其の佰陸拾玖 夜番
──“食堂”。
「ふ~、満腹満腹~」
「ヴェネレ様。はしたない」
「アハハ、ごめんね。ミルちゃん」
「満足じゃ~」
「サンも真似しない……」
食事を摂り終えたヴェネレ殿が言い、それに続くサン殿へミル殿が指摘する。まるで二人の世話役になったようだの。
今回は姫君が此処に居るのもあって少々目立っているが、皆で摂る朝食が旨いのでそれについては良しとする。
因みにこの場に居るのは拙者とヴェネレ殿。セレーネ殿にサモン殿とエルミス殿。そしてミル殿にサン殿、アルマ殿。と、色々と忙しき軍隊長のマルテ殿や騎士団長の面々以外は揃っておる。中々に豪勢な集まりだの。
「ウーッス、キエモン。相変わらずのハーレム築いているな」
「サベル殿。またはぁれむに御座るか。確かその言葉の意味は多くの女性を誑かし、弄ぶ所業と聞いた。拙者、その様な事はしておらぬよ」
「うん、キエモン。それ、偏見が混じってるッスね。キエモンがそんな事してないのは分かるから……えーと、とにかく人気者だなって事だ」
「そうに御座るか。所謂言葉の綾という事であろう」
「まー、そんなところだ」
朝帰りのサベル殿。朝食を摂ってから休む為に食堂へと寄ったようだ。
そう言えば今日は拙者が夜番。夕刻にでも仮眠を取って夜に備えるとするか。今のところ動きがなくとも、星の国がこのまま黙っているとも思えぬからな。
「そんじゃ、頑張るッスよ。キエモン隊長」
「隊長はよさぬか。役職柄間違ってはおらぬが、主とも親しき仲だからの。今のような状況下では普通に接してくれ」
「ハハ、分かってるッスよ。んじゃな。キエモン」
既に拙者らは食事を終えた身。なのでサベル殿は別の騎士の友人と共に別席へ向かう。
食べ終わったのだからいつまでも居座っていては他の者達に迷惑が掛かるの。
「ではエルミス殿。拙者らも任務へ赴くとしようか」
「はい、キエモンさん!」
「ヴェネレも。まだまだ仕事は山積みだよ」
「ぅ……分かってるよ。ミルちゃん!」
「嫌そうな顔」
「ソンナコトナイヨ?」
「片言で言ってもムダ」
拙者はエルミス殿を。ミル殿はヴェネレ殿を連れて席を立つ。
セレーネ殿、サモン殿、サン殿にアルマ殿も行動に移った。
「じゃあ私もブラブラしてくる……」
「私はあの子達のお世話をしながら……その後はなにしよう」
「妾もクエストに出るぞー!」
「外の世界を見る機会ですからね」
各々で役割のある場所に向かい、この場は解散とする。
今日も一日、変わらぬ日が始まった。
「──さて、今日の任務はこの辺りにしておくかの。拙者は夜番もある。準備をせねばな」
そして半日後。今日という日は終わりに近付く。
ある程度の任務を受け、報酬金なども受け取った。まだ夕刻でもないが、夜中にも起きている必要があるのでさっと終わらせたのである。
拙者に続くよう、エルミス殿らも話す。
「私も今日は夜の見張りがありますね。と言うか私達の班全員が」
「みんなでお泊ま……任務と言うのは楽しみですわ」
「そんな穏やかじゃないと思うけどなー。ま、初めての全員での見張り任務。楽しみなのはそうだけど」
そう、拙者ら四人班。今日は皆で夜番。故に早くに切り上げたのだ。
仮眠を取り、万全の体制で挑むという事。拙者としては二、三日は寝ずとも良いが、今日はそこまでする必要も無い。睡眠は大事だからの。余程の事が無ければこのままで良かろう。
「ブランカ殿とペトラ殿もこのまま城へと向かうのだろう」
「はいですわ。エルミスさんの部屋で休もうかなと思っております」
「城の風呂にも入れるしなー」
「私とも既に話し合いましたから。話はまとまってますよ!」
「そうか、それは何よりだ」
簡単な話し合いは終えているとの事。手回しが早いの。
事が簡単に進むのは有り難い。拙者とて、己の率いる班の者達皆で夜番の任務を受けた事は御座らんからな。場所があるならそれで良し。
拙者らは城へ戻り、少しばかり仮眠などを取って夜へ備えた。
*****
──“城、胸壁”。
「持ち場は確認したの」
「はい! しました!」
「オーケーですわ!」
「バッチリだぜ!」
その日の夜、城の上部にて準備を終えた拙者らは見張りの体制を取った。
基本的な仕事は外から不審なモノが来ないかの監視や城内の見回り。今は外に居る拙者らも定期的に城内を探ったりもする。
「夜食としてのパンなども置かれておる。今夜の冷え込む寒空の下、防寒を怠るでないぞ」
「心得てます!」
「ふふん、私が新たに開発した魔法、“焔の抱擁”によって常に暖かな魔力が皆様のお体を包みますわ!」
「おー、本当に暖かいなー!」
夜食も初冬の寒さも問題無さげな様子。相変わらず魔法とは便利だの。
ブランカ殿は最近、こう言った新たな魔法の開発に勤しんでおる。元より得意分野らしく、様々な魔法を使えるからこそより便利なモノとしようと精進しておるのだ。
努力するその姿勢。立派なものよ。
「もうすっかり冬ですね。急に冷え込んできました」
「そうだの。そろそろ夜番が厳しくなってくるものだ」
「ふふ、本当に寒いですもんね。けど、澄んだ空気のお陰で星や月がはっきりと見えます」
そう言い、エルミス殿は白い息を吐きながら空を見上げる。
寒さと引き換えに美しき夜空が広がっており、夜番にも関わらず見入ってしまいそうになる。それについては集中せねばな。
満点の星に大きな月。微かに残る雲が月に照らされて夜にも関わらずその形がハッキリと見えておる。
今夜は外からやって来る者の影もよく見えよう。多少の寒さはあれど、夜番はし易い環境だ。
「ふふ、ロマンチックなお2人ですわね」
「だなー。このまま邪魔しないように私達は離れるかー」
「そうですわね」
「ちょ、2人とも。私は別に見たまんまの感想をですね……」
「分かっておりますわ。今の状況が何を意味するのか」
「からかわないでくださいよー!」
澄んだ静かな空とは裏腹に、賑やかな女子三人。
夜番も彼女らとおれば楽しめよう。これから数刻、しかと任務を遂行せねばな。
それにしても誠に大きな月だ──
「む? お三方。月から何かが降って来るぞ」
「「「え?」」」
ふと気付く、動く何かしらの影。
遠目でよく分からぬが確かに何かが彼処に居る。
それは徐々に迫り落ち、次第に声も聞こえてきた。
「うわああああああああああああ……」
「本当です! 誰かが落ちてきますよ!?」
「あの高さからでは死してしまうの」
「そんな呑気な事を言ってる場合ですかぁ!?」
と言われてもの。拙者、空から降ってくる者を助ける術など持ち合わせておらぬのだ。
仮に拙者が掴んだとしても勢いは変わらぬ。拙者が無事であっても落下してきた者は助からぬ。
「致し方無し。落ち、傷を負った瞬間にエルミス殿が迅速に治療して死ぬ前に助けよう」
「そ、そんな事……取り敢えず“ウォータークッション”!」
魔力を込めて杖を振るい、水の緩衝材を生み出す。
考えたの。これなれば助かるやもしれぬ。拙者としても達観はすれど、目の前で人が死ぬ様は見たくないからの。
「それだけではダメですわ! あの落下速度……水の上に落ちたとしても石畳にぶつかるのと同じような衝撃が伝わってしまいます!」
「え!? だったらどうすれば……」
「はいはーい! 私が土で……」
「よりダメですわ!?」
エルミス殿の水に対し、ブランカ殿が慌てて制する。
成る程。高き場所から落ちては水の上としてもあまり変わらぬのか。
勉強になったがどうするか。やはりエルミス殿が即座に治療をすべきか。
「ここは私に任せてくださいませ! もう時間もありませんのでやりながら説明しますわ! “アップドラフト”!」
告げ、ブランカ殿が突き上がる風魔法を放出。
それによって落ちてきているであろう者の速度は緩やかになり、そのままエルミス殿の生み出した水の中に沈んだ。
「ブランカさん。今のは……」
「ふふん。単純に逆風で速度を落としただけですわ。それだけでは危険なのは変わりないのでエルミスさんのクッションの上へ上手く誘導したのです」
「スゴい繊細な魔力のコントロール……流石です。ブランカさん!」
「オホホ! もっと褒めてくださいまし!」
相変わらずの魔法操作。拙者の班で一番魔力の扱いに長けているのは彼女だの。
それもあって落ちてきたであろう……人? は助かったかもしれぬ。
「ガバッ!? み、水……!?」
「あ、消さなくては……!」
見れば落ちてきた者は溺れておる。
エルミス殿は慌ててそれを消し去り、這い出てきた者は軽く咳き込んだ後に深呼吸をした。
「はっ、空気がある……ここは地上の世界か!?」
「主、大丈夫か? 随分な高さから落ちていたが」
「おお! 君達が助けてくれたのか! ありがとう! 地上に来るのは久し振りだったから死ぬかと思ったよ!」
「拙者は何もしておらぬが……“地上に来るのは”……か」
その者は白髪の男性。
最初に寄った拙者が助けたと勘違いをしていたがそれについて指摘する。
だが、その様な事は既に頭に無い。この者の告げた言葉が問題なのだ。
男は軽い身の塾しで立ち上がり、拙者の手を取ってブンブンと上下に振るった後で言葉を続ける。
「助けてくれてありがとうございます。私、月から来ました。名を“ヒコ”。よろしくお願いします!」
「……っ。月からの……!」
「刺客……!?」
「いや、刺客はまだ気が早いよ」
「フム、思わぬ客人よの」
予想通りと言うべきか、そもそも予想するに値しないと言うべきか、この者は天上の月からやって来たらしい。
見ての通りだの。この城はこの辺りの建物で最大。それよりも遥かに高いところなど月くらいしか考えられぬ。不慮の事故で箒から落とされた可能性もあるにはあるが、結果は今現在目の当たりにしたままだの。
はてさて、一先ず報告せねばなるまい。




