其の佰伍拾陸 無
「──さあ、貴女方のお相手は私ですよ。ヴェネレ姫。及びetc.」
「後半の方雑ですね……」
キエモンが来てくれたお陰で戦況は一気に有利になった。
けれど相手は変わらず“次元魔導団”の一人。ランクが少し下がっているのが救いだけど、この人がどんな魔法を使ってどんな戦い方をするのか。それを見定めない事には始まらない。
今分かっている情報は私達の攻撃を消し去ったというもの。でも実力者なら魔法くらい相殺したりで打ち消しそうだし、判断材料にはならないね。
「まずは改めてお訊ねしたい。降伏し、キエモン様を我々の手中に入れ、貴女方が月への情報を開示してくれたら怪我する必要は無くなりますよ」
「怪我しないって理由だけでそんな無条件降伏を受ける訳にはいかないよ。私は一国のお姫様なんだから!」
「そうですか。それは残念。貴女方は顔も整っている。仮に用済みとなっても手厚く歓迎致しますのに。同盟国として上手くやっていきたいのですがね」
「所々の言葉に闇を隠し切れてないよ。用済みとか、同盟国とか、結局は利用するだけ利用して搾り取るつもりじゃない!」
明らかに利点の無い交易、条件、扱い。
そもそもこの国の現状を見ていたら嫌でも分かるよ。むしろ私達が苦しむ結果になるって事くらいは。
お姫様の私とか、実力のある騎士団長とかは重宝されると思うけど、国民達が悲劇に見回れる。そんなの絶対にダメ!
「見た感じ、確かにザンちゃんより弱そう。私達が貴方を倒して逃げ仰せる!」
「それはそうですね。私がNo.3より劣るのは紛れもない事実だ。しかし、倒せるとは思わない方が身の為かと。こう見えて私、この国の精鋭ですから」
「さっき自己紹介で聞いたよ! “ファイアショット”!」
何を仕掛けてくるかは分からない。なので詠唱を付与しない威力の低い魔法で牽制。
ムツは片手を翳し、その火球を消し去った。
「また……!」
「そんな魔法、私には効きませんよ」
「ならば妾じゃ! “超高級魔術”!」
「高級って……」
相変わらずのネーミングセンスな魔術を放ち、魔力の塊が一気に突き抜ける。
威力は相当なもの。地面に触れていない部分さえも削り取る程の破壊力。当たれば一堪りも無いけど、
「その魔術も例外じゃありません」
「なんとー!?」
「あれ程の力を打ち消すなんて……!」
また片手を振るい、霞みのように消え去った。
あの消え方、おかしいよね。明らかに。
サンちゃんと同等の魔力を持つか、さっきみたいに別次元に受け流さなきゃあんな事は出来ない。
「次は私の番ですね」
「……!」
踏み込み、駆け出す。
速度は普通に走るよりちょっと速いくらいで大した事はないけど、何をするかは分からない。
わざわざ詰め寄って来たという事は遠距離や中距離の戦いは得意じゃないと見た。
「はっ!」
「単純な近接格闘……?」
長めの足で蹴り上げ、私は飛び退くように躱す。
特別な力は何もなし。最も基本的な攻め方をしてくる。
「体術はどうですか。お姫様」
「苦手かな……!」
左拳と右拳を交互に突くワンツーパンチ。隙を突いて前蹴りを放ち、私は杖で受け止めて距離が置かれる。
「私、紳士ですから。華奢な女性を殴る蹴るなど本当はしたくないのです。しかし貴女方を連れ帰るのがご命令。やむを得ない場合もあります。ここは男女平等パンチで手を打って下さい」
「ムチャクチャ言うね……!」
ウォーミングアップみたいなジャブとストレートを打ち込みながら左右にステップを踏み、私の隙を窺う。
戦法は完全に近距離格闘。こんな戦い方をする人なんて初めて見た。
確かに魔力で肉体を強化したりも出来るけど、高まる身体能力には限りがある。元々身体能力が高いエルフや魔族向きのやり方。
存在が異質なキエモンは別として、人間でこんな風に戦う人なんて居ないもんね。
「当たったふりをして気絶したふりに持って行けば痛みは少ないですよ」
「それってどの道無条件降伏と同義じゃん!」
ステップを踏んで距離を詰め、左ストレートが打ち込まれた。
それも何とか躱し、飛び退いて杖を構える。
「“火弾”!」
「ムダですよ」
更に速く小さな魔法。それは片手で触れるだけで消失。
なんか、相殺してるのとは若干違うように思える。確かめる為、もう一回魔力を込めた。
「“火球”!」
「それもム──」
「“二連撃”!」
「……!」
正面から火球を放出して消され、死角となっている上下から挟み込む。
サンちゃんの技を真似させて貰ったよ。二度目は通じにくくなると思うけど、意表を突くには適している!
「先程の応用ですか。しかしそれもまた無意味」
「……なるほどね」
確かに挟み込んだ……けど、二つの火球は掻き消された。
体に当たるだけで魔法が消え去る。それがあの人の魔法……なのかな。
魔法じゃない体質でもなんでも、魔法や魔術の無効化が能力なんだ!
「流石に気付いたようですね。そうです。私は生まれながら特異な体質でね。魔法、魔術、呪術、錬金術、妖術、幻術、仙術、超能力、法力、神通力、気etc.──等々。ありとあらゆる……“異能”……とでも言うのでしょうか。それらを無効化にする魔力が体内を巡っているのです。お陰で生まれつき魔法を使う事が出来ず、故郷では孤立していました」
「……故郷では……」
「はい。基本的に魔法が全てのこの世界。平等という言葉などは存在せず、生まれつき全てが定まっているのが在り方。選ばれる人が居るように、私は選ばれなかった存在。私は私に価値など無い人間とこの世を捨て、悟りを開いたつもりで割り切っていました」
魔法の無効化。そんな力があったとしても、普通の環境でそれを知る術はない。だからこそ差別され、孤立していたと言うのがこのムツという人間。
話す内容とは裏腹に、明るく言葉を綴る。
「だけどある日、私の故郷である村が近隣の大国……“スター・セイズ・ルーン”に武力制圧の支配をされましてね。親兄弟も皆死にました」
「……っ」
「だけど、魔法による戦争。所謂武器を全てを自動的に無効化出来る私に死ぬ理由は無く、村が壊滅しても生き残った。その時私には何もありませんでした。迫害してきた者達が死しても、道端で死んでいる小動物を見ているような感情。ああ、可哀想……と、完全に他人事ですね。そんな感覚しか無かったのです」
この人の故郷は今居る星の国に滅ぼされた。しかし、当のムツは何も感じていない。
聞いた環境じゃ他人を好きになる事なんて無かっただろうから当たり前だよね……。
「そして色々あり、私はこの国の帝王にスカウトされ、今に至ります。何の思い入れもない故郷より“次元魔導団”に入る事が出来、思い入れのある方々に仕える今の方が幸福ですよ」
迫害されていた幼少期を経て、今現在は大国の主戦力。
成り上がり幅としてはかなりのもの。もう何の未練もないって言うのは本当みたい。
この国にはそう言う人も居る。この国だけじゃなく、世の中には才能が埋もれたまま生涯を閉じた人も大勢居るんだろうね……。
結果的に選ばれなかったこの人は選ばれる側になった。そして私達と相対している。
「かつての名も既に忘れました。私はどこまで行ってもこの国のNo.6、ムツ。これからはずっとそうです。見る目の無い無能な皆様は捨て置き、見る目のある帝王様に仕えます」
「……っ」
威圧感は無い。なんなら中身も感じない。彼は道具になる事を自ら望んでいる。
だからこそ得体の知れないモノがこの人にはあった。
「さて、ちょっとした自己紹介もこれくらいにして置きましょう。相手の過去を知ると印象に深みが増すでしょう。ある程度、不快にならぬ範囲の語りであれば素性もよく分かるというもの」
「割と重い気持ちになったよ……!」
「おっと、それは失礼」
親切心なのか気紛れか、少し深めの自己紹介に私は何とも言えない気分になる。
本人は全く気にしておらず飄々と語るけど、聞いている側からしたらあまり聞きたい話じゃないもんね。
けど、一国の王である私が耳を傾けない訳にはいかない。近隣の小国における貧富の差。階級の格差。
全てを何とかする事は全知全能でもなければ出来ないけど、私は私のやれる範囲で行動を起こしたい。国民の抱える問題は他人事じゃないからね。
「じゃあ、君達を捕らえますよ」
「どういう文脈で“じゃあ”に繋がったのかは分からないけど、される訳にはいかないよ……!」
話を終え、戦闘モードに以降。
忙しなく行動を起こしてるね。本当に。
懐へと踏み込み、アッパーカットが打ち上げられる。動き自体は見切れるけど、相手も先読みくらいはしている。避けた先に膝が迫っており、何とか身を翻す。
「……っ!」
「お、ようやくまともに入りましたね」
威力は押さえたけど、直撃した。
狙いは鼻先。何とか避けて頬へ逸らしたけど、かなり痛いし鉄の味がする。歯で口内を切っちゃったかも。これじゃ食事の時大変だね……。
「本当に手加減無し……」
「ええ。狙い通り入ればすぐに気絶し、伴う痛みも少なくなるのですけどね」
「気絶しちゃったら元も子もないよ。そうならない為に戦っているんだからね……!」
的確に気絶する位置を狙っているとの事。
狙いが正確なのはそう。そして魔法も効かない。こんな人が居たなんて……もっと体術の方も鍛えておけば良かった。
「さて、続けますよ」
「……!」
右ストレートが打ち込まれ、何とか紙一重でかわす。
その先に待っていた足。さっきと同じパターン……身を翻してそれも避ける。
「……ッ!」
「避け方が大き過ぎです」
直後、腹部に重い衝撃。鈍く鋭い痛みと共に嘔吐感が現れ、吐き気のような気持ち悪さが全身を巡った。
唾液にも酸のような味が混ざり、目からは涙が流れる。これは衝撃によるショック的なあれで、痛いから泣いている訳じゃない。
ムツは言葉を続けた。
「安心してください。子宮付近など、女性として将来的に必要となる部分は傷付けておりませんから。狙いは胃や肺。気絶させるのも考え、主に肺付近ですが……避けてしまったばかりに少し逸れて胃にダメージが行ってしまいましたね」
「……っ」
淡々と笑顔を向けて話す。
その言葉に感情は感じられず、本当に機械的な存在。ザンちゃんやサモンちゃんが淡々としてる系女子なら、ムツは感情が分からない系男子かな……っと、痛みを誤魔化す為に関係無い事を考えてしまう。
「もう立てませんね。では気絶してください」
「させるかー!」
「おやおや。魔族の姫君」
トドメに動き出したムツへ向け、サンちゃんが極大魔術を放った。
当然のようにそれも防がれるけど、一瞬は隙が生まれる。今のうちに炎魔法で加速させ、この場から離れ──
「“ファイアアクセル”!」
「……?」
──ようと思ったけど、やられっぱなしで敵前逃亡も癪。無様に膝を着いて胃液混じりの唾液が流れたんだもん。こんな屈辱は今まで受けた事が無い。
ムツの動きを参考に、足から炎魔法を放出して加速。そのまま回し蹴りを打ち込んだ。
「私だって、やれるんだよ!」
「……っ」
頬を的確に打ち抜き、勢いよくムツの体を吹き飛ばす。
生憎壁とか無いけど、私の蹴りだけで十分なダメージにはなった筈。
ゴロゴロと地面を転がり、ムツも口が切れたのか頬の血を拭って立ち上がり、体の土汚れを払う。
「成る程。魔法は無効化される。故に己の体を加速させ、確実なダメージとさせた。考えましたね。首の骨が折れると思いました。けど、貴女の足も痛いでしょう。魔力で強化しても魔力分は無効化される。つまり高速の蹴りを生身でぶつけたようなもの。骨が軋む筈です」
「こんな痛み、へのカッパ! 貴方の方がより大きなダメージになってるでしょ!」
「それはそうですが……ヘノカッパ……?」
「キエモンの故郷の言葉で、何でもないって意味!」
「成る程。理解しました。私の知らない言葉が沢山ありますね」
大して効いていないようにも思える言動。だけど、首の骨が折れると思ったらしいので確かな手応えはあった。
このやり方ならやれる。私の体がボロボロになっても、炎魔法で加速させて肉弾戦を行えば先に倒れるのは他の魔法が使えない向こう……!
「ここからが反撃の時間だよ……!」
「その様だ。他の者達と同じく魔法にかまけている存在かと思いきや、貴女は色々と戦いを知っているらしい」
「キエモンのお陰でね……!」
キエモンから、直接的じゃないにせよ戦争や戦いについて色々と聞いている。そして本人の戦いも何度か見ている。何もそれは剣技だけじゃない。
お陰で魔法の通じない相手へのやり方もいくつかの選択肢がある。本当にキエモンが居てくれて良かった。
私達と“次元魔導団”ムツのバトル。それは後半へ差し掛かる。かもしれない!




