其の佰伍拾漆 形勢
「“ジェットファイア”!」
「己の体に炎の噴射を……速いですね」
杖を使わずとも、魔力を体から出す事くらいは出来る。杖の存在は放出する魔力をより強くする為のもの。
つまり、素の魔力も体外にて変換させれば威力がやや落ちても同等の事が出来る。今の私は結構速い!
「はあ!」
「炎のジェット噴射によるパンチ。骨にヒビが入りそうだ……お互いにね」
「……っ」
初めての試みだから直進しか出来ない。だからこそガードされる。
ムツが避けないのは敢えて。男と女の体の作りの違いも相まり、パンチを放った私にもダメージが及ぶから。
おそらく先に体が砕けるなら私の方になる……!
「そんなの、関係無い! 当たって砕ければ良いだけ!」
「貴女だけが砕けてしまっては意味が無いでしょう」
「私が砕けても、貴方に相応のダメージは与えるつもり!」
「成る程。道連れが希望ですか。後先考えない相手が何より厄介です」
防がれ、今度は踵から炎を放出。若干空中に浮いているからこそ空中回し蹴りの形になった。
それも腕で防ぎ、地面に線を引くようズレる。私としてもまだ足の方がダメージは少ないかもね。仮に折れたとしても、腕より足の方が日常生活に支障は少ない……って、エルミスちゃんに頼めばどんな怪我も治っちゃうか。あれ? じゃあ死なない範囲なら私自身の体を壊し放題だ!
「なーんだ。事は思ったより簡単みたい!」
「……貴女、こんな事は言いたくありませんが……イカれておりますか?」
「さあ、どうだろうね!」
「確認する必要なんてありませんでしたね」
ここにはいないけど、エルミスちゃんが居てくれるならどんな怪我も関係無い。だからこそ、遠慮無くやれる!
体勢を低くして両足から火炎を放射。さっきより速くて強い一撃!
「……ッ! やあ!」
「女性なのですから。体は労らないと」
握り拳をぶつけ、おそらく指の骨が折れたかな。力が入らないけど、相手のダメージも更に大きくなっている。
若干の興奮状態にある今、思ったより痛みは感じない。これなら相手を粉々に出来る……!
「えへへ、次元魔導団に勝ったらお姫様冥利に尽きるよ。一国の王が敵国の戦力を削った訳だからね……!」
「普通、王も姫も前線には出ないと思いますが……今の貴女には何を言っても通じなさそうだ」
「アハハ! 実はかなり冷静だよ! こうやってテンション上げなきゃ痛みで泣きそうになるからね! そうならない為のハイテンション!」
「空元気ですか」
テンションは高いけど、状況はちゃんと分かっている。痛みとかで狂った訳じゃない。
このテンションで苦痛や痛みを乗り切る。彼の言うように、空元気って言葉が適性かもね!
「はああ! ……っああ……!」
「貴女へのダメージの方が大きいようだ」
肘から炎を噴射。勢いよく殴り飛ばす。
結構大きな痛みで思わず声が出るけど、大丈夫。手の形さえ残っていれば炎魔法で加速させて無理矢理打つ事は出来るから。
私へのダメージは確かに大きいけど、治療法はいくらでもある!
「“フレイムヒール”!」
「炎の回復魔法で痛みを和らげましたか」
戦闘に支障が出る程の痛みは応急処置で対処。ボロボロになっても戦い続ける!
後を追うように炎で加速。今度は両腕で拳を叩き込んだ。
体に触れるだけで回復効果は消えちゃうけど、手応えはある!
「ヴェネレにだけは任せぬぞ! 妾もやるのじゃ!」
「ほう? 考えましたね」
サンちゃんは魔力で土塊を持ち上げ、それを放るように撃ち込む。
この地面は魔力とか関係無い。魔法による防御も出来ないムツが相手なら効果的。
「確かにやりにくい。土塊を避けた先にも玉砕覚悟のお姫様が突っ込んで来るからね」
「勝つ為なんだから当たり前でしょ!」
「貴女方だけならまだやりようもあるのですが……」
そう言い、ムツは別方向を見やった。
そこに居るのはサモンちゃんの使い魔達。
『……!』
「大蜘蛛、雷の狼。氷の鳥。鉄の猿。改造生物が相手だとまた難しい。本来なら様々な魔力の集まりだから打ち消せるのですけどね。今は完全に生物として存在しているこれらはまた別物だ」
クモが糸を吐き、雷が落ち、氷が広がり、鉄の柱が聳え立つ。
あれらも魔法の一種だと思うけど、消せる力と消せない力の境界線があるみたい。
例えばクモの糸は魔力が流れているけど、魔力だけは消せても糸その物は消えない。
一部の雷や氷、鉄は体毛や羽毛として扱われるから消せない物は避けていた。
あれなら変異種の方がムツより強いと思うけど、そんなんでNo.6なんて出来ないよね。
「やはり厄介ですね。改造生物は」
『……』
クモの糸を他の動物達に巻き付け、別の攻撃もお互いにぶつける。
生身の戦闘によって身に付けた先読みの力。それを使う事で同士討ちを狙ったのだ。結果は見ての通り。4匹は動けなくなった。
今回はこんな感じでやったけど、多分その気になれば生身でも勝てたかもしれない。
「そこじゃあ!」
「はあ──!」
「もっと厄介なのが君達だ」
土塊が空から落ち、跳躍してかわす。そこに向け、私の足が腹部に突き刺さった。
「……カハッ……! 流石に分が悪いですね……」
やられはしたけど、変異種達が隙を作ってくれたお陰で今度こそ確実な一撃を入れられた。
空気と共に吐血し、更に空中へと舞い上がる。初めて血を見せたかもね。感情は薄いから痛い以外に何も思っていないと思うけど。
「追撃じゃあ!」
「フム……」
空中のムツに向け、サンちゃんが左右から大岩で挟み込む。
自由に使える魔力が無い以上、空中での移動手段も無い。成す術無く押し潰され、砂塵が散った。
「無効化の魔力に防御力は無い……あれをほぼ生身で直撃したら一堪りも無いと思うけど……」
「どうなんじゃー?」
「分からない……」
ゴクリと生唾を飲み込み、土煙を窺う。
その中から何かがボトリと落下し、次第にそれが晴れた。
「痛いですね……かなり痛い。痛いという言葉しか出ず、痛いと言って痛みを堪えるしか出来ないくらい痛い」
「本当に痛そう……」
出てきたのは、間接が逆方向に曲がり、全身から血を流しているNo.6。
あれでなぜ動けて……ううん。生きていられるのか分からない程の重傷。己の痛みや傷には無頓着。そうなるように幼少期の経験がさせている。
「流石に、動きにくいですね……」
「うへぇ……」
ゴキッと音を鳴らし、曲がった間接をムリヤリ直す。
見てるだけで痛い。直す度に傷口から出血し、腕に痣が出来ていた。……痣は私も言えないけどね。
本当になんて気概。
「さて、まだまだですよ。まだ意識はありますからね」
「それが怖いのに……」
見た目は既にボロボロのムツ。変異種達の同時攻撃を経て、僅かな隙を突いた死んでもおかしくない攻撃を放ったのに意識も失わない。
普通の人間が気力だけでここまでやれるの……?
「……っ。けど、覚悟は決めてある。貴方を倒し、私はここから逃げる……!」
「良い考えですね。覚悟は既に感じられる。それを阻止するのが私の仕事です」
ボロボロの体で歩み、駆け出す。
私達の戦いはそろそろ決着が付くかも。キエモンの方はどうだろう。
*****
「見事な太刀捌きだ。私の斬撃を悉く斬って防ぐとは」
「お主もの。一朝一夕では身に付かぬ斬撃の扱い。若いながら相当の鍛練を積んだので御座ろう」
──ザン殿の刃を抜け、刀を振るう。
刃は刃。斬撃は斬撃によって弾かれ、周囲の地面へ細き切れ込みが現れていた。
これを行ったのは拙者ら。いやはや、彼女の剣術……ならぬ斬術は相当のもの。不可視の斬撃が四方八方から迫るそれらは恐ろしき事この上無し。
「“次元転移”+“次元多連斬”」
「フム……」
先程よりも遥かに多い斬撃が打ち込まれ、それらを打刀にていなす。
これだけでは追い付かぬの。防ぐだけなればやや威力が下がっても問題無かろうと、小太刀を抜いて二刀流にて弾き飛ばす。
だが、彼女も似たような力だけで戦う事もしなかろう。
「“次元拘束”」
「別の場所に拙者の体が囚われたか。これは難儀だの」
「そう言いながら次元を斬って脱出するとはな。食えない奴だ」
次元が何かは存ぜぬままだが、ザン殿のやり方を惟るに大凡の把握は出来た。
此処とはまた違う別空間を操り、移動や攻撃などを塾すようだの。“裏側”やエスパシオ殿の作り出した空間に近いモノがある。
然し片手が空いていれば拙者はそれを斬る事が可能。目には見えずとも、確かにそこに在るのだからな。斬れぬ道理は御座らん。
「“次元斬波”」
「………」
先程と空気の流れが変わった。縦ではなく横へ向けた広範囲の斬撃のようだ。
なればと二本の刀を風車のように回転させ、それら全てを躱す。
金属音が響き渡り、一歩踏み込んでその距離を詰め寄った。
「……」
「……!」
掠りはしたが直接は当たらなかったの。彼女はまた次元の中へと消え去った。
気配もこの世から消え去っておる。幾度と無く経験した気配を張り巡らせても見つからぬこの状態。彼女が一枚噛んでいたのであろうか。
然し関係無い。次元がそこに在り、中に入れるのなれば断つのみよ。
「………」
「空間を……!」
次元に消えてからの移動方法を予測し、そのまま縦に切り下ろす。
ザン殿の通る場所は避け、丁度眼前に位置する所を切り開いた。
「お主が相手だと次元の中も安全ではないようだ。概念すらをも切り裂く力。“次元魔導団”の何れにも該当せぬ不思議な魔法だ」
「拙者、魔法は使えぬ。主らの情報網なればそのくらい存じ上げていると思うたが」
「む? ……そう言えばそうだったな。然し、その力を魔法や魔術と言わずして何になるのか。紛う事無き異能だろうて」
「そう申されても困るのだがの。気付いたら身に付いていたのだから仕方無かろう。言うなら鍛練の賜物よ」
拙者が行った事と言えば日々積み重ねる鍛練。そして万の兵を斬り伏せた事。
多くの人を斬った末に身に付いてしまった悪鬼、即ち鬼神の力。そうとしか思えぬのだがの。
「鍛練は分かるが、魔力も無い主が何故斯様な力を扱えるのか。疑問は尽きぬ」
「お互い様だの。拙者も己の力についてよく分かっておらぬ。ただ斬る事に長けているという認識があるくらいよ」
「フム……確かに魔法についての研究が進められているとは言え、全てが解明された訳ではない。その最たる例が彼処に居るムツだ。存在はあったとしても、観測出来なければ無いも同義だからな」
「そう言うものなのか」
「そう言うものなのだ」
ヴェネレ殿らと相対しているムツという者。その魔法は誰にも知られていなかったとの事。
灯台もと暗しともまた違う、そう言った事が少なからず存するので御座ろう。だが拙者の鬼神には何の関係も無いの。既に拙者が認知しておる。
「さて、私も無駄話が過ぎた。今回は殺し合いでは無いが為に悠長に過ごしているが、本来はそんな暇もないからな」
「気が合うの。ザン殿。主の意見に概ね同意する。主が手強いのもあるが、純粋な試合のような形式故に気が緩んでしもうた」
「それもまたお互い様……熟似ているな、私達は」
「一つの世界に一人くらい似たような者がおっても良かろう」
「それもまた同意だ」
ザン殿とは馬が合う。拙者の故郷に近しい話し方や戦法など、共通する点が多いからだろう。
然しこの場を打開せねば逃走は叶わぬ。今しがたヴェネレ殿らを見てみたが、両者共に重傷に御座った。早く決着を付けねばなるまい。
「続きと行こうか。ザン殿」
「そうだな。キエモン殿。貴方と居ると楽しいものだ」
刀と杖を構え、無数の斬撃が降り注ぎ、それらを全て消滅させる。
拙者とザン殿の決闘。ヴェネレ殿の為にもそろそろケリを付けようぞ。




