的に大蜘蛛達の元におる。

 なので外に出て舎へと入った。


「サモン殿。居るか?」

「キエモン?」


 思った通り、サモン殿の姿を確認。

 既に何匹かは眠っており、彼女は大蜘蛛の毛繕いをしていた。

 早速ヒコ殿を見せ、質問してみる。


「此奴について何か知っておるか?」

「どうも」

「……!」


 ピクリと反応を示す。

 ヒコ殿の話し方を見る限り彼は知らぬようだが、サモン殿には見覚えがある様子。

 大蜘蛛から離れ、拙者らの近くへとやって来る。


「……貴方……姫様の……」

「はい。私、ヒコと」

「貴方の所為せいで姫様はお城に閉じ込められてるのよ!」

「え……?」


 魔力から縄を作り出し、瞬く間にヒコ殿の体を拘束した。当人は困惑の面持ち。

 フム、成る程の。ヒコ殿に間違いは無いようだが、サモン殿は姫君を敬っている。

 結果的な事とは言え、この者が居たから帝王によって監禁されたと言っても差し違い無いか。


「い、いや、ちょっと待ってください! そもそも最近はこの星に降りてきておらず、事情が分からないのですが……!」


「姫様は貴方を思って定期的に抜け出し、月へ行く方法を模索したりしていたの。そう上手く行く訳もなく、体に生傷を残して帰って来る事が多かった。つまり、貴方が居なければ……!」


「ちょ、確かに彼女には悪いと思ったけど……私にも月での仕事があって……それ以前に最近は年に一回しか会えなくて……!」


 月に居るという事を知っているのなら、ほうきなどをもちいて空へ行こうとするのは必然。だからこそ高度が足らなかったり勢いが無かったりで落下してしまい、傷が絶えなかったと。

 うむ、それなら拙者でも止めるの。

 然し会える立場でなかったサモン殿は兎も角、監禁するまで誰も気に掛けなかったのが気に掛かるが、この話を聞いていると……。


「サモン殿。横からだが、もしや星の国の姫君は少々お転婆なのか?」


「……まあ、そうだね。昔からよく無茶をしたり見張りの目を盗んで森の方に行ったり……かなりヤンチャなお姫様だよ」


 やはりと言うべきか、好奇心旺盛でお転婆な姫君とな。現世にて拙者が仕えていた姫と言い、ヴェネレ殿と言いサン殿と言いサモン殿の主君と言い、姫という者は大抵お転婆になってしまうのか。

 拙者らの話を聞くヒコ殿は拘束されたまま言葉を発する。


「はい、私もよく引っ張られました……物理的に……出会ったのは彼女も私も幼い頃で、星の視察を兼ねて両親と共に降り立ったのです。その時道に迷って気付いたら森の中。そこであの人に会ったのです」


 ヒコ殿がその姫を見掛けたのはまだ幼い頃。

 星の視察とは想像も付かぬが、以前の海龍ミリュウ殿らもセレーネ殿もそれが目的と言っていたの。十数年前から計画は進められていたのか。計画の本筋自体は未だに分からぬがな。


「昔馴染みという事か。そこからずっと想い続けておるのだの。お互いに」


「ええ。私は地上の人がどんな存在なのか知らず、正直に言うと恐怖しかありませんでした。しかし彼女は明るく穏やかで私も直ぐに心を開けたのです。それから互いの両親には内緒で、隙を見て私は月。彼女は“スター・セイズ・ルーン”から離れて密会していたのです」


 星の国の姫君とは逢い引きしていたという事かの。とは言え場所が場所。そう簡単に何度も会えぬとは思うが。

 それについて訊ねてみると、


「はい。定期的に外に出る私を不審に思った両親はそれを禁止にし、ワガママを言う私に呆れ、一年に一回だけ会うのを許されたのです」


 との事。

 やはりお互いに許されざる身か。

 そうであっても一年に一回会う事は許されている。

 然しまだ分からぬな。


「なれば何故姫君の方は監禁されたのか。無茶をしたとは言っていたが、会う事も許されておらぬのか」


「はい。お察しの通り“スター・セイズ・ルーン”の方はそれすら許してくれず、結局のところ彼女とは密かに会う形が変わらなかったのです。おそらくそれが原因かと。前述したように、久し振りの地上なので私は彼女がお城に閉じ込められているのも知らず……」


「去年のうちはそうではなかったという事か。…………」


 近いうちに行動を起こすからこそ姫君の隔離を兼ねて監禁する。

 理には適っておるの。そうと決まった訳では御座らんが、五ヶ月後の事を思えば今のうちに姫君を閉じ込めておくのは頷ける。


「どうしたの? キエモン」


「一つ懸念があっての。主も知っているであろう戦の計画。その為に星の国の姫を閉じ込めたのかもしれぬ」


「……! 姫様を……確かにその可能性もあるかも……」


 一つの可能性をおもんみ、サモン殿はヒコ殿の拘束を解く。監禁の件、ヒコ殿の所為せいではない可能性も出てきたからだろう。

 当の本人は二度三度と此方を見、訊ねるように話す。


「戦争の計画って……地上世界は今そんな事になっているのですか……!?」


「そうよの。……フム、そうだな。サモン殿もヒコ殿も来てくれぬか。重要参考人として色々と聞きたい事がある。姫君についての事もそこで聞くとしよう」


「私は別にいいけど……」

「はい。私も気になってきました……まさかそんな事態になりつつあるとは……私の目的は後で構いません。同行しましょう」


 サモン殿からヒコ殿へ色々と教える。その約束は忘れておらぬ。だが、此処に居る三人だけで共有する情報ではないと今分かった。

 拙者、サモン殿にヒコ殿。星の国の計画、及び月の役割確認の為に一度城内へと戻るのであった。

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