表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

153/280

其の佰伍拾壱 ブラックホール

「滅びよ。たかだか騎士風情が!」

「………」


 片手に重力を込め、黒い球体が形成される。

 それが放られ、周りの物を吸い込みながら直進した。


「これは……」

「クハハハハ! 重力の集合体、ブラックホールだ! 本物よりは威力が落ちるが、触れたモノ全てを抉り、飲み込んでしまうぞ!」


 ぶらっくほぉる……とな。

 よく知らぬ物だが、言葉を聞く限り触れるのはマズイのだろう。

 黒い球へ当たらぬように気を付け、


「……む?」

「無駄だ。万物はブラックホールに飲み込まれる。その黒球も引力はそれなりだ!」


 引き寄せられるの。つまりぶらっ……ブラックホールとは、先程拙者に降り掛かっていた重力を全て凝縮したモノという事か。

 奴の言ってた集合体の意味がよく分からなかったが、ようやく理解出来た。

 では斬ろう。


「………」


 鬼神を込め、向かい来るブラックホールを両断。

 元より重力の集まり。それだけでは形が残り、変わらず直進するので更に切り裂き、原型が無くなるまで粉々に刻んだ。

 ジュウは目を丸くして驚きを見せる。


「……なっ!? ブラックホールを……物理的に!? いや、重力その物を断てるんだ。別におかしくないか。ならば複数で当たるまで仕掛けるのみ……!」


 更なるブラックホールを放出。それらが曲線を描き、四方八方から迫り来る。

 その軌道には抉られたかの如き痕が残り、周囲の瓦礫も消し去っていく。

 触れたら文字通り削り取られるようだの。

 球体を見切ってかわし、時折切り捨てる拙者へジュウは笑い掛けるよう話す。


「ふっふっふ……更に絶望する情報を教えてやろう。触れるモノ全てを消し去ってしまうブラックホールだが、それは私の小手調べでしかない。本来なら上級魔法認定されるであろうそれがだ。言うなら、単なる魔力の放出に等しき技。どうだ? 絶望しただろう」


「………」


「声も出せぬか。仕方無い事だ。圧倒的力を目の当たりにしたのだからな。誰も攻めはせぬ」


 随分と勝手な解釈をしておるの。見ての通り全てさばいているのだがな。

 単なる魔力の放出に等しき技……拙者は既にサン殿のそれを目の当たりにし、大変驚いたからの。単なる魔力がとてつもない破壊に繋がるのは別に変には思わぬ。

 然し今の状況を逆手に取ろう。奴は完全に油断しておる。その分だけより大きな隙となるというものよ。


「見事な御技だ。大変驚き申した」


「クフフ……そうだろう。今から降参し、捕虜共を連れ戻してくるなら命だけは助けてやろう。帝王様に聞いただろう。アマガミ=キエモン。お前はスカウトされたのだ。拒否権の無いスカウトをな。下級兵士からだと思うが、お前の実力ならすぐに上へあがれよう。私の人格を引き出したのだからな」


「そうか」


 相変わらず達者な口だ。

 然し、態々(わざわざ)拙者を勧誘した理由は特に裏も無く、まんま兵士として求められていたとはの。

 囲碁や将棋のような駒として動くのには慣れているが、なる理由はほとんど無いの。強いて言えば帝王へ取り入り、様々な情報を引き抜く忍のような役割だが、今の時点でそれをする必要性もほぼ無い。


「さあ、歓迎するぞ。私の手を取れ。アマガミ=キエモン」

「……そうよの。了解した」

「ククッ……」


 差し伸ばされた手。そこへ向けて手を伸ばし、拙者の背後から黒い気配が迫って来るのを感じる。

 何処までも薄っぺらい男よ。此奴よりかは障子紙の方が頼り甲斐がある。


「今だ! 死ねい! 軟弱な騎士よ!」

「………」


 近付いた瞬間に黒い塊が通り抜け、周りの物を飲み込んで塵とする。

 既に拙者はそこへおらぬのだがな。

 ジュウの背後から話し掛け、持っている物を投げ捨てる。


「言葉通り……主の手を(・・・・)取ったぞ(・・・・)

「……!? わ、私の腕が!? あ、あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!??」

やかましいのぅ。言われた通りにしただけに御座ろう」

「何してくれてんだオメェはよォーッ!? 言葉通り受け取ってんじゃねェ!! アスペルガー症候群かァァァッ!?」

「明日……ぺる……蛾? なんぞそれは。胡蝶の一種かの」

「があああァァァ!! 痛ェ……! 超痛ェ!! 死ぬ程痛ェ!!!」


 好き勝手叫び、のたうち回る。

 無論、手を取るの本来の意味合いは理解しておる。ただ単に気に食わなかったが為、腕を切り落としただけよ。

 操作を見失った重力の球はその辺りを飛び交い、危険と判断して切り捨てた。これで被害が広がる事は無かろう。


「さて、観念せよ。どちらの人格であっても拙者には及ばぬ。さっさと逃がして頂こう」

「……ち……調子に……乗るな……止血なんてよォ……重力に掛かれば容易いんだよ……!」


 そう言い、空いている手で杖を振るい、流れ落ちる血液を浮かせて体内へと戻した。

 傷口は塞がって御座らんが更に重力を込め、切り口を無理矢理塞き止める。

 綺麗に斬ったのでまた腕をくっ付ける事も出来たのだが、斬られた己の腕を目の当たりにすれば治らぬと思い込むのも無理はない。拙者がそれを教えるよりも前に叫び声で掻き消され、直ぐ様止血に移ったからの。言う時間も無かろう


ちなみにだが、あの腕はまた生やす事も出来たのだぞ。傷口を塞いでしまったらまた切り開かなければ無かろう」


「先に言えよ!?」


 何も言わぬのも不親切と思い、念の為に教えておく。

 それについての返答は至極当然のもの。れど間が悪かった。そもそも痛みによって話を聞く事も儘ならぬだろう。


「クク……だが、治せるなら良い。あくまで重力で寄せただけ……傷が完全に治った訳じゃない……だがいずれくっ付いちまうんで、即座にお前をほふる!」


「口調がまた変わったが……今回は人格ではなく今の追い詰められた状態からそうなったようだ。今度こそ素か」


「どうでもいい。さっさと打ち仕留める!」


 杖さえあれば片手でも魔法は使える。黒球を複数個放ち、自身も正面から迫り来る。

 それらを見切って避け、刹那に周囲へ重力が張り巡らされた。


「100倍の重力+ブラックホール+身軽な私。さあ、この絶望をどうやって打ち破る?」


「フム、確かにちと重いの。だが……」


 瞬刻の間に拙者へ降り掛かる重みを斬り消し、舞うジュウへ狙いを定める。


「拙者の前では無意味よ」

「……っと、そうだった。コイツ、重力っー目に見えない概念も切り裂く滅茶苦茶な魔法を使うんだった……!」

「……魔法では御座らんが。似たようなものだ。構わぬ」


 勘違いしておるが、拙者としても説明は出来ぬ。故に放って置く事とした。

 ジュウは拙者から飛び退くように離れ、重力と共に宙を舞う。ほうきを使わずに飛べるのも厄介な相手よの。安全圏から重力の塊を放つだけで大抵の者はやられる。


「“ブラックボール”!」

「………」


 簡易的な呪文の付与により、魔法の威力が高まる。

 既に本体から離れていても影響が及ぶのか。何度見ても不思議なものよの。魔法というのは。


「“ミラージュ”!」

「……!」


 更なる呪文を付与し、重力の塊が揺らぐように飛び交う。複数に分かれ、あらゆる方向から肉薄する。

 不思議な動きよの。実態があるようで何もない。さながら幻術のような現象。


「本物の数は変わらぬの。やはり幻覚のようなモノか」

「一瞬で見抜いたか。しかし、自在なのは変わらない!」


 数に惑わされてはならぬ。心眼で見るべきかと思うが、生憎あいにくながら魔力の気配は掴めぬからの。感覚で動くのには向いておらん。

 軌道を読み、瓦礫や地面を削っていないモノは意に介さず、影響のあるモノだけを避けて戦おう。


(こうして見ると分かりやすいの)

「コイツ……全く惑わされていないだと……!?」


 存外単調な動きに御座った。

 視覚だけに頼っていると見過ごしてしまう箇所も出てくるが、今現在の時点ではそれで事足りるの。

 また正面から塊が迫る。然し周りへの影響は皆無。ではこのまま行かせて──


「……!」

「クハハ……!」


 あれは幻覚の方だったが、避けたと思ったら当たったの。範囲は小さいが、貫くように拙者の体を抉って何処かへ消えた。

 ジュウの不敵な笑み……何か仕掛けたようだ。


「もしや、幻術の中に見えぬ程度の球が仕組まれていたか」


「そうだ! 幻影の中にある、本物の小さなブラックホール! それを避ける事は不可能だ!」


 当てずっぽうで申したが、どうやら当たりらしい。

 当たっていても堂々と返すのはどうかと思うが、確かにそうなってはかわすのも一苦労よの。全てを避けねばならぬ。


「そして、重力によって出来る事はまだまだある。そのうちの一つ、“タイムストップ・グラビティ”!」


「……!」


 一瞬、世界が止まったように思えた。

 拙者の体が思うように動かず、眼前に迫った所で何とかかわす。

 さて、これは何で御座ろうか。


「避けたか。やはりまだ時間が足りないな。重力はその重さから空間を歪め、時間をも止める。言うなれば疑似時間停止だ」


「時間を止める……時計を止める力という事か。迷惑なものよの」


「ふっふっふ……そんな子供でも出来る力じゃない。止まっている時間は一定の範囲。その空間では自分が時を過ごした事にすら気付けぬぞ!」


「……? 拙者、先程迫る塊を目視出来たがの。体を止める魔法か?」


「なにっ? それはあり得ない……いや、私は奴と違って完全ではないからそうなるのか……色々と噛み合わぬぞ……」


 何やらブツブツと呟いておる。これは明確な隙となっているの。

 拙者は全身に鬼神を込め、刀へと移行して踏み込んだ。


「……! この力……! “ブラックホール”!」

「………」


 先までと違い、大きな黒い球を生み出した。

 既に拙者は居合いの態勢となっており、ジュウは高笑いする。


「ッハハハ……これは本物のブラックホールに匹敵する……もう遅いぞ! 光すら逃さぬこれはこの場に存在するだけで次の瞬間にはこの星と太陽すら飲み込む!!」


「……今の時点で何の変化も御座らんようだが」


「バカめ! それは……それは……なぜだ……? おかしい、あり得ん。あり得んぞ! 生み出した時点でこの世界が消え去ると言うのに!?」


 よく分からぬが、魔法は失敗したので御座ろう。

 それは好都合。そも、世界が消え去られてしまっては拙者も彼奴も困るだろうて。感情が先行すると最後には破滅が待っているという事の教訓よの。


「……まさか……奴のあの力……それによってブラックホールの引力が打ち消されているのか……!? そんなバカな……! しかし、今この場で考えられる線はそれだけ……そもそも先程の時間停止も……」


「打ち当て──」

「ブラックホールを……万物を斬っ……」

「──御免」

「た……──」


 早口で何かを言っていたが、耳を貸す必要も無かろう。拙者が勝利を収め、此奴が敗れた。それだけが紛れもない事実。

 ブラックホールとやらも切り捨てては消し去り、辺りは何事も無かったかのように静まり返る。瓦礫はあるがの。


 さて、他に追っ手は御座らぬな。ヴェネレ殿らも上手く逃げ仰せたであろうか。拙者も後を追い、合流するとしよう。

 二重人格者、ジュウとの立ち合い。それは拙者の勝利で終わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ