其の佰陸拾捌 日常
──“シャラン・トリュ・ウェーテ、自室”。
「…………」
翌日、拙者は夜明けと共に差し込む日の光で目覚めた。
懐かしき夢を見ていたの。最近弛んでいるからか、戒めを改めて実感せよと言う天からのお告げか、単なる偶然か。
何にせよ今日も朝早くから鍛練に取り掛かるとしよう。
「…………」
外周を走った後に素振り。座禅と共に瞑想し、己と向き合う。
星の国“スター・セイズ・ルーン”から逃走し、ヴェネレ殿とエルミス殿付き添いの元サモン殿の発信器を取ってから一月は経過していた。
この一月の間にてあの国の警備はより強まり、何者も拒む完全なる要塞となっておる。それもまた当然か。
勧誘した筈の者が逃走し、そのまま主戦力が複数人やられたのだからの。国が弱っているのだから簡単には開かぬだろう。
このまま五ヶ月後まで閉ざしていると考えるのが妥当よの。
「キエモン。やっぱりここに居たね!」
「ヴェネレ殿。早朝から何をしておる」
「いや、それはこっちのセリフ……まあキエモンは鍛練してるって見たら分かるけど」
瞑想が終わった頃合い、ヴェネレ殿が拙者の前へとやって来た。
主君としての仕事も忙しかろうに、よく拙者の所へ来てくれる。
気に掛けてくれるのは嬉しき事だが、役職の方は大丈夫なのであろうか。
「して、何用か。今日は仕事が溜まっておらぬのか?」
「アハハ……それはもうたんまり……」
「残っておるのだな。この様な所で油を売っていても良いものかの」
「たまには息抜きも必要だからねぇ。……それに……キエモンの顔も見たかったから……」
「そうに御座るか。部屋に居ては中々顔を合わせる機会が無いのも事実。それもまた良かろう」
顔を見る為だけに来たとな。物好きなお方だ。拙者の顔なんぞ一文の得にもならなかろうて。
ともあれこれも良い機会。拙者はヴェネレ殿へと訊ねてみる。
「ヴェネレ殿。一つ拙者が手取り足取り指導してしんぜようか?」
「え!? そ、そそそ……それってどういう……!?」
「何を動揺しておる。一月前、ヴェネレ殿は次元魔導団の一人を相手に挑み、大怪我してしまったであろう。あの様に魔法が通じぬ者が相手の時、魔法とも違う護身術を身に付けておけば立ち回れよう」
「あ、そういう事。確かにそうかも。キエモンの戦いを見ていたからなんとなく動けたけど、ほとんど勢いだけだったもんね。私。エルミスちゃんが居なかったら今も治療中かな」
どうやらヴェネレ殿も賛成の様子。
魔法が通じぬ状況下での立ち回り。それについては本人にも思うところあり。
故に魔法とも違う、拙者に馴染みのある戦い方を学ぶ事へ抵抗はなかった。
「では手始めに柔術。琉球の地にて行われている空手などを教えよう」
「ジュージュツにリューキューって場所で行われるカラテ……分かった。私頑張る!」
少々にゅあ……ニュアンスが違うが、此処に来た当初の拙者もその様な感じだったので御座ろう。今もそう。
元より武術にニュアンスは皆無。物は試しよ。
「では最も基本となる受け身や組技、姿勢などをお教えする」
「はい! キエモン先生!」
「先生とな。まあいい。早速取り掛かろう」
拙者もどちらかと言えば剣術が中心だった為、本物の武術家並みに教える事は出来ぬが基礎知識はある。
彼女の力にはなれよう。
「基礎の型として──」
「うんうん……」
拙者の説明を聞き、頷いて返すヴェネレ殿。
目の前で参考程度に動きも見せ、外から拾ってきた木などを割ったりした。
無論の事鬼神としての力は使っておらん。使わずとも現世の在り方で木くらいは割れる。
「腰を落とし、力を込めよ。だが、常に力んでいてはいかんぞ。拳を相手にぶつけた瞬間に力を入れる事でより威力が高まる」
「成る程……やあ!」
型などを教えて数分。ヴェネレ殿は飲み込みが早く、様になってきた。
とは言え、今日だけで強くなる訳でも御座らん。体に付く筋肉など継続しなければ直ぐに落ちてしまう。
暇があれば鍛練をするというやり方にて良かろう。
「ふふん、なんか強くなった感じがする……! それに、受け身で倒れた時に防御体勢に入れば大丈夫なんだね!」
「威力次第で無傷にはならぬが……まあ気休めにはなろう。さて、数刻は過ぎたの」
共に鍛練をしていたらそろそろ日も高くなり始めた。言うてもまだまだ朝方だが。
朝の修練はこれにて切り上げ。己の役職へ戻るとしよう。
「ヴェネレ殿。今日はこの辺りにしておこう。互いにする事もある」
「そうだね。あくまで息抜きだから仕事は山積みだ……」
少々散らかったので片付けをしながら話す。
拙者ら騎士は兎も角、王に休みは御座らん。彼女も苦労しておるの。
ヴェネレ殿自身が周りに迷惑を掛けぬよう己でやり切る事を信条としている。なので疲労が溜まってしまうのだろう。もっと他人を頼れば良い……と申したいが拙者も言えぬの。話を変えよう。
「ところで、星の国の様子は如何だろうか? 変わらず閉鎖したままかの」
「そうだね。騎士団長を含めて近くに騎士達が何人か見張りに行ってるけど、大きな動きはないって。変異種の生き物達が闊歩してるから深くは入り込めなくて情報はあまり得られないらしいよ」
「難儀よの。そろそろ拙者も行ってみるか……然し侵略行為と思われるかもしれぬからな」
「うん。前の一件は向こうが力尽くで仕掛けてきた事だから不問だけど、私達が赴いたら今度こそ示しが付かなくなっちゃうからね。情報自体は他国にも伝わってるし、変に事を荒立てると敵対国家が増えそう」
近隣の国々とは上手く同盟を結べたが、何も世界は隣国だけで出来ている訳ではない。
この辺りの国は一つの区分として纏められているだけで、まだまだ世界は広いらしい。
故に“シャラン・トリュ・ウェーテ”が行動を起こす事によって難癖などを付けられる可能性も十分にあり得る。
外交問題とやらに発展するらしいので下手には動けぬのだな。
「その様な状況下であれ、一月前の星の国は構わず拙者らを攫うような形で仕掛けた。近隣の小国も次々と手中に収めておる。それ程自国の戦力に自信があったのだな」
「そうなるね。あの帝王の事を思えばまあそうなんだろうねって嫌な説得力が生まれるけど」
「少なくとも戦争計画は水面下で動いておる。後五ヶ月。このまま何もせぬという訳にもいかなかろうな。両国共に」
「だね。私の方もその辺の問題で仕事が更に増えてるから、まだしばらく休めない日が続きそう」
“シャラン・トリュ・ウェーテ”も“スター・セイズ・ルーン”もこの一月休まる事を知らずに行動が起こされておる。理由は今告げた通り。
闘技場を出て拙者とヴェネレ殿は廊下の分かれ目で立ち止まる。
「キエモン。今日も行くの?」
「うむ。サモン殿も幾分慣れてきたようだからの。拙者も獣達の世話が楽しくなっておる」
拙者は少し前からサモン殿と共に大蜘蛛、雷狼、氷鳥、鉄猿の世話をしておる。
拙者のみならずエルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿。その他にサン殿やアルマ殿など定期的に騎士達が面倒を見ているのだ。
「へえ、私も行こうかな」
「来ると良い。これからまた執務作業となるのだからな。あれらは手も掛からぬ。息抜きになら適切だろう」
「うん、そうだね!」
折角の機会にとヴェネレ殿が興味を示し、拙者がそれの後押しをする。
王としての役割が多く暇が見つからぬ彼女。今回行くのは初となる。あの獣らに会うのも一月振りよの。
城の外に出て拙者らは動物の舎へと入った。
『ヒュオー!』『バウル!』
『ウッホー!』『シィー……』
「あら、アナタ達。今日はキエモンとヴェネレ姫なんだ」
「やっほ。2人とも……」
「セレーネ殿もおったか」
「珍しい組み合わせだね」
入るや否や、そこにはサモン殿とセレーネ殿が居た。
サモン殿は兎も角、セレーネ殿が居るとは珍しい。そも、ヴェネレ殿の言うようにこの二人がつるんでいるのがそう思える。別段仲が悪い訳ではないが、何となく想像が難しいのだ。
ともあれ仲が良いのは善き事。この調子でセレーネ殿のご友人も増えてくれると良いの。
「それで、アナタ達は?」
「世話しに来た。朝食は与えたのか?」
「今その途中。良かったらやってみる?」
「うむ、そうするとしよう」
「エサを与えるなんて初めて……」
大きな獣故、桶一杯に入った餌が複数個ある。
大蜘蛛や雷狼用の魔物から切り出した肉塊に鉄猿用の果実。
既にセレーネ殿はそれらを与えており、氷鳥の餌を見たヴェネレ殿は青ざめた。
「……この緑色で細長くて絶妙に柔らかいのは……」
「氷鳥のエサ。森から拾ってきた“空腹青虫”。最近は冷え込みで数も……」
「虫ィィィ!?」
「……!」
思わず飛び退き、拙者の背後へと隠れる。
そう言えば蟲の類いが苦手だったの。大蜘蛛は共に戦った仲なので多少は慣れたようだが、餌であっても青虫は苦手か。
「そんなに怖がらなくても……もう死んでるんだし」
「なんかピクピク動いてるけど……」
「筋肉の痙攣みたいなものだよ。虫って死んでもしばらく間接動くでしょ?」
「そう言われても怖いのは怖いよ……」
後ろにて弱々しく話すヴェネレ殿。
強気な部分もあるがこう言ったところは乙女らしいの。些か怯え過ぎな気もするが。
サモン殿は流石に手慣れており、その手付きで放るように餌を与えていく。
「虫なんてまだかわいい方だよ。大蜘蛛の食べるご飯は生きたままの魔物だったりもあって捕獲が大変だったりするんだから」
「生きた魔物がそのまま食べられるのは確かに見たくないけど……今の状況だとその虫が怖いよ……」
蜘蛛の飼育は大変なようだの。サモン殿が苦労していると申されるなど余程だろう。
ともあれ彼女も大分馴染んできたの。最近は笑顔も増えた。それは何より。やはりしかめっ面よりかは笑っていた方が自分も周りも気楽になれよう。
「私達もそろそろ朝ごはん食べなきゃね」
「うん……」
「そうよの。ヴェネレ殿。主は如何する?」
「うーん、せっかくだしみんなで食べよっかな」
餌と水を与え、ある程度小屋を掃除して環境を整えた。
これで早朝の飼育も完了。後は昼時や用途によって呼び出すくらい。
何となく久し振りの感覚があるいつもの日常。拙者らは朝食を摂る為に食堂へと向かうのだった。




